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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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歓迎の後


 アルバオとローズマリー、そしておまけのリトロの歓迎会は静かに終わった。

 遠方から来た二人には、心づくしのつもりで色々とカクテルを振る舞った。この日のために材料とメニューを特別に用意してみたが、お気に召して貰えた様子だっった。


「でも、店ではもっと色々と作ってくださるのでしょう?」


 というローズマリーの声が、無邪気でありながら、どこか色っぽく感じたことは胸にしまっておこう。


 あと、俺としては、リトロがコルシカやイベリス、それとローズマリーを口説きにかかることはないかと心配していたのだが、杞憂に終わった。

 リトロは、これまでの店での振る舞いが嘘に思えるほど、紳士的に女性陣に接していた。

 女性に関する手の早ささえなければ、彼は非の付けどころのない美男子だ。彼から学ぶべき気遣いや、優雅な動きは多いと感じた。




 ささやかな歓迎が終わり、長旅で疲れただろうアルバオとローズマリーをそれぞれ部屋に案内した。お嬢様慣れしたローズマリーの様子を見るに、コルシカは彼女の風呂の世話などでこれから大変かもしれない。

 案内が終わったあと、リトロはまだ食堂に残っていた。

 俺は彼にそれとなく、大人しかった理由を尋ねてみた。


「ああ。それには深い事情があってね」


 そう言って憂えた目をするリトロ。年齢はぱっと見では分からないが、これでもずっと旅を続けてきたのだ。数年、下手したら十数年と。

 そんな彼がそう言うのであれば、何か深い事情があるのだろう。


「旅先で懇意になった男性の家に泊めてもらった折に、その奥様や娘さんを口説いて追い出されたことがあってね。私も三回目で懲りたよ」

「そこは一回目で懲りて欲しいところでしたね」


 本当に、言っていることが冗談か本気か分からない男であった。少なくとも話は通じるタイプであって欲しい。

 俺はため息を噛み殺して、歓迎会の片づけに入る。既にスイとイベリスが洗い物に入っていたので、俺は空いた食器を下げつつ、余った料理を一つの皿にまとめ直す。

 そんな俺の様子を見たリトロも、静かに作業を手伝う。


「しかし、予想していたよりもずっと質素だったね」


 リトロがボソリと言った。

 今日、食卓に並んでいた料理は基本的に、コルシカの畑で取れた野菜をベースにした、炒め物やパイなど。

 それに、少し前ベルガモが取ってきた保存用の木の実を使った焼き菓子や、豚の塩漬けを使ったスープなど。

 ごちそう、と言うには確かに華がないが、味は確かだし、文句を言われる筋合いがあるラインナップでもない。


「あ! いやいや! 別に貶したいわけじゃないんだ! むしろ私はこういう質素な『ごちそう』が好きなんだよ」


 と、俺が何かを言う前に、リトロはすぐさまにフォローを入れた。

 それがわざとらしくは見えなかったので、俺は静かに続きを待った。

 リトロは俺の視線から逃げるように少し目を落としたあと、またこちらに向き直る。


「下世話な話だから、あまり言いたくないけれど──あの店は、店以外の収入で大分儲けているはずだろう?」


 炭酸飲料の話だろう。

 リトロは、カクテルの噂を他所から聞いてウチにやってきた。炭酸飲料の開発元であることも知っていた筈だ。

 その炭酸飲料は、現在新しい飲み物として、それなりに注目され、売り上げも大きい。

 であれば、その開発元にもお金が入ってきていると推測するのが当たり前だ。


「それこそ、働かずに毎日を遊んで暮らすこともできるくらいに」

「……まあ、否定はしませんが」

「であればこそだよ。人は、贅沢に弱い。誘惑に弱い。巨額の富を得てなお、これまでと何も変わらない生活をしているというのは、少し、予想外だった」


 リトロの声が、少し低くなる。

 洗い物をしているスイやイベリスに、なるべく聞こえないようにという配慮だろう。

 俺はリトロの言った言葉に、小さく頷きを返した。


「それはそうですね。実際、こういう店で働いていれば、お金を手にした人が、どう変わるのかというのも──少しは目にします」


 どれだけ性格の良い人でも、急にお金が舞い込めば変わってしまうことがある。

 俺は、少しだけ暗い気持ちになりつつも、リトロに返す。


「だけど、イージーズは──いやスイは違います。彼女は、お金が欲しくて店をやっているわけじゃありませんから」

「……まぁ、そうだね。かくいう私も、その『目的』に付け込んで、ここに住まわせて貰うわけだし」


 スイがお金を手にしたところで、何かが変わるわけがない。

 そもそも、ただお金が欲しいのであれば、俺が来るまで閑古鳥が鳴いていたポーション屋を続けていた筈が無い。

 彼女が浮世離れしている、というのは否定しない。そんな彼女は、どれだけお金を積まれた所で変わらないだろう。せいぜい、魔法の研究に使う予算が増える程度だ。


 俺は、会話のせいで止まっていた手を動かす。

 料理をまとめ直し、それにより空いた食器を重ね、洗い物をしているスイとイベリスに届けに向かう。

 そんな俺を、リトロが呼び止める。


「しかし、君はどうなんだ?」

「……自分、ですか?」


 振り返ると、リトロは探るような目線で俺を見ている。

 その目には覚えがあった。確か、彼に最初にカクテルを振る舞ったときも、似たような目をしていた。


「君は、スイ嬢とは違う。君もまた、莫大なお金を手にしている筈だ。ならば、君は変わらないのかい?」

「……自分が?」


 現実感の無い問いかけだった。

 確かに、書類の上で『クレーベル商会』から、俺個人に支払われた金額は莫大だ。

 それこそ、バーテンダーという仕事が、お金の面では道楽となってしまうほど。


「ここ数日、バーテンダーの仕事を見ていたよ。バーは単なる酒場では決してないし、バーテンダーは単なる給仕ではない。あれほど接客に重きを置く酒場は初めてだ。あれほど客に寄り添うのならば、負荷も相当なもののはずだろう」

「何が言いたいんでしょうか」


 バーテンダーという仕事に対して何か言いたい事があるのだろうか。

 少しだけ身構えたところで、リトロはまた難しそうに顔をしかめる。


「店の常連達から君の評判を聞いている。口を揃えて彼らは君を『カクテルバカ』と呼んでいたよ」

「……まあ、否定はしませんが……それがいったい──」

「誰も君を『バーテンダーバカ』とは言っていないんだよ」


『バーテンダーバカ』という単語を初めて聞いた。

 でも『カクテルバカ』と、『バーテンダーバカ』に、果たしてどんな違いが。


「つまりマスター。君は『カクテル』が作りたくて、バーテンダーをやっているんだろう?」

「……いや、ちょっと待って下さいそれじゃまるで」

「そう、つまり君は『カクテル』が作れれば、バーテンダーなんてやらなくても良いんだって、考えてもおかしくないわけだ」


 さっきの、スイの話と、一緒だ。

 スイが人を救いたい一心で、ポーションの研究をしたように。

 カクテルを作りたい一身で、カクテルを作り続けるなら、そこにバーテンダーという仕事は、究極的には必要なくなってしまう。

 そして、俺にはその選択肢がある。

 なぜなら、バーテンダーとして働かなくても、生きていけるだけのお金があるのだから。


「……それは、違いますよ」

「何が、違うんだろうか」


 無意識に否定の言葉を吐いていた。リトロはそんな俺の言葉に、理屈を求める。


「俺が好きなのは、確かに『カクテル』です。ですが、俺が求める『カクテル』は、きっと自分一人で作り続けても、辿り着けない、もののような、気がします」

「では、バーテンダーとして働き続ければ、いつか辿り着けると?」

「……はい」


 俺は、力無く返していた。

 本当に、そうと言い切れる自信は無かった。

 だって俺は、自分が求める、究極のカクテルの答えなど知らない。あの日鳥須伊吹が口にしていた『カクテル』がなんなのか、分からない。


 カクテルは好きだ、バーテンダーも、好きでやっている仕事だ。

 だけど、この世界に来る前、俺はバーテンダーを辞めたいとも、思った。

 この世界でスイに必要とされて、俺はバーテンダーとして働いた。それが楽しかったし、スイの目標に寄り添うのが嬉しかった。

 それが、俺がこの世界にバーテンダーとして生きる意味だと、思えるほどに。

 だけど今、その目標は達成が見えてきていて、そしたら俺は、どうなる。

 俺は何をもって、バーテンダーを続けられると、言い切れる。


「……失礼。どうにも、人の悩みを穿り返したくなるのが、私の悪い癖だ」


 俺の返答に、リトロが満足したとはとても思えない。

 だが彼は、先程までの探るような目ではなく、どこかホッとしたような表情を浮かべていた。


「君はまだ若い。だから、金に溺れると取り返しが付かなくなると思っただけなんだ」

「それはそうですが……どうせ、自分には使い道のないお金です」

「そんなことはないだろう。君が何かを望むときに、お金は力になるものだよ」


 使い道を考えろ、と言うことだろうか。

 リトロはもう一度、ううむと唸って、ポンと手を叩いた。


「そうだ! 使い道が無いのなら、パッと女の子達に貢いでしまうのが良い!」

「……は?」


 この人は、急に何を言い出したのだろうか。


「それが良いとも! 実は私もまだ『豪遊』の経験はほとんどなくてね。商売の女性達は金の無い吟遊詩人に接客はしてくれないんだ。いや、もちろん、そんな彼女達の母性をくすぐって良くしてもらった経験は一度や二度ではないんだが、それは『豪遊』とはほど遠いもので──」


 リトロの急な提案は、俺の思考を置き去りに走り出していた。

 だが、そんなリトロの声は、先程までの周囲を気遣った低い声ではなかった。

 それはつまり、洗い物をしていた彼女に届くということでもある。


「…………」


 そっと振り向いて、その氷の視線に身震いした後に、俺はリトロに声をかけた。


「……リトロさん。短い間でしたけど」

「ん? どうしたんだいマスター?」

「オーナーが『お前を泊める部屋は無い』って視線で、睨んでますよ」

「はははっ!」


 そこ笑う所じゃないでしょ、と思った。

 しかし、彼の笑顔の横に、明らかな冷や汗が浮かんでいるのを見て、ああ、これも彼の処世術なのだなと、理解した。


 なお、残念ながら、リトロの必死の懇願により、彼が寒空の下で野宿をすることにはならなかった。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


更新が遅くなってしまいすみません。

また、コメントの返信も同様に遅くなりすみません、いずれしっかり返信いたします。

遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。

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