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黒衣の守護者  作者: 樽吐
決断の時
34/156

(5)

「ねえ、だったら前日の夜にパーっと騒ぎません?」

 セレンが静かに焦っているとずっと黙って話を聞くだけだったラムダが、部屋の奥から色々な大きさの酒瓶を取り出してきた。

「こんなにたくさん…。あんた、どうやってここに持ち込んだのよ。あんたが酒飲みだってのは知ってるけど、これはいくら何でも…」

 あまりの量にサフィアが絶句していると、ラムダが即座に「そんなわけないでしょ!」と反論する。

「私の方は意外に作業が少なくて済んでさ。空いた時間で余ってた果物使って果実酒作ってたのよ。空き瓶を集めてきて魔法具にしてね? これ、1日で1年分発酵が進むもんだからもう面白いくらいに作れてさ!」

 興奮して話すラムダとは反対に、マリウスが呆れたように横から口を挟む。

「けど調子に乗って全部酒にしてしまったんだよ…。金にはなったが、たまには食べる方にも回してくれないとな…」

 ラムダはサフィアの雇い主から回ってくる果物を使って果実酒を作り、なんとそれを売り捌いていたらしい。食糧を彼女に渡した際に時々お返しと言ってファタル用の衣服をもらったことがあったが、それはこれが資金源となっていたのかと納得する。

「あんた、少しは先のこと考えて行動しなさいよ…。いつも突っ走り気味なんだから」

 ここの隠し部屋に入るまでもそうだったが、ラムダは少し間の抜けた所がある。だがその屈託ない行動にセレンは何度も助けられている。今回も彼女の明るい提案と少しドジな行動が場をすっかり和ませてくれたようだ。彼女と付き合いの長いサフィアはまたやらかしたのかと呆れ顔だが、ラムダは少しも気にしていない。

「良いじゃない。おかげでこんな時期にこんな場所で美味しいお酒が飲めるんだから!」

「まあまあ…、ラムダの作る酒は本当に美味いから、俺もそれが飲めるってなら正直嬉しいぞ?」

 トーレスが2人を宥めつつもラムダの話に乗り始める。それを聞いたマリウスも苦笑しながらセレンを振り返った。

「ロギア様、ラムダの提案は悪くないと思います。何でしたらこの家の持ち主…ファタルでしたか? 彼も一緒にどうでしょう?」

「……ファタルを?」

 思ってもみない言葉に驚いて、思わずマリウスの顔を見返してしまう。

「あなたのことです。本当はあの子を放ってなんておけないんでしょう? ラムダはあの子をミレノアルに連れ帰っても良いと言っています。それなら事前に顔を合わせておいた方がいい」

「ファタルを…ミレノアルに? いえ、でもそれではラムダが大変でしょう? あの子は見た目はどこから見てもガレス人なのですよ?」

 子供といえどもガレス人と見れば、今のミレノアル人はその関係者諸共街から追い出そうとする。ラムダは元々ガレスに住んでいたと言うだけで周りからの風当たりがきついと言うのに、この上まだガレス人を養子に迎えてしまったら彼女もファタルもどんな目に遭わされるかわからない。しかし心配するセレンを他所に、ラムダはヘラヘラと笑っている。

「ロギア様が王都に帰ってくるまでの間ですよ。その頃には女王もいなくなって、元のミレノアルに戻ってるんですから何も心配いりませんって」

 彼女のあまりにも楽観的なその言葉に、思わずセレンの口から笑い声が漏れた。ラムダの言葉を聞いていると本当に何でもないことのような気がしてくるから不思議だ。

「そう…ですね。ええ、本当に…あなたの言う通りです」

 笑っていると今まで感じていた重しが一気に取れたような気分になる。本当にラムダには感謝しなければ。

「もし…あの子を引き取ってくれると言うのなら、もう一つお願いしても良いでしょうか…。2日後の夜には彼の誕生日も一緒に祝ってもらえませんか? 何でもあの子の誕生日が3日後なのだそうです」

「誕生日ですか! それは幸先の良い話ですね!」

「?…そうなのですか?」

 何故マリウスが喜んだのか確認すれば、何でも誕生日の近い人間には幸運が舞い込みやすくなるのだそうだ。彼は古くから続く家柄だからかそういう昔からの言い伝えや習わしに詳しい。しかし他の部下達もその謂れは知っていたらしく、皆ファタルの誕生日を祝うことに賛同してくれる。

「あの子の境遇を思えば、恐らく両親の死後はずっと独りで誕生日を迎えていたことと思います。1日早いですが、できるだけ賑やかにお祝いしてあげたいものですね…」

 生まれたと同時に母親を亡くしたセレンにとって、自分の誕生日とは母親の命日だった。父親は病気で寝込んでいる時であってもセレンの誕生日を必ず祝ってくれたが、夜中になると父親はいつも1人で母の形見である髪飾りに語りかけていた。その顔がとても寂しそうで、セレンはいつも自分の無力を痛感させられたものだ。父親のセレンへの愛情は疑うべくもなかったが、時々自分が生まれるより母親が生きていた方が父親は幸せだったのではないだろうか。或いは母親が生きてさえいれば、父親はあの毒の魔物をもう少し違う形で撃退していたのではないだろうか。そう考えずにはいられなかった。

 そんな悲しい思い出ばかりが残る誕生日ではあるが、セレンにも心から祝ってもらえる人間に囲まれて華々しく祝ってもらいたかったと願う気持ちは勿論あったのだ。だからこそここ数年寂しい誕生日を過ごしてきたであろうファタルには嬉しい誕生日を迎えてもらいたい。

「じゃあ、腕によりをかけてご馳走を作ってあげなくちゃね! 材料は…残ってるものだけでも何とかなるかな…。お金もまだあるし」

「明日ぐらいに丁度家の持ち主が来るはずよ? おねだりして少し高級なものでも届けてもらおうかしら?」

 サフィアが少し悪い顔で笑う。その顔でどれだけ多くの男性が手玉に取られたのだろうか。思わず苦笑しながら眺めていると、ラムダも手を叩いて喜んだ。

「それ良い! ロギア様も一緒にいれば完璧じゃない⁈」

「いえ、それはさすがに…」

 だからどうしていつもそういう話になるのか…。即座に却下しようとすると、マリウスとサフィアの壮絶な援護射撃が入る。

「あんな汚らわしい男の目にロギア様をこれ以上晒してなるものですか!」

「そうだぞ! 大体、ロギア様はあの家までその格好で行かなければならないんだ! もう所々で噂になってるんだからな!」

「え⁈ そ、そうなのですか⁈」

 まさか男であることが判明していて怪しいと思われているのではないだろうか。それだと非常にまずいことだ。深刻な顔を見せて黙り込むセレンにサフィアが不機嫌そうに補足説明を加えてくれる。

「キュリアンはすっかり近所の人達に可愛がられてますし、ロギア様はたまに不定期で現れるからそれが何だか良いみたいですよ? あなたの姿を見られた日は1日良い日だとか、占いみたいな扱いなんです」

「そ、そうですか…。ならば安心しました」

 人の注目を集めているというのに“安心”というのも違うような気もするが、正体が判明していないならそれでいい。

「ともあれロギア様はもうあの家には近付かないでください。(けが)れます」

 殺気さえ感じる冷たさでサフィアは言う。

「……あなたは大丈夫なのですか? まさかいかがわしい真似をされているのではありませんか?」

 あまりにも家の持ち主をサフィアが嫌っているようなので、今度は心配になってきた。隠す必要はないのだと彼女の顔を見つめれば、なぜか目を逸らされてしまった。やはり何かあったのかもしれない。

「サフィア…、あなたはずっとつらい目に遭ってきました。だからと言って今後同じような目に遭っても平気だというわけではありません。私の前でまで無理をする必要はないのですよ?」

「……ロギア様…」

 見上げてくる彼女の目はどんどん潤んできて見ていられなくなってきた。もう仕方がない。彼女にこれ以上家の持ち主を誘惑させるようなことはさせられない。

「わかりました。明日は私も行って、媚を売ってみましょう」

「で、できるんですか⁈」

 マリウスがとんでもないとセレンを思い止まらせようとする。だがセレンも諜報部隊の頂点まで上り詰めた人間だ。どういうことをすれば男性を誘惑できるかくらいはわかっている。

「私だってやろうと思えばできます。それは…サフィアほどは上手くはできないかもしれませんが…」

「いけません! 絶対に駄目です! やめてください‼︎」

 何故か先程より余程泣きそうな顔でサフィアに引き留められた。そんなこの世の終わりのような顔をされたらセレンとしても引き下がるしかない。

「ロギア様はこの家の子供と仲良く待っていてください。あの家の持ち主のことは私に任せて…。何も男を操るのは誘惑ばかりじゃないんですから」

「そうですか? そんなことを言われたらあなたの言葉に甘えたくなってしまいますが…」

「良いです。心置きなく甘えてください。むしろお願いします」

 サフィアは畳み掛けるように言葉を続けて、セレンに口を挟ませない。そうまでして止めなければならないと思うほど自分は頼りないのだろうか。少し落ち込んでいるとサフィアにまた名を呼ばれた。

「でももし…私のことを心配してくださってるなら…お願いを一つ聞いてもらえませんか?」

「お願い? 別に…今回のような件がなくても大抵のことなら応じますよ?」

「それはわかっています。でもこれは…特別なんです。だからロギア様…」

 サフィアはセレンの目を真っ直ぐに見つめると、有無を言わせぬ気迫で迫ってきた。

「私のために明日の夜…、あなたの時間を私にくださいませんか?」

「明日の夜…?」

 残された最後の夜をセレンと共に過ごしたいのだとサフィアは言っている。普通の男性なら喜んで応じるだろう申し出だ。セレンもこんな状況でなければ素直に喜んでいたかもしれない。

「…2人きりでゆっくりお話ししたいだけです。あなたがこの先私のことを負担に感じるようなことは…考えていません。だから安心してください」

 彼女はそう言って寂しく笑った。サフィアにそんな顔で頼まれたら、誰が拒めると言うのか。セレンは複雑な思いを抱えながらも頷いた。

「わかりました。それでは明日の夕方にでもここに来てもらえますか? やはりここ以上に安全な場所は無いですから」

 話を聞かれないことでも、安全性のことを考えてもこの家に勝る場所はない。だがサフィアは少し困ったように一瞬周囲を見回した。

「心配しなくても余人を交えない場所は確保しますよ? あなたのたっての願いですから」

 彼女が気にしているのはきっとマリウスのことだろう。セレンは自分が彼女の本命であることをずっと以前から知っている。知っていて、気付かないフリを続けてきた。サフィアのことが嫌いだったわけではないが、そもそもセレンは一生妻を迎えるつもりが無いのだ。マリウスと付き合っていると聞いた時も、これで彼女も幸せになれると安心したほどだ。

 だが2人は1年程ですぐに別れてしまい、後になってマリウスからまだサフィアがセレンのことを想っているのだと聞かされた。そんなことを言ってきたくらいだからマリウスもまだ彼女のことを好きだったのかもしれない。だからこそ身を引いて、彼女の本心をわざわざセレンに伝えたのだろう。そんなマリウスにサフィアが遠慮して、この家でセレンと2人きりになるのを躊躇ったとしても不思議はない。

「私はファタルが眠るのを待ってからしか身動きが取れませんが、日が暮れる前にはここに来ておいてください。夜になってから出歩くのは危険です」

 今日のような緊急事態であれば仕方がないが、事前にわかっている事情でここに来るというのに何も危険な時間帯に移動する必要はない。

「……はい」

 サフィアは何か言いたいことがありそうだったが、結局何も言わずに頷いた。彼女が納得してくれたので、セレンは周りを見回し、部下の顔を一人一人眺め回す。

「思っていたよりも随分と早い決行となってしまいましたが、まだこの2日間に女王が動き出す可能性も無くなったわけではありません。各自そのことを忘れず用心して過ごしていてください」

「ロギア様も…あまりお1人で無理はなさらないように…。いざとなれば我々もいます」

 マリウスの言葉に周りの部下達全員が力強く頷いてくれる。そんな彼らの顔を眺めていたら、思わず目に何かが物凄い勢いで迫り上がってきた。セレンは表情を必死で引き締めると何とか頷き返す。

「それでは私はもう行きます。ネメアも飛んでいることですからサフィアとトーレスは帰り道は重々気を付けてください」

「わかりました」

 2人が頷くのを見届けるとセレンは足早に隠し部屋から出ていった。ヘイデンの部屋からも出て、廊下を振り返った途端に気が抜ける。思わず扉に背を預けると、そのまま床に座り込んだ。こんな姿など他の誰にも見せられるものではないが、もう限界だった。

「……」

 顔を上げて込み上げてくる涙が流れ出さないようにと瞬きさえ我慢する。

 この日が来ることはマリウスと作戦を立てた時から覚悟の上ではないか。どれだけセレンが強かろうと1人きりでは勝てる戦いでも勝てなくなる。そう説得するマリウスの言葉に納得したのはセレン自身だ。どれだけ犠牲を払おうともミレノアルが救われる道がわずかにでも存在するのなら、それに賭けるべきだ。それに向かって進むべきだ。わかっている。そんなことはずっと前から、騎士になったその時から。

 それでもやり切れない。彼らの犠牲の下に守られたミレノアルがこの先正しい道に進んでいくと言うなら悔いはない。未来のために命を懸けたのだと胸を張って言えるだろう。だが王はもうそれほど若くなく、この4年ですっかり老けこんでしまった。次代を担う王子と王女は私欲にまみれ、そんな彼らを戴く貴族もまだまだ不毛な権力争いを繰り返すばかり。平民など金を生み出す道具としか見なしておらず、人間扱いさえしていない。

 そんなミレノアルのために彼らは命を懸けるのか。18歳で騎士になってから15年。セレンはずっとミレノアルを良い国にしようと努力してきた。そのためなら黒将軍と呼ばれ、どれだけ蔑まれようとも耐え抜くつもりだった。貴族達からの憎しみを一身に受けても、それで最後は処刑されることになったとしても、その先人々が幸せに暮らせるミレノアルが作れるのならばそれで良い。ネメアを倒せない自分が英雄の名に相応しい、何かを成したいと願うならば、それくらいしかできることはないと思っていた。

 だが結局セレンは聖剣を振るう英雄にもなれず、ミレノアルを正しい道に導くこともできないまま、ただ有能な部下達を道連れにして死ぬことしかできない。そしてまた力強い部下達の言葉に勇気付けられ喜ぶ自分は、彼らを突き放す強ささえないのだ。

“あんたは死神だ!”

 セレンの脳裏に過去に聞いた恐ろしい声が蘇る。死んだ部下の遺族は何人もセレンをそう罵った。“黒将軍”と呼ばれ、聖剣を持ちながらネメアを退けられない名ばかりの英雄。そう信じている人々は我が子や兄弟を奪ったセレンに憎しみの目を向け続けた。

 本当にその通りだ。自分などむしろ存在しなければ、部下達も共に命を懸ける戦いに挑むこともなく…。

「ロギア…?」

「⁈」

 知らない内に伏せてしまっていた顔をセレンは驚いて上げた。

「……ファタル…」

 視線の先には階段を上がってこようとしているファタルがいた。彼はセレンの顔を見ると慌てて走り寄ってきた。

「どうしたの⁈ どこか痛いの⁈」

「……え、いえ…私は別に…」

 子供らしからぬしっかりした表情で気遣ってくるファタルに、セレンはただ戸惑うばかりだ。

「ごめん…、僕がいつもわがまま言うから困ってたんだよね…? どこでも付いていくって言ったから…」

 その言葉にセレンの顔に思わず笑みが浮かんだ。

「あれは我儘だったのですか? 寂しいのが嫌なのは誰でも同じでしょう?」

 ファタルに言って聞かせながらも、その言葉は自分自身にも当てはまることだと思い知る。セレンはいつでも孤独だった。だからこそ仲間を求め、頼りになる部下達を突き放せない。それは自然なことで、何も恥ずかしいことではないのだ。ファタルはそんなセレンと同じように自然な願いさえも耐え忍ぶべきだと自らを戒めている。だがもうそんな我慢は必要ない。彼のことはもう幸せにできるのだ。

「ファタル…、私達と一緒にミレノアルに行きませんか?」

 彼もずっと孤独だった。そんなファタルがこれからはあのラムダの家族となって明るく楽しく過ごしていけるのだ。せめて彼だけでも救い出せればセレンもここに来て良かったと思えることだろう。

「ミレノアルに…?」

 いきなりのことでファタルは驚いたようだが、彼の返事は早かった。

「行くよ! ミレノアルは行きたかった所だし、ロギアも一緒なんでしょ?」

 確認されて思わず口籠る。

「…私は後で合流します。2日後に私の仲間がガレスを出ますから、あなたは彼らに付いて先に行ってもらうことになります」

「ロギアは一緒じゃないの?」

 ファタルの顔が一気に不安そうな顔になる。

「ここでの用が済み次第急いで追いかけますよ。そんなに時間はかかりません」

「本当?」

 ファタルの目は真実を暴き出そうとするかのようにセレンの目を見つめてくる。セレンはその目を平然と受け止めた。

「心配しなくても大丈夫ですよ? 必ず追い付きますから」

 今までずっとファタルに正体を隠すため、利用するために嘘を吐かなければならなかった。だが今回の嘘は違う。ファタルがミレノアルで幸せになるためのものだ。そんな嘘ならいくらでも言える。

「それにまだ嬉しい知らせがありますよ? あなたがここを出る日の前日、あなたの誕生日をお祝いしたいと仲間に話したら皆賛成してくれました」

「ロギアの仲間って…ガレス人?」

 ファタルが急に警戒するような表情を浮かべた。

「ミレノアルでも度々付き合いのあったガレス人です。あなたの事情もちゃんと知った上で祝ってくれようとしていますから、何の心配もいりませんよ?」

「……」

 セレンが説明してもファタルの疑惑はなかなか解消される様子がなかった。ガレス人ではなくミレノアル人だと打ち明けられればむしろ話は早いのだろうが、用心するに越したことはない。本当のことはまだ打ち明けるわけにはいかないのだ。

「彼女達とは翌日からミレノアルまで一緒に行く相手なのですから、事前に会っておいた方が良いでしょう? 楽しくて頼り甲斐のある女性ですよ?」

 ラムダのことだから、ファタルもすぐに打ち解けて仲良くなってくれるとは思うが、まだ彼女の顔も知らないファタルにはそんなことなど勿論わからない。不安になるのも無理はないだろう。

「ロギアと仲の良い人なんだよね?」

「仲が良い…というか、彼女は私の部下なのですよ。ですから絶対に悪いようにはしないと思いますよ?」

 ラムダがそんな忖度をするような人間だとは思わないが、この方がファタルも安心できるかもしれない。そう思い力強く宣言すれば、ファタルはやがて少しだけ笑顔になる。

「うん…、ロギアがそう言うなら良いよ。ミレノアルに行けるんだもんね?」

 無理をしているのが明らかな様子のファタルを見ていると、少し事を急ぎすぎたかと急にそんな気がしてきた。

「いきなり一方的に決めてしまってすみません…。こちらも少し…慌ただしくなってしまって…」

 セレン自身もこれでファタルのことは安心できると舞い上がってしまっていたのだろう。だからこそこれで納得してもらいたいと結論を急がせてしまった。思わず反省していると、ファタルは一生懸命首を横に振った。

「ちょっとびっくりしただけだよ。ロギア以外の人と仲良くできるか心配だったし…」

「大丈夫、あなたはとても良い人です。あなたを嫌う人がいたのだとしたら、それはその相手に問題があるのです。あなたが気に病む必要はありませんよ?」

 ファタルが周りから酷い扱いを受けていたのは魔法を使えないからだ。それ以外の何ものでもない。だったらセレンの部下達やミレノアルにいる人々と上手くやっていけないわけもない。

「ロギアがそう言ってくれるなら自信持てるな…」

 ぽつりと呟くファタルにセレンも思わず笑った。

「私も…あなたの言葉にいつも自信をもらっているのですからお互い様ですね?」

「本当?」

 ファタルは今度こそ本当に嬉しそうに笑った。セレンは彼の頭を撫でると、もう寝ましょうと言って彼を抱き上げる。

「そう言えば、下に降りて何をしに行こうとしていたのですか?」

 セレンの部屋で寝ていたはずのファタルが、なぜ下の階から現れたのかと尋ねれば、彼は少し恥ずかしそうにしながらもセレンの首にしがみ付いてくる。

「急に…寂しくなったから…。ロギアを探しに行こうと思って、下まで見に行ったんだ…」

「こんなにも外が騒がしいのですから不安になるのが普通です。もう用は済みましたから一緒に寝られますよ?」

「うん」

 ファタルはセレンにしがみ付いたまま大きく頷いた。

 いくら安全な家の中だとはいえ、悪夢に悩まされながらもファタルはずっと1人で孤独な夜を過ごしてきたのだ。セレンもファタルくらいの頃はよく正体不明の不安に襲われ、父親に縋り付いて離れなくなったものだ。その度に父親は、そんなことでは強い騎士にはなれないと嗜めながらもずっと離れずにいてくれた。

 こんなファタルを1人で残していくのは本当に心配だったのだが、ラムダのおかげでその心配もなくなった。色々と思わぬ事態は起きているが、それでも何とか全てうまく収まりつつある。このまま行けば、もしかしたらデルフィラ女王も運良く倒せるかもしれない。そんな明るい希望も持てるような気がしてきた。

 寂しいのも、失いたくないと嘆くのも、大切な相手だからだ。そしてそんな部下達に恵まれたからこそセレンはここまでやってこられた。彼らと戦えることを悲観的に捉えるのではなく、信頼できる仲間達と最後まで共に居られることを喜ぼう。残された日はたった2日しかないが、それでもその2日間を大切に過ごしていこうとセレンは心に決めると、ファタルと共に部屋に入っていった。


過去話…まだ続きます。

だんだんセレンが頼りなくなってきているような、そんな気がしますが、色々とつらいんだってことですね。

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