8 ぽすぅっ
碇の右手から放たれたボールは、超が付くくらいのスローボールやった。
スピードも勢いも変化もなく、
ただ山なりの軌道を描いて俺のミットに向かって飛んでくる。
例えて言うなら、
野球なんか一度もやった事のないようなアイドルの女の子が、
プロ野球の始球式なんかで投げるボールや。
まあ碇のボールは一応ノーバウンドで俺のミットに入ったけど、
その音も、『ぽすぅっ』という何とも情けない音やった。
これやったらむしろ、
さっきキャッチボールをしてた時の方がまだ速いくらいやった。
う~む、これが今の時点での精一杯の球やとしたら、
これは思ったより重症やな。
いや、この場合は前向きに、
座ったキャッチャー相手にボールを投げられただけでも、
ヨシとするべきか。
そんな中、その辺の碇の事情を承知している先輩達は、
口々にフォローの言葉を碇に言った。
「凄いやん!今、ちゃんとボールが前に飛んどったで!」
「ホンマホンマ!予想以上に速かったし!
今ので百六十キロくらい出とったんとちゃう?」
「そうやな!今のはボールが速すぎて逆に遅く見えたんやな!」
出来ればもう少しマシなフォローをして欲しかった。
俺がとりあえず碇の元へ駆け寄ると、
碇は俯きながら申し訳なさそうに言った。
「ゴメン正野君………今は、これが精一杯なんだ…………」
「ああ、まあええがな。
とりあえずはキャッチャーに向かってボールを投げられたんやし。
あとは数をこなして、
時間をかけて本来の球が投げられる様になったらええがな」
「………うん、ありがとう」
碇はそう言って頷いたが、
その背後で、ライトで市長の息子の山下先輩が、
不安げな声でこう呟いた。
「でも、試合まであと、三日しかないんだよねえ………」
あと三日。
その残された時間は、今の俺達にとってあまりにも短い時間やった。




