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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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客人三人


「つまりあなたは、今までナンパした女性の家を泊まり歩いていたと」

「そのとおり」

「しかし、その四又状態が全員にバレて、家を追い出されて住む場所がなくなったと」

「恥ずかしながら」


 照れたような笑みを浮かべながら、腰に手を当て、さすっているリトロ。

 いや、本当に恥ずかしいなこの男。という本音を無理に呑み込んで、俺は曖昧な笑みだけを返した。

 事の顛末は想像するしかないが、恐らく地面に叩き付けられるなりしただろう彼を、必要なら手当てしようかと話を聞いていた。

 だが、話を聞けば聞くほど、手当てをする価値があるのか悩むところである。


「話は変わるのだがマスター」

「なんでしょうか」


 見る人全てを信用させるような、魅力的な笑顔を張り付けてリトロが言う。


「良ければ、君の店の寮に──」

「お断りします」

「早くないかい!?」


 しかし、これでも人を見る商売をしている俺は、即座に要求を断った。

 あんな表情で頼み事をしてくる人間はロクな奴じゃない。捨てられた子犬が、自分から口を開いて拾って下さいと言うようなものだ。聞く前に断るに限る。

 だが、リトロは今まで見た中では一番焦った表情で続ける。


「少しは話を聞いてあげようという気はないのかい?」

「いえ、さっきまで話を聞いてあげた結果、どうにも自業自得らしかったので」

「それは違うよ。自業自得も何も、私は何も悪いことはしていない」


 何も悪い事をしていない人間が、白昼堂々地面に叩き付けられることがあるのだろうか。

 俺の呆れ顔に、リトロは随分とキザな顔を作り、言った。


「私はただ、彼女達全員の求めに平等に答えただけで、悪い事なんてなにもない。ただ、彼女達が私の大き過ぎる愛を受け止められなかっただけなんだ」


 ……。

 仕事中なら、彼の冗談に乗って上げるのもやぶさかではないのだが、真っ昼間にそんなことを真顔で言われても困る。

 ちらり、と背後で俺とリトロの会話が終わるのを待っているスイを見る。


「…………」


 スイは無言だ。だが、目がはっきりと「助ける価値なし」と評価を下している。

 アルバオは気まずそうに目線を逸らし、ローズマリーに至っては興味なさげにあらぬ方向を向いていた。


「あの、客人を待たせてますので、そろそろ良いでしょうか」

「君は本当にオンオフが激しいね!」


 事務的な対応をしたつもりだが、リトロは納得してはくれなかったようだ。

 後腐れ無くその場を去ろうとしたところ、詰め寄られてしまった。


「頼むよマスター! 本当に困っているんだ! 君は住む場所を無くした友人をそんな簡単に見捨てるのかい?」

「いや、友人では……じゃなくて、あのですね、ウチの寮は基本的に従業員が住む場所でして、宿ではなくて」

「じゃあ働くから! 皿洗いでもトイレ掃除でもなんでもする!」


 言われると、まあ。

 そういう人手があればあるで、嬉しくないわけではないが。

 かといって、必要としているかと言われると、それほどでもないというか。


「というか! 困っている人を助けるのが君達の信念ではないのかい! 聞いたぞ! 人々を救う為にあの店をやっているって!」

「いや、それはそうなんですけど」

「なら助けてくれないか! 頼む! 僕をここで見捨ててみたまえよ! 僕は明日にでも野垂れ死ぬぞ! 良いのかい!?」


 俺の服を必死に掴み、懇願する美男子。

 ……果たして、俺がこれまで生きてきて、こんなに必死に何かを頼まれたことがあっただろうか。いやない。

 だから、というわけではないが、俺はため息を吐いてもう一度スイを見た。

 スイも、まあ、明らかに不満気ではあるのだが、同じくため息を吐いて首を縦に振る。

 自業自得とは言え、困っている人を放っておけないのは、むしろ彼女のほうだ。


「……詩です」

「ん?」


 俺は絞り出すような声に、諦観を乗せて言った。


「ちょうど、店に音楽が欲しいと思っていたんです」


 俺の言葉に、リトロはふむふむと頷いて、


「つまり、店の中でいつものように詩を吟じれば良いのかな?」

「ええ。次の宿が見つかるまで、あなたにはウチの店で歌手をやってもらいます。それで良いですか?」


 言いつつ、後でオヤジさんを説得するのも俺なんだよな……と若干憂鬱になる。

 反対に、リトロはそれまでの必死そうな顔が演技だったのかと思うほど、ふっと表情を緩める。それから、俺の肩を楽しそうにバシバシ叩きながら、綺麗に笑う。


「はは! 流石はマスター! 私は信じていたよ! 君は困っている人を見捨てるような男じゃないって」


 人の気も知らないで。と恨み言の一つも言いたくなるが、店に音楽が欲しかったというのは嘘ではない。

 そもそも、バーには音楽が付きものだ。


 日本のバーの殆どは、バーテンダーやオーナーの好みの違いはあれど、何かしらの音楽が流れていることだろう。

 単なるBGMと言ってしまえばそれまでだが、バーテンダーとしては決してそれだけではない。

 選曲に凝るのはもちろんだが、単純に音量の大小だけでも、場の雰囲気を盛り上げるという観点で大きく影響するのだ。


 日本であれば有線放送の契約一つでいくらでも流せる音楽だが、この世界ではそうもいかない。まだ音楽というものが、個人の娯楽にまで落ちてきていないのだ。

 だからこそ、俺もその辺りに関しては諦めていた。ロックンロールやジャズのない世界で贅沢は言うまいと。


 それが今、吟遊詩人という形で──楽器の弾き語りとはいえ、手元に滑り込んでくるかもしれないのだ。

 直接売り上げに関わるかと言われればまた違うが、確実に効果は出るだろう。リトロの歌声が実際に優れていることも承知している。

 興が乗った彼が即興で歌う声に、耳を静かに傾ける客は多い。そして歌が終わった後に、流れるお酒もまた、多い。


 何より彼の美貌だ。フィルも大変美しい顔立ちではあるが、タイプが違う。口が上手過ぎるのが不安要素だが、上手くすれば彼目当ての女性客も見込める。

 そしてそんな彼を、とりあえず寮の空いている部屋に泊めるという条件で、試せるというのであれば、かなり興味深いというか、なんというか。


「……まぁ、その、困っている時はお互い様ですから」

「うむうむ。私が言うのもなんだが、マスターは良い人だな」


 俺の思惑を知ってか知らずか、リトロもやけに大袈裟に言う。

 俺が今ここで決断を下したこと自体は早計だったかもしれないが、まぁ、良いだろう。

 少なくとも、スイは──寄る辺の無い俺を家に泊まらせてくれたような心優しい少女は、俺の決断に賛成してくれるはずだ。


 そう思ってスイの様子をもう一度チラリと見ると、


「…………」


 何故だか、とてつもなく残念な顔で俺を見ていた。


「……スイ?」

「……まぁ、仕方ないけど。総が決めたことだから。仕方ないけど」


 ……あれ。

 てっきり、首を縦に振ったものだから、助けてやれ、という意味だと思ったけど。

 あれは「俺に任せる」という意味だったのか……?

 アルバオは、俺の視線に答えるように、首を横に振る。やれやれ、という声が聞こえそうだ。

 ローズマリーは相変わらず興味なさげにそっぽを向いたままだ。


「……あの、リトロさん」

「なんだい我が救世主よ」

「……いえ、とりあえず、よろしく」

「よろしく頼むとも! ああ!」


 そうして、イージーズの寮には、三人の客人が泊まることとなった。

 一人は、予定していた客人であるアルバオ。

 一人は、アルバオが予め宣言していた、サプライズゲストであるローズマリー。

 そして最後の一人は、全く誰も予定していなかった、旅の吟遊詩人であるリトロ。


 アルバオはともかく、こうやって面子を並べてみると、どうにもこの先の苦労が見え隠れするような気がした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


すみません、今年は特に更新がスローペースになってしまいました。

なんとか時間を確保して、早く完結ができるように努力致します。今年もありがとうございました。

来年も、よろしければお付き合いいただけると幸いです。

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