ローズマリーの目的
ローズマリー・メリアステル。
俺自身は彼女と話したことは一度しかない。それも、こちらが仕事中の合間に、少しだけ『オールド』を振る舞った程度の関係。
だが、彼女の存在自体は、少し聞いていた。
スイが魔法のことを学ぶ為に通っていたというシャルト魔道院。
スイが在籍していた期間は三年。そして彼女が卒業した年に、彼女と同時に卒業した、成績優秀者。
主席であったスイ・ヴェルムット。
第三席だったのは、アルバオ・グレイスノア。
この二人の間となる、第二席であった少女が、このローズマリー・メリアステルだ。
ホワイトオークに研修に言った折に、アルバオから名前だけは聞いていた少女。
そう、驚くことにローズマリーは、スイとあまり変わらない年齢である。
本来、シャルト魔道院には、年齢による入学制限や卒業制限がない。
入学するのに必要なのは、魔法の才能を認められること。そして卒業するのに必要なのは、その才能をもって卒業に足る成績を出すこと。成果を示す事。
故に、シャルト魔道院の卒業生の年齢にはばらつき生まれる。
聞いた話では、卒業する人は大抵六年以上魔道院に在籍し、二十の前半から半ばくらいに卒業していくのが常だという。
実際に、第三席で卒業したアルバオは俺とほぼ同い年。卒業したときは二十二歳くらいだったはずだ。
しかし、スイとローズマリーは明らかに、それよりも若い。
二人とも十代。しかも主席、第二席と優秀な成績を修めての卒業。となれば、この二人にどれだけの人間が注目したかも分かるというものだ。
しかして、そんな注目の二人が今何をしているのかと言えば、
「…………」
「…………ん」
お互い、どうにも気まずそうに沈黙を保ったまま、とぼとぼと俺達の後ろを歩いていた。
といっても、二人の表情には少しばかり差異がある。
スイは、申し訳なさそうな顔をしていて、
ローズマリーは、苦虫を噛み潰したような微妙な表情である。
「……なあアルバオ。二人は昔からあんな感じだったのか」
背後に着いてくる二人の美少女に聞こえないように、アルバオに小声で尋ねる。
アルバオもちらりと後ろを気にしてから、控えめに頷いた。
「……覚えている限り、まぁ、こんな感じだったかな、と」
「そうか」
俺は、アルバオの何かを悟ったような顔に、二人の魔道院時代を思い浮かべた。
とりあえず何があったのかと言えば……スイがあまりにもあっさりとローズマリーの面子を潰したとでも言えば良いだろうか。
スイがローズマリーの名前を咄嗟に思い出せなかったことは、些細な点である。もしかしたらまだローズマリーという名前に行き当たっていないかもしれないが『ロージー』というあだ名は思い出した様子だった。
問題は、それからすぐ後のこんな会話であった。
『それで準備は良いかしら、スイ?』
『準備って、なにの?』
『だから、このライバルたる私が現れたことで動き出してしまった、二人の運命に対する心の準備よ』
『……えっと、ごめん。なんの理論の話?』
確かに、ローズマリーの言葉は威丈高であり、素直じゃなかったのは否めない。
だがまぁ、翻訳をすれば『久しぶりの友人と会えて嬉しいわ、あなたはどう?』というくらいの意味だろう。
それを、スイは真っ正面から『意味が分からない』と突っ返したわけだ。しかも、スイが理解できないことなんてないだろう『魔法理論』になぞらえて。
ローズマリーが、その先の返答に詰まったのは言うまでもない。
そしてこの先も、展開は変わらなかった。
明らかにスイに対して、対抗意識のようなものを燃やしすぎているローズマリーと、
明らかに、ローズマリーに対して興味を持っていない様子のスイ。
もともと自己完結型のスイだが、ことローズマリーに対してはその傾向が強い気がした。
いずれにせよ、このまま後ろが沈黙したまま、黙々とイージーズの寮まで案内するというのは、きまりが悪い。
ここから寮までは、歩いて数十分。運良く辻馬車の一つでも捕まえられれば気まずさにも耐えられるだろうが、そう都合良く通るものでもない。
俺は仕方なく、ローズマリーにさぐりさぐり話題を振ってみることにした。
「えっと、ローズマリー、さん?」
俺の声に、ローズマリーは一も二もなくばっと顔を向けてくる。
だが、すぐに反応するのは恥ずかしいと思ったか、んん、と咳払いをして落ち着いたあとに、済ました顔で答えた。
「なにかしら」
「君は、どういった用件でこの街に?」
聞かれると、ローズマリーは不敵な笑みを返してきた。
「良い質問ね。確かに、私のような人間がなんの目的も無く旅をするわけがない。少し考えれば分かることとはいえ、気づいた点は褒めてあげましょう」
さっきまで、スイの眼中になかったことで沈んでいたとは思えない自信っぷりだ。
そんなことを思いつつ、せっかく元気になった彼女を折る必要もないと考えた。俺は努めて笑顔を浮かべたまま、話題を戻す。
「それで、どういったご用件で?」
俺が再度突っつくと、ローズマリーはしばし無言になった。
そして、気のせいでなければ、値踏みするような目で俺を見る。
普段、人に見られることを意識する仕事をしてはいるが、あまり堂々と見られると気持ちの良いものではない。
ましてや、眼光鋭い人間が相手だと、どうにも睨まれている気がしてしまう。
「……俺に何か?」
「……ええ。そう。スイとあなたよ」
視線を堪え切れず声をあげると、ローズマリーはそう言った。
意味の拾い辛い物言いだ。だが、今の時期に、俺とスイに用事があるとすれば、勝手に推測はできた。
「カクテル絡み、かな?」
「まぁ、そうなるかしら」
俺が推論を口にすれば、その返答に満足気に頷くローズマリー。
そこで俺は、ちらりとスイに目配せをした。カクテルを探りに来た人間に対する、俺達の立ち位置をどうするか、という点を確認するために。
対外的には、カクテルの発案者はスイで、俺は原案の提供者みたいな立場、ということになっている。
だが、ローズマリーは俺とスイが結論を出す前に、さらりと言ってのける。
「心配要らないわ。スイは名前を貸しているだけなんでしょう。本当にカクテルを作り出したのは、あなたの方だって気づいているから」
「……えーっと」
「言われなくても分かるわよ。スイが考え出した、なんてことがありえないのは、彼女と同期だった全員が分かっていることよ」
ローズマリーの断言に、俺は思わずアルバオを見た。
アルバオは声を出さなかったが、控えめに肯定するように苦笑いを浮かべていた。
ローズマリーの断言に対して、最初に声を上げたのはスイだ。
「ロージー。それはどういう意味?」
スイは不満げに唇を尖らせる。
だが、言われたローズマリーは、そもそもスイに尋ねかけられたことが嬉しい、とでも言う様に、頬をゆるませかけ、慌てて口元を引き締めた。
「だって、スイのポーションの成績は、そんな奇跡を誰にも予感させないものだったではないかしら」
ローズマリーのひと言に、スイは何も言い返せないでいた。
俺は話に聞いているだけだが、スイは魔道院で、ポーションに関して散々な成績を残したのだという。
その点については、分かる。彼女は味覚が、ちょっと人とは違う。
美味しいと感じる範囲が広過ぎるのだ。
常人が美味しいと感じるものも確かに美味しいと言うのだが、常人の理解を越えた味についても、美味しいと感じるような少女だ。
この世界の基準では、ポーションは、大衆にいかに受け入れられるかが重視される。
なるべく癖の無い味わい。それでいて効果の高いもの。
一般的な意見では、水のように飲めるポーションこそが、完成度の高いポーションと言えるらしい。
だが、スイはその『一般受け』を狙うための味覚が存在しない。それはすなわち、自分の判断で完成度の高いポーションを作ることができない、という意味。
それならば、自分の味覚を頼らず、教わった通りの操作で何もアレンジせずにポーションを作れば良い。
と、思いはするが、このスイという少女は、アレンジしなければ気が済まないタイプの性格だ。
その結果が、スイだけが美味いと感じる効果の高い(とスイは主張する)ポーションであり──同時に、他人に取ってはゲロマズのポーションというわけだ。
「……私だって、やれば、できるし」
「そうかしら。あなたを卒業させるためだと、先生にお願いされて渋々アレンジなしのポーションを作っていた人が、今更万人受けするものなんて」
「できるかも、しれないし」
強がりを口にしたスイだったが、この場にいる全員がスイのポーションを知っている。
彼女を擁護する人間は誰もいなかった。
これ以上はスイがいじけそうな気がしたため、俺は急遽話題を変えた。
「それはそうと、カクテルの調査に来たっていうなら、ローズマリーもそういった仕事に就いているのかな?」
その言葉に対して、ローズマリーは露骨に反応した。
今まで、ゆっくり歩き続けていた彼女が、思わず足を止めている。
そんなに答えにくい質問をしてしまったのか、と思っていると、ローズマリーはぼかすように、こう言った。
「……家業の、手伝いのようなもの、を」
その、家業って言うのは、ポーションに関わったり、カクテルのことを調べたりしないといけないようなものなのだろうか。
と、ツッコミたくはなったが、仮に違った場合は、さらに空気が重くなる。
俺はローズマリーを慮って、そのことには触れないように、更に違う話題を頭の中から捻り出すのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
更新が遅くなってすみません。
ちょっとこの先、何時に更新するというのが言えない状況です。
日付を跨ぐ前に更新できたらと思っておりますが、あまり期待せずにお待ちいただけると幸いです。




