とある休日の話(8)
次の一杯を尋ねた時に、同じ物と頼まれることはままある。
本当にお客さんがその一杯を気に入っている場合もあるし、注文よりは話に夢中であまり考える気がない場合もある。
珍しいパターンとしては、店が忙しいと見てお客さんが注文を簡単にしてくれている場合などもあるが、まぁ、それには感謝しかない。
と、その中でも気に入っている場合であれば、先程俺がしたように『似た一杯』を提案することがある。
俺の気持ちで言えば、そういう提案をする大きな理由は、もっとカクテルを楽しんで貰いたいというもの。
押しつけは良くないが、せっかくならよりたくさんのカクテルを、お客さんに呑んで貰いたいと思うのだ。
例えば、あまり好みを知らないお客さんに対して、そういった提案をしてみる。
そして材料を少し変えたカクテルを出して反応を見る。
先程よりも好き、という感想を貰うこともあれば、さっきの方が好きという感想を貰うこともある。どちらの感想でも、それはお客さんの好みを知るヒントとなる。
甘さや酸味の参考にする、というのは最も単純なところ。それ以外にも、加えた材料そのものが好きとか嫌いとかも分かる。
そういうものを積み重ね、繰り返し提案してみることで自分の中にお客さんの舌のデータを蓄積する。その情報は、お客さんにより美味しいカクテルを作る上でも重要になってくる。
それは、俺みたいなバーテンダーには重要な接客技術だ。
俺個人の、働いていて嬉しかった経験として、お酒に詳しいお客さんに、その人の好みにあう『未知のカクテル』を提案できたときがある。
『知らなかったけど、これも好き』と言ってくれた男性客の顔は、俺にバーテンダーをやっていて良かったと思わせてくれた。
話が逸れたが、提案の意図だ。
つまりは、コルシカはあまりカクテルを呑んでいるわけではないので、せっかくだから色々な味を試して貰いたいと思ったわけだ。
「さて、似た一杯とは言いますが、どう致しましょうかね」
俺はちょっと気取った探偵みたいに、コルシカに向かって独り言風に吐く。
コルシカはそんな俺に合わせるように返した。
「どう、というのは?」
「いえ、似た一杯とは言いましたが、どこを似せて、どこを変えるか。それが悩みどころなのですよお客様」
芝居がかった口調で、俺は簡単に説明した。
【マルガリータ】に似た一杯と言ったが、その分岐先は大変多岐に渡る。
例えば【マルガリータ】を構成する材料は『テイラ』『コアントロー』『ライム』そして『塩』ということになる。
さらに『シェイク』の『ショートカクテル』であることも特徴であるだろう。
ここで【マルガリータ】の特質を甘味酸味のバランスと取れば、一番簡単なのは『基酒』を変えることだ。
『テイラ』──つまり『テキーラ』を『ジン』や『ウォッカ』に変えてみると、似た味わいながら全く異なるカクテルができる。
『ライム』と『レモン』の違いを許容すれば、『ベース』『コアントロー』『レモン』という黄金の組み合わせは、どんな『基酒』でも対応できるのだ。
また、甘味や酸味のバランスをそのままに『基酒』を変えたくないならば『コアントロー』の部分を変更するのが楽だろう。
副材料にしている『甘味』を担う液体を変えてみれば『テイラ』の風味を活かしつつ、様々な味の変化を楽しむことができる。
変わり種としてみれば『塩』の部分に注目してみるというのもある。
【マルガリータ】を気に入ったと言っているのであれば、その味わいにかかせない締めの塩味が、気に入っているのかもしれない。
他にも『ロングカクテル』に変えてみるというのもアリだ。
【マルガリータ】の材料をそのままに、それを何かジュースでアップしてみたりするのも、違った味わいで悪くない。
思い切って『フローズンカクテル』にしてみるのも、一つの手だろう。
作るのに手間はかかるが、一風変わった『似た一杯』を作ることができる。
つまるところ、似た味わいの一杯といっても、そんな簡単に決まる問題ではないのだ。
そして、そんなことを一気に説明されたところで、カクテルに詳しくない人間に、
『じゃあ、ベースはそのままでハーブ系のリキュールを使って、度数は少し控えめのショートで何か作れる?』
みたいな注文ができるわけもない。
「──といった感じなんですけど、分かりませんよね?」
「はい。すみません」
「いえ、こちらこそすみません。ちょっと弟子がいるもので、二人に教えるつもりで少し張り切って説明をしてしまいました」
簡単に説明をしたつもりだが、それはコルシカ向けというよりは、座っている二人の弟子向けのそれであった。
バーテンダーとしての俺は、こういうことをあまり口では説明しない。
フィルはそれでも天然でそういった答えに行き着いているだろうが、サリーは、ほぉーとちょっと感心した顔である。
というわけで、作るべき一杯に戻ろう。俺が勝手に選んで提案するのも一つの手だが、もっといい方法がある。
いつも言っていることだが、聞けば良いのである。
コルシカはヒントをくれないとか、俺にお題を出すとかそういうお客様ではない。普通に、カクテルを楽しむためにここに座っている。
聞いたら教えてくれる相手に、聞かない理由など一つもない。
俺は弟子二人から視線をコルシカに戻して、ゆっくりと提案してみる。
「例えば、今呑んでいるのは『テイラポーション』のカクテルです。次も『テイラ』のままの方が良いですか? それとも『ジーニ』や『ウォッタ』などを試してみますか?」
分からないのなら、一つ一つ丁寧に尋ねる。
彼女はそれに怒るようなタイプではない。できるだけ細かく注文を拾っていこう。
コルシカは、うーんと悩ましげな声を出し、ぼそりと零す。
「えっと、そうですね。せっかくだから今日は、この味を楽しんでみたいかなと」
「かしこまりました。ではベースは変えないで行きましょう」
今日は、と言っているのでこの先も基本的には『テイラ』で良いのだろう。
彼女自身は、それなりに酒には強いと記憶している。あまり調子に乗り過ぎなければ悪酔いもすまい。
頭の中で選択肢を絞りつつ、もう一つ質問をしてみる。
「甘さや、強さなんかはどうです? 呑みにくい感じとか、少し気になるところなんかはありますか?」
「えっと、味はとっても好きです。けど、もっとさっぱりしてても好きかなと思います」
「さっぱりですね。分量は大丈夫ですか?」
「はい。このくらいで大丈夫です」
さっぱり。この場合は、甘さを控えてみるのが王道だろうか。
コアントローの甘さは、柑橘系の癖がある。苦手というわけではなさそうだが、同じ系統で攻めることもない。
であれば、その部分を少し変えてみるとか、あるいは、単純にライムをちょっと足してみるとかか。分量は良いらしいので『ショート』で少し組み立ててみる。
「あ、あと!」
と、頭の中で更に候補を絞ってきたところで、コルシカの慌て声。
俺は思考を中断し、すぐに笑顔を向ける。
「どうしました?」
「その。変なこと言うかもしれないんですけど……せっかくだから、綺麗なカクテルが、呑んでみたいかな、と」
そんな注文を、コルシカはちょっと恥ずかしそうに言った。
「綺麗なカクテルですね。かしこまりました」
「子供っぽいですよね?」
「そんなことはありませんよ。自分は、はっきり言ってくれるお客様が好きです」
俺の噓偽りない本音の部分だ。
注文に恥ずかしいも何もありはしない。自分の好みははっきりと言った方が得だ。隠していたって、呑みたい一杯に近づけるというわけでもない。
もちろん、言われなくても察するのがバーテンダーの仕事ではあるが、言ってくれるお客様の方がありがたい。
好みを教えてくれない人よりは、素直に教えてくれる人の方が俺は好きだ。
だが、俺の発言の言葉尻を取って、少し不満げな声が上がった。
「総さーん。そういう言葉は、選んだ方が良いんじゃないですの?」
「なんだサリー急に」
「総さんが男女問わずの『お客様』に向かって言ったって分かりますけど。曲がりなりにも年頃の女の子に、好きって」
「え?」
言われて俺がコルシカに目を向けると、彼女はまた、ほんのりと恥ずかしそうに顔を伏せている。
あっ、と俺はサリーの言い分を理解し、少しだけ早口で弁明する。
「コルシカ、さっきのはそういう意味じゃなくてだな」
「わ、分かってます。いえ、感心しただけです。これが総さんの接客スタイルなんだなって。誰にでもそういうこと言うんだなって」
「待って。まるで俺がいつも口説いてるみたいな言い方やめて」
そりゃ意識的に、あるいは無意識でお客さんを喜ばせるような言葉を言ってはいる。
言ってはいるが、別に口説いているわけじゃない。そうだとしたら、俺は男女問わず口説く凄まじいたらしになるじゃないか。
……いや、言われるけど。色んな人に言われるけど。そんなことしてないから。
というか俺、大体そういうときカクテルのことしか考えてませんから──って、なんかこの言い分もそれはそれで最低だな。
「と、とにかく話はカクテルを呑んでからにして貰いましょうか!」
「は、はい!」
俺は勢いで誤摩化す。これで誤魔化されるコルシカは良い子だ。
いや、誤摩化しじゃない。俺の先程の言葉に深い意味がないことは、カクテルで証明する他ないのだ。
つまり、百の言葉を重ねるより、一つの行動というあれだ。
誰に言い訳しているのか分からなくなりつつも、俺は頭の中に一つのカクテルを思い描いていた。
なんとなく、初めの頃とは性質が違うサリーのじーっとした視線を感じつつ、俺は作業にとりかかるのだった。




