(3)
セレンが床に剣を突き刺した直後、その場所から白い光が溢れ出てきた。それは見る間に謁見の間全てを満たし、一瞬何も見えなくなる。だが光が収まるとそこにはショノアやベリル、セレンが求めていた人物達が全員揃って立っていた。
「ショノア!」
溢れ出てくる喜びにセレンは思わず彼らに駆け寄った。それを出迎えるショノアの顔は泣きそうだ。いつも冷静な彼にしてはとても珍しい。
「ロギア!」
「⁈」
予想外の名前で呼ばれ、セレンは無意識の内に彼を抱きしめていた。まだ大人になりきらないその身体はファタルの面影を残していて、まるで2人で暮らしていた頃に戻ったようだ。
「…思い出したのですか? でも何故…?」
セレンはもうファタルの記憶のことは諦めていた。そもそもファタルがセレンを庇ったように見えたのは偶然だったのだと、そう自分に言い聞かせてきたのだ。たとえ記憶が戻らなくてもショノアがファタルであることは間違いない。それで良いと思っていた。だが改めてショノアに『ロギア』と呼ばれた時の嬉しさは、自分で思っていたよりもずっと大きい。
「ネメアが…戻ってきたからだ」
「?…」
言葉の意味がわからず戸惑っていると、ショノアの背後で白い大きな影が立ち上がる。その様子に思わず彼を抱く手に力が入った。
「大丈夫だ。これは俺の…使い魔だから」
「あなたの…?」
セレンの緊張を解くかのようにショノアはネメアの顔の前に手を差し出し、その大きな鼻を撫でる。ネメアはショノアにしっかりと懐いているようで、気持ち良さそうに目を細めた。その様子にかつてヘイムの言っていた言葉が正しかったのだとセレンにも徐々に喜びが湧いてくる。
それは本当に奇跡のような出来事だった。ファタルがネメアに打ち勝ち生き延びたことも、そのネメアと亜空間で出会えたことも、全てがわずかな可能性の上に起きたことだ。それがショノアの身の上に起きた。まるで彼がこれまで耐えてきた苦しい日々に対する褒美のようだ。
「…ファタル…!」
あまりの感動にセレンはもう一度彼の体を強く抱きしめる。ショノアは照れ臭そうにしながらもじっとしていた。とうとうファタルが戻ってきたのだ。後はミレノアルに平和を取り戻せば、セレンの願いは全て叶ったことになる。セレンは思いも新たにアルゴスに向き直った。
「…運の良い奴等め…。だが貴様らは大きな失態を犯しているぞ? やはり最後に勝利を手にするのはこの私だ!」
アルゴスは形勢が不利となったにも拘らず不敵に笑った。それと同時に王やイアニス、ベリル、セレンに至るまで体の一部分だけが光り始める。
「まさか増幅器…⁈」
それを見たショノアの顔が恐怖に引き攣った。光っているのはいずれも彼が皆に配った増幅器だ。アルゴスはその増幅器から自分の魔法を発動しようとしている。彼の恐れていたことが現実になりつつあったのだ。
「みんな、増幅器を外せ‼︎」
ショノアはセレンの耳から増幅器をもぎ取り、他の者達にも振り返って叫んだ。
「もう遅い!」
アルゴスの勝ち誇った声が辺り一帯に響き渡る。しかし増幅器から発動したのは障壁の魔法だった。それがどんどん広がりその場にいるセレン以外の人間全てを覆っていく。
「貴様…!」
アルゴスは何が起こっているのかすぐに理解したのだろう。セレンに向けて衝撃魔法を放つが、その魔法は彼の体に当たるなり吸収されるようにして消えた。
「⁈……何…だと…?」
自分の目にしたものが信じられないと、アルゴスは放心状態になる。それを見たセレンは静かに語りかけた。
「最早私にあなたの魔法は通用しません。ヘイムの持つ全ての力を私は手に入れました。ガレス人としての魔法とネメアと同じ魔法生物の能力。そして剣としての不変性までも…。この私とネメアを使い魔に持つショノアを相手にまだ戦うおつもりですか?」
「!……」
驚愕の事実に、その場にいた誰もがセレンに注目していた。ショノアも畏れるように一歩後退った程だ。
「あなたが誇り高きガレスの王ならば、今ここで負けを認めてください! そうすれば私は…!」
「どちらにしても…私が死ぬことに変わりあるまい…?」
アルゴスの不気味なほど冷静な声がセレンの言葉を遮った。彼は玉座に向かって歩いていくとその肘掛けを愛しそうに撫でる。
「……魔法研究に没頭し続けて100年余り…。しかしまさかミレノアル人の貴様に私の理想を見せられるとはな…」
背中を見せるアルゴスの表情はわからない。ただその声からはひどく落胆した様子が伝わってきていた。セレンに弱者をいたぶる趣味はない。完全に形勢逆転した今となってはアルゴスがおとなしく負けを受け入れてくれることを望むだけだ。一国の王が一介の騎士に斬り殺されて最期を迎えるなどと、やはりセレンは望まない。
「……負けを認めろだと? この私に貴様如きが…」
やがてアルゴスは肩を揺らして笑い始めた。その狂気じみた声にセレンはやむを得ず剣を構える。
「貴様の諦めぬ姿勢に敬意を払ってやろう! 私はガレスの王…。世界は私のものだ!」
突然振り返ったアルゴスは言うなり姿を消した。それと同時にセレンの姿も消える。
「陛下!」
アルゴスの意図を悟ったベリルが王に駆け寄ろうとするが、それよりも早くセレンとアルゴスの姿が彼女の目の前に現れた。
「ぐおぉ貴様ぁ…‼︎」
そして響き渡る恐ろしい苦悶の声。既にアルゴスの体には聖剣が背中まで突き抜けていた。
「貴様…よくも…よくもこの私を!」
怨霊のようになったアルゴスは目の前のセレンに向かって恐ろしい魔物の手で攻撃しようとする。だがそれをセレンは体を離すと同時に引き抜いた剣で手首を切り飛ばしてしまった。
「おの…れ…」
苦し紛れの反撃も封じられ、アルゴスはゆっくりと仰向けに倒れていった。セレンはそれを虚しい思いでただ見守る。
こんな恨みの権化のような様でアルゴスを死なせるつもりはなかった。最後くらい王らしく穏やかに死を受け入れてほしかったのだ。セレンは倒れたアルゴスの前で跪くと、彼の見開いたままの目を閉じようとする。すると驚くべきことにアルゴスは再び笑い声を漏らしたのだ。
「⁈…まだ生きて…」
そのあまりのしぶとさに、イアニス達も顔色を変える。そもそもガレス人は体のどの部分であっても剣の一刺しで死に至ると言われるほど生命力の弱い人種なのだ。セレンの一撃からこんなにも長い時間生き長らえていること自体があり得ない。セレンは手を引くとじっと黙ってアルゴスを眺めた。
「心せよ、ミレノアル…。不死の秘術を手にしたわしは…決して滅びぬ…。いつか必ず…お前達はわしに…ひれ伏す…ことになる…」
それはうわ言のような声だった。誰に言うでもなく、負け惜しみにも聞こえるか弱い声。だが100年後のセレンの時代ではこの言葉を誰もが思い出すことになる。
「させません…。私が必ず…ミレノアルを救ってみせる…」
セレンは剣を強く握りしめた。この剣とこの力があれば未来のミレノアルも必ず救うことができるだろう。今ほどその自信を強く持つことができる時はない。
アルゴスはセレンの言葉に反応したかのように笑い声を漏らすと、そのまま黙って動かなくなる。彼の体から魔力が煙のように立ち上り消えていく様にセレンはようやくホッと息を吐いた。そんなセレンの肩にそっと誰かの手が置かれる。振り返るとそこにはミレノアル王が立っていた。
「…よくやってくれた…。魔王は…ガレスの王アルゴスは死んだ…。ミレノアルは…今ここに勝利を収めたのだ」
それは静かな勝利宣言だった。勇ましくも高らかに声を上げるようなものではなかったが、その場にいる誰もがその言葉を感慨深く聞く。
「勿体ない…お言葉です…」
セレンは静かに頭を下げた。ジョルダニア王も生きていれば同じことを言ってセレンを労ってくれただろうか。セレンの大切だった王はもういない。それでもこのジョルダニア王にそっくりな祖先の王に言われた言葉はセレンの中で彼の言葉として残るだろう。目頭が熱くなってくるのを懸命に堪えてセレンはただ目を閉じた。
「ショノアも…よくぞ我々をあの恐ろしい亜空間からここに連れ戻してくれた。この勝利はリーンとショノア、2人の力が無ければ成し遂げられなかったことだろう」
イアニスが言えば、ベリルもようやく緊張を解いたのか穏やかな表情を見せる。
「本当に…その通りです。あの真っ暗な空間に送り込まれた時にはどうなることかと…。さすがに肝が冷えました」
「お前でもか?」
イアニスはベリルが不安がっていたとわかって少し嬉しそうだ。対してベリルは不満そうに彼の顔を見返している。2人の様子を見ていると、亜空間に送り込まれた時の絶望がいかに大きかったかが伝わってくる。しかし肝を冷やしたのはベリルだけではない。この世界にいたセレンもだ。
「私も…陛下とイアニス様達が亜空間に送り込まれたと聞かされた時は生きた心地がしませんでした。それでもこうしてまた再会が果たせたこと…、本当にショノアには感謝しかありません」
「それはあんたがこの世界への目印を付けてくれたからこそできたことだ。それが無ければ俺達は何処か知らない異世界に行ってしまっていたに違いない」
ショノアも今回の奇跡のような出来事に感動を隠せない様子だ。いつもより表情が随分と柔らかい。
「どちらしても皆無事で良かった。更にはこの恐ろしい魔王も倒すことができたのだ」
王が締めくくるとイアニスは深く頷いた。
「陛下、早くこのことを皆に知らせに参りましょう。恐らく皆陛下のことが心配で落ち着かない時を過ごしているに違いありません。放っておくとまたこの塔に突入してくるかもしれませんよ?」
「それはいかんな…」
王が苦笑し、イアニスは近衛騎士達を集め始めた。すぐにも彼は王と共に階段を降りていったが、ショノアが何かを思い出したように急に声を上げる。
「魔法石がまだ床に散らばってる! ちょっと待て!」
ショノアは一目散にイアニス達を追っていってしまい、ベリルもそれを見てホッと胸を撫で下ろしている。事情を知らないセレンはその様子をただ見守るだけだ。
「…まあ、色々あったのだ…。それよりアルゴスの遺体をどうにかせねばな…」
不思議そうにショノアを見送り下の階を見下ろしていると、気を取り直したようなベリルの声が聞こえてきた。戦いの後処理など手を汚す仕事は諜報部隊の人間がするものだ。ベリルもセレンも当然のようにアルゴスの遺体は自分達が運ぶものと考えていた。
「アルゴス王のご遺体なら私が運びます。あまり…普通の方は触れない方がいいご遺体です」
「お前は平気だと言うのか?」
「私は…。もう…私の体に傷を付けられるものはありません。ネメアとこの聖剣を除いては…」
セレンはベリルに聖剣を見せた。剣は魂の無かった時とは違い、更に生き生きと輝きを増している。それは聖剣にもセレンの力が流れ込んでいる証だろう。
「お前は今も…人間なのか?」
ベリルが控えめに確認してくる。セレンの体は放っておいてもわずかに白く光っている。黒い服を着ているのでなければその輝きはもっと顕著だったことだろう。
「…そうですね。私にも確かなことはまだよくわかりません…。ただヘイムの特性は私の持つ特性となり、私の持つ特性はこの聖剣にも宿りました。お互い…ひどく死ににくい身体になったことは確かでしょう」
「“死ににくい”…か。今までと大した違いはないな」
そう言ってベリルは乾いた笑いを漏らした。しかしその態度とは裏腹に彼女がセレンをどう扱ったものかと戸惑っているのは明らかだ。
「私は今まで通り何も変わりません。これからはあなたにあまり心配をかけずに済むというくらいですね」
セレンは表面に漏れ出る魔力を抑えると、変わってしまったらしい目の色を元の空色に戻した。そうするとようやくベリルもホッとしたように息を吐く。
「すまんな…。何もお前を恐ろしいと感じているわけではないのだ。ただ…身体が勝手に反応してしまって…」
セリノアの一族特有の鋭敏な感覚がセレンの異質な気配に過剰に反応してしまうのだろう。そもそもセレンの体に宿っているのは今まで敵だったガレスの王族とネメアと同種の魔法生物の力なのだ。ずっと敵対してきた彼女には刺激が強過ぎる。かと言って他のミレノアル人ならば今度はただ恐れられてしまうだけなのかもしれない。
「お前が何者であろうと問題ではない。お前は我々ミレノアルを救ってくれた英雄…。それ以外の何者でもない」
ベリルの言葉はまるで自分に言い聞かせてでもいるようだった。複雑な思いで苦笑を浮かべていると、ベリルは気を取り直すようにアルゴスの遺体に視線を戻した。
「それにしても…この遺体に触れぬ方がいいとはどういうことだ?」
遺体は目を見開いたまま薄笑いを浮かべているような不気味な表情で、何もなくとも近付きたくはない見た目だ。だが死んだ時に魔物に食われないよう対策を取ったものか、遺体からは呪詛と毒の魔法が染み出すように出てきている。何も知らずに人が触れればあっという間に皮膚が焼け爛れることだろう。
「これでは土の中に埋めてもその辺り一帯の土壌が汚染されるでしょう…。全て燃やしてしまうしかありません。それも骨も残さぬほどの高温で…」
遺体は土の中でゆっくり時間をかけて魔力へと変換されていくのが最も良い。屍人にならないように火葬することは時々あるが、それでも骨はできるだけ残し、できるだけ遺体が自然に魔力に変換されるよう気を使うのだ。それなのに全てを燃やし尽くしてしまうとなると、ほとんど魔力に変換されることはなくなってしまう。それは魂の活力が減少することも指し、下手をするともう二度と転生することができなくなるのだ。
「アルゴス王がもう少し残された者のことを考えてくれていれば、こんな悲しい弔い方などせずに済んだのですが…」
遺体は凄惨な姿で、とてもデルフィラに見せられたものではない。ここまで自分の体を毒そのものに変えてしまうような処置も施さなければ、あの心優しいミレノアル王なら由緒正しいガレスの王墓に彼を葬ったかもしれない。
「気にすることはない…。この男はそもそも真っ当に弔われる必要などない人間だ。自ら転生する道も断ち切ったのであれば丁度良いではないか」
ベリルは辛辣な言葉を吐くと素っ気なく立ち上がる。彼女は本来礼節を弁えた人間だ。荒っぽく見えてもその本質は情に厚く優しい。だがその彼女でもアルゴスに対しては礼節を忘れるほどに憎しみを抱いている。
「しかし…どれだけ非道な行いをしたとしても、一国の王が誰にも惜しまれることなく死んでいく様を見るのは悲しいものです…」
セレンの脳裏にはジョルダニア王とその子供達のことが思い浮かんでいた。セレンの大切な王は民衆の前で公開処刑され、その後継を巡って王女と王子達は日々権力争いを繰り返していると聞いている。父親が非業の死を遂げたというのに、彼らは悔しく思わなかったのだろうか。誰も悲しまなかったのだろうか。それを思うとセレンの中には強い悲しみだけが湧く。
「どれだけ周りが望んでも…本人が聞き入れなければどうしようもない。あの王女もわかってくれるはずだ」
「……」
アルゴスと王の子供達は似ている。権力争いに感け、民衆どころか家族でさえ利用し陥れることを何とも思わない。アルゴスほども強大な力は持っていないが、だからこそ彼らは『権力』をとにかく欲しがるのだ。15年が過ぎ、空席となった王座は彼らにとって垂涎の的だろう。
彼らの末路はこのアルゴスと同じになるのかもしれない。しかし決してそうならせてはいけないのだ。セレンが子供の頃も騎士になった時も、ジョルダニア王は我が子達の行く末を案じていた。いつか自分がいなくなった時は彼らを頼むとまで言われてきたのだ。アルゴスの見開いたままの目を閉じながら、セレンは彼らに同じことをする日が来ないよう力を尽くすことを密かに誓った。
それからセレンとベリルはすぐに1階まで降りていった。アルゴスの遺体は間違えて誰かが触れてしまわないよう氷で覆い、それを柩代わりにしてセレンが肩に担いでいる。魔法の氷の冷たさも今のセレンには全く効果はなく、いくら触れていても冷たくはないのだ。
外への扉は開け放たれていて、兵達が喜び騒いでいるのがよく見える。そして何よりセレンの目を引いたのは彼らに降り注いでいる赤い光だ。釣られるように外に出れば、眩しいくらいに真っ赤な夕陽が空にある。
「…アルゴスの魔法が…解けたのだな…」
隣でベリルがしみじみと呟いた。彼女も数年ぶりに浴びる太陽の光に気持ち良さそうに目を閉じる。異世界でも夕陽は何度か目にしたが、あの世界の夕陽は特大の星が輝いているだけで、その色はただの自然現象だと聞かされた。だがセレンの知る本物の夕陽とはこれだ。一日の終わりに太陽が残った魔力を大放出する時に見せる赤い輝き。それこそがこの世界の夕陽だった。
「ようやく日常が戻って来る…。ここまでなんと長い道のりだったことか…」
「そうですね…。後はこの…アルゴス王の遺体を弔えば全てが終わります」
そう言ってセレンが歩き出そうとするとショノアが駆け寄ってきた。どうやら彼は王やイアニスと共に人がひときわ集まっている中にいたらしい。しかしガレス人である彼は今一つその場に馴染めずにいたようだ。彼はセレンの顔を見ると「戻したのか」とわずかに落胆したように呟いた。恐らくセレンの目の色のことを言ったのだろう。“ファタル”にしてみればセレンの目は赤の方が見慣れた色だ。だからこそ本来の空色の目の方が違和感を持つのかもしれない。
「ショノア、陛下はあちらに?」
浮かんでくる笑みもそのままにセレンは尋ねる。ショノアは再び人集りに目を向けた。
「ああ、みんなの戦いぶりを労って回ってる。イアニスも一緒だ」
今回、王は家臣を決して見捨てないことを身を以て示した。そのことはこれからの王への信頼に大きく影響することだろう。加えて千年以上に渡るガレスとの戦いを制したのだ。むしろ兵達にとっては“リーン”の存在よりもミレノアル王こそが余程『英雄』だったに違いない。
「それでは少し様子を見ましょうか。皆さんの邪魔をしても悪いですし…」
セレンが何処かにアルゴスの遺体を運ぼうかと周りを見回していると、騎士や兵士達の何人かがそれに気付いた。セレンの担いでいる異様に大きな氷の塊の中に人が入っていると、彼らはひそひそと話しながらこちらを見てくる。セレンは気にせずに人集りとは逆方向の林に向かって歩き出した。しかしすぐにイアニスの声に呼び止められる。
「すまない。大事なことを放置してしまっていたな」
王と共にセレン達の元へ歩いてきたイアニスは少し慌てた様子で詫びてくる。
「いえ…、むしろ場違いなものを持ち込んでしまい、申し訳ございません」
「場違いなどではないぞ? 大事なことだ」
王が進み出てきたのでセレンはアルゴスの遺体を地面に置き、そのまま跪く。何故氷漬けになっているのかを問われたので先程ベリルに話したのと同じ内容を説明した。
「……そうか。ではせめて…この場で葬儀を行うとしよう」
「この場で? いえ、しかし…」
てっきり後で密かに火葬することになると思っていたのだが、王はイアニスに言って周りの兵士達を集めると急いで準備を整えさせる。良いのだろうかと戸惑っているとベリルが横から王に任せるよう耳打ちしてきた。
「ガレス王の葬儀をミレノアルの王が執り行う…。それは今後の二つの国にとって必要なことだ」
たとえ恐れられ、憎まれていたとしてもガレス人達にとってアルゴスは自国の王だ。それをもし人目を忍んで焼き尽くしてしまったとしたら、ガレス人達は今後の自分達の扱いにも不安を抱くに違いない。その英断にセレンが感服していると、聖剣の声が頭に響いてきた。
“なるほどな…。確かに王都に暮らすガレス人達は今城下からでもこの場で起きていることを注視している。彼らの前で父を弔えば、実質ガレスの次の統治者はミレノアル王だと示したも同じになるというわけか…”
聖剣に探ってみるよう勧められたので周りを魔法で見回してみる。確かに不自然な魔力の流れがいくつも見つかった。使い魔の気配やこの場にいる誰かの視界を共有している者、色々だ。
「少し…壁を作っておいた方がいいかもな…」
ショノアはあっという間に組み上げられた木の祭壇を見ながら呟いた。アルゴスの遺体は普通の炎では駄目だ。炎を吐く魔物総出でかかることになるだろう。そうなると近くで見届けようとしているミレノアルの兵達にまで炎が及ぶかもしれない。ショノアが祭壇の周りを氷の壁で覆っていくと、隠れていた他のガレス人の使い魔達が何体か姿を現し始めた。それはいずれも炎を操りそうな使い魔達だ。見慣れない魔物の出現に兵達はわずかにざわつく。
「心配はいりません。ガレスに住む方々も我々に協力してくれようとしているのです」
セレンが言えば、周りはすぐにも落ち着きを取り戻した。王はその様子を見て、使い魔達全てに感謝の言葉を伝えていく。それはこの先ガレスとの関係が良好に進んでいく兆候のように思えて、セレンとショノアの顔に笑みが浮かんだ。
「これを俺達の時代の人間にも見せてやりたいもんだな」
「本当に…その通りですね」
セレン達の時代ではガレス人への差別は無くなっていない。デルフィラ女王の出現によってこの時代より以前の関係に逆戻りしてしまったようにも思えた。それでも恐ろしい王がいなくなれば、そして残った王に理解があれば本当の平和が訪れるのかもしれない。その可能性を見たような気がした。
やがてミレノアル王が静かにアルゴス王へ最後の言葉を贈り、周りを取り囲む魔物達が一斉に炎を吐いた。ショノアの作った氷の壁に囲まれて、炎は渦を巻きながら上空へと伸びていく。その中でアルゴスの遺体はやがて消えて見えなくなった。
全てを焼き尽くした炎は空へと上り、時を同じくして夕陽が大地に溶けて消える。平和の訪れに歓声を上げる兵達と、使い魔達。ガレスとミレノアルとの千年以上に渡る戦いは、ここに終焉を迎えた。
今日はここまで。明日で第一部完結です。




