7 生きた球が投げられるかが問題
と、いう訳で、その日の放課後、張高野球部に、遂に碇が加わった。
「え、えと、東京の桜嵐中学から来ました、松山碇です」
グランドの中央に立った碇は、そう言って正面に並んだ先輩達に頭を下げた。
「この度は僕のせいで皆さんにご迷惑をかけてしまって、
本当に、すみませんでした!」
「いやいや、気にせんでええよ松山君」
「そうそう、そんな事より、
君がウチの部に入ってくれた事の方がありがたいんやから」
千田先輩と口裏を合わせている先輩達は、
謝る碇に笑顔でそう言った。
その光景に少なからぬ罪悪感を覚えるけど、
とりあえず最初の目的は達成したので、これはこれでヨシとしよう。
問題は、碇がキャッチャーに向かって
生きた球を投げられるかどうかなんやから。
かくして練習が始まり、
ストレッチやランニングや
キャッチボールといったウォーミングアップを終えたところで、
キャプテンが碇にこう言った。
「じゃあそろそろ、松山君の球を見せてもらおうかな」
「え、それはつまり、投球練習って事ですか?」
キャプテンの言葉に、碇は戸惑った表情を見せる。
そんな中他の先輩達からも、
「おう、見たい見たい」
「全国二位のペッチャーのボールって、どんなんやろうなあ」
という声が上がる。
「うぅ………………」
碇は助けを求める様に俺を見た。
そんな碇に俺は、
「お前がピッチャーやねんから、どっちみち見せんとあかんやろう」
と素っけなく言い、キャッチャーのプロテクターの準備を始めた。
そして碇はピッチャーマウンドに上がり、
俺はホームベース後ろのキャッチャーボックスに腰を下ろした。
碇に向かってミットを構える俺。
こうしてピッチャーの球を受けるのは去年の全国以来か。
その久しぶりの感覚に、俺はちょっと緊張した。
が、目の前に立つ碇は、俺なんかより数倍緊張していた。
冷や汗ダラダラで目は泳ぎまくり、
まるでノーアウト満塁の大ピンチを迎えている様な状態やった。
ホンマに大丈夫かあいつ?
いや、きっとマッタク大丈夫ではないやろう。
今のあいつは、キャッチャーに向かってボールを投げるのが怖くて仕方がない。
その恐怖が、体の芯にまで染み付いてしもうとるんや。
そやけどそれを克服するには、理屈云々だけではアカン。
碇が身を以て乗り越えるしかないんや。
さっきのキャッチボールでは普通にボールを投げられとったから、
マッタク投げられへん事はないはずや。
さあ来い碇!
お前が河川敷で投げとったあのボール、
俺のミットに投げ込んでみろ!
俺は気合を入れてミットを構えた。
すると碇はそれに答える様に、先輩達も見守る中、投球動作に入った。
両手の後ろまで振りかぶり、それを戻しながら左足を上げ、
体を右にひねり、左足が上がりきったところでそれを前に踏み出し、
体ごと右腕を上手から振りぬいた。
その瞬間、先輩達から、
「うおぉっ!」という声が上がった。
碇の右手から放たれボールは、
先輩達からそんな驚きの声が上がるほどに物凄い剛速球…………
ではなく、逆に、物凄く遅かった(・・・・)。




