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019話 決闘大会①

 ネフェルとユキメが闘技場に到着したのは決勝戦が始まる寸前だった。


「すみません、ユキメお姉さん。私が言う事を聞かないばかりにすっかり遅くなってしまって……」


 テイマー部の策略にまんまとハマって大幅に時間を奪われたネフェルは責任を感じて謝罪した。


「いいのよ、ネフェルちゃん。決勝戦には間に合ったんだし。ほら「魔術部門・総合魔法戦」の決勝戦はルーシファス様とバルバトス様よ。どうやらアガリプレスト様は「総合魔法戦」では準決勝でルーシファス様に負けたみたいね。でも「雷電魔法戦」では優勝したみたいよ」


 魔界学園の決闘大会のトーナメントには「火炎魔法戦」「氷結魔法戦」「雷電魔法戦」など、その系統の魔法でのみ戦う部門があり、出場者はいずれか一部門と、全ての魔法を使用して戦う「総合魔法部門」のトーナメントに出場することが可能だった。

 アガリプレストは「電撃魔法戦」で優勝し、バルバトスは「火炎魔法戦」で優勝していた。

 そしてルーシファスは「支援魔法戦」で優勝していて「総合魔法戦」と併せて二冠を目指していた。


「ユキメお姉さんは確か「神聖魔法戦」で優勝されたんですよね?」


「そうよ。私は2年生の時に出場してぶっちぎりで優勝したわ」


 ムフーとした顔でユキメは誇らしげに胸を張った。


「今年は出場しなくてよかったんですか?」


「一度優勝した生徒は同じトーナメントにはもう出場できないの。私も「神聖魔法戦」以外なら出場できるけど、ほら、私って神聖魔法以外の魔法はぜんぜんダメだから」


 確かにユキメは「神聖魔法」では魔界で右に出るものいない絶対王者だった。

 しかしその代わり、他の系統の魔法はからっきしで、特に火炎魔法は初歩の初歩である小さな火の玉を出す魔法でさえ全く使えなかった。


「ネフェルちゃんも自分の得意な魔法を見つけて来年は出場しないとね」


 ユキメにそう応援されて、ネフェルは「そうします」と応じたが、同時に「私の得意な魔法ってなんだろう……」と自分を見つめた。

 闘技場の決闘場ではルーシファスとバルバトスが対峙していた。


「火炎魔法戦での優勝おめでとう、バルバトス。凄い戦いだったね。まさに圧勝じゃないか」


 ルーシファスは率直にバルバトスを褒めたが、バルバトスはその祝辞を素直に受け入れなかった。


「お前が出場しない火炎魔法戦になんの意味がある! ルーシファス! なぜ火炎魔法戦に出場しなかった!」


「それは君が出場するからさ。君ほどの火炎魔法の使い手と戦って勝利を捥ぎ取るよりも、人気の少ない支援魔法戦の方が楽に優勝できると思ったからさ」


 悪びれもなくルーシファスは言い訳をしたが、その事がより一層バルバトスの自尊心を傷つけた。


「これまでの授業や模擬戦で、俺は火炎魔法で一度もお前に勝てなかった。火炎魔法には代々定評のあるサタナキア家の名折れだ! その屈辱を雪(すす)ぐべく出場したトーナメントだというのに……!」


「だからさ。サタナキア家のご名誉を傷つけない為に、君に優勝を譲ったんじゃないか。僕は来年、火炎魔法戦に出場するよ。一度優勝した君は、もう火炎魔法戦には出場できないからね」


 ルーシファスにそう云われてバルバトスは歯軋りをした。


「それが気に入らぬのだ! まるでお前に勝ちを譲られたかのようで火炎魔法戦での優勝がまるで喜べん!」


 ルーシファスは肩をすくめた。


「そんなことはないさ。僕が出場していても、きっと君が優勝していたよ。僕をそんなに過大評価せず、また自分をそんなに過小評価しない方がいいよ」


 ルーシファスは友好的な笑顔でそうアドバイスしたが、バルバトスは全く受け入れなかった。


「まあ、よい。俺が素直に火炎魔法戦での優勝を受け入れられる方法が一つある。

 ───それはこの総合魔法戦でお前を倒し、優勝することだ!」


 そう言ってバルバトスは身構えた。


「確かにそれはそうかもね。でも僕も簡単にはやられないよ。僕だって二冠を達成したいと強く思ってるんだ。僕(・)に(・)だ(・)っ(・)て(・)野(・)心(・)が(・)あ(・)る(・)ん(・)だ(・)よ(・)」


 ルーシファスも身構えると、それが試合開始の合図となった。

 まず仕掛けたのはバルバトスだった。


「《悪夢の暗闇で彷徨え(ナイトメアダークネス)》!」


 バルバトスが唱えたのは相手を暗闇で包む魔法だった。

 ルーシファスはすぐに抵抗を試みたが、バルバトスの強力な暗黒魔法に抗いきれず、暗闇に包まれてしまった。


「《魔塔の鉄扉よ閉じよ(アイアンタワー)》!」


 ルーシファスが唱えたのは支援魔法の中でも防御を固める魔法だった。

 暗闇の中でどこから攻撃されるかわからない中、ルーシファスは仕方なく全本位に対して防壁を張ったのだ。

 どす黒く、重い煙を思わせるぶ厚い漆黒の闇で、ルーシファスは神経を研ぎ澄まさせた。

 暗闇でどこから襲われるかわからない不安はとてつもない恐怖だった。

 その時、鋭い炎の矢がルーシファスを貫かんと襲い掛ったが、幸い、ルーシファスの施した防御魔法が効果を発揮し、炎の矢を弾いた。

 しかし炎の矢は一本だけではなく、数えきれないほどの炎の矢が、あらゆる方向からルーシファスに襲い掛かった。

 ルーシファスは防戦一方になった。


「《薬花の蜜の滴り(ハーブネクター)》!」


 ルーシファスは傷を治す呪文を唱えた。

 防御魔法が炎の矢を弾いてくれていたが、いかんせん数が多く、致命傷ではないが、すり傷を負ってしまったのだ。


「これ程の炎の矢を休みなく降り注がせるなんて、さすがバルバトスだね」


 ルーシファスは眉間に皺を寄せ、歯を食いしばり、懸命に耐えた。


「でも───!」


 その時、ルーシファスの糸目がカッと開かれた。


「《突風(スコール)の閃き(アトモスフィア)》!」


 ある一点に向かってルーシファスは風圧で相手を弾き飛ばす呪文を放った。


「───ッ!! なにッ!?」


 その呪文は寸分の狂いなくバルバトスに命中し、バルバトスを決闘場の端まで弾き飛ばした。


「《棘の拘束(ソーンバインド)》!」


 次にルーシファスが唱えた呪文は、棘の縄で相手を縛り上げ、拘束する呪文だった。

 呪文をまともに受けたバルバトスは完全に拘束され、身動き一つとれなくなってしまった。

 すかさずルーシファスはバルバトスに詰め寄り、自らの魔法の杖を突きつけた。


 勝負あり───試合終了だった。


 この瞬間、ルーシファスの優勝が決まり、バルバトスは敗れてしまった。


「くそっ!」


 バルバトスは地面を叩いて悔しがった。


「そんなに悔しがる必要はないさ。最初の暗闇の呪文が成功した時点で、君の勝ちは確定していたんだ。

 さすがサタナキア家の暗黒魔法は強力だね。何せサタナキア家と言えば火炎魔法なんかより暗黒魔法こそ魔界で一番定評のある公爵家だもんね。

 敗因は火炎魔法に固執した事さ。せっかく暗闇で僕を支配したのに、炎の矢の明かりで効果が薄れてしまった。だからわずかだけど君の姿を捉えることができたんだよ。

 火炎魔法ではなく、別の方法で攻撃していたら、間違いなく君の勝ちだったよ」


 そう指摘され、バルバトスは悔やんだが、それでも火炎魔法部門での優勝を我がものとする為に、この勝負は是が非でも火炎魔法で勝たねば意味がないと思ったのだ。

 それ故の選択だったが、しかし、その固執が裏目に出てしまった。

 ルーシファスは項垂(うなだ)れるバルバトスに手を差し伸べた。


「幸い総合魔法戦は優勝しても何度でも出場することができる。僕は来年も出場するよ。バルバトスも来年も出場するよね?」


 バルバトスはルーシファスを見上げ、差し出された手とルーシファスの顔を交互に見た。


「今回、勝ったぐらいでいい気になるなよ。お前と俺の勝負はこれで一(・)勝(・)一(・)敗(・)の(・)五(・)分(・)だ(・)! 新入生初登校一番乗りの勝負は俺が勝ったことを忘れるなよ!」


 そう言ってバルバトスはルーシファスの手を掴んだ。


「あれ? 新入生初登校一番乗りのことを「子供の意地の張り合いだ」とか言ってなかったっけ?」


 バルバトスを引き揚げつつ、ルーシファスは顎に人差し指を当てて以前のバルバトスの台詞を思い返した。


「うるさい! 来年こそは俺がお前に勝って優勝してやる! 絶対だからな、ルーシファス!」


 そう言ってバルバトスはルーシファスに握られた手を握り返し、ルーシファスの手を掲げて優勝者を称えた。

 わかったよ、とルーシファスもバルバトスの背中を叩いて好敵手(ライバル)の健闘を称えた。

 ネフェルはボロボロと涙を流し、完全に憔悴してしまった。

 観客席に座っていられない程だったのでユキメに抱きとめられていた。


「よかった……。ルーシファス様が無事でよかった……」


 黒い暗黒の煙に包まれ、炎の矢を無数に撃ち込まれたルーシファスを見て、ネフェルは卒倒しそうになっていた。

 惨劇を目の当たりにし、しかし次の瞬間、ルーシファスが渾身の反撃でバルバトスを退け、見事優勝した勇姿に安堵を覚えると、緊張がほぐれて涙が溢れるとともに、全身の力が抜けてしまったのだ。


「良い試合だったわ。ルーシファス様もバルバトス様も流石ね。二人は良い好敵手同士(ライバル)になるわ」


 さんざん肝を冷やしたが、ネフェルは「全くです」と同意して頷いた。

 観客から大歓声を送られ、注目の的だったルーシファスはそのままネフェルの許(もと)にやってきた。

 この行動には観客も、そしてネフェルも何事かと思った。


「あ、あの……ルーシファス様、どうなされたのですか?」


 困惑したネフェルがルーシファスに尋ねると、ルーシファスは膝をついてネフェルの前にかしこまった。


「アスタロッド家三男ルーシファス・ゼブフ・アスタロッドは魔界学園の決闘大会で見事二冠を達成しました。これは数年前、我が兄スレキアイ・バアル・アスタロッドさえも成し得なかった快挙です」


 そうだったんだとネフェルは率直に驚いた。

 二冠を達成するということはそれ程までに難しく、賞賛に値する快挙であるのだとネフェルは理解した。

 しかし、その一方でルーシファスが自らの許(もと)にやって来て、膝を折る理由がわからなかった。

 それは観客も同じで、この場にいる全員がルーシファスの行為を固唾を飲んで見守った。


「ルーシファス・ゼブフ・アスタロッドは、この勝利をネフェル・パトラ・ホーンに捧げます。どうかお受け取り下さい」


 そう言ってルーシファスは支援魔法戦優勝のメダルと、総合魔法戦優勝のメダルをネフェルに捧げた。

 その行為に観客席は水を打ったように静まり返ったが、ややあってざわざわとざわめき始めた。

 皆口々に「あの令嬢は誰だ?」「二冠達成のメダルを捧げるですって!?」「ホーン家ってそんな貴族家が魔界にありましたっけ?」と近くの者と声を潜めて話し合った。

 間近でそれを見ていたユキメは、「ルーシファス様……! なんてことを……!」と血相を変えた。

 そしてすかさずネフェルに耳打ちをした。


(ネフェルちゃん! メダルを受け取って! 今ここでメダルを受け取らないとルーシファス様の面目が丸つぶれだわ! そしてこう言うの! 早くやって!)


 恐る恐るネフェルはルーシファスからメダルを受け取るとユキメに言われた通りの台詞を述べた。


「大儀であった。ルーシファス・ゼブフ・アスタロッドよ。そなたの勇姿は我が魔界学園の誉れだ」


 そして受け取ったメダルに口づけをすると、ルーシファスの首にメダルを掛けた。

 観客席は困惑の色がぬぐえなかったが、再び万雷の拍手に包まれた。

 ルーシファスは立ち上がると誇らしげにメダルを掲げ、観客に手を振って答えた。


(ルーシファス様っ、困りますっ! こんなことをされてはネフェルちゃんの立場が危うくなりますっ! ひどい妬みを受けて取り返しのつかない事になるかもしれませんよっ!)


(大丈夫ですよ、ユキメ先輩。アスタロッド家が懇意にする令嬢に手出しできる者など、魔界学園はもちろん、魔界中を探したって何人もいませんよ)


(そ、それはそうですけど……)


(それにネフェルさんは今晩、スレキアイ兄上のパートナーとして夜会に出席されます。その時に「アレは誰だ!?」と大混乱になる前に、ここでネフェルさんに箔をつけておいた方が騒ぎが少なくて良いと思ったんです)


 理由はもっともらしかったがユキメは単に本心からルーシファスがネフェルに二冠の栄誉を捧げ、誠意をあらわしたいだけなのではないかと訝しんだ。


 試合終了後、ルーシファスはユキメとネフェルと一緒に座り、次の「剣術部門」の決勝戦の観戦をすることにした。

 その為、注目を集めた三人はまわりの観客から2~3席ほど距離を空けられ、満席の観客席で三人だけが孤島のようにポツンと浮き彫りになっていた。

 ネフェルは自分たち───とくに自分が注目されていることを強く感じ、居心地が悪かった。


「堂々としてください、ネフェルさん。何せ貴女はこの僕から二冠の栄誉を捧げられた女神なのですから」


 ルーシファスはネフェルに優しく微笑みかけた。


「ルーシファス様、それはかえってプレッシャーです。だってそれではネフェルちゃんが二冠の快挙を成した当事者になってしまうではありませんか」


 ルーシファスは、おっとそうだったと爽やかに笑った。

 ネフェルは何かとんでもないことになっていることは理解していたが、それがどれ程のものかはまだ実感ができていなかった。


「さあ、そろそろ剣術部門の決勝戦が始まりますね。決勝戦は我が兄グランダムと、そして───」


 そう云われてネフェルはハッとした。

 闘技場の決闘場を見渡すと、グランダムより先に、すでに自分の兄カーコスが姿をあらわしていた。

 決勝戦でのグランダムの相手は兄のカーコスだったのだ。


 決勝戦の出場者が登場しているのに、歓声や声援はまばらだった。


 ネフェルは兄カーコスが周囲から慕われず、孤立しているように思えて寂しくなった。

 せめて自分だけは兄への愛を示したく、あらん限りの声をふり絞って兄を応援したいと思ったが、先日、カーコスより学園内で自分を兄と呼ぶなと釘を差されていたのと、今この場で盛大に兄を応援すると、自分に向けられた好奇の目が、兄にも向かってしまうのではないかという危惧もあって、声を出せず、両手でスカートの裾を握ってじっとしているしかできなかった。


 次の瞬間、闘技場が割れんばかりの大歓声に包まれた。

 決勝戦のもう一人の出場者・グランダムが登場したのだ。

 重厚な鎧で全身を覆い、幅広のぶ厚い大剣を背負ったグランダムは、その姿を見ただけで怖気づき、逃げ出したくなるほどの威圧感だった。


「この対戦カードは二年連続ですね。去年も我が兄グランダムとカーコス殿との対戦で、我が兄グランダムが優勝をしています。カーコス殿は雪辱に燃えているはずですので、今年はどうなるかわかりませんね」


 ルーシファスはこれから始まる決勝戦がどんな戦いになるのか楽しみで仕方がないといった様子だった。

 しかしネフェルは気が気でなかった。

 体格的には明らかにグランダムが優位で、兄カーコスが一撃で吹き飛ばされてしまうのではないかと危ぶんだのだ。


 どうか無事に試合が終わって欲しいっ……!


 ただただネフェルはそれだけを強く願った。


「ネフェルさん、安心してください。カーコス殿は決して弱くありませんよ。むしろ彼は総合力では魔界学園でダントツで1位なんですから」


「そ、そうなんですね」


「ええ。火炎魔法、氷結魔法、雷電魔法などもそうですし、剣術でも弓術でも馬術でもそうですが、いずれも次席、また成績上位なんです。

 剣術の腕も相当で、我が兄グランダムを除けば彼に敵う剣士は一人もいません」


「そうよ、ネフェルちゃん。だからそんなに心配しないで」


 ユキメはネフェルの緊張をほぐそうとギュッと手を握った。


「剣術だけではなく、攻撃魔法や支援魔法、それに回復魔法も使用可能な一騎打ちなら我が兄グランダムもカーコス殿に太刀打ちできないかもしれません。

 ですが───今は剣術のみの勝負ですからね。兄も剣術だけならカーコス殿に勝ることを証明したいでしょうし、こちらも気合が入っていますよ」


 雪辱に燃えるカーコス───。

 剣術だけは譲れないグランダム───。


 二人の意地がぶつかる熾烈な勝負になるとネフェルは覚悟した。

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