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公爵閣下の契約妻  作者: 秋津冴
第二章 近づく距離
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第十九話 新しい魔導具

 工房へと戻り、ギースに荷物を運びこませて、ブライトの冬着をドレッサールームへと吊るしていく。

 こちらはカレンとカナタが手伝い、工房にあったかつての住人たちのハンガーを使ってもまだ足りないほどの量がある。


 おまけに生地は上質な物で絹や羊毛をふんだんに使った高価なスーツなどは、こんな場所に置いておくだけで虫に喰われそうだった。


「奥様、これ虫除けはどうします?」

「そうねえ。一応、あちらからの荷物に保管魔導具は入っているけれど」

「湿気にカビ、虫に型崩れの心配までしなきゃけいけないなんて、貴族様は決し一人では暮らせないだろうね」


 そんな嫌味めいたことをカレンが言った。

 ブライトの洋服はどれも上等な物ばかりだ。


「これなんて、あたしの顔が映り込んでるんだけど」


 カナタはどんだけ高いのこれ、と呆れた顔をする。

 多分、それにはジナー繊維が使われているのだろうな、とオフィーリナは思った。


 ジナー素材というものがあり、大陸の北にある高原地方で採取される魔法植物の果実から精製される糸を一般的にジナー繊維という。


 地上から数十センチのところ、空中に浮かびながら、地中から魔素を吸い上げて成長するジナー植物の果実には、土地の地質にもよるが上質な魔力が大量に含まれる。


 果実は大人の頭ほどの大きさに実ると、自ら地上に落ち、また次の世代を生み出していく。

 大地に触れる前に採取して月明かりに干しておくと、余分な魔力が吸い出され、果実はしなびてしまう。


 その繊維を丁寧に裂き、長く毛糸を編むようにしてジナー繊維は作られる。

 着る者の魔力をほどよく調整してくれるこの生地は、病期の治療や怪我の回復効果が高く、また呪いや魔法攻撃、魔物の吐く腐蝕毒などからも身を守る効果が高い。


 ちゃんとした製法で、熟練の職人が編み出した糸を使い、織られた生地は絹の数倍は輝き、表面の研磨が荒い鏡のようにモノを映り込ませる。


「気を付けなさいよ、それ一着で軽く金貨十枚は飛んでいくわよ」

「ええっ、もはやお宝じゃん」

「売りに行こうとか考えないようにね」


 まさかそんなことはしないだろう、とオフィーリナは目を丸くしてカナタを見る。

 冒険者はダンジョンなどで手に入れたアイテムなどを換金するから、その類だとおもわれたら困るな、と感じてしまった。


「そんなことしないよ! あたしにだって分別はあるんだから!」

「迷宮の案内人には可燃性の魔素が多いから、魔法の炎は厳禁! って忠告されても、いざとなると燃やし尽くした時のこと忘れてないわよー? あの時は死ぬかと思った」

「あれは仕方なく! みんな生きているんだから、いいでしょう? 奥様まで、そんな目で見ないで下さい! 誤解ですから!」

「へえ、そんなことがあったのね。次の魔猟では火に弱い魔物を狙うべきかしら。そうしたら、カナタはたくさん燃やしてくれるかも?」

「奥様っ! 酷すぎる」


 カレンの口ぶりに合わせてみたら、カナタは泣きそうになっていた。

 さすがに可哀想かなと思って「嘘だから」と慰めてやったらカナタは「もうっ、二人はあたしの弄りが酷すぎますよ」と言って軽く瞳を潤ませていた。


「これいい仕立てですね。外出着以外にも、ご自宅でもスーツですか」

「使用人たちもある意味、他人だから。猟や乗馬に行く時でも、軽装はなかなかしないと思うわ。スポーツをするときはまた別だと思うけれど」

「お貴族様も大変ですね。そうなると奥様は……」


 カレンがそう言い、オフィーリナの上から下をじっと見つめる。

 帰宅してからは動きにくいワンピースはさっさと脱いで、活動的な麻のパンツにもこもこのセーターに着替えてしまった。


 髪は出かけたときのままだが、普段の彼女は気さくに後でまとめるだけの方が多い。

 魔猟をする旅の間ずっとそんな感じだったから、カレンはある意味、それをまずいなと感じていた。


 オフィーリナは仮にも、公爵の第二夫人。

 上級貴族だからだ。


「わ、私のことはどうでもいいですから。それよりハンガーが足りないわね。新しく購入してこないとダメかしら」

「じゃあ、荷物運びが必要ですね」


 ギースを再び呼ぼうとしたカレンを、隣に立つカナタが制止する。

 どうやら次は自分の番だと言いたいらしい。


「あたしもちゃんとお役に立てますよ、奥様」


 えっへん、とささやかな胸を突き出して、カナタは精一杯アピールしてみせる。

 幸いにもこの一帯は職人街だ。

 各工房の一階には店があり、そこで製造している商品を安く購入することもできた。


「それじゃあ、次はカナタにお願いしようかしら。カレンは整理を続けて貰える?」

「ええ、わかりました」

「やった!」


 カナタが喜んで叫ぶと、「たくさんこき使ってやって下さい」とカレンが釘を刺す。

 金髪の少年みたいに元気がいい少女は、しゅんっと肩を落としていた。



 外に出ると時刻は十五時過ぎ。

 職人通りは南東に通じる、いくつかある王都の目抜き通りの一つ。


 別名、「ラルバ通り」とも呼ばれていて、これは最初にこの地に魔石工房を開いたラルバという職人の名前に由来する。


 日中は人通りも多く、周囲に工場は大規模な倉庫もあることから、馬車やバス、路面をはしる小型の魔導列車など、通行手段にはことかかない。


 屋敷の東側にある衛兵の宿舎、そこの広大な練兵場から訓練の声が休みなしに聞こえて来る。

 空を見上げたら既に太陽は西の山脈の天頂に翳ろうとしていた。


「この時期はすぐに寒くなるから苦手ですよ」


 炎術師なのに、寒さに弱いのかと不思議に感じながら、オフィーリナはカナタのぼやきをそうなんだ、と聞き流す。


「炎の精霊を扱えるなら、気温くらい好きにできるのではなくて?」

「あたしは大火力派なんで。こまかい調整は苦手なんです」

「大雑把なあなたらしいわね」


 午前中にあった嫌なことを、無法衣なカナタの天然の明るさに吹き飛ばされてしまい、オフィーリナは思わず笑顔をほころばす。


 それを見て、カナタは「あ、奥様が笑った。良かったー」と言うからよっぽど自分は思いつめた顔をしていたんだ、とちょっとだけ反省した。


 笑顔を取り戻させてくれたお返しに、カナタに手首に巻いていたブレスレットを渡してやる。

 紫色の魔石を砕き、小指の先くらいの珠にカットして磨いたものを、数珠つなぎにしたものだ。


「なんです、これ?」

「身体の周囲の温度を、一定に保ってくれる効果のある魔法を封じたブレスレットよ。試作品だけど、あなたにあげるわ」

「わーっ。ありがとう、奥様!」


 本当は寒い季節を暖かく過ごしてもらおうと考え、魔猟をしている合間にブライトに渡そうと作ったもの。

 しかし、それの完成が間に合わず、彼は国外に仕事で行ってしまった。


「試作品だから。爆発したらしらないけれど」

「ひっ。そんな脅しはなしですよ……」

「冗談よ。暴走してもそこまでの威力はないから。手が焦げるくらい」

「しゃれになってないし……」


 カナタは大丈夫かな、これ。と警戒しながら指先に持ち、腕に装着した。

 すると、たちまちのうちに寒さが和らぎ、適度な温度を体感し始めたらしい。


 脳天気な彼女はこれからもいい試作品の検体になってくれそうだった。

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