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黒衣の守護者  作者: 樽吐
覚悟と誓い
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(4)

 目的地に辿り着くと本当に予想以上に人が多くて驚いた。気を抜いているとすぐにセレンの姿を見失ってしまいそうだ。人波に揉まれていると、セレンが手を差し出してきた。どうやら掴まれと言ってくれているらしい。デルフィラは喜んでその手を掴んだ。

「すごい人ね…。何処からこんなにも人が集まってくるのかしら」

「王都は近隣の街からも買い出しに来る人がいるくらいです。良い店が多いですからね」

「みんな楽しそうにしてる…」

 デルフィラは店ではなく、歩いている人の顔を見て回る。これが彼女の見たかった光景だ。市場は街が豊かである証拠。そしてそこに多くの人が集まるのは人々が豊かである証拠なのだ。

「これがあなたの見たかったものですか?」

「…ええ、そうよ。ありがとう、連れて来てくれて…」

 デルフィラが礼を言うと、セレンは前を見つめながら力強い口調で答えてきた。

「いいえ…。これが見られたのは全てあなたやショノアのおかげです。そして私があなたをここに連れて来ることができたのも…、あなたがアルゴス王を追い返し、私の傷を癒そうと必死になってくれたからこそです。礼を言わねばならないのは私の方です」

「ミレノアルを父の手から守ろうとする大事な人を…私も守りたかっただけ…。それこそ礼なんていらないわ。だけど…あなたがそう言ってくれるのは嬉しい…」

 セレンは彼女の言葉に笑顔で「そうですか」と答えてくる。彼はもうすっかり以前のセレンに戻っていた。デルフィラはつい先程まで彼を避けていた自分が信じられなくなる。

「何か買いますか? こういう経験も初めてなのでしょう?」

「良いの⁈ そうね…だったらあそこが良いわ!」

 デルフィラが指したのは荷馬車を加工して作られた食べ物屋だ。そこで売っている『クレルム』と言う食べ物が美味しいらしく、魔法具師達やショノアまでよく話しているのを耳にした。一度食べてみたかったのだ。

 セレンはベリルからもらったのだと言ってお金を取り出してくると、手慣れた様子でクレルムを買ってくれた。2つ買った内の一つをデルフィラに手渡し、2人で一緒に頬張る。

 クレルムは少し塩味のある柔らかい生地で、甘いクリームと干した果物を包み込んであった。表面に付けられた砕いた木の実がサクサクとした食感で味だけでなく、食べている口の中の感触さえ楽しめる。

「何これ、食感がたまらない…! それに城で食べてたお菓子より余程美味しいわ!」

 思わず感激の声を上げると、セレンは笑顔で頷きながらもわずかに悲しそうな目を見せる。

「…どうしたの? 美味しくない?」

 デルフィラに合わせるために無理をしているのだろうかと心配になって聞いてみれば、セレンは慌てて違うのだと否定する。

「昔…これとよく似たものを食べさせてもらったことがあります。それを思い出しただけです」

「そう…なの? 本当に?」

 彼の心が一瞬閉じたのを感じたデルフィラは思わず不安になる。だがセレンはそのことについて特に話す様子はなく、何でもないのだと繰り返すばかりだ。やがて2人ともそのお菓子を食べ終えてしまった。

「次はどうしますか? また何か食べますか?」

 セレンは何事もなかったように次を促してくる。彼の様子は少し気になるが、気にしないでほしいと言うからにはわざわざ聞き出すわけにもいかない。デルフィラは仕方なく通りを見回してみた。

「次はあそこが良いわ」

 次に彼女が選んだのは装飾品を並べているテントだった。しかしそこに向かうとセレンは少し気まずそうな顔を見せる。

「どうしたの? こういうのは苦手?」

 装飾品と言えばほとんどが女性用だ。男性であるセレンが近付くのには抵抗があったのだろう。そう思って確認してみるが、彼はそうではないと言う。

「…あなたの物は…私に選ばせてもらえませんか? 決めている店もあるのです」

 彼はどうやら別の店でデルフィラに買いたい物があるようだ。折角デルフィラにと考えている物があるというのに、本人に同じ種類の装飾品を先に買われてしまったら喜びも半減だ。だからこそ気が進まない様子だったのだろう。

「だったら私があなたの物を選ぶわ。…結局あなたに買ってもらうことになるのだけど…」

 デルフィラにできるのは品物を選ぶ所までだ。彼女はミレノアルの通貨どころか、ガレスの通貨さえ見たことはない。ヘイムから聞いて市場とは通貨を用いて物を売り買いする場所だと知ってはいるが、金額を聞いてもそれがどの程度価値のあるものかはさっぱりわからないのだ。しかしセレンはそれは構わないのだと言って笑う。

「あなたが選んでくれるとは嬉しいですね。私が選ぶとどうしても地味で簡素な物を選んでしまいがちですから…」

 セレンは元々諜報部隊の人間だ。あまり表には出ない任務ばかりをこなしてきた。だから目立つ色合いの衣服や、当然光る宝飾品などは普段から身に付けないのが習慣になってしまっているのだと言う。

「じゃあ、これなんかどう? 髪を結ぶのに丁度良さそうよ?」

 デルフィラはテントの下に広げられた装飾品の数々の中から、金色の光沢を持つ緑の細いリボンを手に取った。リボンの両端には透明な水晶の欠片が付いていて、角度によって色々な色合いを見せてくる。

「この色…、朝日を受けて輝く草原の色ね…。実際にガレスで見たことはないのだけど。でも私…昔から緑が好きなの」

「そういえば初めて会った時も緑の服を着ていましたね?」

 アルゴス王は彼女の意思などいつでも完全に無視したが、さすがに身なりや生活だけは王女らしく整えるだけの常識は持っていたようだ。質の良いドレスを何着か与えられたが、その中で彼女がいつも好んで着ていたのが緑色の服だ。今日着ているものもどちらかと言えば緑に近い。

「緑って森とか草とかの色でしょう? 緑の多い土地は豊かで自由だわ…。だから好きなのかもしれない」

 これに決めたとデルフィラが言えば、セレンはあっさりとそのリボンを買ってくれた。そしてすぐさま長い後ろ髪を一旦(ほど)くと、そのリボンで結び直してくれた。彼の肩に落ちた水晶が、黒い服に負けじと虹色の光を反射させていて、何故だかホッとする。いつも光を吸収してそこだけ闇が佇んでいるようにも見えるセレン。そんな彼に光が差し込んだかのように思えたからかもしれない。

「うん、綺麗…」

 恐らく女性向けに作られたであろうリボンがセレンに似合うかどうか買ってから心配になったのだが、どうやら問題なさそうだ。こうして見ると、セレンは意外に派手な装いでも似合うのかもしれない。

「髪の色…早く戻れば良いのにね」

 しかし彼の髪の色はいつもの発色が無くなってしまっている。本来の色味ならもっと緑色が映えて良かっただろうに、今はようやく燻んだ黄色にまで持ち直した程度だ。リボンの色と大差ないのですっかり髪に同化してしまっている。

「こればかりは焦っても仕方がないようです。グレシルにもきつく言われていますからね。…気長に待つしかありません」

 セレンは複雑な表情を浮かべて笑った。彼としては体のことを気遣われるのが落ち着かないのだろう。どうやら髪の色が体内の魔力の量によって変化するのはセレンやベリル達の一族だけらしい。体調が悪くても隠したいセレンとしては色々と不都合も多いだろうが、デルフィラにしてみれば彼に無理をさせずに済むので良いとも思う。

「他にも見たい場所はありますか?」

「あれ…。あそこにある塔は登れないの? さっきから普通の人が出入りしているのを見かけるけど…」

 テントの立ち並んだ通りから街の中心部に向かって進めばかなり高く細長い塔が建っている。恐らくその高さはミレノアル城にある一番背の高い塔にも匹敵する高さではないだろうか。

「あれは騎士団の管理する監視塔ですね…。確か一般の人も登ることができるはずです。王都や近隣の街や村の中では一番高い塔になりますから割と人気があるんですよ」

 セレンは塔を見ると色々と説明してくれた。

「ですが…あなたがいつも飛んでいる上空に比べたらかなり低いと思いますが?」

 それでも良いのかと彼は不思議そうだが、それは別に構わない。確かに使い魔に乗ればどこへでも空を飛んでいける。高さもあの塔よりずっと高い。だが塔に連れ立っていく人々の顔は皆楽しそうだ。

「ただ物珍しさで行きたいってわけじゃないの。あなたとそういう場所に行ってみたいだけ…」

 少し照れながら答えれば、セレンにもその気持ちが伝わってしまったらしい。彼も照れ臭そうに顔を逸らした。

「…わかりました。そういうことでしたら行きましょう」

 セレンが再び手を差し出してくれたので、デルフィラは喜んでその手を握った。人通りは相変わらず多く、手を繋いでいなければはぐれてしまうと心配してくれているのだろう。それはわかっているが、人がいなくても手を繋いでくれて構わないのだ。そんな本心を口にしたら彼は驚いて手を離してしまうだろうか。

 しかし人混みを抜け、周りから賑やかさがなくなっても2人は手を繋いだままで歩いていた。その状況にデルフィラはあることを想像してついクスリと笑い声を漏らしてしまった。

「どうしました?」

 人は少なくなったとは言っても彼女の吹き出した声が聞こえるほど静かなわけではない。鋭敏な彼の感覚はそれでもその音を拾ってしまったようだ。

「何でもないわ。色々勝手な想像をして楽しくなってただけ」

「こんな場所で一体何を想像していたんですか?」

 セレンの疑問ももっともだ。テントの並ぶ通りは終わり、周りの様子はまだ復興途中の何もない道が塔まで続いていた。決して笑い声を漏らしてしまうような想像が浮かぶような場所ではない。

「…笑わないでくれる?」

「とんでもなく面白い話だったら笑ってしまいます」

「もう!」

 彼の貴重な冗談にデルフィラもわざとむくれてみせる。

「あのね…、私達ってまるでセレストとデレンベリアみたいだなって思ってたの。彼女はいつも城下を巡って奴隷達の言葉を聞いて回っていた…。その時セレストは常に彼女の手を離さなかったんですって」

 奴隷のことなど全く(かえり)みない貴族や王族達の中で、彼女だけが奴隷達を気遣った。それはもしかしたらセレストの存在があったからかもしれないが、それでも病弱な身を押してまで彼女はガレスを変えようとしていたのだろう。

「それは…、セレストは彼女の護衛だし、守るために手を繋いでいたんだろうってわかってるけど…。それでもセレストは本当に役目と思っていつも彼女を守っていたのかしら?」

 デルフィラの話を聞いたセレンはじっと彼女を見つめていたかと思うと、とても優しい笑みを浮かべた。

「それは違うでしょう。2人の将来のことを思えばセレストは役目を超えて彼女を守っていたのだと思いますよ? そしてデレンベリア王女もまた…彼の想いに応え、ガレスを変えようとしていた…。そんな気がします」

 セレンの顔を見上げれば彼もデルフィラと同じ気持ちでいることが伝わってくる。嬉しくなって彼女が満面の笑みを浮かべると、セレンの手がより強く彼女の手を握ってきた。

「私も…、今の私もこの手は繋ぎたくて繋いでいます。あなたとはぐれないためではありませんから…!」

 彼にしてみれば一大決心で述べられたのだろう。内容にそぐわない強さで彼は断言する。よく見れば彼の顔がわずかに赤くなっていた。対してデルフィラも望んでいた言葉とは言え、本人の口からはっきりと言われてしまうとその衝撃は凄まじかったようだ。思わず足が止まり、それに伴いセレンも慌てて立ち止まる。

「め、迷惑だったでしょうか?」

 不安そうに自分を見つめてくるセレンの手をデルフィラはしっかりと両手で掴む。

「そんなわけないじゃない! 私…、とても嬉しいわ…!」

 本当ならセレンに抱き付きたい。だがここはあまりにも人目が多すぎる。セレンに文句を言うとするならば、そんな大事なことは誰もいない場所で言って欲しかった。それくらいだ。

「それなら良かった…」

 セレンは安堵した様子で、塔に向かって再び歩き始めた。勿論デルフィラと手は繋いだままだ。

 塔の入口まで来ると、扉の両端に厳しい顔をした兵士が立っていた。彼らは帳簿を差し出して名前を記入するように言ってくる。一応、誰でも自由に出入りできる訳ではないようだ。

「名前が正しいかどうかの確認までは行っていません。ですからかなり簡易的なものですよ?」

 名前を書く行為に少し抵抗があるようだったデルフィラにセレンはそう言って警戒心をほぐそうとする。しかし考えてみれば今この王都にいるガレス人の女性と言えば『デルフィラ王女』しかいないのだ。名前を書くまでもなく、彼女の正体は見ただけでわかる。デルフィラは渋々帳簿に名前を記し、その下にセレンが『リーン』と名前を記した。

 建物に入ると意外に中は広かった。さすがにアルゴス王の襲撃を受けてまだ間もないこの時期では見物人の数は多くなかったが、それでも生活に余裕のある貴族などは何人か来ているようだ。

「娯楽と呼べる施設も被害を受けてしまいましたからね…。気晴らしにはこの場所くらいしか無いのでしょう」

 恐らく今日が休みの騎士なども家族や友人を連れて来ているのかもしれないとセレンは言う。確かに客と思われる人間と兵士が気さくに話している光景を時々目にした。

「上にはあそこから行きます」

 彼の指した先にはまた扉。しかしその扉が開くとその先は異空間に繋がっているようだ。

「あなた方のように何処でも自由に行き来できるものは無理ですが、ある特定の場所に常に空間を繋げておく出入口なら魔法具師でも作ることができます。私の部下はこういう扉を得意としていましたから私も割と詳しいのですよ」

 セレンは楽しそうに話していたが、最後の方は表情が強張っていた。先程クレルムを食べていた時と同じだ。デルフィラが見つめていると、彼は何でもないとばかりに先に進もうと促してくる。

 扉をくぐると一瞬で全面が透明な壁で囲まれている部屋に来た。恐る恐る壁に近付いてみると、下には豆粒のような人が歩いている。あれは自分達が先程まで歩いていた場所だろうか。だが彼女の中にはある疑念があった。

「…ここはあの塔の最上階よね? 間違いないわよね?」

 顔を強張らせて確認してくる彼女にセレンが気付き、どうしたのかと尋ねてくる。

「子供の頃にね…、父にさっきみたいな扉をくぐらされたことがあるの。城には扉なんて無いから父に出口を作ってもらったんだけど、その扉の先は城の外なんかじゃなかった…。恐ろしい魔物達がたくさん待ち構えていて私を狙っていたわ。とても怖かった…」

 扉の先は本当の『外』ではなかった。何処か遠い、魔物がひしめく恐ろしい場所。転移の行き先はそんな場所に繋げられていたのだ。だが幼い彼女はそんなことには勿論気付かず、父親に言われるがまま外は恐ろしい場所だと信じてしまった。

「大丈夫、ここは間違いなくあの塔の最上階ですよ? 何でしたらあそこの階段から1階まで降りてみますか? とても大変ですよ?」

 セレンが指差したのは下へ降りる階段だ。そこから登ってくる騎士や兵士もいる。

「途中の階は騎士団の管轄です。あの転移の扉は誤って一般の人が入ってしまわないよう防犯の役割も果たしているのですよ。ただ…我々の使う転移の扉は時々正常に作動しなくなりますから、あの階段も割と普通に使われていますね」

 セレンに説明され、階段から下を見下ろしてみると、ようやく心が落ち着いてきた。気を取り直して再び透明な壁から見晴らしの良い遠くを見つめていると、ここにはセレンと楽しみに来たのだと思い出す。

「ねえ、あの向こうに見えるのは全部山なの? 森もいっぱいあるのね…。それにあれは…湖?」

 改めて景色を見てみると、そこは子供の頃に読んだ絵本で見たような景色が広がっていた。彼女はガレスの地をこうして眺めてみたことは一度もない。セレンは飛べばいくらでも見られる光景だと話していたが、よく考えてみたら使い魔を使って空を飛ぶという発想もつい最近生まれたばかりだ。それほど上空からの景色はまだ見ていない。

「ミレノアルはガレスの5倍の広さがあります。ですが人が住めるのはそのほんの一部…。ガレス人にしてみればあまり脅威でない魔物もミレノアル人にとっては恐ろしい相手です。ですから今でもミレノアルでは人より魔物の方が多く生息しているのでしょう」

 その内ほとんどが歴代のガレス王がミレノアルを攻撃する際に放った魔法生物であり、その魔法生物達は元々住んでいた平和的な魔物達も襲って殺してしまった。

「森や湖、大きな山々…、それらはこうして見る分には美しいだけですが、実際には足を踏み入れることもできない危険な場所なのです」

 セレンの声にわずかに悔しさが混じる。魔法生物達は基本繁殖しない。そういう機能を付与したものなら話は別だが、過去に造成された魔法生物は何百年と経った今でもその当時のものがミレノアルの人々や先住の魔物を苦しめているのだ。

「ネメアも…父が死んだら同じようにミレノアルに住む魔物の一種になってしまうのかしら?」

 魔法生物は造り主とその管理者として権利を譲渡された者にだけ従うのだそうだ。アルゴスはヘイムにはその権利を与えている。しかしヘイムは現時点で人間ではなくなってしまったため、実質ネメアを操れるのはアルゴス王のみだ。しかし未来においてデルフィラがネメアを操っていることを考えれば、或いはアルゴスの死後は彼女がネメアを自由に操れるようになるものなのか。

「ネメアは…かなり特殊な魔獣です。他の魔法生物のように寿命はかなり長いと想定されますが、王の死後…、生き残ったとされるネメアが空気に溶けるようにして消えたと記録されているので、そういうことにはならないのでしょうね」

「消えたの…?」

 それは少しおかしな話だと思った。魔法生物は死ねばやがて消える。だが死ぬ前に消えたというのはアルゴスとネメアの関係性がかなり特殊だったという証だ。

「我々はその記録を元に、再び王を名乗る人物と共に現れたネメアのことを“王となった者が現れると同時に実体化する魔獣”と考えました。そして私は女王を…」

 セレンはそこで突然話すのをやめた。“女王”と言ったことでデルフィラにも彼が何を言いかけたのか、そして黙り込んだ理由も察する。

「ごめんなさい…。今はそんな話をする時じゃないわね。ここには綺麗な景色をあなたと共に眺めに来たんですもの」

「私の方こそ…。すぐに話題を暗い方に持っていってしまいますね。部下からもそれをよく指摘されて怒られていたのですが…」

 彼の部下と言えば彼の本来生きている時代での話だろう。だとしたら未来の『デルフィラ』と戦っていた同志だ。セレンはやはり目覚めてから過去のことを思い返すことが多くなっているようだ。こんな様子でセレンは自分とこの先も出歩いていて大丈夫なのだろうか。一抹の不安を抱きながらもデルフィラはセレンと共に景色を眺めて回る。

 しかしそれ以降は特に暗い話題に陥ることもなく、飛んでいる鳥や、少し離れた場所にあるミレノアルの城のことを話した。もしかしたらセレンは故意に過去の話題に触れないようにしていたのかもしれないが、彼の顔はずっと楽しそうで安心する。一周し終わると、2人は満足して下に降りた。

 転移の扉をくぐって1階に辿り着くと、そこは先程より目に見えて人が増えていた。しかもどうにも視線を感じる。嫌な予感がした途端、誰かの声が建物内に響いた。

「リーン様だ!」

「⁈」

 驚く暇もない。一瞬でセレンとデルフィラの周りは多くの人で囲まれていた。恐らくデルフィラが側に付いていたことと、彼が諜報部隊騎士の服装のままであったこと、そして極め付けはこの塔の入口で名前を帳簿に記入してしまったこと、それらがセレンの身元を周りに暴露してしまったのだろう。

「ネメアを倒してくださったんですよね!」

「魔王も追い払ったんですよね! もうミレノアルの勝利は目前だ!」

 集まった人々は口々にセレンを褒め称え、憧れと期待の眼差しでセレンを見つめてくる。絶望的な強敵に対してセレンは敢然と立ち向かい勝利した。人々はそう信じているのだ。熱狂的に彼を迎えたとしても無理はない。しかしそれに対してセレンはまるで恐ろしいものでも見るような顔で周りを見回すだけだ。

 実際にネメアを倒したのがヘイムだということは、公にはされていない。悪名高いヘイムがセレンを助けに入ったとなれば、たとえネメアを倒していたとしてもセレンの立場を悪くすることにもなりかねない。そうデルフィラは聞いている。そのことは恐らくベリルの口からセレンにも伝わっていることだろう。それでも彼の顔色はみるみる悪くなっていく。

「聖剣は? 今日はお持ちじゃないんですか⁈」

 セレンが気持ちを落ち着けるかのように一度息を吐き出し、呼吸を整える。

「…聖剣は…今は修復中なのです。激しい戦いでしたから…、刃の手入れをしておかないといけませんからね」

 彼の声は絞り出すように掠れていた。何故そんなにも恐れるような顔をしているのか、彼女にはその理由は思い当たらない。だがつらそうなセレンを今すぐこの場から引き離した方が良いということだけはわかっていた。

「皆さん、すみません。リーンはまだ療養中みたいな状態なんです。今日はもう疲れていますからこれくらいで…」

 デルフィラは必死に周りの人をセレンから遠ざけようとした。しかしそれを聞いた人々は一斉に抗議の表情で彼女を見る。

「ガレス人は黙ってろ! そもそも何でリーン様はそんな女と一緒に歩いてるんだ⁈」

「そうよ! 王女だか何だか知らないけど、今回のことはあなたが王都に逃げ込んできたから起こったことじゃないの⁈」

 デルフィラはあからさまな非難を受けて思わず絶句する。最近ではミレノアル人にも感謝される機会の方が多くすっかり忘れていたが、彼女は敵国の王女なのだ。

「やめてください!」

 その時セレンの怒りの声が響いた。

「彼女は何も悪くありません! この国に彼女を引き入れたのはむしろ私です! それに…アルゴス王を追い返したのは彼女なのですよ!」

 セレンは胸を押さえて苦しそうに息をしていた。もう一刻の猶予もない。確か先程塔の上から王都を見回した時、周囲を流れる水路があった。そこは比較的人がいなかったはずだ。デルフィラは彼の腕を掴むと一気に転移した。


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