017話 新入生歓迎「学園祭」②
スレキアイの事実で、グランダム、ルーシファス、そしてウィンリルの三兄弟が集まっていた。
三人は、いつも和やかに長兄(=スレキアイ)の自室で昼食をとっていた。
今日も、もちろんそのつもりで兄弟たちは集まったのだが……。
今日に限ってはグランラムとウィンリル、それにルーシファスも言い争いをしていた。
「なんでだよ、兄ちゃん! ボクが先にネフェルを夜会に誘ったんだよ!」
ウィンリルはテーブルに両手を叩きつけて兄に抗議した。
「そういう申し出は食事の後にするものだ。食事中ならまだしも、食事の前にするとは非常識にも程がある。よって無効だ」
「それを言うならグランダム兄さんもですよ。夜会に女性を誘うなら花束の一つでも持ってこないと失礼です。その点、僕はしっかりと花束を用意してきました。僕こそが食事の後にネフェルさんを夜会にお誘いするつもりです」
「ダメだ、ルーシファス。今回の夜会は俺がネフェルをエスコートする。兄の言うことをきけ」
「そんな、兄さん。横暴ですよ、」
「そうだよ、兄ちゃん! ずるいよ! いっつもそれじゃん! 今回の夜会はボクにとって学園で初めての夜会なんだよ! 兄ちゃんこそ弟に花を持たせてよ!」
「それに兄さんは四大公爵家序列二位のご令嬢をいつもエスコートしているじゃないですか。あの方は放っておいてよいのですか?」
「そういうお前も、いつもリリスの後を追いまわしていたではないか」
「残念ながらリリスは今回の夜会はバルバトスがエスコートすることが決まっているようなんです」
「それで仕方なくネフェルを誘うなんてルーシファス兄ちゃんも不誠実だよ! やっぱりここは僕がネフェルを誘うのが一番いいよ!」
ウィンリルは再度両手をテーブルに叩きつけ、自らの意見を主張した。
「なんだ、騒々しい。何を三人で言い争っておる」
部屋からのっそりと出てきたスレキアイは言い争いをしている弟たちを見渡した。
そして誰がネフェルを夜会にエスコートするかで言い争っていたと聞くと「まったく、なんと愚かな弟たちだ……」と頭を抱えた。
「みてみよ。お前たちが自分のことで言い争っているので、ネフェルが居たたまれなくなっておるではないか」
スレキアイが言うようにネフェルは三人が自分を巡って言い争う姿に、手を胸の前で握って震えていた。
「も、申し訳ありません。スレキアイ様……」
震える声でネフェルが謝罪するとスレキアイは心底やれやれといった風にため息をついた。
「そなたが謝ることではない。むしろ弟たちの無作法を詫びるのはこちらの方じゃ」
そういってスレキアイは弟たちを睨みつけてひとまず全員を席につかせた。
「誰がネフェルを夜会にエスコートするかで言い争うなど、紳士として最低である。ネフェルの困惑した様子を見てみよ」
グランダム、ルーシファス、ウィンリルの三人はそのことにハッと気づき、素直に申し訳なく思った。
「それに夜会のパートナーを誰にするか、それを選ぶ権利はお前たちにはない。その権利があるのは女性の方だ。紳士は淑女に夜会へのエスコートを申し出ることはできるが、了承してもらえるかどうかは淑女の気持ち次第じゃ。
嫌がる淑女を無理やりパートナーにするなど、絶対にあってはならぬことじゃぞ」
スレキアイは厳しく弟たちを睨みつけ、この事を念入りに諭した。
「三人ともネフェルを夜会にエスコートしたいなら、誰が申し込むかを言い争うのではなく、三人とも申し込み、そしてネフェルに選んでもらえばよかろう。それだけのことじゃ」
そう言ってスレキアイは「早く済ませろ」と言わんばかりに手をひらひらと振った。
しかし、その決定にネフェルは喉の奥で「ひッ!」と引きつったような悲鳴を上げて硬直した。
そのような責任重大で、尚且つ恐れ多い決定を自分に委ねられても困ると率直にネフェルは思ったのだ。
相手は魔界の公爵家の中でも特に強大な4つの公爵家───その一翼を担うアスタロッド家の令息だ。
この内、誰か一人でさえ夜会にエスコートしていただけるなら、何を差し出しても構わないと考える令嬢が魔界中に大勢いる。
そんな魔界にあって、その三人に同時に夜会へのエスコートを申し込まれ、誰か一人を選ばなくてはならないなんて、そんな恐れ多い事を、ネフェルにはできるはずがなかった。
しかし、そんなネフェルの困惑をよそに、グランダム、ルーシファス、ウィンリルの三人はネフェルの前に片膝をついて膝まづくと手を差し伸べ、そして夜会へのエスコートの申し出を行った。
まずは三人の中で最も年長のグランダムだった。
「ネフェル。お前にとっては学園で初めての夜会だ。記念すべきその瞬間をアスタロッド家次男、このグランダムが責任を持ってエスコートしよう。今日の夜会でそなたが一番の淑女となるよう、ふさわしい花道を俺が切り拓く。さあ、我が手をとるのだ」
そう言ってグランダムは伏し目がちに頭を下げた。
公爵家の令息が自分の前に跪き、手を差し伸べて頭を垂れる姿に、ネフェルは恐れ多くて硬直した。
しかし事はもちろんそれだけでは終わらなかった。
次はルーシファスだった。
「ネフェル譲、どうかこの花束をお受け取り下さい。これは僕の誠意のあらわれです。アスタロッド家三男、このルーシファスが今宵、夜会で貴女を守る騎士となります。
我が誠実の盾が、いかなる害悪からも貴女を守ります。どうか僕の手をとり、貴女は何の憂いもなく、自らの魅力を夜会で開花させて下さい」
そういって差し出された花束は本当に美しく、こんな花を差し出されて拒むことができる令嬢は魔界中探しても只の一人さえいるはずがないと思える程だった。
その為、ネフェルはますます硬直してしまった。
自らの緊張で、自身を絞め殺してしまいそうになったが、これにさらにウィンリルが続いた。
「ネフェル。今日はボクとキミにとってこの学園での初めての夜会だよね。お互い初めての者同士、記念すべきこの夜会を一緒に楽しもうよ。ボクは兄ちゃんたちに比べたら、確かにまだまだ頼りないかもだけど、キミにふさわしいパートナーとしてしっかり役目を果たすよ。お願いだからボクの手をとって」
子犬のように潤んだつぶらな瞳でウィンリルは訴えてきた。
その姿は同情心を刺激するのに十分で、また心から欲している誠実さも滲み出ていた。
正直に言うと、ネフェルは三人の中で最も感情に訴えかける申し出だと思ってしまった。
「「「さあ、どうか我が手をお取りください、ネフェル譲」」」
三人にそう詰め寄られ、耐えられなくなったネフェルはついに膝が崩れ、両手を床についてしまった。
「ほ、本当に───本当に恐れ多い事でございます……。
ここにおられる皆さんのその手は、いずれか一つであっても魔界中の令嬢が渇望してやまないこの上ない栄誉です。皆さんに手を差し伸べていただけるなら、何を差し出しても構わない───。魔界中の令嬢がそう恋焦がれております」
ネフェルがそう前置きする間も三人は手を差し伸べた姿勢でじっと待った。
「それはもちろん私も同じです。華やかな貴族の令息に見初められ、嫁入りできればと何度夢見た事か───。
…………ですが……だからこそ、だからこそです。
今、ここでどなたか一人を選ぶことができません。申し訳ありません。これは私の臆病です。どなたか一人を選ぶということはどなたかお二人を選ばないということです。魔界中の令嬢が渇望する最高の栄誉を二つも選ばないという選択が、今の私では到底できないのです。
……ですので───ですのでどうか今は……どうか今はお許しください」
そう言ってネフェルはその場にひれ伏してしまった。
しばらく部屋に沈黙が続いたが、見かねたスレキアイが助け舟を出した。
「よし。ではこの話は一旦、ここまでじゃ。全員席に着け。そしてまずは昼食にするのじゃ」
スレキアイにそう言われ、グランダム、ルーシファス、ウィンリル、そしてネフェルも席についた。
そして言われた通り、昼食を食べ始めた。
しかし場の空気は重く、誰も一言もしゃべらず、ただ黙々と食事が口に運ばれるだけだった。
皿の上をナイフとフォークが踊るカチャカチャという音だけが虚しく響いた。
スレキアイはナイフとフォークを置いて、ため息をついた。
「場の空気が重苦しいではないか。これではせっかくの昼食が台無しだ」
スレキアイの怒気を察し、責任を感じたネフェルはビクリと体をこわばらせた。
「よし、わかった。ではこの問題はわしが解決する」
スレキアイがそう宣言すると「「「兄貴・兄上・お兄ちゃんが?」」」と弟たち三人は揃って驚きの声をあげた。
「いったい兄貴がどうやって解決するというのか?」
「なに、簡単なことじゃ。今夜の夜会じゃが、ネフェルはわしがエスコートする。ネフェル嬢は今宵、我がパートナーじゃ。何人たりともネフェル嬢に手出しをすることまかりならん」
「「「ええーッ!?」」」
弟たちは驚きの声をあげた。
「兄貴がネフェルをエスコートするだと!?」
「いや、しかし、先ほど誰をパートナーにするか決めるのは淑女だと仰ったのは兄上ではありませんか……」
「確かにそうじゃが、今のこの状況を解決するのはそれしかなかろう」
「しかし兄貴! 兄貴が夜会に参加するということは……!」
「そ、そうですよ。また魔界中が大混乱に───いえ、魔界が滅亡の危機にさらされてしまいます」
「えっ? な、なにっ? どういうこと? グランダム兄ちゃんも、ルーシファス兄ちゃんも必死すぎて怖いんだけど、これって凄く良くない事なの?」
取り乱して大騒ぎする弟たちをスレキアイは手をあげて制した。
「うるさいぞ、お前たち。黙れ。これはアスタロッド家長男スレキアイ・バアル・アスタロッドの決定である。
まさかお前たち……このわしの決定が不服だとでも申すのか?」
そういってスレキアイは弟たちを睨みつけた。
いつになく真面目な様子のスレキアイにグランダム、ルーシファス、ウィンリルの三人は瞬時に黙った。
それは幼少期より何度も植え付けられた畏敬の念によるものだった。
スレキアイは自分たちの兄で、自分たちはスレキアイの弟であるという覆しようのない絶対的な立場の違い。
それは単にスレキアイが自分達より数年早く生まれたからという年の差だけではない。
何においても自分たちが到底敵わない圧倒的な力の差によるものだった。
ふだんスレキアイはそんなそぶりを全く見せないので、ついつい忘れがちになってしまうが、絶対に誤ってはいけない事実───それは自分たちが所詮は小さなネズミで、スレキアイは雄々しい獅子であるという力の差だった。
その気になれば自分たちなど指先一つで八つ裂きにされてしまう力をスレキアイは有している。その事を忘れ、兄に対して不敬を働いたり、意向に逆らったりしては絶対にならないということを弟たちは思い出した。
グランダム、ルーシファス、ウィンリルの三人は静かに立ち上がった。
そして胸に手を当てると恭しく頭を垂れた。
「「「 かしこまりました 」」」
「「「 兄貴・兄上・兄ちゃんの仰せのままに 」」」
ネフェルはその光景に目を奪われた。
かしずく三人の弟たちの中心にあって、スレキアイの威風堂々たる姿勢は後光が差しているかのようだった。
それはこの場の主が誰であるかをネフェルに知らしめるのに十分だった。
ネフェルも自然と席を立つとスカートの裾を摘み、深々と膝を折ってスレキアイにカーテシーを捧げた。
「今宵の夜会でのお導き───スレキアイ様、どうぞ宜しくお願い申し上げます」
※ ※ ※
ユキメは、ネフェルから、どうしてスレキアイがネフェルを夜会にエスコートすると決めたのか、その事の顛末を聞くと、その場にうずくまって自分の膝を抱え、顔をうずめていた。
「ネフェルちゃん、わかってると思うけど、相手はアスタロッド家だからね」
ユキメはネフェルにそう念を押した。
その声は少し涙目のようだとネフェルは感じた。
「アスタロッド家は公爵家だけどただの公爵家じゃないからね。
魔界には666の公爵家があるけど、その公爵家一つ一つに何十という侯爵家が付き従い、その侯爵家にまた何十という伯爵家が、そしてその伯爵家に、これまた何十という子爵、男爵家が付き従い裾野を広げているの。
公爵家一つだってとんでもなく強大だというのに、そんな公爵家の中で特に力の抜きんでた四大公爵家───その一つがアスタロッド家だからね」
ユキメが何を言わんとしているのか測りかねたが、ネフェルはユキメが言っていることは重々承知していた。
本来であればアスタロッド家の影を拝む事さえ魔界では大変名誉なことなのだ。
「そのアスタロッド家のご令息全員に夜会へのエスコートを、ネフェルちゃんは申し入れられたというわけね」
ネフェルはだんだんとユキメが言いたいことがわかってきた。
「そしてここ数年、夜会に絶対に出席しなかったスレキアイ部長をパートナーに選んだというわけね」
ネフェルはユキメから怒気を感じた。
それは激しく、本気の怒気で、勘違いなどではなかった。
「ネフェルちゃんのことを私は大好きよ。子供の頃からのお友達だし───ううん、それ以上ね。自分の本当の妹の様に愛おしく思っているわ。
……でもね───でも、さすがに今回の事は羨まし過ぎて、私でさえもネフェルちゃんに嫉妬しちゃう。羨ましいと思う気持ちが押さえられないわ」
そう言ってユキメはより一層強く自分の膝を抱きしめ、さらにギュッと膝に顔をうずめた。
「あ、あの、ユキメお姉さん、私───」
ネフェルはユキメに駆け寄ろうとしたが、ユキメが片方だけ手をピッとあげてネフェルを制した。
「大丈夫、大丈夫よ、ネフェルちゃん。ちょっと気持ちを整理しているだけ。
例えるなら誰も見つけられなかった海賊の秘宝を偶然見つけて巨万の富を得た人が、気まぐれで買った1枚の宝くじが大当たりして、そのお金で田舎の安い土地を買ってのんびりスローライフを送ろうとしたら、その地下に世界最大の金鉱が眠ってて、掘っても掘っても金が溢れ出てくるような幸運を目の当たりにして、羨ましいと思わずにはいられないだけだから」
その例えは凄い例えだとネフェルは思ったが、今の自分の状況が、それに匹敵する程、他者から羨まれるものだという自覚はあった。
しばらくしてユキメは顔をあげた。
その表情は憔悴していたが、気持ちの整理がついてネフェルへの怒気は治まっていた。
「しかしネフェルちゃん、これは本当に大変だわ」
それは本当にそうだとネフェルも痛感していた。
正直に言うと、スレキアイの申し出を受け入れたが、どうしたらよいのかまだ考えがまとまっていなかった。
そんなネフェルの不安をユキメは察していた。
「大丈夫よ、ネフェルちゃん。私が手伝うから。ネフェルちゃんがスレキアイ部長のパートナーとして夜会に出席し、社交界にちゃんとデビューできるよう手助けするからね」
そう云われてネフェルは百万の味方を得た気持ちだった。
思わずユキメに抱きついた。
「ありがとうございます、ユキメお姉さん! 私どうしたら……どうしたらいいかわからず、本当に本当に不安だったんです」
涙を流すネフェルの頭をユキメは優しく撫でつけてやった。
「大丈夫よ、ネフェルちゃん。お姉さんに任せて。こう見えてユキメお姉さんはモテモテで、公爵家の皆さん程ではないけど、地位の高い貴族家のご令息から申し出を受けて何回も夜会に出席しているの。だから安心してお姉さんに甘えなさい」
ユキメの胸に顔をうずめたまま、ネフェルは何度も「はい! 甘えます! ユキメお姉さんに甘えます! 私を助けて下さい、ユキメお姉さん!」と懇願した。
「それじゃあ、まずだけど、その前に私たちはやらないといけないことがあるわ」
ユキメが意味深くそういうのでネフェルは顔をあげ、ハンカチで涙を拭いた。
「やらないといけないこと?」
ネフェルは夜会に向けての準備か何かかと思ったが、ユキメが言う「やらないといけない事」とは別の事だった。
「学園祭では決闘大会も行われるのは知っているわよね?」
決闘大会?とネフェルは一瞬思ったが、確かにトーナメント方式の決闘大会が学園祭では行われ、それこそまさに学園祭の華となる最大のイベントであることを思い出した。
「その観戦にいかなくちゃ! だってグランダム様、ルーシファス様、それにバルバトス様とアガリプレスト様もそうだけど、なんといってもカーコス君───ネフェルちゃんのお兄さんも出場するんだもの! 絶対に応援にいかなくちゃいけないわよ!」
そう言ってユキメはネフェルの手を取って決闘大会が行われる魔界学園の闘技場にネフェルをひっぱった。




