【モッキンバード】
ベースは『テイラ』──『テキーラ』のままで、味わいを少しさっぱりに変える。なおかつ、見た目も綺麗な一杯。
それだけだと難しそうな注文に思えるが、そうでもない。
今回に限れば、まさしくこれというカクテルがあったのである。
そして俺は、その材料を思い浮かべて、ちょっとだけ面白い気持ちになった。
「しかし、兄妹はやっぱり似るものですね」
「え? どういう意味ですか?」
「いえ、巡り会う運命みたいなものがあるんだなと」
俺一人だけが納得し、コルシカはやっぱり不思議そうな顔をする。
俺はベルガモと始めて出会ったときのことを、先程話していたせいで思い出している。彼に最初に飲ませたカクテルは【モヒート】だった。
そこに、これから作ろうとしているカクテルを少し重ねている。
俺が材料として使うのは、鮮やかな緑色をしたリキュールポーション。グリーン・ミントリキュールだ。
ミントリキュールは、バーにはかかせない一本──いや二本だ。
少し甘ったるい緑色をしたミントグリーンと、すっきりした色合いのミントホワイト。ミントリキュールはこの二種類が置いてあることが多い。
なぜミントリキュールは二本なのか、と問われると少し困るが、実際に使う立場からすれば二本無いと困るのだ。
ミントらしさを前に出したいときは分りやすい緑色を使いたくなるし、少し風味を足したいときなんかは色を付けたくなかったりもする。
想像しにくい人は、オレンジジュースに緑色を混ぜたらどうなるか、と軽く想像してみると分かりやすいだろう。
ミントは味としても使いやすいからこそ、二色が必要なのだ。
そして今回使うのは、綺麗なカクテルという注文に応える『緑色』だ。
いつものようにまずはグラスを準備する。今回使用するのも、逆三角形の見た目をしたカクテルグラスだ。
清潔な布で軽く拭き、冷凍庫を開けてその中へ。入れ替わりでテイラポーションと氷を取り出した。
同様に冷蔵庫側からはライムジュース。そして棚から緑のミントリキュールを。果物かごからも、ライムを一つ用意する。
材料を並べ、作業台にシェイカーの準備をして作業にかかる。
ライムをナイフでカットする。縦にナイフを通し、果実を半分にしてさらに三分の一──つまり六分の一のカットを作り、不要部分を切り取ってメジャーカップに果汁を絞る。
足りない分をジュースで補い、15mlを計ってシェイカーに注ぐ。
次に、鮮やかな緑に着色したミントポーション。
糖度が高いために少しとろりとするそれを、ライム同様に15ml計る。糖度が高いボトルは、注いだ後に注意して口元を布巾で拭っておく。
そうしないと、糖分が固まってざりざりべとべとの酷い事になるのだ。
そして最後に、ベースとしてテイラを30mlだ。
冷凍庫で良く冷やされ冷気を発する透明なそれを、表面張力まで使ってきっちりと計り、するりとシェイカーへ注ぎ込んだ。
バースプーンで軽くステアし味を見る。すっとしたミントの味わいを舌の上に感じた。
味は問題なしと判断し、トングで氷をシェイカーへと詰めて行く。八分目ほどまで詰めたら蓋をして、シェイクへ取りかかった。
手のひらの熱を伝えてしまわないよう、指先でシェイカーを支える。胸元の高さに合わせ、力ではなく手首を意識してシェイカーを振る。
中の氷が、シェイカーの底を叩いて音を立てた。
規則正しく、高く響く音。上下に揺れる度に、追いかけ合う二つの音。
どちらかがどちらかを真似しているかのように、シーソーの左右のように、寄せては返す波のように、シェイカーが連なる音を奏でる。
その音が、指先の温度が、そして頭の中のイメージがカクテルとして生まれ変わったその瞬間に、静かにシェイクを止めた。
「失礼します」
冷凍庫からグラスを取り出し、声をかけてコルシカのコースターへと載せる。
それから、微かに冷気を放つグラスへと、シェイカーの中身を静かに注いだ。
淡く輝く薄緑の透き通った液体が、緩やかにグラスを満たす。見ている分にも綺麗な、カクテルらしいカクテルである。
ちらりとコルシカへと目をやると、思わず苦笑してしまいそうになった。
そんな自分を引き締め直して、今か今かといった顔をしているコルシカへと言った。
「お待たせしました。【モッキンバード】です」
──────
見た目の印象から、既にコルシカの心は高鳴っていた。
薄く緑に透けるその色合い、宝石のような淡い輝きに、呑んでもいないのに仄かに頬が熱くなる。
自分でも少々子供っぽいと思った見た目への注文だったが、それでも言って良かったと思わざるを得ない。
これを作り上げた青年の嬉しそうな瞳に、微笑みを返した。
「いただきます」
逸る気持ちを抑えながら、コルシカはひんやりとしたグラスに手を伸ばし、口元へと運ぶ。
ふわりと鼻へと抜ける香りは、爽やかなミント。ミント特有のすっとした感覚に、甘さと酸味の気配が混ざっている。その豊かな香りに反して、テイラの力強い香りはあまり届いてこない。
そんな印象を持ちつつ、コルシカはゆっくりとグラスを傾け、緑色のカクテルを含む。
(甘いけど、爽やかですっきりしてる)
口当たりの印象も、爽やかな若草の草原を思い起こさせる甘さっぱりしたものだった。
強いのは甘さ。分類的には甘い味わいで間違いないだろう。
だが、同時にライムの酸味が利いていて、甘さの広がりを抑えたさっぱりとした印象に仕上がっている。
しかし、甘さや酸味の印象と同じくらい──いや、それ以上に強烈なのは、ミントのすっとした風のような涼やかさだ。
印象の大部分を占めるのは、色合いにも現れているミントの風味。
甘酸っぱい味が支配する口の中で、初夏の風のような薄荷の清涼感が所狭しと吹き荒れている。その力強さには、裏に隠れたテイラの存在があるのだろう。
カクテル自体の印象を強くしているのは、テイラの持つ独特の強い風味であるのだ。
先程呑んだ【マルガリータ】ではあれほど前に出ていたテイラが、今回は嘘のように鳴りを潜めている。
しかし裏方に徹するようにしながら、存在しないわけではない。そこにいるのが当たり前のように全体の味わいを補強している。
言わば植物を育む大地のように、または生き物を包み込む森のように、広く薄く味を束ねている。
そんなイメージの浮かぶ味を楽しみながらコルシカが呑み込めば、ミントのすっきりとした印象がそのまま喉へ落ちて行く。
口の中が仄かに乾くと同時、ところどころに散ったミントが、舌をすっと冷やす。
その後味の見事な消え方に、コルシカは感心しつつ、もう一口含む。
甘くてさっぱりで、決して口説くない爽やかな味わいが、広がっては消える。
一口含み呑み込む度に、爽やかな味わいが広がっていく。それがなんだか楽しくて面白くて、子供のように無邪気に味わう。
大人の飲み物の筈なのに、どこか童心に返った気がするのは、子供のころに舐めた飴玉のような印象があるからだ。
コルシカは幾度も味わったあとに、その結論に至った。
そしてコルシカがはっと気付いた時には、微笑ましいものを見る三人の目に囲まれているのであった。
──────
「す、すみません子供っぽくて」
コルシカの恥ずかしげな声に俺は更に頬が緩みそうになるが、しっかりと営業用の澄ました顔に戻して言う。
「いえいえ。喜んでもらえて何よりです」
俺は完璧な営業スマイルで応えたつもりだが、コルシカの返事は少し時間がかかった。
「……なんかわざとらしいです。その顔」
「そんなことないですよ」
「そんなことあります!」
少し睨むように俺を見てくるコルシカ。
そんな彼女に、少し接客モードから素に戻り、満面の笑みで俺は返した。
「じゃあ、ありがとう。そんなに美味しそうに飲んでくれて、すごく嬉しい」
コルシカは、俺の笑顔に含まれる色々な感情に少し複雑そうにしていた。
だが、最終的には彼女もまた【モッキンバード】を呑んでいた時みたいな笑顔で「どういたしまして」と返してくれたのだった。
※1229 表現を少し修正し、誤字修正しました。




