『マンネンロウ』
アルバオ達が訪ねてきた翌日。
事後承諾の形になってしまったリトロの雇用について、オヤジさんに頭を下げて了承を貰った。
そしてその流れで、俺はリトロに諸々の教育を行うのを、双子に任せてみることとした。
もちろん、色々と戸惑っていた二人であったが、これも勉強だということで納得して貰った。
リトロも長く滞在することはないだろうし、良い大人でもある。
これは違う、と思ったら本人に直接なり、俺に言うなりしてくれるだろう。だから、教える訓練には丁度良いと思ったのだ。
というわけで、二人が初めて人に教える様を眺めていたい気持ちではあったが、その前にやることがあった。
それは、ローズマリーとアルバオを図書館に連れて行くことである。
昨日の歓迎会のことだ。
「ところで、この街には図書館はあるのかしら」
ふと、天気を尋ねるような軽さでローズマリーが言った。
「まぁ、それなりに大きなものが」
大した話題でもないと、軽く答えた。
何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、直後にこう続いた。
「是非案内してくださるかしら」
「……え」
図書館の話をした直後に、是非案内して欲しいと。
その返答を待ち構えていた、むしろその返答が聞きたくて仕方なかった、といった感じであった。
それは確かに、案内するだけなら何も問題はない。ないのだが。
「観光とかは?」
「……? この街に、何か見るものが?」
「いや、それはある、と思うけど」
自分で観光と振っておいてなんだが、ここを見ないと損をする、というような観光名所が浮かばない。チラとスイに目をやるが、スイも同様らしい。
この街、特に大きな建物があるわけでなし、城があるわけでもなし、有名な絶景スポットがあるわけでもなし。
良い所と言えば、とても住みやすい所とか、街道の整備が整っているところとか。
「……そう。それで、図書館には案内してもらえるのよね?」
あからさまに興味の無さそうなローズマリーであった。
反省である。そもそもウチの店に来る人間は、カクテル目当てか地元民かのどちらかで、観光客向けの仕入れが疎かであった。
近所の美味しいお店とかなら詳しいが、観光名所ではない。いや、旅人には以外と重宝される情報ではあるのだろうが。
というわけで、ローズマリーとアルバオを連れて、まず街の図書館を案内することになったのだった。
案内するだけなら俺一人で良いと思ったが、スイも同行している。
俺はこの機会に街の観光名所をさらさらと言えるように、勉強するつもりである。
「それじゃ、昼くらいに合流ということで」
清潔な印象の図書館の中。
探し物自体は、それぞれが別々に行うということで、解散する。
俺の言葉が早いか、スイとローズマリーは競い合うように、同じ方向に向かって歩き出した。
「……ロージー、真似しないで」
「真似してないわよ。この寂れた街で、どれくらい新しい魔法情報が手に入るのかを確認してあげようと思っただけよ」
お互いに早足のまま、スイとローズマリーが小声で言い合っているのが聞こえた。
「……確認してなんなの? この街に住んでいないあなたに関係が?」
「……私のライバルが遅れた情報しか手に入れられないなら、お情けで最新情報の一つでも恵んであげようかと思いまして」
「……ライバル? この街に居るの?」
「……居るわよ……!」
なんというか、相変わらず、スイの眼中に入ってなさすぎて可哀想なローズマリーだ。
それでいて、周りの迷惑にならないように、声を抑えているのが二人とも行儀良い。
二人の少女の背中を見送ったあと、同じくぽつんと立っているアルバオに目を向ける。
「アルバオは?」
「二人と同じく、軽く魔法の情報を見た後に、観光ガイドでも探そうかな、と」
「……なんか、すまん」
俺が観光案内できないことを、分かった上で、自分で調べようとしているアルバオに頭が下がった。
それから、俺も自分の目的を伝えた上で、俺達も別行動を取ることとした。
相変わらず、日本のソレと対して変わらない印象の図書館だ。
観光──というよりは郷土の歴史とかそういった風情の本が多い本棚。その中で、いくつか目ぼしいものを引き抜いて、更に歩く。
目的のものは、観光ガイドだけではない。
じつはここに来る前に、二つほど、宿題を出されていたのだ。
一つは、ノイネ・プラットから。
ノイネは、スイとライ──イージーズの看板娘たちの祖母であり、俺の薬草系リキュールの師匠でもあるエルフの女性だ。
それでいて、俺のカクテルの弟子でもある、微妙に複雑な関係である。
そんな彼女が最近新しく漬けた薬酒のいくつか、その原材料について、自分で調べるように言われていたのだ。
俺はバーテンダーであって、原酒を作るのは専門外だ。だからこそ、彼女の薬酒の知識はありがたいもので、彼女からの宿題については、真剣に向き合わないといけない。
というわけで、まだまとめていない薬酒に使われた薬草について、この期に調べるつもりでいた。
もう一つは、そのノイネの孫であり、元祖看板娘のライからのもの。
といっても、直接的になにかを頼まれたわけではない。
そんな彼女と今日の昼間に会った時のこと。口には出さないが、とあるシリーズの新刊が入っていないかをえらく気にしていた。
割と活発な印象の彼女は、ああ見えて乙女チックな小説を好むのだ。だが、イメージが邪魔してか、あまり頻繁に図書館に通えてはいない。
だから、もし新刊が入っているようであれば、俺がついでに借りて帰るのもやぶさかではないと思っていたのだ。
「と、この辺だったかな」
区分けされた本棚のうち、小説を集めた──俺に取ってはファンタジー小説だが──棚に目をやる。
ライが好きなシリーズの名前を頭に思い浮かべて、静かに視線を流す。
「これだったかな」
そして、一冊の本に手を伸ばした。
タイトルは『囚われの姫と勇敢な魔法使い』の第九巻。
第九巻まで来ていたら、囚われの姫もとっくに救われているのだろうが、最初のタイトルと、その後の展開が変わっているのは、よくあることだ。
内容まではしっかり把握していないので、感想を言うのはやめておこう。
「……ん」
目的を果たしたところで、さっさと立ち去ろうと思った俺の目に、一冊の本が留まる。
恐らくそれも、コテコテの王道ラブコメディか何かだと思った。だけど、そのタイトルが引っかかったのだ。
『生き返った勇者と、不死の姫の恋』
不死の姫、という部分ではない。生き返ったという単語が、俺の足を止めた。
俺は未だに、この世界の文字を完璧に読み込めるわけではない。それでも、召喚された者の特権としての翻訳魔法が、俺に意味を教えてくれている筈だ。
この世界には生き返るという概念が、あるということ。
「…………」
俺は、なんとなくその本も本棚から引き抜いた。
調べ物に飽きたら軽くさわりでも読むか、くらいの気持ちで。
だから、その本に特に惹かれたというわけでもない、つもりだ。
「ふぁ」
手頃な机に取ってきた本の山を乗せて、俺は薬草に関する図鑑をめくっていた。
詳細な図説も乗っていて、眺めるだけでも楽しい一冊だが、俺以外にあまり読んでいる人間を見た事はない。
ノイネとの間で一番困るのは、彼女が使う植物の名前が、俺が一般的だと思っている名前と食い違っていることだ。
ノイネが『オオミノツルコケモモ』と言った植物が、俺の知る所の『クランベリー』だったように。
彼女が当然のように使う単語を、俺は自分で自分の知識に落とし込まないといけない。それ故に、俺はこの手の図鑑とはずいぶんとお友達になった。
それは地球でも勿論あることだ。
これはあくまで俺だけの話かもしれないが、洋酒のスパイスなどに良く使われる『コリアンダー』が、タイ料理でおなじみの『パクチー』だと知った時は衝撃だった。
何かを調べる時には、横の繋がりも同時に調べる癖をつけろ、と言ったのは、学校の先生だったか、それともバーテンダーの先輩だったか。
「……えーっと」
そんな俺が今調べているのは『マンネンロウ』という植物だった。
いつか、ノイネの新作と言われて、薬酒の味を見たことのある薬草だ。
機会に恵まれずに今の今まで調べられていなかったが、味わいが結構好みだった。
せっかくなら、客人として来ているアルバオやローズマリーにも何かの形で振る舞いたいほど。
「何を調べているのかしら?」
背後から、女性の声がした。
聞き慣れたスイの声ではない。それでいて、この図書館で俺に話しかけてくる人間。
俺は、目線はそのまま、図鑑の索引を眺めながら返した。
「『マンネンロウ』って植物のことを」
「……なにそれ、変なアプローチの仕方ね。まぁ、嫌いではないですけれど」
「ん?」
そう言って、真紅の髪色の少女が、俺の隣に座った。
ローズマリーは、横目でニヤニヤと俺を見つめていたと思ったら、俺の重ねていた本に手を伸ばす。
「観光ガイド……気にしていたのかしら」
「……まぁ、今後の役にも立つだろうし」
そのまま認めるのは癪だったが、事実、彼女に観光名所を案内できなかった俺だ。気にしていないと言えば嘘になる。
だが、今の俺ならこの街の観光スポットの十や二十を案内するのは容易いことだ。
しかし、そんな軽口を叩く前に、俺は『マンネンロウ』の記載のページに辿り着いた。
そのページに載っていた『マンネンロウ』の別名は、
「……『ローズマリー』」
それは、目の前の少女の名前と同じものだった。
俺に名前を呼ばれたと思った少女が、本の山から俺に視線を向け直す。
「なにかしら?」
「いや、だから『マンネンロウ』って『ローズマリー』のことだったんだなって」
「……がっかりしたわ。面白いアプローチの仕方だと感心してあげたというのに」
ローズマリーは、言って唇を尖らせた。
だが、俺は俺で少し気恥ずかしい。ローズマリーの目に、先程の俺がどう映っていたのかが分かってしまった。
ローズマリーという名前の女の子と仲良くなるのに、まずはその名前の由来となった植物のことを調べる男に見えていたわけだ。
「まぁ良いわ。私、あなたともっと話をしてみたいと思っていたのよ」
ローズマリーは、そんな俺への不満などあっさりとどこかへやってくれたらしい。
静かに、俺が重ねていた本の山に手を伸ばし、その山の中ほどにあった一冊を引き抜いた。
それは、俺がなんとなく持ってきてしまった一冊だ。
「ねえ、バーテンダーさん。あなたは『生き返り』について、どう思う?」
タイトルが見えるように、立てながらその本を見せる彼女。
ただの、何気ない世間話にすぎない筈なのに、俺はゴクリと唾を呑み込んでいた。




