6 あいつが元エース?
と、いう訳で俺は、一時間目の授業が終わった後、
碇を人気のない校舎の屋上へ呼び出した。
互いに向き合う俺と碇。
その碇は何やら完全に勘違いしている様で、
顔を赤らめながら俯き加減になっている。
とりあえず、俺は口を開いた。
「ここに呼び出したのは他でもない。お前にちょっと話があるんや」
すると碇はこう言った。
「うん、みなまで言わないで。
正野君の言いたい事は、よぉ~く分かっているから」
「ほぉ~、俺の言いたい事が、既に分かってらっしゃると」
「うん、きっと今僕が考えてる事と正野君が考えてる事は、同じだと思う」
「そうか、それやったらとりあえず、
俺とお前が考えてるっちゅう事を言うてみてくれや」
「うん♡」
俺の言葉に碇は無邪気な笑顔で頷いた。
そして、こう言った。
「愛してる♡」
そして俺に抱きついてきた。
しかし残念ながらそれは、
俺の考えていた事とはまっっっっっっっったく違うものやったので、
俺は何のためらいもなく碇の首を絞めた。
「ぐぇえええっ!ぐ、ぐるじいよ正野くんっ…………」
殺意を込めて首を絞められ、悶え苦しむ碇。
このままやとホンマに死んでしまうので、俺は不本意ながらもその手を離した。
「ごほっ!ごっほぅっ!た、助かった………………」
跪いてむせかえる碇。
そんな碇に構わず俺は言った。
「お前、去年全国で準優勝した桜嵐のエースやったらしいな」
「………………っ⁉」
その言葉に碇の咳が止まった。
どうやら鹿島さんの情報は正しかったみたいやな。
俺は続けた。
「高校球界期待のルーキーが、こんな所で何やっとんねん?
お前やったら何ぼでも野球の強い高校に行けたんとちゃうんかい?」
「………………」
碇は口を噤んだ。
何か訳ありみたいやけど、そんな事を探るのが目的ではないので、
俺はさっさと本題に入った。
「まあええわ、とりあえずお前、野球部に入れへんか?
全国二位のピッチャーが入部してくれれば百人力、いや、千人力や」
それに対して碇は、俺の顔を見上げてこう言った。
「それはつまり、僕に恋人になって欲しいって事?」
「違う、全然違う。あのな、お前な、もっぺん首絞めたろうか?」
「う、それはちょっとカンベンして欲しい」
「野球部に入ってくれ。甲子園に行くには、お前の力が必要なんや」
そう言って俺は、碇に頭を下げた。
ホンマはこんな奴に頭を下げたくないんやけど、
野球で勝つ為には絶対的なエースピッチャーが必要不可欠。
その為やったら俺はホモにでも頭を下げる。
恋人には断じてならんけど。
「あ、頭を上げてよ正野君!」
慌てた口調で言う碇。
しかし俺は頭を下げたまま続ける。
「お前が入部してくれると言うたら上げる」
「うぅ………………」
困った様子で唸る碇。
そして呟く様にこう言った。
「でも、僕の投げる球はその………『危ない』から………」
その言葉に、俺は頭を上げて言った。
「心配すな、お前の球は俺が捕る。
こう見えて俺も、去年キャッチャーとして全国に出場してるからな」
「え?正野君って、 キャッチャーなの?」
「そうや。百四十キロオーバーのストレートでも、
ワンバウンドする様なフォークでも、何でも捕ったる。
だから心配すな」
「うぅ………………でも、やっぱり僕………………」
「何でやねんな?お前まさか、このまま野球をやめるつもりなんか?
もしかして肘でも壊したんか?」
「そういう訳じゃあ、ないんだけど………………」
「じゃあアレか?俺がキャッチャーっちゅうのが気に入らんのか?」
「そ、そんな事ない!」
「じゃあ何やねんな⁉なんでお前はそんなに野球を避けようとすんねん⁉」
「とにかく駄目なんだよ!僕はもう、野球はしないって決めたんだ!」
碇はそう声を荒げると、校舎の入口の方へ走って行ってしまった。
何やねんあいつは?
全国の決勝まで行ったピッチャーが、
何でいきなり野球をやめてもうたんや?
訳分からんぞマッタク。
そう思いながらその場に立ち尽くしていると、
休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。




