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葉菜の異世界  作者: せおりめ
拍手小話、季節ネタ等 時期はバラバラ
25/26

遭遇

「お、岬じゃないか」


 休み時間に廊下を歩いていると、声をかけられた。

 目を向けた先に、地学の教師が立っている。いかにもいい所で会ったという様子で、大量のノートを抱えている。

 電波を受信するアンテナのように勘を働かせてしまった園生は、今この時、この場所を歩いている自分自身を呪った。


「先生、次の授業までにまだ準備しなきゃならないことがあってなー」


 どうして体育教師にならなかったのか、疑問に思うほど大柄で磊落な男性教諭はがははと笑った。承諾もしていないのに、四十冊はあるノートの束を手渡してくる。腕に重みがどさりとかかった途端、園生の足はよろけた。


「二年四組までよろしく」


 そうからりと明るく言い置いて、のっしのしと職員室の方角へ去っていってしまった。

 ――自分が筋肉ダルマだからって、みんながみんなテメーみたく空箱乗せてるみたいにひょいひょい運べると思うなよ!

 二年四組といえば、ここから階を二つも上がってさらに校舎の端まで歩かなければならない。

 まったくか弱い女子への気遣いがなっていない。これだから四十近くにもなってまだ嫁の来手がないのだ。とはいえあの地学教師、見た目の通り細かいことにこだわらない性格で、許容範囲が広く生徒からの人気は意外と高い。

 女子にはよく、


「別に勉強なんかできなくてもいい。安心しろ、大学行けなくても先生が嫁にもらってやるから」


 と、一応進学校の教員とは思えない軽口を叩いている。

 普通ならセクハラだとPTAから注意を受けるか、ウザい、キモい、近寄るなと女子から蛇蝎の如くに嫌われてもおかしくはない。

 ところが明け透けな人柄が下心を感じさせないようで、言われた方は肩の力が抜け、ある種の安心感を与えられるらしい。さらにその発言が今のところ実益――彼の嫁ゲットに繋がっていないところが更にいい味を出しているようだ。

 そういったわけで園生も特に悪感情を抱いているわけではないのだが、面倒事を押しつけられている今だけは事情が違う。

 ――体力有り余ってるくせに高校なんかでちまちま授業してないで、どっかへ発掘作業にでも出かけて化石の一つでも掘り当ててこい。

 脳内でぶつくさ悪態を垂れ流して発散させながら、園生は階段を昇っていった。

 重い物を持つのではなく、華麗な作品を生み出すためにあるはずの手にずんずん重量がかかる。歩を進めるごとに重さが増していっているような気がする。

 ああ重い、ああ息が切れる。

 普段よりも呼吸を荒くしながら一階分の階段を昇りきり、さらに次の踊り場まで苦労して辿り着いた。


「うわっ」

「あいた」


 Uターンして次の一歩を踏み出そうとしたところで、上から降りてきた人にぶつかってしまった。バサバサと手から数冊のノートが落ちる。

 園生はもちろん、向こうの方も幸い進む速度はのんびりしていたようで、被害は大したことがなかった。園生は二歩タタラを踏んだだけで、相手は大して痛くもなさそうに平坦な声を出しただけだ。


「あ、ごめんなさい」


 出会い頭の衝突などどちらが悪いというものでもないが、礼儀として一応園生は謝った。

 向こうからも、当然同じ返事がくるだろうとばかり思っていた。


「うん、気をつけて」


 ――何をぉ?

 カチンときて即座に相手を見上げた。

 対面に立つ男子生徒は、ノートがぶつかったであろう胸の辺りをぱっぱと手で払っている。声と同様その仕草も蛋白で、反射的な行動に見えた。胸のクラス章に目を走らせると、2-4とある。

 諸悪の根源のクラスではないか。

 相手の態度に腹を立てていたこともあり、反抗的にクラス章を睨みつける。すると「邪魔なんだけど」と聞こえてきて耳を疑った。

 さらに視線を上げて、フレームの太い眼鏡の奥にある、表情が読み取れない目とかち合った。

 一部に寝癖がついてぴんと跳ねている黒い髪、ネクタイもきっちり締めている着崩されていない制服、そして逞しそうにもひ弱そうにも見えない中肉中背の身体。そこに乗っている、一見真面目そうな顔。

 総体的に判断して、ダサい。


「あんたがどいてくれないと通れない、一年生」


 相手も園生のクラス章を見ながらそう言った。

 ――何こいつ。見かけと言動にギャップありすぎ。

 別に外見が大人しそうなのだから中味もそれらしく振る舞わなければならない、などと融通の利かない性格をしているわけではない。とはいえこの二年生は、いちいち園生のかんに障る発言をしてくれる。


「どけません」


 園生は意地でも通すまいと心に堅く決め、一歩踏み出して相手との距離を詰めた。


「ご覧の通り私、両手がふさがっててしかもこれすんごく重いんです。床にノートが散らばってますから、どくならジャンプでもして飛び越えなきゃ無理です。そんなことしてたらまたノートバラ撒いたり、最悪私重さで着地の時に足くじいて転んじゃうかもです。後輩をそんな目に遭わせるなんて寝覚め悪いと思いません? しかもなんという偶然、これ先輩のクラスのノートみたいなんです。これはもう、非力で可愛い後輩のために優しい先輩が取る行動はただ一つですよね。ここまでありがとう、とお礼の言葉と一緒にひょいとノートを全部引き取る。後輩には感謝される、先輩の沽券も保てる。さあ、今こそ行動の時です――どうぞ」


 一気に言い放ち、さらにぐいぐいとノートの固まりを押しつけようとする。ところが、相手は一向に手を差し出そうとはしなかった。


「なんで僕が?」


 無表情ではあるが、逆に心底不思議そうに小首を傾げている。


「それ持っていくように頼まれたのって君なんでしょ、一年生。まあ確かに僕が動いた方が早そうだから、ここは譲ってあげるけど」


 そう温度のない声で非情に述べてから、脇に移動して二年生は床のノートを拾い始めた。

 すべてを拾い集めると、園生が持っているノートの山にずんと乗せて、さらに高さを伸ばしている。

 それだけでも噴飯ものであるのに、とんでもないことを要求してきた。


「ありがとうは?」

「は?」

「拾ってくれて、ありがとうは?」


 こいつ、むーかーつーくー!

 園生は怒髪天を衝く状態まで腹が立つと、表面上は冷静に振る舞おうとするというややこしい癖を持っている。

 今も、渾身の力を振り絞って全てのノートを目前の眼鏡に投げつけ、平静な背中に足跡をつけて階段から蹴落としてやりたい。それほどのお冠状態であった。たが、なんとか忍の字で耐えた。


「どうもありがとうございます」


 極上の笑顔を放ってから、さっさと足を動かした。これ以上こんなおかしなのに関わるのはよそう、時間の無駄だ。

 重さも忘れ、心持ち乱暴な足取りで階段を上がっていると、背後から声が追いかけてきた。

「名前は、一年生?」

「森山川子です」


 足を止めず、明らかに偽名と分かる名前を振り返らずに告げて、目的の教室へと向かっていった。


 叩き壊す勢いで教卓にノートを置く。激しい音がして、ちょうど黒板を消していた日直らしい先輩が、ごくろうさまと引きつり気味な顔で労ってくれた。おっといけない、この人に罪はない。

 どうも怒りが態度に出てしまっていたらしい。


「いーえー、大丈夫です」

 私もまだまだ修行が足りない、そう反省しながら心のこもっていない笑顔を顔面に貼りつける。


「ちょっと聞きたいんですけど」


 ちょうどいいから質問した。


「このクラスにフレームの太い眼鏡かけた男子の人っています?」

「んー? そういうの、何人かいるけど」

「なんか、声も表情も平坦な人なんですけど」

「ああ」


 すぐさま思い当たったらしく、気のよさそうな女子の先輩は大きく頷いてくれた。


「高梨くんね。高梨弓弦」


 教えてもらった名前を口の中で呟く。……はて、どこかで聴いたことがあるような?

 ありがとうございます、と今度は本心から気持ち良くお礼を述べて、園生は忌々しい二年四組を後にした。


 その後、二度と会いたくないと思っていた弓弦に関わってしまうことになるとは、今の時点では夢にも思わない園生だった。

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