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黒衣の守護者  作者: 樽吐
思わぬ事態
12/156

(2)

 それからしばらくして、セレンとデルフィラはショノアの前に立たされていた。子供の前で大人が2人恐縮した様子で並んでいるのだ。さぞかし可笑しな光景だったのだろう。使用人達が皆物珍しそうに眺めながら通り過ぎていく。

「俺が必死であんたの助けになれるよう魔法の練習してたっていうのに、その間あんたらは楽しく散歩して回ってたって言うのか?」

 目の前では恨めしげに見上げてくるショノアとその後ろにはどこか楽しげなベリルの姿。時間は昼過ぎだ。セレンの様子を見にきた2人が寝室からいなくなった彼を探し回っていたのだが、セレン達はそれを全く知らなかった。

「ごめんなさい。教えてもらいたいことがいっぱいあって、私が色々な所に連れて行ってしまったから…」

「いえ、私がまず黙って部屋を出てしまったことが発端です。目が覚めたならばベリル様にまずお会いしに向かうべきでした」

 謝罪の言葉とお互いを庇う言葉を口々に言い合う2人の姿に、ベリルもショノアも意味ありげに顔を見合わせている。

「へぇ〜、随分と打ち解けたものだな? 出会ってすぐの頃は険悪そのものだったのに」

「まあ、良い。元気になったのならそれでいい。後は若い男女のことだ。私が邪魔をするわけにもいくまい」

 意味深な言葉を吐くベリルに、セレンは突然自分達がどう見られているのかに思い至った。

「そ、そういうことではありません。私はただ彼女が色々と不安を抱いていそうだったので、それを取り去る手伝いをしたかっただけです」

「え?」

 慌てて言い訳したものの、それを聞いたデルフィラの顔がみるみる赤くなる。

「あー…そう。それはお優しいことで」

 ショノアが呆れたように視線を遠くに投げ、ベリルに至ってはニヤニヤ笑って3人の様子を面白がっているだけだ。

「あの…ベリル様、私は何かおかしなことを言ったのでしょうか?」

 何故デルフィラが顔を赤くしたのか訳がわからずセレンはベリルに救いを求めるが、彼女もまた笑うばかりで何も言ってはくれない。

「まあ、年頃の男女が2人。しかも美男美女が揃って何もないということもないだろう。気の済むまで2人で一緒に過ごすといい。使用人達にも良い潤いだ」

「??」

 ベリルは意味不明なことを言うだけ言って、その場を去って行ってしまった。残ったショノアは相変わらず不機嫌そうに2人を見つめるだけだ。

「戦闘の練習なら今からでも付き合いますよ? 元々あなたに合流するつもりでしたし」

 彼のことだから今回の件を何も手助けできなかったと悔やんでいるのだろう。それをどうにかしようと必死に練習してくれていたに違いない。そんな彼を放っておいて、自分はデルフィラと2人でただ屋敷内を歩き回っていただけなのだから怒らせてしまっても無理はない。

「私も一緒に行ってもいいかしら? ショノアにも色々教えてもらいたいし」

「それはいい考えです。彼はとても優れた魔術師ですからね」

 これで彼の練習も充実したものになるだろう。セレンがショノアの方を期待を込めて見れば、彼はまだ冷めた目でこちらを見つめたままだった。

「時期を(いっ)したことは謝ります。ですが彼女も今後戦わねばならない状況も多くあるでしょう。そのためにも」

 自分に腹を立てるのはいいがデルフィラにまでショノアの怒りが及んでしまっては申し訳ない。慌てて言い添えたものの、ショノアの表情が苦笑に変わる。

「あー…まあ、今日はいいよ。2人とも一応昨日死にかけたんだからな。1日くらいゆっくりしたらどうだ?」

「いえ、そういう訳には…」

「いい、いい。気にするな。

その分明日からはみっちり(しご)かせてもらうからな」

「……。ええ、わかりました」

 ショノアも何故か言いたいことを飲み込んだまま立ち去ってしまった。一体2人ともどうしてしまったのだろうか。

 しかし突然ゆっくりしろと言われた所で何をすればいいのかもわからない。振り返った所でデルフィラと目が合った。

「私、街を見に行きたいわ。どうかしら?」

「街に?」

 目を輝かせて提案してくるデルフィラにセレンは一瞬考える。

 王都ならまだ話はわかるが、ベリルの屋敷はそこから少し離れた農村部にある。ここから近くの街となると、今朝も見えたあの小さな街になるのだろうが、あそこは長閑(のどか)で良い街なのは確かだがあまり好んで行くような場所とは言えない。まして今はガレスとの戦争が激化している頃だ。更に寂れてしまっている可能性は高かった。

「行くのは構いませんが、あなたの思うような街とは少し違うかもしれませんよ? それに行くなら少なくとも髪の色は染めないと…」

「髪と目の色なら心配いらないわ。ほら」

 難色を示すセレンに対してデルフィラは何でもないことのように髪と目の色を変えてみせる。

「他に何か準備しておいた方が良いかしら? 今からなら陽が落ちる前に少しは回れるでしょう?」

 彼女はどんどん話を進めていってしまう。余程行きたかったのだろうか。

「街に何かあるのですか? ここからすぐの街には取り立てて楽しいものがあるようには思えないのですが…」

「私、異世界の街にはよく行ったの。だけど自分の世界の街には行ったことがないのよ。市場(いちば)っていうのかしら…物がたくさん並んでいて、人が色々な物を売ったり買ったりしてるのよね? みんなとても楽しそうに見えたわ」

 特別何か面白い物があるわけではない。だが彼女にとっては全てが新鮮で楽しいのだろう。

 しかしこの街の市場は賑わっていただろうか。セレンの時代では物資が底を突き、店も減ってむしろ寂しさを引き立てる場所になってしまっていたが、今の時代ではどうなのか。少しは彼女の期待するような賑わいが残っていたらいいのだが…。心配ではあるが、行きたいと言うのを引き留める理由もない。とりあえず街に行く準備を整えることにした。

「まずは剣を借りていかなければなりませんね」

「剣? 街を歩くだけなのに、そんな物が必要?」

 デルフィラは戦いに行くわけでもないのにと嫌そうだ。ガレス人は“武器”と聞くとあまり良い顔をしないものだ。

「今はガレスと戦争中で、街の人も気が立っています。剣を身に付けていないとすぐに魔術師だ、ガレス人だと騒がれてしまいますからね」

 武器庫に辿り着き、中に入れば色々な種類の武器が整然と並べられている。セレンはその中から手頃な剣を探し始めた。

 聖剣は今も指に嵌めているが、これは国内の人間に対して振るう物ではない。ましてここまで明らかに普通の剣とは違う見た目では逆に目立ってしまう。小さく軽いナイフを見つけてデルフィラに手渡せば、彼女は驚いて彼の顔を見上げるばかりだ。

「持っていてください。見た目だけ変えても、彼らはガレス人が自由に姿を変えられることを知っています」

「……」

 渋々といった様子でナイフを受け取った彼女は、鞘からナイフを抜いて刃を興味深げに眺める。

「不思議ね…。こんな物で物を切ることができるなんて…」

「私にしてみれば刃物もなく物を切るガレス人の方が余程…!」

 セレンは驚いて彼女の手を掴んだ。

「え?」

「何をするんですか⁈ そんなことをしたら指を切り落としてしまいますよ⁈」

 刃に触れようとした彼女に向かって、思わず声を上げてしまった。強い力で握ってしまった彼女の手が、怯えたように萎縮しているのを感じる。

「ご、ごめんなさい。私…」

 訳がわからずただセレンの勢いに飲まれて謝るデルフィラに、セレンは大きく息を吐き出した。

「いえ…私の方こそ驚かせてしまいましたね。あなたがこういう“刃物”というもの自体に馴染みがないと知っていながら、油断しました…」

 彼女をこれ以上怯えさせないよう手をゆっくり放せば、今度は逆にデルフィラにその手を掴まれる。

「血が出てるじゃない!」

 見れば確かに指先が少し切れている。

「……ああ、少し(かす)りましたからね。大丈夫ですよ。この程度ならすぐに治ります」

 彼女の視線から傷を隠すため手を引っ込めようとするが、意外にデルフィラの力が強い。

「ダメよ! 私の代わりに怪我したようなものでしょう⁈」

 彼女はセレンの傷を手で覆う。するとその手から淡い光が漏れ出してきた。しばらくして彼女の手が離れると、そこには血の止まった自分の指があった。

「あなたは回復魔法が使えるのですか?」

 思えば昨日も疲れ切ったセレンをわずかではあるが癒してくれた。

「ほんの少しだけよ? …グレシルみたいにあっという間にきれいに治してしまうほどの力はないわ」

「それでも大したものですよ? 我々ミレノアル人ならその助けだけで傷の治りが早まります」

 セレンは既に(ふさ)がり始めた指の傷を彼女に見せる。

「まあ、本当! ミレノアル人って、本当にすごいのね…」

 感動して声を上げたかと思えば、その声はやがて尻すぼみに小さくなっていく。不思議に思いデルフィラを見れば、彼女は何故か顔を伏せている。

「どうしたのですか?」

 声をかければ、デルフィラはセレンを見上げてきた。その顔が今にも泣き出しそうな表情に変わっている。

「私…何も知らないし、何もできないの…。周りの人にも迷惑ばかりかけて…。この国にいるのだって…本当は…良くないことなんでしょう?」

「ベリル様から何か聞かされたのですか?」

 敵国の王女を匿うというのは危険を伴う。彼女自身が密偵である可能性も捨てきれず、ましてデルフィラはガレスの内情を何も知らないのだ。

 確かにデルフィラがいなくなればアルゴスは寿命を引き伸ばす相手が減って困るのかもしれない。だがそれだけだ。この先何年生きるかわからないアルゴスの寿命を多少短くできたからといって、今のミレノアルには何の利点もない。

 彼女は再び目を伏せて言った。

「城に行った時…ミレノアル王から色々な話を聞いたの。……私は何も答えられなかった…。通路には怪我をした人がたくさんいて、みんな私を怖い顔で見ていたわ」

「そんな目に遭ったのに…今から街に行くつもりだったのですか?」

 彼女は既に自分が敵国の人間で、何も知らない人間から憎しみの目を向けられることを知っているのだ。それなら何故その渦中にまた飛び込もうとするのか。

「街に行けばミレノアルのことが色々わかるでしょう…? 私…何も知らないから…、せめて今からでも何かできないかと思って。だから…!」

 詰め寄る彼女の肩にセレンはそっと手を置いた。

「わかりました。私もできる限りお手伝いしましょう」

 静かに言えば、デルフィラがようやくホッとした顔を見せる。

「ありがとう…、セレン」

 彼女の身になってみれば、孤独であることは間違いないのだ。何も知らずただ生かされてきただけのデルフィラが、敵の真っ只中にたった1人で飛び込んでつらい思いをしていないはずがない。

「街に出たら私の側を離れないようにしてください。それから会話も最小限に。ふとした言葉が相手の気に(さわ)ることもあり得ます」

「……わかったわ」

 彼女はおとなしく頷くと、脇に置いたままだったナイフをちゃんと身に付ける。セレンも手近にあった、どこにでもある剣を手に取ると腰から下げた。

「街までは馬で行きましょう。少し遠いですから」

「私…馬になんて乗れないわ」

「わかっていますよ。一緒に乗れば大丈夫でしょう?」

「ええ、いいわ」

 少し落ち着いてきたのか、デルフィラの顔にもようやく笑顔が浮かび始める。その表情を見れば、セレンも少し温かい気分になった。

 馬屋では初めて見るその姿にデルフィラは驚くが、もう先程までの不安そうな様子はない。彼女を前に乗せ馬を走らせれば、街を見下ろす高台まではすぐに辿り着いた。

 慣れない内は疲れるだろうと一度デルフィラを馬から降ろす。後に続いて馬から降りたセレンに向かって彼女は待ちかねたように口を開いた。

「ねえ、セレン。あなたは『黒衣の守護者』みたいね?」

「何ですか? それは」

 初めて耳にする言葉に聞き返せば、彼女は顔を赤くして街の方に向き直ってしまう。

「私の好きだった絵本に出てくる人。塔に囚われたお姫様を助けに来てくれるの。すごく強い魔術師なのよ?」

「……魔術師…ですか?」

 いわゆる英雄や勇者のような位置付けの人物なのはわかるが、それが魔術師だというのがガレスらしい。セレンの知るおとぎ話ではいつも魔術師は悪者だったように思う。

「私は魔法は全く使えませんよ? 確かに…服は大体黒ですが…」

 服の色については周りの女性達からはよく陰気だとか怖いなどと言われ、敬遠されたものだった。夜陰に乗じて情報を盗み、或いは人をも殺すための色だ。そう思われても仕方がなかったのかもしれない。しかし文化の違うガレスでは“黒”も英雄が身に付ける色なのか。

「そういうことじゃないわ。雰囲気とか存在が…ってこと。だってセレンはこの国ではすごく強い騎士なんでしょう?」

「私など…まだまだですよ。…救えない命ばかりです」

 英雄と呼ぶべきは、初代の聖剣の使い手だろう。確かリーンという名で、完全な聖剣を手にミレノアルに平和を取り戻した。

 彼については不思議な点が多い。ガレスとの戦いにおいては一番の功労者であったはずの聖剣の使い手リーン。彼は本来ならば現在にも続くほどの身分や領地を王から受け取っていてもおかしくない。しかし彼の名前は戦争中の記録に多少見かけるだけで、今の時代にリーンの痕跡を残すものは何もないのだ。人によってはリーンが実在したのか怪しむ者さえいるが、聖剣の柄が残っている限りやはり彼は存在したはずだ。

 そう思えばこの時代には聖剣が存在するのだ。それもセレンの持つ不完全なものではなく、ネメアを倒すことのできる聖剣が。となればリーンに会うこともできる。帰ったらベリルに心当たりがないか聞いてみよう。そんなことを考えながら眼下に広がる街を眺めていれば、デルフィラが隣に並んだ。

「物語と現実は違うもの。救えない命があっても当然でしょう? だけど『黒衣の守護者』もあなたも…守りたいと思う気持ちはきっと同じなの」

「……」

 ニッコリ笑った彼女の顔が何故だかひどく心地良くて、いつまでも見ていたいと思った。

「そろそろ行けるわ。あまりゆっくりしている暇はないものね?」

 彼女はそのまま馬に向かって歩き出す。惜しい気持ちがしたのは確かだが、セレンはそれをひた隠しにして後に続いた。


 そこからは一気に街まで下り、馬を適当な場所で繋ぐと2人で街に入った。

 ある程度予想はしていたが、街はひどい様子だ。セレンが昔見た景色とはまるで違う。石造(いしづくり)の建物はほとんどが崩れ、暗い表情の人々がまばらに通り過ぎていく。数人のアルカイスト人が修繕に取り掛かっているようだが、その人数でこの崩れ切った街を復旧するのにどれだけの時間がかかるのだろうか。

 市場に行けば店の数はわずかで、並べられている品物は(しな)びた野菜や果物。痩せた獣。買える人もいないのか、呼び込みの声も活気がない。

 市場の賑わいを楽しみにしていたデルフィラはどう感じているのだろうか。ふと気になり、彼女の様子を伺ってみる。

「これは…父がやったことよね?」

 落胆しているというよりも、むしろ怒りを抑えているような声だ。

「恐らくごく最近にネメアがこの街を襲ったのでしょう。更にこの悪天候。いくらグリナライト人が雲を晴らしても太陽の光が大地に届く時間はわずかです。プラニッツ人の力だけでは収穫量を維持するのは難しい」

 セレンの知っているミレノアルとこの街の様子はよく似ていた。

 確かこの時代のネメア襲来は3年間に及んでいたはずだ。アルゴス王が率いた状態で攻め込んだのは二度しかなかったはずだが、その間にも数体のネメアがミレノアル各地で暴れていたと記録に残っている。

「『ネメア』というのは何なの? ミレノアル王にも聞かれたのだけど…」

 この時代では既にネメアの正体は判明していたはずだが、まだ時期が早いのだろうか。或いは彼女から情報が伝わったのかとも思っていたのだが、違っていたようだ。

「あれは…アルゴス王が造った魔法生物です。見た目は翼のある黒い獅子ですが、その正体は微細な魔物が寄り集まって形成された魔物。剣などの物による攻撃は通用せず、魔法も彼らの体に吸収されるばかりで倒すことはできません」

「この前戦った魔物みたいなもの?」

 彼女に怪我を負わせたあの魔物のことを言っているのだろうが、あれはまだ良い方だ。

「あの魔物は魔法具があれば倒せます。準備が整ってさえいれば倒せない相手ではありませんよ」

「……そうね。実際あなたは全て倒してくれた…。じゃあ、あなたの持っていた剣もその魔法具というものなのね?」

「これは…」

 聖剣の正体をセレンは知らない。

 騎士の叙任式では必ずこの柄に騎士見習い達は宣誓するのだが、実はあの儀式が聖剣の使い手を探すためのものだったとは後になって知ったくらいだ。

 生まれて初めて見る聖剣を目にして、当時のセレンはただ感動していた。その直後にまさかその聖剣に話しかけられるとは思いもしなかったのだが…。古ぼけて艶も失いただの遺物となっていた聖剣が、彼が手にした途端本来の美しい姿を取り戻した。あの時の感動は今でもよく覚えている。

 だが聖剣はその時セレンに向けて“待っていたぞ”と声をかけてきたきり、二度と言葉は発しなかった。その後の意思の疎通はいつでもただ何となく…だ。当然、聖剣から直接成り立ちを聞き出すことなどはできない。

「恐らく魔法具とは違います。あれは武器や道具に魔法の力を付与するもの。聖剣はもっと…生きているような存在です」

「聖剣…?」

「……」

 聞き返されて自分が失言してしまったことに気が付く。しかしこの地にネメアがいるのなら、いずれはセレンもこの不完全な聖剣で戦うことになるだろう。いつか話す時が来るなら今話しても問題ない。

 セレンは人のいない開けた場所まで来ると、今から話すことは誰にも言わないようデルフィラに念を押す。

「これは…完全な姿であればネメアを倒すことのできる唯一の剣です。ただ、今は刃を失い力が半減してしまっている。ネメアに対しては傷を負わせることはできても倒すことまではできません」

 紅い石の()まった白い指輪をデルフィラに見せれば、彼女は熱心に指輪に見入っている。

「この石…何だか“目”みたいね…。見られているような気分になるわ」

「そう…かもしれません」

 セレンが聖剣の意思を感じるのは大抵この石が輝く時だ。光源など無くともこの石は時々キラリと光る。

「どうしてあなたはこんなものを持っているの? 血筋だって強さだって普通じゃないのに誰もあなたのことは知らないって…どう考えてもおかしいわ」

「それは…」

 セレンは思わず本当のことを話しそうになった。しかしそれを話せば凶悪なデルフィラ女王の話にも触れなければならなくなる。彼女に未来の話を聞かせるのは果たして正しいことなのか。

「すみません。それだけは…何があっても話せません」

「どうして? 私のことがまだ信用できないから? 私もいつか凶悪な人間になると考えているから話せないの?」

「そういう訳では…」

 不毛な言い逃れを口にしようとしたセレンだったが、デルフィラが急に顔を強張らせてこちらを見つめてきた。

「……まさかあなた達…、未来から来たの?」

「!……」

 自分で話していてデルフィラは気付いてしまったのだろう。もしかしたらセレンが話しているのはこれから先の話なのではないのかと。ミレノアル人にとっては夢物語でも、ガレス人にしてみれば時を超える魔法は身近な存在。未来人に会うという状況もそれほど荒唐無稽な発想ではないのだ。

「何年後? 私が悪魔のようになってしまうのはいつなの?」

「違います…! あれはあなたのはずがない。そんな訳はないのです!」

 セレンは必死で否定していた。どうして今になって彼女があの女王とは別人だと主張しているのか、自分でもわからない。同じ使い魔は二つと存在しない。彼女はあのデルフィラと同一人物だ。それは自分が一番よくわかっているはずではないか。

「セレン…!」

 問い詰めてくる彼女の声を止めたくて、セレンは思わずその体を抱きしめていた。細い体に触れれば彼女はわずかに震えていて、彼は勇気付けるように力を込める。

「私、あなたの大事な人を殺してしまうの? 父のように…大勢の人を苦しめるの?」

 追い詰められたような声でデルフィラはただ呟く。

「……させません…。私が…守ります。必ず…」

 しかしどうやって、何から彼女を守るというのか。まだ自分の時代に存在するデルフィラ女王の正体さえわからないというのに。

 デルフィラ女王はセレンの時代に突然現れた。どこに潜伏していたのか、王と自称するだけの恐ろしい魔力を持った彼女はあっという間にガレス人達を支配下に置いた。そしてあの恐ろしい魔獣ネメアを復活させ、ミレノアルからの独立を宣言。長いミレノアルとの戦争が始まったのだ。

 115年という時間の隔たりに、セレンは心のどこかで今ここにいるデルフィラとあの女王は別人だと思い込もうとしていた。いや、彼自身、そうであって欲しかったのだ。

 だがアルゴスが今現在150年近く生きていると知らされ、その願いは(もろ)くも崩れ去る。彼女もアルゴスと同じ一族なのだ。百年以上生きないと誰が言い切れるというのか。

「……嫌よ、セレン…。私は父のようにはなりたくない…」

 ミレノアルを陽の差さない土地に変え、街を破壊する自分の父。絶対にそうはならないと彼女が誓ったのは今朝のことだ。それでも運命は彼女の決意を踏み(にじ)っていくというのか。

「大丈夫、…あなたは大丈夫です…」

 根拠のない虚しい言葉だ。それでも言わずにはいられなかった。口にしなければセレン自身も絶望してしまいそうだったからかもしれない。

 結局デルフィラの体の震えは最後まで止まることはなかった。


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