選択の自由(3)
本日のカクテル教室はつつがなく終了した。簡単な指導しかしていないのに、シェイクに関しては各々の個性が現れてくるのは面白い。
不器用だったり器用だったりの差はもちろんある。
それだけじゃなく、上下の動きがやけに激しくなる人や、二段振りを教えたはずなのに一段になっている人、こっそりフィルに違う振り方を教わっている人など、ステアとは比べ物にならない程、色々な個性があった。
そんな光景を眼の当たりにすると、気づくことがある。俺が考える『普通のシェイク』は決して普通などではないということ。
シェイクの形もまた、各々が自分で何かを思い、選択して行くものだということ。
「では、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした!」
教室の締めに俺が挨拶をすると、主に騎士見習い達の方から、特に元気の良い声が返った。
カクテル教室は午前のうちに終わる。この後に仕事がある人も居れば、訓練のある騎士もいる。かくいう『イージーズ』も、今日は営業日である。
もっとも、今日に限って言えば俺は休みなのだが。
「さて、片づけ片づけ。すげー量だ」
生徒達の見送りを済ませれば、後に残るのは教室の後片付けだ。
洗い物が残っているとかではない。試作されたカクテルを含めて、大体のものは味を見たあとに、飲み切るか捨てるかしてしまった。
俺の本意としては、試作であろうと捨てるのは心苦しい。だが、大量の試作品を前に押し通すほど、酒に強くはない。というわけで、教室を開いている間に大体の処理は済ませてしまう。
ということで残った片づけは、単純に使用した機材の収納だ。次に使用するときのためにきちんとしまう。
そしてその後に、今日の講義を見直すくらいの話である。
乾かしたグラスを棚にしまい、使った材料をまとめていると、横合いからフィルが話しかけてくる。
「手伝います。参加者、少し増えてますよね」
先程の俺の独り言に応えるように、フィルが片づけを手伝ってくれつつ言った。カチャリカチャリと音をたてるグラスの数は、人の数に比例して増えていく。
この教室の参加者は、今日の段階で六、七十人程度。だが、数ヶ月前に始まった時には、その数は二十と少し程度だった。明らかに、参加者は増えている。
教室の参加は応募自由の任意であり、金も取っていない。それも全ては『魔力欠乏症』に心を痛める領主様の厚意──と言いたい所だが、違うだろう。
領主様は領主様で、この街の特産、あるいは文化として『カクテル』を押したいと思っているのだ。そのために、この街に普及しつつある『カクテル』を、自身でしっかりと管理したいと思うのは当然だ。
『イージーズ』の地道な努力で、この街にはそれとなく『カクテル』は普及している。であれば、この街の外にその話が広まるのも、分かる話だ。
その話が広まったタイミングで『カクテルは我が街で生まれた』というのは、きっと大きな意味を持つことだろう。
だが、そう主張しようとしても、くだらない問題がある。分かりやすく言えば、以前俺がヴィオラと潜入調査した、バーと呼びたくないレベルのバーの問題だ。
単純な騙りというのは小さな問題の一つ。もっと大きな問題は、あれが『カクテル』と認知されてしまう危険性があることだ。
あのレベルのものが、仮に『カクテル』として出回ってしまったら、それは『カクテル』を推したいと思う領主様の計画の妨げになる。
それ故に、この教室でしっかりと『カクテル』の教育をし、領主様の『認可』で店に『カクテル』を出せるようにしたいのだ。
この辺りの話は、領主様からはっきりと説明されたわけではない。ただ、俺の方に教育をして欲しいという願いと、その先の展望を軽く話された程度だ。
だが、暗黙の了解というか、俺と領主様の間にある、共犯意識のようなもので共有されていることでもある。
領主様は俺の『カクテル』活動を後援する。その代わり、俺はこの『カクテル』の文化を、自分のものとしてではなく、この街の文化として扱う。
俺としてはもとから『カクテル』を自分のものと思ったことはないし、広めてくれるのであれば文句もない。
領主様が『カクテル』を、街のものとして扱うことも、ありがたいとすら思う。
それに領主様には大きい恩を感じているし、十分な見返りも貰っている。
始まりは無属性リキュールポーションの技術を教えて貰ったこと。それから材料生産工場への土地の貸し出しや出資に、コーヒーの買い付けの融通。魔草の栽培やアドヴォ鳥の飼育の公認。国外の重要人物滞在の認可。
炭酸飲料の大量生産と流通を計画しているクレーベル商会とのやり取りにも、しっかりとお墨付きを貰っている。もちろん、不透明な金の流れがないように、という監視の意味も多分にあるだろうが。
これほどの協力をして貰って、今更『カクテル』を利用するななどと言うつもりはない。
あえて言うとすれば、それを利益のために独占するようなことはないようにして欲しい、くらいか。
『カクテル』の力を、全ての人々に等しく与えられるように、誰かが利益を独占するようなことがないように。
「……まぁ、本当にそれで済めば、良いんだけどな」
思考に引きずられて、口から無意識に言葉が出ていた。
フィルは俺の呟きに気づいて、不思議そうに俺を見た。
「なんでもないよ。さっさと片付けよう。今日は二人とも営業だろう」
この辺りの話を、俺は特別フィルやサリーに相談したことはない。スイ、オヤジさんとは共有しているが、弟子二人にはまだはっきりと説明したことはない。
それでも、フィルはもしかしたら気づいていると思う。俺がなんでもない、と言うと何かを察したように、薄く笑った。
「心配してくれてありがとうございます。でも、準備の時間を考えても少し余裕はありますから、大丈夫です」
「甘ったれたことを言うんじゃない。時間があったら練習だ練習」
「あはは。その通りでした」
フィルは物わかり良く言った。変な俺の独り言に突っ込んではこない。
フィルと話をしていると、彼はこちらの悩みなんかを全部理解していて、その上で優しくされているような錯覚に陥る。もしかしたら錯覚じゃないのかもしれない。
それがきっと、フィルが年上の女性に人気がある理由なのだろう。
それから軽く雑談をしつつ、フィルと二人で手分けすれば、思っていたよりも早く片づけは終わった。
「ありがとう。さて、後は今日の反省だな」
「……はい」
言葉と共に、俺とフィルはとあるテーブルの一角に目をやった。
そこには、片づけを手伝いもせず、頭を押さえてテーブルに突っ伏しているサリーの姿があった。
「営業中じゃないとはいえ……無理して生徒の試作品をたくさん飲んで、潰れるとか」
「…………うぅ」
ここまで来ると、怒りを通り越して呆れるというものだった。
生徒達から親しまれているサリーであれば、試作品の感想を求められることも多い。
その度に、断ることなく飲んで感想を言い、飲んで感想を言い、飲んで感想を言う。しまいにはポーション酔いを起こしてこのざまである。
俺も口に含んだら吐き出すということをあまりしないが、そもそも口に含む量に気を使うくらいはするものだ。
「今日の営業大丈夫か?」
「……大丈夫です。夜になれば、元気になります」
尋ねると、サリーは力無く手を上げて応えた。
吸血鬼たるもの、やはり昼間は色々と弱いようだ。
ポーションと魔力には密接な関係があるが故に、夜の種族である吸血鬼も、夜の方がポーションに強いとかあるのだろうか。昼間に飲ませることがないので、あまり知らない。
「無理そうだったら、俺が営業を変わっても良いけど」
「……いえ、そんな迷惑……かけられませんわ」
気遣って聞いてみたが、サリーは気丈に答えた。
だが、その声の力のなさには不安を感じざるを得ない。
「俺が気にしてるのは、お前のことじゃなくてお客さんのことだ。無様な接客をするくらいなら」
「平気ですわ! ……少し休めば、本当に大丈夫です」
「信じるぞ」
「はい」
もう一度念を押したがサリーは大丈夫だと言った。
そこまで言ったのなら、彼女を信頼しよう。そのくらいは、サリーのことも信じている。
付け加えれば彼女の口から、迷惑をかけられない、なんて単語が出てきたことが少しだけ嬉しかった。それからサリーには水をグラス一杯お供えしてやった。
その隣で、フィルと一緒に今日生徒の方から出てきた意見や要望などをまとめた。そんな話をしていると、いつの間にか営業準備に向かわないといけない時間になっていた。
「それじゃ、僕達はそろそろ」
「ああ。今日の店はよろしく頼む」
「任せてください」
俺の言葉に、フィルは胸を張って答えた。ここで、不安そうな顔をしなくなったのは大きな成長である。
フィルはそこで、ふと思い出したように尋ねてくる。
「総さんは、この後は」
「あー、軽くヴィオラに報告してから、イベリスの所に用がある」
「また何か新作ですか?」
「まぁ、そんな感じ、かな?」
イベリスとの約束については、朝食の席でも軽く話をした。そのことを思い出したらしくフィルは掘り下げては聞いてこなかった。
だが、フィルが聞きたいことはきっとそこではないと思い直して、夜の予定を告げた。
「時間があったら……サリーも心配だし、ちょっと顔を出すかも」
「分かりました。お待ちしてます」
「いや待たなくて良い。いつも通りでな」
ややかしこまったフィルに俺は慌てて伝えた。俺を意識して営業が固くなっては困る。
フィルはそんな俺の意図をしっかり掴んだ様子で、再びしかりと頷いた。
その後は、まだ少々体調の悪そうなサリーにフィルが肩を貸して、二人揃って教室を出て行ったのだった。
「さて、俺もさっさと行くか」
今日の報告書をまとめ終わった所で、俺も腰を上げた。この教室に関しては、こちらも領主様からの依頼で動いている。報告書は面倒だが、こういうのはきちんとしなくては。
最後に戸締まりを確認して大広間を出ると、丁度通路を見慣れない男が歩いていた。
男は、いきなり現れた俺に気づいて訝しげな顔をする。
「……ん、君は?」
年の頃は四十過ぎ──いや五十にもなろうか。この地域ではあまり見ない派手な服飾の、恰幅の言い男だ。やや頭が禿げ上がっているのも特徴か。
とりあえず、裕福そうな見た目からして領主様の客人だろう。今日忙しかった原因もこの男かもしれない。
俺は失礼にならないよう、丁寧に挨拶をした。
「はじめまして。私は、夕霧総と申します」
「夕霧総。ああ。君が『カクテル』の」
俺の自己紹介を受けて男は返す。少なくとも俺の名前を知っているらしい。
だが、男はそこで納得したのか、自分の名前を名乗ることもせず、俺に薄い笑顔を見せた。
「話はかねがね。私も『カクテル』には興味がある。これからのこと、楽しみにしているよ」
「ありがとうございます」
男はそれだけを告げると、スタスタと歩き去って言った。
決して不快なことを言われたわけではないが、どことなく尊大そうな男だ。あまり領主様と仲の良いタイプだとは思えなかった。
「っと。考え込んでないで俺も早く行かないと」
知らない人間に合うと、ついつい素性を考え込んでしまうのは悪い癖だ。
俺はひとまず男のことは忘れて、報告書を提出するために足を動かすのだった。




