アルバオと同行者
「……ふぁ」
ぼんやりと道を眺めていた折に、出そうになったあくびを噛み殺した。
今の季節は、冬から春に変わろうかというところだ。吹く風は未だに冷たさを色濃く残しているが、照らす太陽は温かみを増している。
つまり、風のない晴れた日なんかに、外でぼーっとしているのは眠気を誘うのだ。
「昼間に眠そうにしているのは、みっともない」
「仕方ないだろう。一応今でも、夜に片足突っ込んだ職業なんだから」
俺の隣で同じように道を眺めていたスイに嗜められた。
しかし、そんな彼女もいつもの無表情──というか、若干目を細めた眠たげな顔をしているものだから、少し釈然としないものがあった。
さて、俺とスイが何をしているのかと言えば、人を待っているのだ。ここは、外から来る人間が乗るような大きめの馬車が来る停留所。
街中の移動に使うような辻馬車と違って、しっかりとした到着予定時間の決まった、定期便の停まる場所だ。
そこで誰を待っていると言えば、言わずもがな。
アルバオと、彼の言っていた同行者。その二人を迎え入れる為に、俺とスイの二人はこの場所で待機しているのだ。
「そろそろ来るはずなんだけどな」
「遅れてる?」
「んー。少しな」
どうやら馬車の到着が少し遅れているようだった。
ふと、アルバオの乗った馬車が何か事故に巻き込まれていないかと心配になる。
どうにも近頃は、魔物が活発だという話をどこでも聞く。馬車が走っているような、人間の良く使う道であれば多少は安全だろうが、もしもということはある。
そこまで考えて、しかしその予想を振り払った。
そもそも、アルバオは魔法使いなのだ。
俺は、彼の魔法の腕前を知っている。俺の知っている限りでは、この隣でぼーっとしているスイの次に、魔法が達者だった。
仮に魔物の一匹や二匹に襲われたところで、心配は要らないだろう。
「あ、来た」
と、俺が無用な心配をしていたところで、スイが声を上げる。
見やると、二頭引きの馬車が、俺達の居る停留所に向かって走ってきていた。
「やあ総。久しぶり」
「アルバオも、元気そうで何よりだ」
複数人が乗れるような、幌の着いた大きめの馬車。その窓から、身体を少し乗り出してブラウンの髪を持つ青年が手を振っていた。
彼こそがアルバオ・グレイスノア。今日俺達が待っていた客人の一人だ。
軽い挨拶を交わしたあと、アルバオは一度、馬車の中に引っ込む。同行者と何か話しているのだろうか。それからすぐ、旅の荷物を背負って一人だけで馬車から降りてくる。
「一年ぶりくらいかな」
アルバオは言いながら、朗らかな笑みを浮かべた。記憶の中の彼とほとんど変わった様子は無いが、少しだけ雰囲気が落ち着いたかもしれない。
「良くやり取りはしていたから、あんまり久しぶりって気はしないな」
「そうだね。それでも、こうして元気そうな顔が見られて何よりだよ」
そうやって俺とアルバオが軽く再会を喜びあったところで、彼は俺の隣の人物に視線を向けた。
それまで黙っていた彼女も、視線を向けられて小さく頷く。
「久しぶり、アルバオ。顔を合わせるのは魔道院以来ね」
「……ああ、久しぶりスイ。その節では色々とお世話になったよ」
二人の間の空気は、少しだけ固い。
見た感じではスイは普段と変わりない。だが、アルバオの方が若干スイに距離を感じているような気がする。
しかし、苦手と思っている感じではない。ただ単純に、少しだけスイを上に見ている、というか。
近い言葉で言えば、少し萎縮している、といったところか。
「調子はどう? まさかあなたに、無属性ポーションの製法を教えることになるとは思っていなかったから」
スイにしては珍しく、自分から軽く話題を振る。詳しくは割愛するが、俺が研修に言っている間、どうしても必要になってアルバオはスイから無属性ポーションの作り方を聞くことになったのだ。
スイの謎理論に振り回されるアルバオが少し可哀想だったから、印象に残っている。
それに対してアルバオは、冗談を言うように軽く苦笑いを浮かべてみせた。
「僕も、まさかスイからポーションについてを教わるとは思っていなかったかな」
「……どういう意味?」
「主席に対して、突っ込んで言うつもりはないよ」
やや大袈裟におどけてみせたアルバオの言葉に、スイは少し唇を尖らせた。
俺の記憶では、二人が卒業したシャルト魔道院は、実力主義の側面が強い魔法学校のようなもの。
秀才タイプのアルバオと、天才タイプのスイがどのような関係だったかは想像するしかないが、親友とかそういう関係では、まぁ、なかっただろう。
俺の把握している限り、スイはポーションの成績だけがどん底でありながら、それを補って余りある才能で主席を取った少女。
対してアルバオは、全ての項目で平均を大きく上回る成績を収め、順当に第三席の位置に着いた青年だ。
だからこそ、お互いに微妙な部分がある、という感じか。
もっとも、先程のアルバオの発言も嫌味という程ではない。お互いに思う所はあるにせよ、冗談を言い合える程度には仲が良いという感じだ。
「私から言わせれば、アルバオがポーションの道に入った方が不思議。だってもっと、好きなこととかありそうだったのに」
スイは少し面白くなさそうな顔で言っていた。
先程の成績を思えば、確かにどちらもわざわざポーションの道に進むことは無い。
だというのに、この二人はポーションに関わる仕事をしているわけだ。
アルバオが何故ポーションに関わる仕事を選んだのかは俺も知らないことだ。
「なんでだろうね。大きな意味は無かった気がするよ。たまたま、この先魔法の研究をする上で、一番、魅力的に見えたのがホワイトオークだっただけ、みたいなね」
「ふぅん」
スイに比べれば大分堅実なアルバオの選択に、スイは気のない返事をしていた。
世界中の人を救いたい、なんてスイの願いに比べれば随分と夢のない選択かもしれない。しれないが、もう少し反応のしようがあるだろうに。
「それはそうと、同行者がいるんじゃなかったか?」
俺は流れを変えようと、アルバオにそう尋ねた。
確か、アルバオの旅路には特別な同行者が居た筈だった。
俺に尋ねられて、アルバオは、あっ、と思い出した顔をしたあとに、少し申し訳無さそうに言った。
「ごめんよ。久しぶりにスイと話して、ついつい同行者のことなんかを忘れていたよ」
「おいおい、なんか、って」
「あはは。あんまり臍を曲げられても困るしね、呼んでくるよ」
苦笑いを浮かべたアルバオが、そう断りを入れて馬車へと戻る。
それからすぐに、アルバオに手を引かれるようにして、柔らかそうな衣服に身を包んだ一人の少女が姿を表した。
「……あ」
その少女のことは、俺の記憶の中にあった。
たった一度の邂逅ではあるが、その時の彼女の容姿と振る舞いは、しっかり記憶に残っている。
真紅の薔薇のような、濃い赤色の髪の毛をした美貌の少女。見るものの大半を虜にするような美しい外見をした、その彼女を、俺はこう記憶していた。
美人だけど、やたらと偉そうだった女だ、と。
「ごきげんようスイ。それとバーテンダーさん。お久しぶりね」
そこにいたのは、領主様の誕生パーティの日。領主様の屋敷のホールでバーテンダーをやっていた時に出会った少女だった。
パーティ会場であからさまに助けを求められ、仕方なくフォローをしたことで多少の面識ができた彼女。
名前は確か……ローズマリー、だったか。
「あら、驚きすぎて声も出ないのかしら」
ローズマリーはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。それから、ずいっと一歩スイに寄った。確かめるまでもなく、彼女はなにやらスイを意識している様子だ。
しかし、対するスイの様子はといえば。
「……ええと、うん。久しぶり」
「……いまいち反応が薄いわね。こうして、あなたのライバルがはるばる現れたというのに」
反応の鈍いスイに少し面白くなさそうな顔をするローズマリー。
しかし、俺にははっきりとスイの今の心情が理解できていた。
スイの表情は、顔は思い出せるけど名前が思い出せない知り合いに、出会ったときのそれだった。




