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黒衣の守護者  作者: 樽吐
魔法国ガレスの終焉
69/156

(1)

 暗闇の中でショノアは漂っていた。自分が目を開けているのかどうかもわからない、完全な闇の中。何もないはずなのに…いや、何もないからこそ感じる息苦しさ。頭の中にはまんまとしてやられたと、悔しさよりも絶望感の方が強い。ここは『亜空間』だ。何もない、時の流れさえも無い空間。

 何の気力もないまま茫然としていると、すぐ近くで小さな光が灯った。そして聞こえてくる見知った声。

「陛下! どこに居られますか⁈」

 その声はベリルだ。彼女がすぐ側にいる。声に気力を呼び戻されて、ショノアは光の魔法を発動した。魔法は問題なく使える。やはりここはもう“アルゴスのいる同じ世界”ではない。だからこそ魔法が普通に使えるのだ。

 ショノアの光は彼を中心にどんどん広がり、辺り一帯を明るく照らし出した。すると側には先程まで共にいた全員がいるとわかる。

「ショノア!」

 ベリルは器用にショノアの側まで漂ってくると、彼を抱きしめた。その力強さに彼女も実はかなり不安な思いで暗闇の中にいたのだとわかる。あの光は彼女の持っていた魔法具から出ている光だったようだ。

 ショノアは大きな1枚の魔法の板を作ると皆の足下に漂わせた。板はバラバラな姿勢で不安定に漂っているイアニス達を引き寄せ、足で床に立つように着地させる。明るくなり足場ができたことで、悲壮な顔を見せていた近衛騎士達も少し落ち着きを見せ始める。

「しかし…何ともひどい場所に送り込まれたものだな…。ここは一体何処なのだ?」

 ベリルも出来上がった床に足を付けるとショノアから離れた。少し照れ臭そうなのはまだ見た目が子供のショノアに縋ってしまったからだろうか。ベリルにも人並みに不安を感じることがあるのだと、こんな時でありながらショノアは可笑しく思った。

 ベリルは興味深げに周りを見回しているが、ショノアの光が無ければ何もない暗闇なのだ。見えてくるものなど何もない。

「ここは多分…『亜空間』と呼ばれる場所だ。全てのものから隔絶された別次元…。本当に…“何もない”場所だ」

「何もない…?」

 ショノアの言葉にイアニスがどういう意味かと確認してくる。彼はベリルとは違いかなり深刻そうな顔をしていて、余裕もなさそうだ。

「ここには時の流れが存在しない。命の概念もない…。即ち…今の俺達も“何もない”存在なんだ」

「馬鹿な⁈ 我々は今もこうして存在している!」

 周りの人間を指して、イアニスは信じられないと声を上げた。そう言いたくなるのも無理はない。この世界は今まで彼らがいた世界とはあまりにも違うのだから。

「しばらく過ごしていればわかる。ここでは老いることも当然死ぬこともない。腹も空かなければ眠くもならない。外界で何十年何百年と過ぎようが、俺達はずっとこのままだ」

「…それはまるで…保存袋の中のようだな?」

 ベリルは淡々と思ったことを口にする。あまりに冷静なので、イアニスが恨めしげに彼女の顔を見たほどだ。

「保存袋…か。確かにな…。俺達ガレス人はこの世界の一部を壁で区切って『異空間』と呼ばれる部屋を作ったりもするがな…。魔法具師の作るその袋も原理は同じだ」

「そういえば…昔話にそのような話を聞いた覚えがある…。盗賊が身を隠すために保存袋に入り、二度と戻ってこられなくなったという話だ。子供ながらに恐ろしいと思ったものだが…」

 横から話に加わってきたのは意外にもミレノアル王だ。彼はその時抱いた恐怖を思い出し、更に顔色を悪くしていた。

「区切った壁や床が脆いとこの世界に入ってしまい、二度と戻れなくなる…。保存袋の中なら人が入ることなんか想定されていないだろうからな」

「……それなりに、現実味のある話だったのだな…」

 イアニスもその話に覚えがあるのか、やはり王と同じく表情が強張っている。

「だがそれならこの世界の何処かに魔法具師が作った保存袋や誰かの作った『異空間』とやらが存在するというわけだろう? そこから元の世界に戻ることはできないのか?」

 ベリルはというと、彼女はどこまでも冷静にここから脱出する方法だけを考えているようだ。少しの可能性も聞き漏らさない。

「確かにこの世界には俺達人間が間借りしている空間が無数にある。だが…それはほんの砂粒程度の空間に過ぎない。この広くて暗い亜空間の中でその砂粒を探し当てるなんていうのは実質不可能だな…」

「アルゴスがまたこの亜空間に誰かを送り込んできたら、その時に脱出するというのはどうなのだ?」

 それは恐らくセレンがアルゴスと対峙した時のことを言っているのだろう。この場所が最も簡単に敵を絶望的な状況に追い込めるのだとしたら、アルゴスは誰よりもセレンをここに送り込みたいはずだ。だがそれは無いと断言できる。

「この亜空間へ通じる穴を空けるのには凄まじい魔力を消費する。次にアルゴスが亜空間への穴を空けられるのは数年後だろう。…だがその頃はもうミレノアルはガレスのものだ。そこまでしてここに送り込みたいような人間などいなくなっている」

 今思えばあの謁見の間には異常なほどの魔力が蓄えられていた。そうでなければショノアほどの魔力の持ち主が魔力の圧迫感に押し負けて気分を悪くするはずがないのだ。アルゴスはきっと何年もかけてあの部屋に自分の魔力を溜め込んでいたに違いない。昨日からの戦いといい、彼はミレノアルがガレスとの戦いを準備し始める何年も前から敵との戦いを想定していたのだろう。明らかに準備の差が戦力の差となった。

「ショノアの力で元の世界に戻ることは…今の話を聞く限りでは無理なのだろうな…」

「アルゴスでさえ準備に何年もかけたんだ。俺1人の力ではとても無理だろう。無理矢理破壊してこじ開けるにしても…せめて竜剣の力があればな…」

 爆発的に大きな力を発動すれば、この世界は安定性を失い身近にある世界と一瞬同化する。亜空間は全ての世界と接している世界だが、現時点ではショノア達がいた世界が身近なはずだ。今すぐなら違う世界とは同化せずに元の世界に戻ることも可能だろう。時間が経ってしまうとどの世界と繋がるか、それはわからない。

「あの剣とリーンがここにいればお前の力と合わせて脱出できたかもしれんということか…。アルゴスはまさかそのことも踏まえて我々だけをここに送り込んだのか…?」

「俺はそうだと睨んでる。普通に考えれば厄介な相手が全員揃うのを待ってここに送り込めばいい。だがアルゴスはそうしなかった。それは…俺達2人が揃えば脱出される可能性があったからだ」

「どこまで抜け目のない奴なのだ…!」

 イアニスが堪らずに声を上げる。ショノアももうさすがに戦意を(くじ)かれてしまっていた。何をやってもアルゴスには通用しない。それはまるでこの世界にいる自分達そのものだ。ショノアは全ての気力が萎えてしまい、その場に腰を下ろした。それを見た周りの近衛騎士達も同じように腰を下ろし始める。しかし諦めていないらしい人物が1人いる。ベリルだ。

 彼女は周りを見回しながらもショノアに語りかけてくる。

「ショノア。お前にも魔力を貯めておいてから一気に爆発させる方法は使えないのか?」

「……できなくはない。だが時間をかけている暇はない。次にこの世界と別の世界が同化した時、そこが俺達の世界である保証はないからな…」

 ショノア達が今いる場所は果たして同じ場所に留まっているのか。亜空間の周りにある別の世界も常に同じなのか、どの程度で変わっていくのか、それは誰も知らない。

「異世界に行ってしまったとしても戻ることはできるのだろう?」

「一度も行ったことのない世界なら道はできていない。更に別の世界に移動してしまう可能性の方が高い」

 セレンの場合はデルフィラが道を通してくれていた。いや、むしろだからこそ100年後のセレンはあの異世界に逃がされたのだろう。だが当初はかなり危険な賭けだと覚悟していたのだ。

「それでもいつかは辿り着けるかもしれない。その可能性もあるわけだな?」

「……まあ、それはそうだが…」

 やはり血筋だろうか。セレンとベリルは同じことを考える。きっと彼女はずっとここで無駄に時間を過ごすよりも、万に一つの可能性に賭けてショノアにここから脱出する方法を願うのだろう。

「ベリルの言う通りだ。可能性があると言うなら我々としてはやってみたい。ショノアには…面倒をかけるばかりか巻き込んでしまうが…」

 渋っているとイアニスまでがベリルに賛同してきた。彼もベリルと付き合いが長いだけはあるようだ。ショノアもガレス人にしては思い切りの良い方だと言われてきたが、本当に実力のあるミレノアル人は違うものだ。

「わかった…。やってみる」

 ここにいたところでどうしようもない。遥か未来で誰かが亜空間への入口を作り、そこから無事脱出できたとしてもそれが何だと言うのだろう。その時には自分達の存在意義など既にどこにもなくなっている。15年の空白を作ってしまったセレンでさえ、苦しい思いを抱えているのだ。それ以上の年数ともなれば、最早待つ意味もない。

 ショノアは座った姿勢のまま目を閉じると、足場にしている魔法の板に魔力を注ぎ込み始めた。どの程度の魔力を蓄えればいいのか、そんなことは全くわからない。だがあの謁見の間で感じた魔力が亜空間への入口を開けるのに必要な魔力の量だったのなら、今回はそこまで必要はない。だが中途半端な力なら何も起こらず、また一から魔力の蓄え直しだ。

 足下は暗闇の中で光り始め、周りを明るく照らし出す。明かりも必要ないくらいだ。そうやってどれくらい時間が経ったのだろうか。『時間』が存在しないと言っても消耗はする。あくまで時間の経過によって引き起こされる消耗が生じないだけの話で、疲労は蓄積する。休めば回復できるが、ショノアの体としては一切時間が経過していない。つまり老いることはないのだ。それでも外界では時間が過ぎていて、今が思ったほども時間が経っていないのか、それとも数日過ぎているのかそれは何もわからない。

 少し休憩をと思い目を開ければ、辺りは足場の放つ光で明るくなっていた。何もないため距離もよくわからないが、かなり遠くまで見通せているようだ。ベリルは明るくなった周辺を観察していたようだが何か見つかったのだろうか、その彼女の周りを全員が取り囲んでいる。

「どうしたんだ?」

 ショノアが近付いていくと、イアニスが少し焦った様子で魔力の貯まり具合はどうかと尋ねてくる。何をそんなに急いでいるのかと訝しんでいると、ベリルがショノアの方を振り返った。

「ネメアが…こちらに向かってきている」

「はあ? …そんなわけないだろ⁈ ここは亜空間だぞ⁈」

 どうしてこんな所まで来てネメアの襲撃を受けなければならないのか。畳み掛けるような不運にショノアは怒りさえ覚えていた。しかし彼女の見つめる方向を一緒になって眺めてみれば、確かに何かの姿がみるみる大きくなってくる。黒い体に金色の翼を羽ばたかせて近付いてくるそれは、見間違えるはずもないネメアの姿だ。

「しかも…かなり大きい奴だ。これは恐らく…アルゴスが騎乗していた奴に匹敵する…」

「何てことだ…!」

 イアニスが絶望感に頭を抱えた。しかしそのネメアの大きさにショノアはあることを思い出していた。セレンを異世界で見つけたその日の夜に姿を現した巨大なネメアのことだ。あのネメアはショノアが異空間に閉じ込めて、その後どこかへ消えてしまった。そしてどうやらあれがファタルから生まれたネメアらしいということももうわかっている。だとしたらこのネメアはあの消えてしまったネメアではないだろうか。きっとショノアの魔力に反応して近付いてきたのだ。異世界でショノアの前に現れたように。

 恐れるイアニス達を他所にショノアは足場の端まで歩き、できるだけネメアに近付こうとした。ネメアはどんどん近付いてくるが不思議と恐怖は感じない。異世界で姿を現した時もこのネメアは何も危害を加えるつもりなどなかったのだろう。セレンが反射的に攻撃してしまったことで、困惑しながら反撃したのかもしれない。そうでなければ完全でない聖剣を持ったセレンがほぼ無傷でいられたはずはないのだ。

「ショノア?」

 ベリルも彼の様子がいつもと違うことに気が付いている。何かあった時のためにと、隣から離れようとはしないがショノアを引き留めるつもりもないようだ。

「あのネメア…、多分俺から生まれた奴なんだ。だから心配ない」

「お前からネメアが生まれた? どういうことだ?」

 ベリルは意味がわからないとショノアを問い(ただ)そうとするが、さすがに説明している余裕はなかった。ネメアがすぐ目の前まで辿り着いたからだ。

「!…」

 あまりにも大きなその顔に圧倒され、隣のベリルが息を飲むのがわかった。確かにこのネメアにかかればショノアもベリルも一飲みだ。しかしショノアは怯えることなく手をその鼻先に近付けてみた。

 ネメアは小さな地響きのような唸り声を立てて、その手に鼻を擦り付けてきた。そしてもっと撫でろとせがむように顔全体で擦り寄ってくる。何故だかショノアも心の奥から喜びと愛しさが込み上げてきて、そのネメアの顔を抱きしめた。

「あの時は気付けなくてごめんな…?」

 わけもわからず亜空間に迷い込み、ショノアの魔力を求めて彷徨い続けた。それはどれだけ心細かったことだろう。『時』のないこの世界では、実際にこのネメアがどれだけの期間を過ごしていたのかはわからない。だがそれはとても気の遠くなるような時間だったに違いない。

「もう大丈夫…。俺がずっと側にいる…」

 ネメアも嬉しそうにショノアの体に顔を擦り付けていたが、やがてその姿が消えていく。

「え⁈ 何で…?」

 ネメアの姿が透けていく様子にショノアは慌てた。何故消えてしまうのかと一瞬悲しくなるが、しかし程なく今度は体の中に凄まじい力が湧いてくるのを感じ始めた。そして目の前に次々と浮かんでは消える知らない光景。

「こ…れは…⁈」

“お母さん、どうして僕は魔法が使えないの?”

“…まだ子供だからよ? 人によっては使えるようになる時期が違ったりするものなの。だけど…たとえ魔法が使えなくても、あなたは私達の自慢の息子よ? それだけは忘れないで…”

 これはファタルの記憶だ。一度取り戻したことがあるからわかる。あの時と同じ感覚だが、今回はずっと幼い頃の両親が生きていた時の記憶だ。その記憶はどんどん流れていき、両親の死から酷い差別に怯えながら生きる日々が続く。そんな中で出会った1人の不思議なガレス人。ロギアと名乗るセレンだ。彼に出会って以来、自分の中に膨れ上がってくる何か得体の知れない『もの』が恐ろしくなくなった。夢の中で襲いかかってくる恐ろしい化け物を毎晩夢の中の剣士は倒してくれる。目が覚めれば今度はロギアが両親のように自分を守ってくれた。心が落ち着いていくに従い、ファタルには自分の中の何かに打ち勝ってみせるという気力が湧いてきていた。

 あの時、自分の中で一体何が起きていたのか。大人になり、真実を知った今のショノアには色々なことが理解できた。それまでファタルの中では確かにネメアが育っていた。彼の魂を己の糧とするネメアの存在に、ファタルは内側から徐々に吸収され始めていたと言っていい。だがそれは聖剣に宿るヘイムの力によって、ネメアは弱らされ吸収は引き止められた。しかもセレンの存在がファタルに生きる希望を与え、彼の力は増していた。そのことがネメアから体の主導権を一気に取り戻すきっかけとなったのだろう。つまりネメアは誕生する頃にはすっかりファタルの支配下に置かれていたのだ。

「そうか…、お前が俺の…使い魔だったんだな…」

 ショノアは自分の中に浸透していくネメアの魔力と記憶を受け入れながら、静かに呟いた。

 ずっと姿を現さなかったショノアの使い魔。それは早い内にネメアに喰われてしまっていたのだろう。だがファタルの力が増し、体の主導権を奪い返した時点でネメアの中に吸収された使い魔の力も復活した。使い魔は己を吸収したネメアを逆に乗っ取ったのだ。しかしネメアは本来ファタルとは別に存在し、魔力も個別に備えていた魔獣だ。その魔力をも吸収したショノアの力は今まで以上に増大していく。

「…ショノア…?」

 ネメアの消滅と同時に凄まじい力を漲らせ始めたショノアを、周りは畏れるようにして遠巻きに眺めていた。彼らはショノアとこのネメアの関係性を何も知らないのだから当然のことだろう。

 全ての魔力と記憶が体に馴染むと、ショノアはゆっくりと息を吐き出した。そしてすぐにベリル達に向き直る。

「ここから脱出する。今すぐにだ!」

 自分の力は今までになく強まっている。これなら亜空間を歪ませるほどの力をすぐにも爆発させることができるだろう。外に出た時、元の世界に戻っている保証はないが、それでもやってみなければ何も始まらない。

 足場にしていた魔法の板は気が付くとネメアの背中に姿を変えている。ショノアは更にネメアに力を注ぎ込み始めた。それに伴い黒いネメアの姿は発光し、白く色を変えていく。

「セレンにもう一度会うんだ…。絶対に…!」

 ショノアの声に反応したかのように、足下のネメアが大きく息を吸い込んだ。


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