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黒衣の守護者  作者: 樽吐
ある英雄の結末
75/156

(4)

 治療院を出るとベリルは王都にある別宅に帰った。娘達は既に帰っており、夫も今日ばかりは店を閉めて出迎えてくれた。心が安まる最高のひと時だ。だがショノアの今後のことを思うと、今日は申し訳ないような気持ちにしかなれない。

 リーンがいなくなったことは家族も皆知っていて、それなりに残念な思いは抱えているようだった。それでもやはりミレノアルがこの先平和になるという喜びの方が優ってしまっているのか、表情は明るい。所詮セレンもショノアも突然現れた存在だ。突然消えてしまっても、彼らが活躍する場が無くなれば忘れてしまっても問題はないのだ。悲しむ家族も友人もいなければ、簡単に人の存在など忘れ去られる。それをベリルはよく知っていた。

 それからもどうも家族と一緒に笑い合える気分にはなれず、ベリルは食事を終えると早々に席を外した。娘達も夫も彼女が浮かない顔をしている理由は察していたのだろう。呼び止められることはなかったが、申し訳ないような気はしている。今度の休暇の日には埋め合わせに家族で何処かに出掛けるのも良いかもしれない。晴れた日に家族全員でなど、娘達が騎士になる前以来だ。

 ベリルは書斎に引っ込み蒸留酒の瓶を取り出した。今日は強い酒でも飲んでいないとやり切れない気分だ。グラスも取り出し椅子に座ると、丁度来客を知らせる音が鳴った。こんな夜遅くに誰だろうかと窓から玄関を見下ろしてみる。2階からでは(ひさし)が邪魔になり、はっきりとはわからないが、恐らくグレシルだ。彼女はすぐさま部屋を飛び出した。

 玄関に辿り着くとグレシルが黙って彼女を見つめてくる。これは恐らくショノアかセレン絡みの話だろう。彼女はすぐさま書斎に案内した。

「ショノアがいなくなった」

 グレシルは書斎の扉が閉められるなり口を開いた。そして1枚の紙を手渡してくる。文字の書かれたその紙はグレシルが手を離した一瞬文字が消え、ベリルの手に収まるとまた文字が出てきた。

「『未来に帰る』…? セレンも聖剣も置いてか?」

 ベリルはその書き置きを読んで思わず声を上げてしまった。彼にはまだセレンの遺体をベリルが引き取ることは話していない。なのに全てを置いてあのショノアが自分1人で未来に帰ってしまったなどと、すぐには信じられなかったのだ。

「まさか…死ぬつもりじゃなかろうな…? あの子は…セレンが誰に殺されたか、知っていたかもしれんのじゃろう?」

 テントの前には聖剣とデルフィラが身に付けていた髪飾りが置き去りにされていた。同じ場所にあったからにはショノアもそれを見ていたことだろう。あの髪飾りをデルフィラの持ち物だとわかっていたなら、その意味も理解したはずだ。セレンを殺したのがデルフィラだったなどと、2人と親しかったショノアに耐えられるはずもない。仇を討つにしても相手はデルフィラになるのだ。絶望しかないではないか。

「未来で勝ち目のない戦いに挑んで死ぬ気だと…?」

 あり得ない話ではない。最早未来のミレノアルを救う手立ては無くなった。過去にいてもセレンはいない。デルフィラは敵となってしまった。彼の居場所は何処にもない。

「馬鹿なことを…! どうにか…我々にできることは何も無いのか⁈」

 2人はこの時代のミレノアルを救ってくれた。今度は自分達が返す番だと思っていたのに、本当に何もできない内にショノアは未来に帰ってしまった。

「……」

 グレシルはベリルとは対照的にじっと押し黙り、何も言葉を発しない。諦めてしまったのかと思わず迫れば、彼は珍しく声を荒げた。

「少し黙っておれ! 今大事なことを思い出そうとしておるのじゃ!」

「⁈……」

 驚いて口を噤むと、グレシルはまた黙り込んでしまった。しばらくすると考えがまとまったのか、彼はベリルの顔をじっと見つめた。

「ショノアを助けられる保証はない。しかも我々は陛下に対する反逆罪を犯すことになる…。それでもセレンが生き返る万に一つの可能性に賭けてみる気はあるか?」

「…反逆罪…だと?」

 穏やかではないその物言いに、ベリルは思わず尻込みした。さすがに騎士の本分に背く行いをすると予告されて、はいそうてすかと簡単に受け入れられるわけもない。ましてそれは『万に一つの可能性』でしかないのだ。しかしベリルはやがて覚悟を決めた。

「何をする気だ? 説明してくれ」

 彼女が心を決めたので、グレシルは話し始めた。それは彼がまだ若かった頃、50年も前の話だ。

「あの頃も…ガレスから王都に大量の魔物が送り込まれ、かなりの被害が出た時期じゃった…」

 1人でも多くの命を助けようとグレシルは治療の研究に没頭し、血に含まれた魔力を利用する薬を開発した。それによって多くの命が救われたが、依然として死亡者自体が多かった。記録によれば当時、王都に暮らしていた人間のおよそ半数が犠牲になり、残った者も多くが王都から郊外の土地へ避難していったとされる。そんな中でグレシルは死者を甦らせる魔法を追い求め始めた。

「ヘルドル人は元々死者を甦らせる秘術を持つと言われた治療術師を起源とする…。その力を恐れた当時のガレス王に滅亡させられぬよう己の力を封じたガレス人達がヘルドル人となったのじゃ。ならばわしにもその力は眠っておるはず。それを願ってわしはかなり無茶なこともした…」

 治癒魔法に関わるものは何でも集め、見て聞いて回った。潜在能力を目覚めさせるためにと劇薬を飲んだことさえあったと言う。

「あの薬はわしの能力を向上させてはくれなんだが、治癒魔法には敏感になってな…。離れた場所からでも魔法の痕跡を見つけることができるようになったのじゃ」

 その力を使ってグレシルは太古の治療術師達の遺物を探した。治療術師の血筋は全てヘルドル人となったが、ガレス人の中には今でもたまに治療術師の能力を持つ者が生まれる。そんな彼らが魔法を封じ込めた遺物は悔しいことにグレシルの薬よりも余程高い効果を発揮するのだ。中には死者を甦らせる力を秘めた物も見つかるかもしれない。グレシルは何年も探し続けた。

「長い研究生活でわかったことは、死者を甦らせる魔法は存在せんということじゃった。ガレス王に疎まれたその力は、本当の意味では脅威ではなかった…」

 実際には死者の体を魔力に還すことなく何百年と生前の姿のまま維持し続ければ、いずれ転生しようとした魂がその体に戻ってくる。それによって死者は蘇るのだ。治療術師達にできることは死者の体を永遠に維持する魔法でしかなかった。だがいくら蘇るといっても何百年も後にたった1人で生き返ることを望む者などいない。

「今回はむしろセレンが未来で蘇ることが望まれている。ならばこの方法でならショノアの助けになるかもしれん」

 グレシルはかなりその方法に期待をかけているようだったが、それには大きな問題がある。

「しかしセレンの遺体は傷付いている…。確かに朽ちることはないかもしれんが、あれでは蘇っても再び死んでしまうだろう。死者の傷を治すことなど…果たして可能なのか? まして剣は粉々だ」

 破壊された聖剣と髪飾りは今もまだベリルが持っている。聖剣は艶も失い、セレンの遺体のように魔力が残っているようにも見えない。以前のグレシルの話では剣の存在はセレンには不可欠なものとなっている。剣を修復すればセレンが生き返るのか、セレンが生き返ることで聖剣も直るのかはわからない。だが確かなのは現時点ではどちらも著しく『損傷』しているということだ。

「…それを治すことのできる場所をわしはかつて見つけた。だがそれにはわしとお前さんで禁忌の場所に足を踏み入れねばならんのじゃ…」

「禁忌の場所…。まさかそれは…⁈」

 ベリルであっても『反逆罪』とされる程の禁忌の場所など一つしかない。ミレノアル建国当時から何人たりとも立ち入りを禁じられてきた城の奥地。

「あの場所は今や警備の者も無く、結界さえ張られておらん。入るには容易く、足を踏み入れたところで誰も気付かん。じゃが…セレンの遺体を置いていくともなればわしらの仕業であるとすぐにも判明するじゃろう」

「ま…待て。そんな場所にセレンを連れていくと言うのか? そこに何がある? いやむしろ…それを何故お前が知っている?」

 ベリルがさすがに動揺していると、グレシルは挑戦的な眼差しでベリルを見返してきた。

「……まさか既に足を踏み入れたことがあるのか? 不敬罪だ! いくらお前でも…!」

「もう何十年も前の話。時効じゃろうて…」

 グレシルは悪びれもせずにそう言ってのけた。ベリルはさすがに呆れて物も言えない。

「本当に入れたくなければそれなりの処置を施さねばな? そもそもあの場所の価値などもう誰もわかっておらんし、知ろうともせん。守る意味も忘れて放置しておきながら今更足を踏み入れたら罰するなどと、愚かな言い分でしかないわい」

「……」

 それについてはベリルも同感なだけに、反論の余地はない。最早境目も定かではない禁域では、運悪く足を踏み入れた者が運悪く他の者に目撃されて投獄される。そんな曖昧なものなのだ。しかしその噂は城に出入りする者の間に広まり、誰かが投獄される度に『禁域』の範囲は勝手に広がってしまった。今ではヘイムが身を隠していた湖までが禁域だと思っている者も少なくないが、実際の禁域はもっと狭く、最も奥地にある林の中だけなのだ。だがその林でさえ、誰も近付かず手入れもされないために広がっていく一方だ。

「あの場所には…公になればわしらヘルドル人の存在など無用のものとされておったかもしれん…。それほど治癒魔法で満たされた部屋があるのじゃ」

 グレシルが若い頃、城の出入りを許されて程なく彼はその禁域の説明を受けた。説明した騎士はその範囲をかなり正しく把握していて、グレシルは禁域のすぐ目の前まで近付くことができたのだ。おかげで林の中の膨大な治癒魔法の存在にも気が付いた。その正体を確かめて利用することができれば、この先死者を大幅に減らし、或いは生き返らせることも可能になるかもしれない。グレシルは己の正義感に従い、夜になってから今度は1人でその禁域に足を踏み入れた。

「中には一つの背の低い塔が建っていた。建物の様式はガレスのものでかなり古風でな…。周りの木々もガレスのものばかりで、そこだけミレノアルではないような様相じゃった。あの場所がミレノアル建国当時から禁忌とされているからには、もしかしたらデレンベリア王女が絡んでおった場所なのかもしれんな…」

「デレンベリア…王女…」

 突如飛び出してきたその名に、ベリルは一瞬言葉を失う。その名は最早ただの太古のガレス王女ではなく、彼女やセレンにとっては先祖の名だ。セレンから聞いた話では彼女は500年経った後に蘇った。その彼女が長い間眠っていたのがその場所だったとしたら…。

「行こう。セレンを連れて、そこに行く。今からだ」

 ベリルの心は突然決まった。グレシルはセレンが蘇るかどうかは賭けだと言ったが、彼女は既に確信していた。何より大いなる母が眠っていた場所だ。きっとセレンも助けてくれるに違いない。

 グレシルはベリルの突然の心変わりに戸惑っていた。彼の中では彼女がこの提案を受け入れて協力してくれるかどうかが一番の難関だと考えていたようだ。実際にデレンベリアの名を聞くまで彼女はその地に足を踏み入れる決心が付かずにいたのだ。

「剣は城の執務室に保管してある。今の時間なら詰めている騎士も大した人数はおらん」

 幸い今の時期、城には毎日のように戦死者の遺体が出入りしている。セレンを運び込んだところで怪しまれることもないだろう。

 ベリルは少し用ができたと言って家を出ると、治療院に立ち寄りセレンの遺体を運び出す。運搬する魔法具には事欠かない施設だ。すぐにも2人は城までセレンを運んで行った。

 城門を警備する兵士も、ベリルとグレシルという顔ぶれに真夜中に運び込む遺体となれば詮索しない方が良いと勝手に気を回してくれる。グレシルが遺体を運ぶ時主に使う通路を使ってセレンを運び、ベリルはその間に執務室から聖剣を持ち出し先に王の宮殿に向かった。

 遺体を運んでいて違和感のある場所は宮殿周辺だけだ。しかもその辺りには騎士や兵士の数が夜でも多い。ベリルは彼らに話しかけると、グレシルが通る予定の道から遠ざける。しばらくすると彼の姿が見えてきたので、彼女は更に兵士達の気を引いた。

 グレシルは淡々とさも当然のように歩いていて、その肝の太さは頼もしいと同時に小憎らしいくらいだ。恐らく誰かに見つかり引き止められたとしても言い訳は用意してあるのだろう。だがその言い訳を使わせるわけにはいかない。

 グレシルが完全に通り過ぎ、しばらく経ってからベリルは話を切り上げまた1人になった。宮殿の中に入り、彼女と王だけが知る抜け道を通って裏手に出ると、まだグレシルは遠くの方を歩いていた。彼女はフードを被ると物陰に隠れ、グレシルが通り過ぎるのを待った。ここから先は言い訳の聞かない領域だ。もし誰かが近付いてきたら、密かに眠らせるしかない。

 やがて全く速度を変えることもなくグレシルがベリルの前を通り過ぎていった。本当に彼のその豪胆さは諜報部隊に入った方が良かったのではないかと揶揄いたくなるほどだ。さすが若い頃にたった1人で禁域に足を踏み入れていただけはある。彼女は周りを警戒しながらグレシルの後を付いていったが、ありがたいことにそこからは誰にも遭遇することはなかった。

 ヘイムが以前隠れていた湖を抜け、見慣れない木々に挟まれた道をいくらか進めばそこから先が本当の禁域になる。昔は土の色がミレノアルのものとは違って明らかに白かったために区別が付きやすかったらしいが、最近では誰も手入れする者が無いため枯草や雑草に覆われあまり見えなくなってしまった。少し草を避ければ見えてくるため、これによってベリルはこの禁域に足を踏み入れたとして捕まった人間を何人か救うことができたのだ。だが彼女はこれからその禁域に自ら進んで足を踏み入れる。

「先に行っておるぞ?」

 彼女の葛藤など全く意にも介さず、前を歩くグレシルはさっさと歩いて行ってしまう。彼の方は二度目なので気にもしていないようだ。ベリルは忌々しい思いで息を吐き出すと、その領域に足を踏み入れた。

「……」

 禁域に入ったと言っても特に何が違うというわけではない。勿論警報が鳴り響くわけでもない。わかっていたことだが、つくづくこれで足を踏み入れるなと言う方が無理だろう。だが中に入ってすぐにグレシルから聞かされていた塔らしきものが見えてくる。

「意外に…塔は綺麗なものだな…。昨日建てられたばかりだと言われても信じてしまいそうだ」

 塔の壁はすっかり植物の蔓で覆われていたが、隙間から覗くその壁は黒く艶やかだ。形は確かに先日見たガレス城の塔によく似ていて、それがミレノアル城にあるというのはひどく違和感のある光景だった。

「あの塔は中の部屋に込められた治癒魔法の影響を少なからず受けておってな…。わしが見つけた時から全く姿は変わっておらん」

「治癒魔法とは…建物の修復までするのか?」

 あまり馴染みのない話なだけに、ベリルは聞き返す。それに対してグレシルは苦笑した。

「だとしたら魔法具師の存在意義まで危うくしたじゃろうな…。さすがに普通の治癒魔法にそこまでの効果は無い。あの部屋は…特別なんじゃよ」

 だからこそセレンのことも癒せるはずだとグレシルは言うのだろう。これだけの力なら聖剣さえ直せるかもしれない。期待を胸にベリルはセレンの体を肩に担いだ。

「相変わらず…軽いな」

 ベリルはその体の異様な軽さに思わず呟いた。本来遺体とは重いものだ。それには生きていた頃に持っていた魔力が抜けてしまったからなのだそうだが、セレンの体は一般的な遺体に比べて明らかに軽い。それはグレシルの言う通り、彼の体内に多くの魔力が残っているからなのだろう。だとしたらそれが生き返るための力として役立ってくれればと願うばかりだ。

「中にはあの窓から入れる。この塔には扉が無くてな…。若い頃は縄梯子を使って登ったが、今回はお前さんに任せる」

「……お前…ここに入ったのは一度だけではないだろう?」

 興味本位でここに足を踏み入れて、縄梯子など持ち合わせているはずはない。だとしたら彼は一度この塔を見つけて一旦戻り、縄梯子を持ってきて再度挑戦したに違いない。

「一度気になると答えを見るまで気が済まん性分でな?」

 グレシルはセレンと一緒に持ってきたらしい縄梯子を取り出しながら答えた。ベリルの言葉を否定しない彼の姿に、ベリルはため息しかない。だが今回ばかりはその好奇心が役に立つかもしれないのだ。いや、グレシルの好奇心はいつでも人の役に立ってきた。今回もきっとセレンを生き返らせてくれるに違いない。

 ベリルはグレシルから縄梯子を受け取ると、窓へと投げ上げた。鉤爪がしっかりと窓枠に引っかかったのを確認すると、彼女はスルスルと塔の外壁を登っていく。塔は2階程度の高さしかないため、窓まではすぐに辿り着いた。

 窓には透明な板が嵌っているわけでもなく、中は吹き(さら)しだ。さぞかし砂埃で覆われているだろうと予想していたが、外壁と同様中はたった今誰かが掃除していったかのように綺麗だ。中央には王族が使うような豪奢な天蓋付きのベッド。周りには宝石と黄金で飾られた鏡台に、金糸で刺繍が施された純白の長椅子。飴のように磨き抜かれた木製の棚に机。どれを取っても芸術品の域に入るような美しい調度品ばかりだ。

「お前はいつも…眠る時は王族の部屋だな?」

 ベッドにセレンを横たえると、ベリルはその顔を撫でた。冷たく弾力のないその顔に触れていると、涙が頬を流れ落ちていく。

「お前はもう生き返りたくないかもしれない…。蘇っても、ショノアが帰ったその時代に蘇る保証もない。ガレスに滅ぼされたミレノアルに1人蘇ることになれば…私を恨むだろうな…?」

 ベリルはセレンの胸の上に魔法で覆われた聖剣の欠片を置いた。欠片は全て揃っていて、魔法で結び付いているおかげで元通りの形に並べるのも容易い。騎士を弔う時のように彼の両手に剣を握らせると、その指に嵌っている指輪が煌めいた。思わず彼女は手を止める。

「柄は…二つもいらぬな?」

 セレンが元々持っていた聖剣はまだ生きている。そしてセレンはこの柄に刀身を取り戻させたいと思ってこの過去に来たのだ。だとしたら柄はこの先現れるセレンに渡さなければならない。彼女は一度セレンの上に置いた聖剣から柄だけを取り出し、代わりに髪飾りを持たせた。

「生き返って…もし平和な時代が来ていたら…、今度こそこれを愛する女性に渡して幸せになるといい…」

 この髪飾りを買ってデルフィラに渡したと話していたセレンの顔は今でも鮮明に思い出せる。とても良いものだからきっと自分達は幸せになれると、そう嬉しそうに話していた。

「…もう…ミレノアルの未来もショノアのことも…どうだって良いのだ! 私はお前に…、お前に幸せな一生を送らせたかった…! それだけなのだ…!」

 ベリルはとうとうセレンにしがみ付いて泣いた。きっと皆がセレンの幸せを願っていた。そしてセレンも皆の幸せを願っていた。その互いを思う心がどれだけ大きな意味を持っていたことか。

 この先ミレノアルは平和になっていくだろう。だがリーンを裏切ったガレスの王女の存在が、再びガレスとミレノアルとの繋がりを断ち切っていくのだ。そしてそれは未来のミレノアルをも滅ぼすのだろう。

 過去は決して変わらない。既にセレンは生まれた時からミレノアルの命運を握っていた。そしてこの先未来のミレノアルの命運すら握ることになるのだろう。たとえそれがミレノアルの滅亡という結果で終わったとしても、せめてセレンの未来だけは明るいものであれと…、ただひたすらにベリルは祈り続けた。



これにて第一部は終了です。

第二部からは元の時代に戻ってからのお話になります。

新しい登場人物も出てきますが、基本的には未来に帰ったショノアの話です。

セレンは復活するのか、それはいつなのか。果たしてショノアと再会できる日は来るのか。

まだまだ苦難の日々は続きます。


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