客人三人
「つまりあなたは、今までナンパした女性の家を泊まり歩いていたと」
「そのとおり」
「しかし、その四又状態が全員にバレて、家を追い出されて住む場所がなくなったと」
「恥ずかしながら」
照れたような笑みを浮かべながら、腰に手を当て、さすっているリトロ。
いや、本当に恥ずかしいなこの男。という本音を無理に呑み込んで、俺は曖昧な笑みだけを返した。
事の顛末は想像するしかないが、恐らく地面に叩き付けられるなりしただろう彼を、必要なら手当てしようかと話を聞いていた。
だが、話を聞けば聞くほど、手当てをする価値があるのか悩むところである。
「話は変わるのだがマスター」
「なんでしょうか」
見る人全てを信用させるような、魅力的な笑顔を張り付けてリトロが言う。
「良ければ、君の店の寮に──」
「お断りします」
「早くないかい!?」
しかし、これでも人を見る商売をしている俺は、即座に要求を断った。
あんな表情で頼み事をしてくる人間はロクな奴じゃない。捨てられた子犬が、自分から口を開いて拾って下さいと言うようなものだ。聞く前に断るに限る。
だが、リトロは今まで見た中では一番焦った表情で続ける。
「少しは話を聞いてあげようという気はないのかい?」
「いえ、さっきまで話を聞いてあげた結果、どうにも自業自得らしかったので」
「それは違うよ。自業自得も何も、私は何も悪いことはしていない」
何も悪い事をしていない人間が、白昼堂々地面に叩き付けられることがあるのだろうか。
俺の呆れ顔に、リトロは随分とキザな顔を作り、言った。
「私はただ、彼女達全員の求めに平等に答えただけで、悪い事なんてなにもない。ただ、彼女達が私の大き過ぎる愛を受け止められなかっただけなんだ」
……。
仕事中なら、彼の冗談に乗って上げるのもやぶさかではないのだが、真っ昼間にそんなことを真顔で言われても困る。
ちらり、と背後で俺とリトロの会話が終わるのを待っているスイを見る。
「…………」
スイは無言だ。だが、目がはっきりと「助ける価値なし」と評価を下している。
アルバオは気まずそうに目線を逸らし、ローズマリーに至っては興味なさげにあらぬ方向を向いていた。
「あの、客人を待たせてますので、そろそろ良いでしょうか」
「君は本当にオンオフが激しいね!」
事務的な対応をしたつもりだが、リトロは納得してはくれなかったようだ。
後腐れ無くその場を去ろうとしたところ、詰め寄られてしまった。
「頼むよマスター! 本当に困っているんだ! 君は住む場所を無くした友人をそんな簡単に見捨てるのかい?」
「いや、友人では……じゃなくて、あのですね、ウチの寮は基本的に従業員が住む場所でして、宿ではなくて」
「じゃあ働くから! 皿洗いでもトイレ掃除でもなんでもする!」
言われると、まあ。
そういう人手があればあるで、嬉しくないわけではないが。
かといって、必要としているかと言われると、それほどでもないというか。
「というか! 困っている人を助けるのが君達の信念ではないのかい! 聞いたぞ! 人々を救う為にあの店をやっているって!」
「いや、それはそうなんですけど」
「なら助けてくれないか! 頼む! 僕をここで見捨ててみたまえよ! 僕は明日にでも野垂れ死ぬぞ! 良いのかい!?」
俺の服を必死に掴み、懇願する美男子。
……果たして、俺がこれまで生きてきて、こんなに必死に何かを頼まれたことがあっただろうか。いやない。
だから、というわけではないが、俺はため息を吐いてもう一度スイを見た。
スイも、まあ、明らかに不満気ではあるのだが、同じくため息を吐いて首を縦に振る。
自業自得とは言え、困っている人を放っておけないのは、むしろ彼女のほうだ。
「……詩です」
「ん?」
俺は絞り出すような声に、諦観を乗せて言った。
「ちょうど、店に音楽が欲しいと思っていたんです」
俺の言葉に、リトロはふむふむと頷いて、
「つまり、店の中でいつものように詩を吟じれば良いのかな?」
「ええ。次の宿が見つかるまで、あなたにはウチの店で歌手をやってもらいます。それで良いですか?」
言いつつ、後でオヤジさんを説得するのも俺なんだよな……と若干憂鬱になる。
反対に、リトロはそれまでの必死そうな顔が演技だったのかと思うほど、ふっと表情を緩める。それから、俺の肩を楽しそうにバシバシ叩きながら、綺麗に笑う。
「はは! 流石はマスター! 私は信じていたよ! 君は困っている人を見捨てるような男じゃないって」
人の気も知らないで。と恨み言の一つも言いたくなるが、店に音楽が欲しかったというのは嘘ではない。
そもそも、バーには音楽が付きものだ。
日本のバーの殆どは、バーテンダーやオーナーの好みの違いはあれど、何かしらの音楽が流れていることだろう。
単なるBGMと言ってしまえばそれまでだが、バーテンダーとしては決してそれだけではない。
選曲に凝るのはもちろんだが、単純に音量の大小だけでも、場の雰囲気を盛り上げるという観点で大きく影響するのだ。
日本であれば有線放送の契約一つでいくらでも流せる音楽だが、この世界ではそうもいかない。まだ音楽というものが、個人の娯楽にまで落ちてきていないのだ。
だからこそ、俺もその辺りに関しては諦めていた。ロックンロールやジャズのない世界で贅沢は言うまいと。
それが今、吟遊詩人という形で──楽器の弾き語りとはいえ、手元に滑り込んでくるかもしれないのだ。
直接売り上げに関わるかと言われればまた違うが、確実に効果は出るだろう。リトロの歌声が実際に優れていることも承知している。
興が乗った彼が即興で歌う声に、耳を静かに傾ける客は多い。そして歌が終わった後に、流れるお酒もまた、多い。
何より彼の美貌だ。フィルも大変美しい顔立ちではあるが、タイプが違う。口が上手過ぎるのが不安要素だが、上手くすれば彼目当ての女性客も見込める。
そしてそんな彼を、とりあえず寮の空いている部屋に泊めるという条件で、試せるというのであれば、かなり興味深いというか、なんというか。
「……まぁ、その、困っている時はお互い様ですから」
「うむうむ。私が言うのもなんだが、マスターは良い人だな」
俺の思惑を知ってか知らずか、リトロもやけに大袈裟に言う。
俺が今ここで決断を下したこと自体は早計だったかもしれないが、まぁ、良いだろう。
少なくとも、スイは──寄る辺の無い俺を家に泊まらせてくれたような心優しい少女は、俺の決断に賛成してくれるはずだ。
そう思ってスイの様子をもう一度チラリと見ると、
「…………」
何故だか、とてつもなく残念な顔で俺を見ていた。
「……スイ?」
「……まぁ、仕方ないけど。総が決めたことだから。仕方ないけど」
……あれ。
てっきり、首を縦に振ったものだから、助けてやれ、という意味だと思ったけど。
あれは「俺に任せる」という意味だったのか……?
アルバオは、俺の視線に答えるように、首を横に振る。やれやれ、という声が聞こえそうだ。
ローズマリーは相変わらず興味なさげにそっぽを向いたままだ。
「……あの、リトロさん」
「なんだい我が救世主よ」
「……いえ、とりあえず、よろしく」
「よろしく頼むとも! ああ!」
そうして、イージーズの寮には、三人の客人が泊まることとなった。
一人は、予定していた客人であるアルバオ。
一人は、アルバオが予め宣言していた、サプライズゲストであるローズマリー。
そして最後の一人は、全く誰も予定していなかった、旅の吟遊詩人であるリトロ。
アルバオはともかく、こうやって面子を並べてみると、どうにもこの先の苦労が見え隠れするような気がした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
すみません、今年は特に更新がスローペースになってしまいました。
なんとか時間を確保して、早く完結ができるように努力致します。今年もありがとうございました。
来年も、よろしければお付き合いいただけると幸いです。




