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012話 ネフェル(?)の学生時代③

 カーコスはスレキアイの腕を強引に振りほどいた。


「他でもない四大公爵家の一翼・アスタロッド公爵家のご長男スレキアイ・バアル・アスタロッド様のご命令とあらば致し方ありません。この場は引き下がることと致します」


 カーコスはわざとらしいまでに丁寧にお辞儀をすると、最後にネフェルを一睨みしてその場から去った。

 カーコスの姿がすっかり見えなくなり、危険がなくなったと判断すると、スレキアイは「大丈夫か?」とネフェルに声を掛けた。


 ネフェルは死の淵から生還したかのようにはっとした。


 そして自分を救ってくれた相手が六百六十六ある公爵家のうち、最も強大な力を持つ四大公爵家の一翼・アスタロッド公爵家のご令息であるとわかり、慌てて飛び起きた。


「も、申し訳ありません、スレキアイ様。お見苦しい所をお見せしてしまいお詫びのしようもございません。何卒……何卒、ご容赦の程を……」


 ネフェルは必死にスレキアイに許しを乞うた。


「そうかしこまるな。上級生が新入生に───ましてや男が子女に暴力を振るっている場面に出くわしたら、止めに入るのは当然じゃ。しかし、まあ、そなたがカーコスの妹で、まさか兄が妹に手をあげているとは思わなんだがな」


 スレキアイの忌々しそうな言い方にネフェルは委縮し、より一層、スレキアイに許しを乞うた。


「な、何卒、お許しください……! 兄の行為は偏(ひとえ)に私の責任です! 私が至らぬばかりに兄に迷惑をかけているのです! ですからどうか、どうか兄をお許しください……!」


 あまりにネフェルが必死に許しを乞うのでスレキアイは逆に面食らってしまった。


「じゃからそうかしこまるなと言うておるじゃろうが。別にカーコスをどうにかしようなどと思ってはおらぬ。

 それよりそなたこそ大丈夫なのか?」


 そう云われてネフェルはまず兄がひどい罰を受けない事にほっと胸を撫で下ろした。

 それからカーコスに打たれた頬に手を当て、腫れていたり、口の中を切っていないかを確かめ、何事もないことを確認した。

 そしてその瞬間、ネフェルは兄も本気で自分を打(ぶ)ったわけではないという考えが浮かんだ。


 不意に打たれたので自分が必要以上に面食らい、倒れただけ───。


 兄はあのように厳しく自分に接したが、心の底では自分を愛してくれているに違いないとネフェルはカーコスを信じた。


「はい。スレキアイ様。ご心配をおかけしました。どこも怪我をしておらず、大丈夫です。兄も本気で私を打(ぶ)ったわけではありません。不意を突かれて私が自分で転倒してしまっただけです」


 ネフェルはできるだけ事を些細な事に見せようと、ことさらに平気であることを強調してスレキアイに返事をしてみせた。

 しかしスレキアイは全く納得せず、眉間に深い皺を寄せて「本当に大丈夫なのか?」と繰り返しネフェルに質問してきた。

 ネフェルはスレキアイを安心させようと「はい。ご覧の通りです。私は田舎育ちですので体は丈夫なんです。全く何も問題ございません」と自分の頬をペシペシと叩いて見せた。


「いや。頬ではない。その腕じゃ。どうすればそんなに腕が腫れあがるのじゃ? 尋常ではないくらい膨れ上がっているぞ?」


 そう云われてネフェルは「え?」と思った。


 腕? 自分の腕がどうしたというのか?


 今しがたカーコスに打(ぶ)たれたのは頬で、腕には何もされていないはずなのだが……。


 怪訝に思いながらもネフェルは自分の腕を確認してみた。

 するとそこには目を疑うような光景が広がっていた。

 自分の右腕がおよそ人の腕とは思えない程の太さになっていたのだ。

 2倍どころの騒ぎではない。自分の胴回り程も腕が腫れあがっていた。


 バルバトスに掴まれ、乱暴に扱われた腕だった。


 骨こそ折れてはいないようだったが、とにかくひどく腫れあがってしまっていた。

 その光景を目の当たりにしてネフェルは顔から血の気が引き、視界が狭くなった。

 その場に倒れそうになったネフェルをスレキアイが素早く抱きとめた。


「これはいかんな。すぐにそなたを保健室に連れて行こう」


「え? 保健室ですか?」


「そうじゃ。これは一刻を争う。命にかかわるかもしれんぞ」


 そういうとスレキアイは軽々とネフェルを抱き上げ、そして肩に回すようにネフェルを担いだ。


 いわゆる「俵担ぎ」―――またの名を「お米様抱っこ」だった。


「───っ、あ、あのっ! スレキアイ様っ! こ(・)の(・)担(・)ぎ(・)方(・)は(・)っ(・)!」


 ネフェルは驚いて声を上げたが「しゃべるな。舌を噛むぞ」とスレキアイに制された。


 ネフェルを担いだスレキアイは全速力で走り出した。


 長いドレスは足元に絡み、踵の高い優美な靴はいかにも走り難そうだったが、スレキアイは驚くべき速さでネフェルを担いで駆け抜けた。

 人混みを縫うように走り抜けるスレキアイとネフェルを多くの学生が何事かと振り返った。

 自分が注目される事に慣れていなかったネフェルは、ただただスレキアイにしがみつき、顔を赤らめるしかできなかった。

 すぐに保健室に到着したスレキアイは、ネフェルを保健室のベットに放り込むように寝かせると、薬品棚をあさり始めた。


「なんと。いかんな。回復薬(ヒールポーション)がないではないか。おのれ保健医め。ちゃんと薬の管理をしてておらんな」


 スレキアイはイライラして悪態をついた。


「止むを得ん。今ここで回復薬(ヒールポーション)を調合するぞ。すまんがしばらくそこで待っておれ」


 スレキアイはベットの上のネフェルに向かってそう告げると、慣れた手つきで薬草の葉を摘み、二本のナイフをリズミカルに振り降ろし、瞬く間に葉をみじん切りにした。

 次にそれをすり鉢に入れると呪文を詠唱しながら丁寧に摺り下ろし始めた。


「幸い上位スライムの体液(スライムローション)が残っておった。通常のスライムの体液(スライムジェル)より、より薬草の効果を高めてくれたはずじゃ」


 そういって出来上がった回復薬(ヒールポーション)を小瓶に入れると、ネフェルに差し出してくれた。

 ネフェルは小瓶を受け取って飲もうと手を出したが、それはスレキアイに押し留められた。


「だめじゃ。腕を動かすでない。わしが飲ませてやるのでおぬしはじっとしておれ」


「───えっ? い、いえ、それは、あの……。スレキアイ様、そのような事をされては……」


 恐縮したネフェルは薬を飲むくらい大丈夫ですと断ろうとしたが、スレキアイに「ほれ。口をあけい。焦らず少しずつ、ゆっくり飲むのじゃぞ」と言われ、命じられるまま薬を口に注がれてしまった。



 ※ ※ ※


心優「お薬を飲ませてもらうお母様が可愛いですね~。うっとりです。そしてスレキアイ様は素敵ですね」


 私はお二人のやり取りを聞いてキャッキャッしていました。


ネフ「よさんか。まあ、妾(わらわ)も男性に薬を飲まされるなど初めての経験でな。正直、ときめかなかったわけではない」


 意外にもお母様が素直に認められたので、私はさらにお母様を囃し立てた。


心優「ということはこれですね。お母様が仰ってた「それをされるともうその相手に嫁入りするしかない」という行為とは、こうして薬を飲まされることですね?」


 私は、正解を言い当てた確信がありましたが、残念ながらお母様の答えは違いました。


ネフ「残念じゃが、そうではない」


心優「え? あ、そうなんですね。では……あっ。わかりました。ベッドに放り込まれるように寝かされることでしょうか? なんとなく、それっぽいですし……」


 最後の一言は少し恥ずかしくて小声になってしまいましたが、これも違うとのことでした。


心優「それではこの後、そういった行為をされるということですか?」


ネフ「いや、それも違う。ここまでですでにその行為をされてしまっておる」


 お母様がそうおっしゃったので、私はお話をもう一度思い返してみましたが、そうしているとお母様が話を続けるぞと私をせっつきました。


ネフ「続きを聞けば、どの行為がそれにあたるのかわかるはずじゃ」


 お母様がそうおっしゃるので、私はお話を聞く体制に戻りました。



 ※ ※ ※


「どうじゃ」


 そう言ってスレキアイが間近で自分をじっと見つめるので、ネフェルは動悸が早まってしまった。

 こんなにも間近で男性にじっと見つめられたのは初めてだった。


「あ、あの、効果があるようです。腕の腫れが少しマシになりました」


 そう言ってネフェルは腕を見せたが、先ほどよりはマシになっていたが、それでも通常の三倍位の太さに腫れあがったままだった。


「まだまだ回復薬(ヒールポーション)が必要そうじゃな。待っておれ。あと二~三本、回復薬(ヒールポーション)を調合するゆえ」


 そう言ってスレキアイは薬草の束を取り出したが、葉を刻もうとするスレキアイの手に自分の手を添えて、ネフェルはスレキアイに待ってもらうように頼んだ。


「お待ちください、スレキアイ様。薬草の効果を高めるのであれば、葉を刻んではいけません。草花の葉は金物を嫌います」


 そう云われてスレキアイは怪訝な顔をした。


「そうなのか? しかし、ナイフで刻まねば葉を摺り下ろすことができぬではないか」


 ネフェルはスレキアイの言葉はごもっともですと肯定した上で「ですのでこうするのです。こうして葉を一枚一枚、手でちぎって細かくしてやるのです」と実演して見せた。


 スレキアイは目から鱗と言った様子でネフェルが葉をちぎるのを見つめた。

 その手つきはとても慣れた様子で洗練されていた。


「こうしてちぎってやればすり鉢で摺り下ろすことができます。もちろんナイフで刻む程には細かくなっておりませんので、摺り下ろす時間はかかりますが、薬草の効果をより多く引き出すことができます」


 ネフェルは数回に分けてスライムの体液(スライムジェル)を薬草に垂らし、ゆっくりと押し込むように摺り下ろした。

 そして出来上がった回復薬(ヒールポーション)をスレキアイにみせた。


「ほう。なるほど。確かにな」


 ネフェルの作った回復薬を見たスレキアイは納得した。

 自分が作った回復薬と明らかに見た目からして違っていたのだ。

 より色が濃く、それでいて透明感があり、光に透かすと宝石のような結晶が光を反射してキラキラと輝いていた。


 ネフェルが自分で作った回復薬(ヒールポーション)を飲むと、先ほどより腕の腫れが治まった。

 効果も覿面(てきめん)だった。


「なるほどな。素晴らしい。そなたは薬の調合に長けておるのじゃな」


「はい。私の領地は田舎で、薬草となる草花が豊富です。私はそうした草花を摘み集めるのが大好きで、よく馬車ほども摘んできては薬を調合しておりました」


 ネフェルは自慢気に語った。

 スレキアイは「馬車ほど」という言葉に一瞬、違和感を覚えたが、それよりネフェルの調合の技術に舌を撒いた。


「そなたには教えられたぞ。じゃが、腕を治すにはもう少し回復薬(ヒールポーション)が必要そうじゃな。次はそなたの言うようにわしが作ってみよう」


 そういってスレキアイは薬草の葉を手でちぎり始めた。


「あっ。お待ちください、スレキアイ様。手でちぎればなんでもよいというものではありません。こうして葉の葉脈を断たないようにちぎるのです」


 そう指摘されたスレキアイだが、俄かには上手くいかず、悪戦苦闘した。


「葉脈を断たぬようにというが、葉脈など見えぬではないか」


「ここです。ほら、このように葉の伸びる先に向かって葉脈は走っております。ですので、その流れに逆らわぬように葉をちぎってやるのです」


 ネフェルはスレキアイの手を取り、一緒に薬草の葉をちぎってみせた。


「なるほど。確かにまるでほどける様に葉がちぎれるな」


 スレキアイは感嘆した。

 そのように感嘆されてネフェルは嬉しくなった。


「でしょう? ここなんかは葉脈が複雑ですが、このような場合はここから縦にねじるのです。するとほら、このように───」


 そこまで言ってネフェルはスレキアイの手を握り、一枚の葉を一緒にちぎっている自分に気付いた。

 はっ気付いて顔を上げたネフェルの目の前に、スレキアイの顔があった。

 スレキアイはじっとネフェルを見つめていたが、ふっと笑うと目じりを下げて柔和な笑顔をネフェルに見せてくれた。


「そなたは本当に薬の調合が好きなようじゃな」


 ネフェルは身動き一つできなくなってしまい、手を離す事も出来ず、ただただ顔を紅潮させた。



 ※ ※ ※


心優「はぁぁあぁ~……。なんですかお母様。もう尊すぎます。少女マンガの世界じゃないですか」


 あまりの尊さに私が身をくねらせると、お母様も平静を装おうとしていましたが、お口がムズムズとにやけてしまっているようでした。


心優「あっ! お母様っ! さては自慢したかったんですねっ!? 自分の尊い「恋バナ」を話したかったのですねっ!?」


ネフ「良いではないか。辛い話をするのじゃ。これくらいのご褒美は許してもらわねばな」


 私は「もう、やめて下さい。こっちがあてられちゃいます」と口を尖らせたが、その実、内心では「いいですよお母様。もっとやってください」と思っていました。

 美しい恋バナは大好物です。


心優「それで「それをされるともうその相手に嫁入りするしかない」という行為は手を握って見つめ合うということだったんでしょうか?」


 そういえば、と思い私はお母様に尋ねてみました。


ネフ「おお。そうであったな。そのタネ明かしがまだであったな。すまんすまん。その事について話そう」


心優「お母様ったら私との約束を忘れて……。そうまでしてこのことをお話したかったのですね」


 私は意地悪くお母様を責めてみました。

 お母様は笑いながら「すまんすまん」と繰り返し、お話の続きを聞かせてくれました。



 ※ ※ ※


 ネフェルは太陽に透かした手の平のように顔が真っ赤に輝き、目が泳いでグルグルと廻ってしまった。

 大慌てで手を離してスレキアイと距離をとろうと思ったが、考えに反して手が言う事をきかず、手を離さなければと思えば思う程、逆に焦ってスレキアイの手を強く握り締めてしまった。

 ネフェルはパニック状態に陥り、頭からモウモウと湯気を立ち昇らせた。

 目が廻ってその場に倒れそうになったが、その時、保健室のドアが勢いよく開け放たれ、薬が詰まった箱を抱えた女生徒が室内に入ってきた。


「あれ? スレキアイ部長? 保健室(ここ)におられたんですか?」


 そのはずみでネフェルはスレキアイの手を離し、距離をとることができた。


 女生徒はその時になってスレキアイの他に、もう一人、女生徒がいることに気付いた。


「あっ───」


 すると女生徒はピタリと足を止め、フィルムを逆回転させるように後ずさって部屋を出て行こうとした。


「まてまてまてまて。勘違いをするな」


 スレキアイは慌てて女生徒を制したが「おやめください、スレキアイ部長。私はここに来ていません。何も見ていません。何も聞いていません」と、女生徒は尚も後ずさりをして部屋を出て行こうとした。


 そんな女生徒の動きを止めたのはネフェルだった。


「えっ? ユキメお姉さんっ? あれっ? ユキメお姉さんですよねっ?」


 そう言われて女生徒はピタリと足を止めた。


「えっ? そういうあなたはネフェルちゃんっ?」


「なんじゃ、二人は知り合いか?」


 驚くスレキアイをよそに、女子二人は抱き合って邂逅を喜び合った。


「ネフェルちゃんの領地は私の領地とお隣で、子供の頃からの知り合いなんです」


「お隣といっても私の領地は魔界の辺境でなので、馬車で五日くらい離れておりますが」


「それでも良くお互いに行き来して、お泊り会とかしたよね?」


「はい。辺境育ちの私にとってユキメお姉さんの領地とお屋敷は憧れの都会でした」


「やめてよ、ネフェルちゃん。私の領地も十分、田舎よ。王都まで馬車で一ヵ月もかかるんだもん」


 なるほどな。と頷きつつ、スレキアイは二人が再会の興奮ではしゃぐのをじっと見守り、落ち着くのを待った。



 ※ ※ ※


 ネフェルとユキメがお互いにひとしきり近況を報告し合って落ち着くと、ふとユキメは疑問に思った事をネフェルとスレキアイに質問した。


「ところでどうしてスレキアイ部長とネフェルちゃんが保健室(ここ)に?」


 そういえば……といった様子でユキメは慎重に二人の返答を待った。


「まて、ユキメ。お前が想像しているような、そういったことはないぞ」


「そ、そうです、ユキメお姉さん。スレキアイ様は私を救って保健室に運び込み、怪我の治療をしてくださっていたのです」


 そう説明されたがユキメはまだまだ聞きたいことがいっぱいといった様子だった。


「ネフェルちゃんを救う? 誰から? 怪我ってどこをどうしたの? なんでスレキアイ部長が?」


 ネフェルとスレキアイは代わる代わるユキメに事の顛末を説明した。


「そうだったのね。カーコス君が……」


 説明を聞いてユキメは神妙な面持ちになった。


「あ、でも腕の怪我は兄ではなく、バルバトス様です」


「そうね。バルバトス様も後で私がお灸を据えておくけど、それよりカーコス君よ。妹のネフェルちゃんに手をあげるなんて許せないわ」


 ユキメは鼻息を荒くした。


「兄が私を打(ぶ)ったのは私がいけないんです。兄の言い付けをことごとく守らなかったので……」


「違うわよ、ネフェルちゃん。あなたは悪くないわ。カーコス君がいけないの。今(・)の(・)カ(・)ー(・)コ(・)ス(・)君(・)が(・)お(・)か(・)し(・)い(・)のよ。自分を責めないで」


 ユキメがことさらに「今のカーコス」と強調するのは、昔のカーコスをユキメは知っているからだった。


「一緒に遊んでいた頃はあんなに優しかったカーコス君が……。ごめんなさいね、ネフェルちゃん。カーコス君がこ(・)う(・)な(・)っ(・)た(・)の(・)は(・)知っての通り、私(・)の(・)せ(・)い(・)だ(・)か(・)ら(・)……」


 そういってユキメはうつむいた。


「ユキメお姉さんこそ自分を責めないでください。あれは家同士が決めた事。私たち子供がどうこうできる問題ではありませんでした」


 ネフェルはユキメの肩に手をかけ、優しく撫でてユキメを励ました。


「カーコスが今のようになったのがユキメのせいだというのは初耳だ。いったい何があったのじゃ?」


 スレキアイにそう訊かれてネフェルは「それは……」と口ごもった。

 そんなネフェルに代わり、ユキメがきっぱりと質問の返事をした。


「私ことユキメ・クズハ・シュテンこそ、カーコス・セト・ホーンの初恋の女性だからです」


「ユキメがカーコスの初恋の女性じゃと? それは初耳じゃ」


 スレキアイは目を丸くした。


「はい。私とカーコス君、そしてネフェルちゃんの三人は、幼い頃から兄弟姉妹のように一緒に過ごしていました。カーコス君はいたずらっ子で、虫が苦手な私に、よくバッタを投げてイタズラをするような男の子でした。

 ですがいつの頃からか、カーコス君は私を異性として意識するようになり、私にバッタを投げる代わりに花やアクセサリーを贈るようになったのです」


「私がユキメお姉さんの好みを探って、事前に兄に情報を流してたんですよ」


 すかさず言葉を添えたネフェルはニヤリと笑ってドヤ顔をした。


「私もそんなカーコス君の気持ちが嬉しくて、だからホーン家の皆さん───つまりカーコス君とネフェルちゃんのお父様とお母様が、我がシュテン家に婚姻のお話を持ち掛けてくださったのは本当に嬉しかったです」


 そうなのか、婚姻の申し出がされるまで話が進んでいたのか、とスレキアイはうんうんと頷いた。


「……ですが、私の父と母がその申し出を断りました」


「なんじゃとっ? ユキメとカーコスは好き合っておったのじゃろう? なぜ本人たちの気持ちが無下に扱われたのじゃ?」


「それは私の父と母のプライドです。落ちぶれたとはいえ我がシュテン家は王都中央の男爵家。伯爵とはいえ辺境伯のホーン家に大切な一人娘は嫁に出せんと言い出しまして……」


 ユキメはそういいつつ、ネフェルにごめんねと謝罪した。

 そこからの話の続きはネフェルが受け継いだ。


「それからです。兄が辺境伯という肩書を恥と思い、王都中央の貴族家に強い執着を示すようになったのは。

 兄は野心的になり、魔界学園に入学して貴族の令息令嬢を見返してやろうと躍起になりました。

 兄は勉学、運動、それに武術でも魔術でも他の令息令嬢に負けぬよう努力をしていると思います。でもその努力の源泉は辺境伯の息子という肩書の為、男爵家のユキメお姉さんを妻に娶れなかった事への逆恨みなんです」


「そうであったのか……」


 スレキアイは腕組をして感慨深げに深く頷いた。


「カーコスは学園内で一目置かれておる。そなたらが言うように勉学、運動、武術、魔術のいずれも成績優秀で、一つ一つは一番ではないが、総合力ではダントツの学園トップじゃ。

 じゃが、孤高というか人を寄せ付けぬというか、いつも一人でおってな。

 それは成績を維持するために一人で研鑽を積んでいるためかと思ったが、話を聞いて合点がいった。なるほどな。カーコスは我々を恨んでいたわけか」


 そのような兄の態度に対してネフェルは「申し訳ございません」とスレキアイに謝罪した。


「ネフェルちゃんが謝る事じゃないわ。私が悪いのよ」とユキメがネフェルを庇ったが、スレキアイは「それも少し違うぞ。謝るべきはカーコスじゃ。婚姻の申し出を断られたことは辛いじゃろうが、だからと言って自分を見失ってはいかん」とユキメの肩を持った。


「いずれにせよ、話を聞けてよかった。カーコスのことは気にかけておったが、そのことを知った今、より一層、カーコスに対してしてやれることがあるかもしれん」


 スレキアイのその言葉は妹のネフェルを安心させる為の言葉のようでもあった。

 ネフェルはその意図を感じ取り、素直にスレキアイに感謝した。


「ユキメよ、ネフェルと知り合いなら話が早い。すまぬがネフェルの治療はお前に任せた」


「え? あ、はい。それは構いません。もとよりそのつもりでしたし」


「うむ。頼んだぞ。ではわしは多忙ゆえ、もう行く。ネフェルよ、そなたと会えてよかった。また会おう。そして、もし何か困ったことがあれば気兼ねなくわしに相談にくるがよい」


 そう言ってスレキアイは二人を残して保健室を後にした。


「そう言えば、ユキメお姉さんはどうして保健室に?」


 ネフェルはユキメに訊いてみた。


「ああ、それね。私はクラスの保健係で、学園の保健委員なの。保健室の回復薬(ヒールポーション)がなくなってしまったから保健医の先生に言われて在庫を取りにいっていたところだったのよ」


 そう説明されてネフェルはとても納得した。

 世話好きで心優しいユキメは保健係にぴったりだと思ったからだ。


「まさか保健室にスレキアイ部長がいて、さらにネフェルちゃんまでいるとは思わなかったけど。

 それと昨日はごめんなさいね。ネフェルちゃんが入学するのは知っていたけど、私も新学期の準備で忙しくてなんの手伝いにもいけなくて」


 ユキメが申し訳なさそうにするのでネフェルはどうか気にしないでくださいとユキメをなだめた。


「もう荷物は片付いた? この後、もうすぐ入学式だけど、その後、ネフェルちゃんはどうするの?」


 ユキメが今後の予定をネフェルに尋ねると、ネフェルは大切な事を思い出したように急に立ち上がった。


「そうでしたっ、ユキメお姉さん! 私は、大変なことになってしまいましたっ!」


 ネフェルがいつになく深刻そうなのでユキメは心配になった。


「大変なこと……? え? なに? ネフェルちゃん、どうしたの……?」


「すみません。ユキメお姉さん。まずは父と母に手紙を書かなくてはなりません」


「手紙……? そ、そうね。ご実家のご両親を安心させてあげる為にも手紙は早く書いた方がいいでしょうね」


「はい。でも手紙の内容は “お(・)別(・)れ(・)の(・)挨(・)拶(・)” です」


 ネフェルがそういうのをユキメは一瞬、理解できなかった。


「お、お別れの挨拶……? え? どういうこと?」


 ネフェルはユキメの隣に腰を下ろすとユキメの両手を包み込むように手にとって、じっと目を見つめて理由を説明した。


「私はスレキアイ様に “奪(・)わ(・)れ(・)て(・)” しまいました。スレキアイ様の許に行かなくてはなりません」


 そう言われたがユキメは尚もキョトンとしたままだった。


「奪われた……? え? ネフェルちゃん、何をされたの……?」


 ユキメの中で保健室のベットの近くにいるネフェルとスレキアイの姿が思い出された。

 ま、まさか、二人はまだ学生なのに白昼堂々、学校の保健室で……?

 ユキメの脳内で抱き合うネフェルとスレキアイの姿が鮮明にイメージされた。

 妄想が花開き、ユキメの顔は赤くなったり青ざめたり表情が目まぐるしく移ろった。


 そんなユキメをよそに、ネフェルは力強く、しっかりとユキメに一言、説明をした。


「私は……私はスレキアイ様に “俵担ぎ(たわらかつ)” をされてしまいました……!」


「……───ん? 俵担ぎ?」


 ユキメは想像していた内容とは全く違う言葉を言われて、理解が追い付かずにオウム返しをしてしまった。


「はい。今でいう “お米様抱(こめさまだ)っこ” です。これをされてはもうスレキアイ様の許以外に私に行く先はありません……!」



 ※ ※ ※


心優「……───お米様抱(こめさまだ)っこですか?」


 まさか、と思いつつ私はお母様にお伺いしてみました。


ネフ「そうじゃ。お米様抱っこじゃ」


心優「魔界ではお米様抱っこをされると「もうその相手に嫁入りするしかない」ということになるのですか?」


ネフ「そうじゃ。お米様抱っこをされた者はその相手に “略奪” されたことになるのじゃ。つまり “所有物” にされたということじゃ」


心優「そんな人権無視な」


ネフ「仕方あるまい。それが魔界じゃ」


心優「仮に魔界がそのように殺伐としているとしてですが、しかしそれでもスレキアイ様は略奪目的でお母様をお米様抱っこされたようには思えませんが……」


ネフ「スレキアイの真意などどうでもよい。重要なのは妾(わらわ)がお米様抱っこされている姿を大勢の学生が目撃した事じゃ。それを見た全ての学生が認識したじゃろう。妾がスレキアイの “所有物” になったということを」


 私は「それをされるともうその相手に嫁入りするしかない」という行為は、もっとロマンチックで神聖な行為だと期待していたので、少し残念な気持ちになりました。

 いえ、お米様抱(こめさまだ)っこも好意を寄せる男性にされたらきっと嬉しいとは思うのですが……。

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― 新着の感想 ―
学生時代のお話は、前に読んだときも一番好きなところだったので、ワクワクしながら読んでしまいますね(^^) また、読みに伺います!!
お米様抱っこは面白いです!でも、所有物になるなら、皆も警戒しないと! ただ、個人的には嫌いではないです。
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