第二十話 噂の後援者
「凄く暖かいよっ! ありがとう、奥様!」
カナタはオパールのように真っ黒な瞳を感激に瞬かせて、弾むような声で感謝の言葉を口にする。
その様があまりにも元気が良すぎるので、カナタにはこれから淑女の教育も必要だわ、とオフィーリナはカレンと共に話した昨夜のことを思い出す。
護衛役兼荷物運びの少女は、金色の髪を陽光に煌かせながら、足取りかるく目的の店へと駆け出していく。
「こらこら私の護衛はどうするの……」
オフィーリナは苦笑しながらカナタの後を追った。
衣類や寝具などに使う雑貨を製造している工房は、三ブロックほど先にある。
中央通りに面するそこは四つ辻なっており、角にはそれぞれ衛兵が立ち、警備に勤めているから、ここまでくれば大抵の揉め事には出くわさない。
その入り口へと先に向かった従者は、じっとオフィーリナを待っていた。
カナタの髪質は柔らかくてまるで猫毛のようだ。
そう思うとある人物を思い出した。
こちらは枯れ草に近い金髪。
あちらは絹の糸のように混じり気の一切ない、綺麗なまさしく黄金のようなブロンド。
瞳の色と髪質が違うが、その髪色で思い当たるのはブライトしかいない。
「奥様ー。ここですかー?」
「そう、そこよ。待って頂戴!」
カナタはオフィーリナより頭二つ低いくせに、とても足が速い。
パンツ姿のオフィーリナはそれでも、貴族の夫人だ。
いきなり駆け出すなんてはしたないことはしない。早歩きで、従者を待たせてそこに行くまでだ。
「奥様、遅いよ」
「あのね、主人を置いていく従者がどこの世界にいるもんですか」
「あー。そうですね、すいません。つい」
いつの癖で、と小さな従者はぺろり、と長い舌をだして悪びれようにそう言った。
赤く長いその先を見て、ここまであの人に似ているなんて、とオフィーリナは別のことを脳裏の片隅に思い返す。
ブライトとの一夜の一幕で、彼の舌先はとても……いや、それはどうでもいい。
「……? どうしました、あたしなにかしましたか?」
「なっ、なんでもないの! 良いから行きましょう」
カナタが先に立ち、店の扉を押し開く。
扉をくぐる時、ちらりと従者の頭に目をやり、やはり金色のあの人が愛おしい、とたった数日でブライト不足に陥っている自分を実感する。
「へえ……」
中に入ると、カナタは遠慮なくそこに陳列されている物をひとつひとつ、丁寧に物色していた。
まるで彼女のために買い物にきたような錯覚に襲われながら、店番をしていた店員にハンガーなどがないかと質問する。
彼は小物類は二階になると言い、そちらに案内してくれた。
「他の店に行かないでね」
「はーい」
カナタは深い琥珀色をした革張りのソファーなどに使われている彫刻に興味があるらしく、ある象嵌造りの椅子から動かない。
じっと興味深くそれを眺めているから、オフィーリナは彼女をそこに残したまま二階へと向かった。
「最近、引っ越してこられましたよね?」
店員はオフィーリナのことを知っているようで、商品の説明をしがてらそんな世間話を口にする。
彼とは面識がなかった。
どうやら、王国の誇る四大王宮魔石彫金師の一人、ラバウル師の所有する工房を女の魔石彫金技師が引き継いだ、という噂が職人街に出回っているようだ。
何をどこまで知られているのやら、と思いながら「ええ。つい三ヶ月ほど前」とオフィーリナは応えた。
「こちらブナ材を使用しております。こちら赤松材を使用しております」
などと彼はいりいろな品々を出してくる。
魔石に防腐や防虫、防臭など各種加工作用を施したものを中心に嵌め込んだそれらは、見た目の彫刻も豪華でお値段もそれなりにする。
ブライトの財布からそれらの経費は支払われるとはいえ、あまり大金になってしまっては実家のエレオノーラから文句をつけられそうだ。
愛人というものは肩身の狭いものなのだな、とオフィーリナは嘆息することしきり。
店員は彼女のため息を店員は別の意味に取ったようで、これでは安価すぎると感じたかさらに値段の張るものを用意しようとする。
「ああ、それは要らないわ。こちらで十分だから」
「そうですか。それは残念。良い品々は他にもございますが」
「いえ、結構です」
すげなくそう言うと、彼は至極残念そうな顔をして、それまでにカウンターに並べた木製ハンガーたちを、再度示して「どれにいたしますか?」と訊いてくる。
必要なの機能が揃っていて、吊っていて型崩れせず長く保存するのに適した物、と言うとそれでも銀貨二枚ほどの商品を進めてきた。
「良い商品は、素晴らしい持ち主に出会って、始めてその真価を発揮するといいます」
つまり、身分に応じた品を購入しろと言いたいらしい。
けれどもこちらの予算はある程度、限られている。
あとからブライト越しに、エレオノーラからの嫌味が届くのは是非とも避けたいところだ。
「こちらの品で良いわ。四十本ほどいただけるかしら」
彼の為にここで使える額はどれほどだろう。
簡単に計算して、金貨五枚で収まるものを注文する。
「ありがとうございます、奥様。さすがは素晴らしいパトロンをお持ちだ」
「……なんですって?」
聞き流すことができない一言が、場を沈黙へと導く。
まるでパトロンが誰かを知っているような言い方に、オフィーリナの眉がピクンっと跳ね上がる。
店員はまずいことを口にしたと察したらしい。さっさと言葉をうやむやにするが、オフィーリナは納得しなかった。




