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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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一縷(7)


 ──────




 町外れ。郊外の道のど真ん中で、白髪の美女がぼうっと月を見上げていた。

 特にその行為に意味があるわけではない。ただ、自分の中に浮かんでくる感情の整理をつけるには時間が必要だっただけだ。

 感情というものは、本当に理解に苦しむと、その白髪の女は思う。

 自分勝手に考えて行動している筈なのに、その自分勝手のために自分が苦しむのだ。ならば最初から理性と論理で行動するほうがどれだけ楽であることか。

 だというのに、個は感情を切り離せない。

 いっそなにもかも奪い去ってしまいたいという感情と、それをしたくないという感情の板挟みに苦しむのも、また不思議なものだ。

 感傷という単語の意味を、心で理解したような錯覚さえトライスは感じていた。


「振られたね、トライス」


 そんな白髪の女に、少年とも少女ともつかない声が言った。

 慰めというよりは、嘲りのような声音だった。


「…………何しに来たのかな。エルム」

「それを言うなら、君のほうこそ何をしにこの街に来たんだか」


 トライスは声の方に目だけを向けた。エルムと呼ばれた子供は、外見に似合わぬ老獪な雰囲気を滲ませ、呆れ顔を作ってみせた。

 しかし、トライスの言葉の前に、エルム──エルは破顔する。


「まぁ良いよ。僕としては、君が無謀な賭けに出たのを眺めているのは楽しかった」

「…………」

「怒ったかい?」

「別に」


 トライスの返事は、無感動に月夜に溶けた。

 総と会話していたときの、弾むような感情の動きはない。意図的に見せないというよりは、それが素の様子だった。

 総と話をしているときの彼女こそが、むしろ異常なのだ。それが今、この世界に生きているトライスの姿だ。


「でもね。僕は君にまだ怒っているよ。彼と接触するのは僕の役目だった。君が勝手に動いたせいで、僕は引っ込まざるを得なくなったんだ」

「それで、エルムに何か損はあるのかな」

「あるに決まっている。彼との会話も、彼の監察も、今の僕の貴重な娯楽の一つなんだから」


 大切な人を娯楽と言い切った白髪の子供を、トライスはきつく睨みつけた。

 それに、エルムは僅かも怯みはしない。ただ、トライスの表情を面白そうに見ているだけだ。


「まぁ、代わりに君が彼と会話をするというのは、それはそれで面白いから我慢してあげているんだよ」

「……そう」

「んー。君はもう少し僕に対しても、他の人と接するような態度で居て欲しいものだね」


 今度は、トライスが冷ややかな視線を向ける番だった。

 この子供に対しては、皮肉にも総と接するときのように、表情と感情が一致する。


「あなたに対してだけは、そんな気は起きないかな」

「冷たいものだね」

「それも、あなたからだけは言われたくない」


 エルはそんな言葉にも、相変わらず底の見えない笑みを浮かべていた。


「これでも、冷たいなんて言われないように、人には優しくしているけれど」

「それが、人を死地に追い立てる者の言葉でさえなければね」

「それは結果論だよ。僕は相手の求めを拒まないだけだ。その求めが危険かどうかは、僕の知ったことじゃない。いや、危険かどうかは知っているけどね」


 笑えない冗談だった。例え面白い冗談でも、トライスはこの子供にだけは笑うつもりはなかったが。

 トライスは、エルから視線を外し、再び月を見上げた。ぼうっと白い光を放つそれは、記憶にある地球のものと、やっぱりどこか違うように映った。


「月は綺麗かな?」

「あなたと居ると、そうは見えない」


 ここで隣に居るのが総なら良かったのに。そうトライスは心の底から思った。

 だが、現実は違う。総はトライスと一緒には来なかった。代わりに居るのは、気に食わない白髪の子供だけだ。

 その事実は、肌に感じる外気の冷たさをより一層引き立てる。肌を切るような冷たさに変わるのも時間の問題だろう。それが人間の肌の感触というやつだ。


 どうか風邪などひかないで欲しい。でも無理だろうか。彼は自分の体調とか、そういったものには無頓着だったから。

 いやでも、ひょっとしたら、彼のそういう所もとっくに変わっているのかもしれない。分からない。トライスは今の総の一番側に居るのではない。

 トライスに分かることは、今の総が昔と変わっていることだけ。たとえ、それがとある感情に蓋をしたままだとしても、変化は変化だ。


 それが酷く心に刺さる。だけれども、自分にそんなことを思う気持ちがあったことに気づくと、ますます総が愛おしくなる。会えない時間が愛を育むとは良く言ったものだ。

 ただ、会えた方が絶対に良い事だけは疑いようがない。

 たとえ愛が育まれずとも良い。キスしてくれとも、抱き締めて欲しいとも、望まない。ただ、側に居てくれたらそれだけで良い。

 そしてたまに自分のことを見てくれたら、それだけで心は浮き足立つだろう。


 トライスは、月を見上げながらそんな物思いにふける。

 エルはそんなトライスを慰めるような言葉を口にする。


「もともと、彼の性格は分かっていた。彼の変化も分かっていた。一縷の望みをかけるには、分が悪かった」

「そんなのは、分かってる」


 一縷の望み。とらえようのない、ひとかけらの希望。

 分かっていても、そこに縋りたくなるのも、恋愛感情の成せる業なのだろう。そうトライスは、どこか他人事みたいに思っていた。

 やっぱり奇跡など起きるはずもなく、あっけなく振られてしまった。

 それでも気分は、ほんの少しだけ晴れた。自分が送り出すでもなければ、黙って見ているわけでもない。行動することの意義を、思い出す。

 やはり鳥須伊吹は、こうでなければと、実感する。それがたとえ、総の前でだけの虚勢であったとしても。

 トライスの感情の変化を目敏く見たのか、エルは励ますような、突き放すような言葉をかける。


「あとは彼の運命だよ。なに、これまでも死を乗り越えてきたんだ。心配する必要はない」

「…………」

「それに」


 それに、と一度区切って、エルムは言った。



「何かあっても、どうせ死ぬだけだ。かつての鳥須伊吹みたいにね」

「…………」



 トライスは、その言葉に拳をきつく握り締めた。

 エルがわざと、その名前を出したことくらい、分からない訳がない。

 トライスに宿る感情を、わざと逆撫でするくらいのことは、この白髪の子供はするだろう。そこには悪意の宿る余地さえもない。ただ純粋な興味のみの行動だ。

 そんなことは、トライスには考えるまでもなく良く分かる。


「君はそうだね。まさにあの月みたいだ」

「月?」


 エルの言葉に耳を傾ける必要などない。そう思っても、その言葉にはそれをさせない力があった。


「結局君の本質もあの月みたいなものだ。太陽がなければ、君は君では居られない」

「…………」

「それに月は、狂気の象徴でもある。丁度、恋愛感情に狂っている君にはお似合いだ」

「…………そうね」


 トライスは否定しようという気にもならなかった。それをしたところでエルを喜ばせるだけだし、何より否定のしようがなかった。

 総はもしかしたらトライスのことを太陽だと思っているかもしれないが、それはとんだ誤りだ。トライスはそう自嘲気味に思う。

 真に光を放つ太陽であるのは、人を救えるのは、トライスではなくて……。


 そんなトライスの思考を遮るように、白髪の子供は言った。


「どっちにしても、君の役割は果たしてもらうよ」

「……分かってる」


 それは、総には関係のないトライスの事情の話だ。

 彼女と、そしてエルの目的に関わる話。


「標的は見つかった。あとはタイミングだけ。そしてそれは、僕達にもどうすることはできない」

「…………」

「でも、君の役割だけは決まっている。トライス・トネリコ」


 トライス・トネリコ。それがこの場所で名乗っている名前。

 ここに居るのは、二人。

 エルム・トネリコと、トライス・トネリコ。

 それがお互いの、この世界での名前。


「僕達のご主人様の期待に応えようじゃないか。『勇者』」

「……分かってる。『賢者』」


 返答に満足したように、エルは冷ややかに笑った。それが感情と一致しているのかは、端から見ても分からない。

 白い月を見上げていたトライスは、一度名残惜しそうに総のいる街に目をやる。

 そして、思いを振り切るように、もう一度月を見上げた。


 その数瞬の後には、そこに人影は残っていなかった。




 ──────


ここまで読んでくださってありがとうございます。


とあるキャラが何かイメージと違うとか思われるかもしれませんが、そっと胸にしまっておいて下さると助かります。

そして大変長かった幕間ですが、あと一つだけ、六章の準備となるエピソードを書いておしまいの予定です。

ゴールデンウィークにはできればその分のエピソードの投稿と、六章を少し書き溜められればと思っています。


改めて、更新が大変遅くなってしまい申し訳ありません。今後とも広い心でお付き合いいただけると幸いです。

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