選択の自由(1)
眠い目を擦りながら、というのは仕事中ではあまり褒められたものではない。
ことそれがバーテンダーであれば、格好付けるのが仕事なのだから尚更だ。
とはいえ、人なら誰しも、どうしようもなく眠いときはある。
特に、基本的には夜の住人であるバーテンダーとか、根本的に夜の住人である吸血鬼とか、日中は眠い時間で間違いない。
「…ふぁー」
だが、それにどこまで抵抗できるか……それが結構肝要な部分で、その部分がまるっと銀髪の少女には足りていないようだった。
大口を開けた直後にはしまったという顔をするが、すぐにまぁいいかという顔になるサリーである。
俺は刺すような視線を横に向けたあと、小さく告げる。
「サリー。減点」
「…はいはい、いくつですの」
「銀貨一枚」
「それ減点じゃなくて罰金じゃないですか!」
俺の指摘にうっかり声をあげ、その場にいる全員の視線が集まったところでサリーは恥じ入るようにしゅんとした。
「えー。気にせず作業を続けてください。何かわからないことがあれば、遠慮なく自分やフィル、あくび女に」
「……」
じっと集まっていた視線は、その俺の一言で何があったのかを察したのだろう。
クスクスという笑い声がいくらか起きたところで、人々はまた作業に戻った。
で、結局ここがどこかというと、この街の領主様が提供してくれた大広間の一つ。
三桁人くらいは入れそうな部屋に、テーブルをいくつも並べ、何人もの人間が手にバーテンダーの道具を持った「カクテル教室」である。
カクテル教室なんて言うと、イメージしづらいかもしれないが、簡単に言えば家庭科の調理実習をちょっと本格的かつ、カクテル寄りにしたようなものだ。
一つのテーブルには、およそ四、五人。作業しやすいように少し高さを設けた簡易カウンターのような台が、合計で十五ほどある。全員で六、七十人といったところだ。
曲がりなりにもカクテル──夜の飲み物の作り方を教えているということで、半分は同業。というか、お互いにお店に顔を出したり出されたりという仲の人が多い。
彼ら彼女らは、単純にカクテルに興味があるのに加えて、それが自分の店に流用可能かとか、将来的な売りになるかといったところを見ているのだろう。
もし、領主様が街の押しとしてカクテルを打ち出して行くつもりであれば、ここにいるお店のマスターたちは、その戦力になる。
では、もう半分は?
「先生! お願いします!」
「はいはい、できたのか」
年若い声に、俺は柔和な笑みを心がけて応えた。
俺に声をかけたのは、バーテンダーとしては十分若い俺から、さらに一回り離れるくらいの少年だった。年の頃は十五を過ぎた程度。この世界では一応成人として扱われる年齢になったばかりの、騎士見習いである。
この教室に参加しているもう半分は、この街の領主様に使える騎士見習いたちだ。大半が、戦闘技術も礼儀作法も習っている真っ只中といった感じ。
そんな彼らの基礎技能の一つに、領主様が『カクテル技術』を組み込もうという考えがあるようなのだ。
それがなんのためであるのかは、あまり想像に難くはない。ま、今は良いだろう。
「見ててください。次こそは完璧です」
「ほうほう。やってみなさい」
短い髪の毛の騎士見習いの少年が、メジャーカップを片手に俺に向かって言う。
俺は軽く頷きつつ、彼らのテーブルに近づき、声をかけた彼の手元をちらりと覗き込んだ。俺を呼んだ少年以外は、思い思いの作業をしながら、こちらを気にしている。
少年は、水の入ったボトルを右手に、メジャーカップを左手に構える。使うのはメジャーカップの30ml側。作業台に乗せているのも、グラスではなく、同じ規格のメジャーカップだ。
今彼がやっているのは15mlを正確に計る訓練である。
メジャーカップには目盛りがない。付いているものもなくはないだろうが、少なくとも俺は使ったことはない。
では、どうやってバーテンダーは正確な分量を計るのか。
答えは単純。どのくらいがどの量であるのかというのを、経験で覚えるのだ。
俺が愛用しているのは、片側が30ml、もう片側が45mlのメジャーカップ。その両側ともに、表面張力で少し膨らむくらいが表記の分量になる。
当然ながらその微妙な表面張力を零さず扱えるようになるのが、最初の課題だ。それが済むと今度からは、目盛りのない状態から必要な分量を計る訓練に入る。
主に30mlの方で、10ml、15ml、20ml、そして30mlを。
45mlの方では、40mlと45mlを何も考えずに測れる程度までは、ひたすらメジャーカップを練習用の水で満たすことになる。
とはいっても、いきなり何も知らない人間に計れるようになれというのは無理だ。
だから最初は、先輩にそれぞれの分量がどの程度なのかを見せて貰う。見せて貰ったあとは、目の前にもう一つのメジャーカップを置いて、そこに計った液体を入れて行くことになる。
最初は、15mlを二回。その二回で丁度30ml側が表面張力で膨らむくらいの感覚を、何百何千何万という繰り返しで、身体に覚え込ませる。
それができるようになったら、今度は10mlを三回。その三度の計量で、ブレなく綺麗に10mlずつ、合計で30mlを計れるようになるまで練習する。
それができるようになって、ようやく20mlだ。まず20mlを計ってみて、その後に正確に10mlを入れれば、最初の20mlが計れていたかが分かる。
そして大体、それができるくらいになってくると、45ml側の40mlはほとんど練習しないでも分かるようになる。
45mlの表面張力分、そこから更にちょっと引いたくらいが40mlだと、考えずに理解できるようになっているのだ。
とはいえ、そこまでモノにできて、ようやくカクテルの入口だ。
正確な分量を計るのは当然、そこにスピードが求められたり、微妙な.1mlクラスの差を付けたりと、その他の技術が活きてくるようになる。
人によっては当然、計量の正確さよりも、ステアやシェイクの技術を重視したり、何よりもスピードを重視することもある。
だが、俺は先輩に教わった影響もあり、自分の性格もあって、一番に計量を教えることにしている。
それと並行してステアの仕方も教えるが、計量がある程度できるまでは、氷の入ったグラスを混ぜるだけに留める。
最初に正確に計れるだけで、自分で初めて作ったカクテルが美味しくなると信じているから、かもしれない。
話が少々逸れたが、そういうわけで俺はこの教室では、まずは計量の基礎と、ステアの練習から始めてもらっていた。
このカクテル教室も始まってからそれなりに経つ。ほとんどの生徒はすでに妥協できるラインの計量技術を身につけているが、たまに抜き打ちで計量のテストをしている。
で、その抜き打ちテストで失敗すると、他の生徒が他の作業に入っている中で、一人ずっと計量の練習をすることになる。彼みたいに。
「じゃ、三回連続、誤差1ml以内で計量。はじめ」
俺が軽く声をかけると、少年は真剣な表情でメジャーカップを見る。
じーっと流れ出る液体を睨み、ゆっくりとメジャーに水を満たしていく。そして、俺がちょうどピッタリと思ったタイミングから、ほんの少し遅れてボトルを止めた。恐らく、0.1mlか2mlほど余分に違いない。
が、そのくらいはまあ、許容範囲だ。問題は次である。判定基準の一つとして、30mlを越えて零してしまったら、基本はアウトだ。
ゆっくりとメジャーに計った液体を注いだ少年は、もう一度気合を入れ直し、二回目の計量に入った。
先程、少し入れすぎたことを無意識に感じ取っていたのかもしれない。今度は0.2mlか0.3mlほど足りない分量で、計量を止める。
それをゆっくりと注いでやれば、合格点くらいの膨らみがメジャーカップの30ml側へと現れた。
少年は、そこで俺を嬉しそうに見る。俺も軽く頷いてやり、声をかける。
「まあまあだな。よしあと二回」
「はい!」
それから少年は少しだけ危なっかしいところもあったが、なんとかあと二回のテストも合格点を取ったのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少し短いですが、キリが良いので今回の更新はここまでです。
次回以降の更新予定ですが、5/4(木)から今回の幕間完結までは毎日更新を考えています。
よろしければお付き合い頂けると幸いです。
あと、コメントはしっかり読んで元気を貰っております。
申し訳ありませんが、返事はもう少々だけお待ちください。




