(2)
それから2人は共に連れ立ってセレンとショノアの2人にあてがわれた客間まで帰ってきた。デルフィラの過ごす貴賓室は別棟にあるためセレンは頑なにそちらを優先しようとしたが、そうするとまた彼は多くの騎士や貴族達に捕まって休むどころではなくなってしまうだろう。それを伝えれば、さすがに彼も折れておとなしく部屋に入っていってくれた。
ホッとして貴賓室のある建物まで1人で戻ってくれば、通り過ぎる人々が皆かしこまった様子で頭を下げていく。それはそれで落ち着かず、デルフィラはまたしても部屋に逃げ込むようにして飛び込んだ。
「遅かったな? けど首尾は上々…ってところか?」
扉を閉めて一息ついた途端、背後から声をかけられ思わず飛び上がってしまった。振り返ればのんびりと長椅子に座っているショノアがいる。
「どうやって入ったの⁈ ここは確か魔法の施錠がされてるって聞いたわ!」
驚いて駆け寄ると、ショノアは手の中にある鍵を見せてくる。
「ベリルから鍵を貸してもらった。セレンのことで話があるなら良いだろうってな。…まあ、当然の対応だ」
この貴賓室は元々外から来る王族や上位貴族の滞在場所として使用される部屋だ。状況次第では自国の人間や外部の人間に狙われることを想定して警備は万全にしてある。特殊な結界で守られたこの部屋は、ガレス人のかなり高位の魔術師でも忍び込むことはできないのだそうだ。
一方、この部屋は中に招待された人間が密偵であったことも想定されており、怪しい動きを見せた途端出られなくなる監禁場所の役目も果たす。自由に出入りできる鍵は王とデルフィラ本人が持っていて、彼女が密偵と見なされ監禁された場合、それを解錠することもできる完全な鍵を持つのはベリルだけだ。
「セレンはどうだった? あんたにちゃんと話したか?」
ショノアは前の台に置かれている茶器から手慣れた様子でカップに茶を注ぎ、デルフィラに勧めてくる。自分の分は既に飲んだ後のようだ。
「……ええ。自分が『リーン』と名乗ることで、この国が救われなくなるんじゃないかって…それをとても心配していたわ」
「……そうか」
ショノアの向かい側に座り、デルフィラがお茶を飲み始めれば、彼はその様子をじっと見つめてくる。彼は見た目は子供なのだが、こうやって静かに見つめてくる眼差しはとても子供のものとは思えない。異世界で話した子供や兄の見せてくれた外で遊んでいるガレス人の子供達はもっと賑やかで落ち着きがなかったが、彼はまるで違う。
「あんた、どこまで知ってる?」
問い詰められると、まるで父親に問い詰められた時のように緊張してしまう。未来では成長の速度が違うのだろうか。
「……セレンがどこまで私に打ち明けているか、それを確認したいのね?」
「……ああ、悪いな」
ショノアは苦笑しながら長椅子の背に体を預けた。彼の体にはこの長椅子はかなり大きいが、それでもゆったりと座る様は妙にしっくり来る。
「いいえ、気にしてないわ。全てを私に打ち明けるわけにいかない事情も、ある程度わかっているから…」
「……」
ショノアは彼女の言う『全てを打ち明けられない理由』がわかったのだろう。更に気まずそうな顔を見せた。
「私がセレンから聞いたのは、ネメアと聖剣のことよ。その話の途中で私が勝手に気付いたの。あなた達が未来から来た人間なんじゃないかって…。だからリーンの話も打ち明けやすかったんだと思うわ」
今思えばあの時デルフィラがセレン達を未来の人間だと気付かなかったら、セレンは今も1人で悩みを抱え込んでいたかもしれない。彼にとってはデルフィラに気付かれたことは一生の不覚だったかもしれないが、結果としては良かった。
「彼は自分の時代でもあんな風に国を背負って生きていたの?」
あんな誰もいない寂しい場所で、誰に相談することもできずに彼は1人で佇んでいた。デルフィラが行かなければ彼は一晩中あの場所にいたのかもしれない。
「……ああ。ずっと…救えない命のことを悔やんで生きている」
ショノアはまるで自分のことのように悲しそうな表情を浮かべた。彼はセレンにもっと自由に生きてもらいたいのかもしれない。
「“救えない命”を作ったのは、『私』?」
気になっていることを尋ねれば、ショノアは少し考えた後に答えた。
「それはまだ…わからない」
デルフィラを正面に見据えたままの彼の顔は、それが彼女に対する遠慮から来る答えではなく、本当に真実がわからないのだと告げている。
「ねえ、あなたは聖剣のことを何か知らないの?」
このままではあまりにもセレンのことが心配だ。せめて聖剣の正体さえ掴めれば、何かできることがあるかもしれない。
「知ってたらとっくにセレンに話してる。調べても何もわからないからここに来たんだ」
ショノアは不満げに答えた。博識な彼がお手上げだったのだから、それは確かに直にその現場に来るしか方法がなかったのだろう。しかしミレノアルが滅亡するか存続するかの戦いの中にセレンを連れてくるのは危険な賭けでもあったはずだ。もし万が一にも彼がここで死んでしまったら、自分達の時代を救える人間はいなくなってしまうのだから。
「聖剣についてはこの時代に造られたはずなのに、その仕組みについては全く記録されていない。わかっているのは持ち主がリーンという名の騎士だったことと、ネメアと対等に戦える唯一の武器だったという点だけだ」
未来ではセレンが受け継ぐことになる前から既に聖剣の調査は進められていたらしい。ネメアの復活はガレス滅亡時から予見されていたことだったからだ。でなければ聖剣に選ばれた者を特別扱いしようなどとは考えない。
「使い手を選ぶ剣だが製造者は不明。威力の高い剣だから、てっきり制限の魔法でも重ねてかけてあるのかと思ってたんだがな…」
「違うの?」
「ああ、多分あの剣はただの魔法剣じゃない。むしろあの剣自体が一個の生命体…。そんな感じだ。だから剣が自分の意思で…セレンを選んだ」
ショノアはセレンがあの聖剣と意思疎通していることを語り、きっとこの世の中で聖剣のことを一番知っているのはセレンを置いて他にないと言う。だが、だからこそセレンは誰にも頼ることができず、聖剣を復活させる方法がわからないことに焦るのだろう。
「多分あいつが今一番不安に感じているのは次のネメアによる一斉攻撃だ」
「……一斉攻撃? まさか父がネメアを率いて総攻撃を仕掛けてくるとでも言うの?」
「これは歴史的にも既に記されている事実だ。セレンもこの時代のことには詳しいはずだからな…。知らない訳はない」
「そんな…!」
王に率いられ、退くことを許されないネメアが何体も大挙して襲いかかってくるのだ。そんなことになったらセレンは一体どうなってしまうというのか。
「そのネメアの襲来でミレノアルが滅んでいないことだけは確かだ。だが…被害はどれほどのことになるのか…。正直想像もしたくない」
記録によればこの戦いで10体近いネメアの遺体が回収されているという。それはつまりそれ以上のネメアが襲ってきたということだ。セレンが死にかけたという戦いでもネメアの数は10体。いくらショノアとデルフィラが周囲の崩壊を抑えたとしても、ネメアを相手にできるのはセレン1人なことに変わりはない。それに今回はアルゴスが2人を邪魔してくる可能性も十分にある。
「セレンは大丈夫よね…? ミレノアルが滅亡していないなら、彼が救ったに違いないもの…」
デルフィラは心の中でどんどん膨れ上がってくる不安を抑え切れず、思わずショノアに助けを求めた。
「……そう、願いたいがな…」
しかし彼も自信がないのか、苦笑を浮かべるだけだ。
「過去の記録はなぜかあまり詳細には記されていない。…戦いの後のことはそれなりに記録されているが、戦いの様子については全くと言って良いほど記されていないんだ」
リーンが実はセレンだったという現状を思えば、この先もどんな形でミレノアルが滅亡を免れるのか、確かなことは何もわからない。それはセレンの無事を保証するものにはなり得ないのだ。
「私、ネメアのことを調べてみるわ。セレンが切り取ったあのネメアの一部。体の組織が何でできているかがわかれば、何か対抗策もわかるかもしれない」
何もしないでいる訳にはいかない。たとえミレノアルが滅亡を免れたとしてもセレンに何かあれば自分は正気ではいられない。デルフィラは思わず台の上に体を乗り出していた。しかしそれをショノアに宥められる。
「それは俺がやる。あんたはもっと使える魔法を増やした方がいいな…。俺の蔵書を貸せたら良いんだが」
ショノアは何かを考え込み始めた。どうしたのかと尋ねれば、ショノアの手持ちの異空間は今ネメアを閉じ込めるために使われていて入れないのだと言う。
「何処か遠くでネメアを放すか…。さすがに不自由になってきたしな」
「ネメアを今放すの? 危険じゃない?」
1体でも減らしたい状況だというのに、遠くとは言えネメアを自由にするというのはどうなのか。抗議の気持ちを込めて彼を見つめれば、ショノアも彼女の方を見上げてくる。
「それについては少し考えがある。奴を閉じ込める檻をしっかり造ってから中に放せば多分問題ない」
「そんなので閉じ込めていられるの? すぐ壊してしまったりしない?」
セレンと共に訪れた街では多くの家屋が壊されていた。それにネメアは体もかなり大きい。とてもではないがショノアの提案は上手くいくとは思えなかった。
「ただの石造じゃ無理だろうな。だから魔法で石を隙間なく積んだ後に、鋼くらいにまで壁の強度を上げる」
「そうか…。いくら魔法の効かないネメアでも自分の周りの壁に張り巡らされた魔法まで無効にする訳じゃない。そういうことね?」
この前戦った魔法の効かない魔物。あれは魔法でのみ構成された攻撃では確かに通用しない。しかし魔法で投げつけられた物体になら傷を負わせ、倒すこともできた。ネメアの場合も同じだ。ネメア本体をいきなり魔法で縛ったり眠らせたりはできないが、魔法で造られた“鋼の壁”なら閉じ込めておける。
「それ…今度ネメアが襲ってきた時も使えないかしら?」
「アルゴスがいるなら無理だな…。全部魔法は解かれてしまうだろうから」
「……そう…よね」
何にしてもネメアとアルゴスの組み合わせは厄介なようだ。自分の父親ながら憎らしいとしか感じないのは、やはり親らしいことを何一つしてもらったことがないからだろうか。それでももし自分がアルゴスの前に出て帰ってくれと頼んだら、言う通りにしてくれないだろうか。そんな期待もまだデルフィラは持ってしまう。
「この方法…もう少し早くに気付いていたら…、もっとたくさん助けられていたかもな…」
「ショノア…」
苦笑する彼に強い後悔を感じて、デルフィラはその顔を見つめてしまう。彼が見た目の割に大人びているのはこの後悔のせいなのだろうか。まだ子供なのにどれだけの経験を積んできたというのか。
「……ああ、いや。ガレス人ってのはどうしても魔法で全て解決させようとしてしまうだろう? ミレノアル人で魔法に詳しい人間ってのもそうはいないしな」
「セレンは私達のことをちゃんとわかった上で使ってくれるわ」
異世界での戦いでは彼の助言がなければ逃げ延びることは不可能だった。そしてセレンのガレス人が扱える魔法の知識にも驚かされた。
「そうなんだ。…それで今回のことにも気付いたというか…。あいつともっと早くに出会っていれば、俺はもっと色々なことができたんじゃないかって…、そう思っただけだ」
セレンはかなりの数のガレス人と戦ってきたのだろう。だからこそガレス人の能力の限界も可能性さえも熟知している。でなければ初対面であれだけ見事にデルフィラの能力を封じてみせたりはしない。
「あなた達、昔からの知り合いという訳ではないの?」
「……ああ。あいつはしばらくミレノアルから離れていた。知り合ったのは…まあ、最近だな」
「最近なの? もっと長い付き合いなのかと思ってたわ」
ガレス人とミレノアル人が旧知の仲だということ自体デルフィラには驚くべきことだが、2人の関係はそうにしか見えなかった。お互いに心から信頼していて、息もぴったりだ。相性が良いと出会ってすぐにそんな関係になれるのだろうか。指摘されたショノアも不思議そうに首を捻っている。
「そう…だな。何だか初めて会った気はしない」
「…ガレス人とミレノアル人て、あまり上手くいかないものだと思ってたのに、私の勝手な思い込みだったのかしらね?」
兄ヘイムもどちらかと言えばあまりミレノアル人を良く思っていないようだった。偏見は持つなと強く戒めてきた兄でもそうだったのだ。ガレス人には本能的にミレノアル人を嫌悪する何かがあるのかもしれないと、デルフィラは考えていたものだ。
「いや…その認識は間違いじゃない。昔から…、そもそも国が分かれた太古の昔からミレノアル人とガレス人は相容れない」
「『セレストの反乱』…?」
「ミレノアルでは『セレストの革命』って呼ばれてるけどな?」
原始の時代、この世界にはガレス人しか存在していなかった。魔力の高さにより厳しい階級付けがなされ、異なる階級同士では結婚も許されない。魔力の低い者達…今で言うガレス人以外の人種は奴隷のような扱いで、上位階級の人間によって魔法研究に使われるなどしていたという。当然下位階級の者達は抵抗を試みたが、当時の民衆は全て王に反逆できないよう呪いがかけられていた。
しかしそんな中、呪いから逃れた人間達がいる。それが後のミレノアル初代国王となるセレストとその仲間達だ。
ミレノアル人はガレス人の突然変異ではあるが、見た目も違い、魔法は全く使えない。魔法を崇高な力と考えるガレス人にとってミレノアル人は人として出来損なった存在だと考えられていた。ミレノアル人は最下層に位置付けられたが、それでも彼らの持つ力の強さと頑丈さ、更にはその血に秘めた高い治癒能力は利用価値が高く、多くは王家の奴隷だったと言われている。
セレストは第一王女に仕え、当時作られ始めた魔法剣を手に護衛のようなこともしていたと伝わる。王女は病弱で、王族にしては珍しく下位の者にも優しい女性だったのだそうだ。
2人は年齢も近く、どこに行くにもセレストが常に王女に付き添っていた。そんな2人はやがて恋に落ちた。しかし最上階級の王女と最下層のセレストの関係が許される訳もなく、怒った王によってセレストは処刑されることになる。激しく嘆いた王女は王に反逆することを決意。呪いの発動する相手をガレス王から自分自身に書き換えたのだ。王女はその直後、呪いの影響で死亡してしまい、セレスト達の呪いは解けた。
それからのセレストは王女を失った悲しみを忘れようとするかのように戦いに明け暮れ、ついには奴隷とされていた人間達を全て率いてミレノアルを創り上げたと言われている。
「前から思ってたんだけど、ガレスの血の制約ってセレンの一族のものとよく似てるわよね?」
ベリルが話していたセレンの一族の血に秘められた呪いのような特性。王に反逆すれば死ぬだなどと、まるで太古の時代の人間のようだ。
「それは俺も気になっていた。ただ…呪いの発動条件がミレノアル王家になっているのがおかしい。あの魔法は王族にしか扱えないかなり高度な呪いだからな」
「ガレスの王族がミレノアル王家を護るような呪いをかけるはずはないものね…」
まだセレストを救った王女が生きていたなら可能性はあった。だが彼女はセレストがミレノアル王となるのを見届けることなく死んでしまっている。彼女がセレストのために血の制約をセレンの祖先にかけたとは考えにくい。
「そういえば、アルゴスはガレス人を血の制約で縛っていないのか?」
「ああ、あの呪いね…。兄の話ではかけるのに術者の命を削るらしいわ。古代の血の制約は1人にかけるとその一族全てに血の制約が伝わったらしいから、一度かけてしまえば良かったみたいだけど」
血の制約の魔法を生み出した太古のガレス王は何代にも渡って危険な存在に血の制約をかけ続けた。最初は王に迫るほどの力の持ち主から始まり、最後には魔力を持たないとされるミレノアル人にまでその呪いが行き渡ったのが数百年後。しかしセレストの反乱以来、血の制約の効果は何故か薄れていき、今の時代、その呪いの影響を受ける人間は誰一人いない。
「セレストの革命でガレス人の当時の王族や貴族は多く殺されている…。別に血の制約の助けを借りなくてもガレスの王が統治するには問題なかったってことか…」
ガレスは昔から変わらず血生臭い歴史ばかりだ。他者の命を弄び、都合の悪い者は殺して排除する。自分もそんな王族の1人だと思うとただ憂鬱な気分になる。
「ミレノアルが救われるということは、父は殺されるのよね?」
アルゴスが生きていてはミレノアルの危機が去ったとは言えない。彼は太古の王と同じように他の人種のことをただの研究材料としか見ないのだから。
「あんたにはつらい戦いになるな…」
「そうでもないわ。…父は兄の仇でもあるし、それにもう…私はこの国の方が好きだもの」
「……セレンのためか?」
「そう…かもしれないわね…」
最近になってセレストを救った王女の気持ちがわかるような気がしてきた。セレストの反乱の話を兄から初めて聞いた時は王女の気持ちがあまりよくわからなかったものだ。漠然とセレストと王女のことを可哀想だと感じた覚えはあるが、死を賭してまでセレストの呪いを解いた王女の気持ちが理解できなかったのだ。兄にそのことを素直に話すと、彼は笑っていた。
“いつか恋をした時…、お前にも王女の気持ちがわかるだろう”
『恋』という言葉を生まれて初めて聞いたのもあの時だ。恋とは何なのかと尋ねれば、兄は何を置いてもその相手のことばかり考えてしまうくらい人を好きになることだと話してくれた。外に出て色々な人と話す機会が増えればそんな人間にもいつか出会えるだろう。そう話す兄の言葉に胸を躍らせたのはもう随分と昔の話だ。
自分はセレンに恋をしている…。それは多分もう間違いはない。一時期は、自分が外に出ることなど一生ないのだと、恋をする相手になど一生出会うことはないのだと諦めたこともある。それが突然、一変した。
「私はセレンのことが好きよ…。セレストを救った王女みたいに、彼のためなら命を投げ出せる。父に刃向かうことだって…、何も怖くないの」
「そうか…」
ショノアは嬉しそうに、だが少しだけ悲しそうに笑う。
この先の未来のことを思えば、デルフィラがセレンを想う気持ちが今後どれだけの意味を持つのか。むしろ敵対する2人にとって、その感情はただ悲しみを助長させるだけになるのかもしれない。
今でも少し探ればセレンの気配は伝わってくる。相手が心を開いてさえいれば、その心を読まなくともある程度はデルフィラに伝わってくるのだとショノアは言った。噴水の側にいた時も今も、セレンの心はいつでもデルフィラに届く。それは彼もデルフィラと同じ気持ちでいるのだと、そう教えてくれる。
「だから…変わってしまいたくなんてないの…! 彼の大事な人を殺したくなんか…」
ずっと堪えていた感情がショノアに打ち明けたことで一気に溢れ出す。どうしようもないことだとわかっているからこそ、ただ涙が溢れ出てきて止まらない。
「デルフィラ…」
ショノアの手が彼女の手を包み込むように握る。
「俺も力になるから。あんた達2人を…このまま不幸な結末で終わらせたりしない。絶対に…!」
力強いショノアの言葉に、デルフィラはとうとう彼の体にしがみつくようにして抱きつくと泣き出した。こんな風に子供みたいに泣いたのも生まれて初めてだ。
ずっと子供の頃は周りに誰もいなかった。1人でいることを寂しいとも感じず、父の言葉に対して怒りや悲しみを感じるほども周りを知らなかった。
外の世界には心が捩じ切れてしまうような痛みも苦しみも、なんてたくさんあるのだろう。皆様々な苦しみと悲しみを抱えて日々を生きていくのだ。それでもあの隔離された自分の部屋には二度と戻りたくないと思った。




