第7話 白い狼と、小さな蜘蛛
沼蛭としての人生は、短かった。
目を覚ました時、俺は冷たい泥の中にいた。
手はない。
足もない。
目も、まともに見えているのか分からない。
ただ、ぬるぬるした細長い身体で、泥の中を這うことだけはできた。
蜘蛛の時より、さらに不自由だった。
だが、死に戻りを繰り返して分かってきたことがある。
どんな弱い身体にも、その身体なりの生き方がある。
スライムには、隙間に入り込む身体があった。
蜘蛛には、糸と毒があった。
なら、この沼蛭にも、何かあるはずだ。
俺は泥の中で身を縮め、近くを通る生き物の気配を探った。
水が揺れる。
何かが近づいてくる。
重い。
大きい。
獣か。
魔物か。
俺は反射的に、その気配へ向かって伸びた。
吸いつく。
血を吸う。
たぶん、それが沼蛭の生き方だ。
俺は、水面近くに落ちてきた足に噛みつこうとした。
次の瞬間。
ばくん、と世界が閉じた。
何かに丸ごと食われた。
暗い。
臭い。
圧力。
牙。
俺の身体は、考える暇もなく潰された。
《死亡を確認しました》
《死因を解析します》
《死因:捕食》
《副次要因:咀嚼、圧潰、消化液》
《加害個体:沼鰐》
《捕食耐性・微を獲得しました》
《圧潰耐性・微を獲得しました》
《消化液耐性・微を獲得しました》
《過去転生種族:ゴブリン、スライム、洞窟蜘蛛、沼蛭》
《上記種族への再転生は不可》
《次回転生種族を抽選します》
あまりにも早かった。
沼蛭として、何かを覚える前に死んだ。
何かを守ることも、戦うことも、逃げることもできなかった。
ただ、食われた。
この世界は、本当に容赦がない。
《抽選完了》
《次回転生種族:ホワイトウルフ》
次に目を覚ました時、俺は雪の上にいた。
寒い。
そう思った。
けれど、不思議と耐えられる。
体を包む白い毛が、冷気を弾いていた。
鼻が利く。
耳が動く。
四本の脚に力がある。
爪が雪を噛む。
牙がある。
喉の奥から、低い唸りが漏れた。
俺は、狼になっていた。
ホワイトウルフ。
今までで、一番まともに戦えそうな身体だった。
ゴブリンより速い。
スライムより強い。
蜘蛛より大きい。
沼蛭とは比べものにならない。
だが、喜びはなかった。
強い身体になったからといって、何でもできるわけじゃない。
俺はそれを知っている。
ゴブリンは剣で死んだ。
スライムは棒で潰された。
蜘蛛は火で焼かれた。
沼蛭は食われた。
この身体も、いつか何かに殺される。
それでも。
俺は雪の上に立ち上がった。
今回は走れる。
噛める。
吠えられる。
守れるかもしれない。
その時、鼻先に懐かしい匂いが届いた。
焦げた糸。
洞窟の湿った石。
小さな蜘蛛の匂い。
俺の耳が跳ねた。
まさか。
俺は雪原を駆けた。
白い身体が、風を切る。
雪を蹴る感覚が新鮮だった。
速い。
今までのどの身体よりも速い。
匂いを追う。
木々の間。
倒れた岩の影。
そこで、小さな黒い影が動いていた。
蜘蛛だった。
まだ小さい。
脚も細い。
けれど、俺は覚えている。
燃える巣の中で震えていた子蜘蛛。
俺が糸で引き寄せ、奥へ逃がした子蜘蛛。
生きていた。
あいつは、生きていた。
俺は思わず近づいた。
だが、子蜘蛛は俺を見た瞬間、脚を広げた。
威嚇。
当然だ。
今の俺は蜘蛛ではない。
白い狼だ。
小さな蜘蛛からすれば、ただの捕食者に見える。
俺は足を止めた。
低く伏せる。
牙を見せない。
唸らない。
どう伝えればいい。
現在のステータス
名前:未設定
現在種族:ホワイトウルフ
過去転生種族:ゴブリン、スライム、洞窟蜘蛛、沼蛭
転生回数:5回目
死亡回数:4回
撃破数:人族狩人 1名
前回死因:沼鰐による捕食
獲得耐性:斬撃耐性・微、打撃耐性・微、炎熱耐性・微、煙耐性・微、捕食耐性・微、圧潰耐性・微、消化液耐性・微
現在の脅威:勇者一行の接近




