とある休日の話(7)
「さて、お客さん。どういった一杯をお作りしましょう」
気を取り直して、俺はカウンターに座るコルシカへと尋ねていた。弟子二人も今は席に座っている。俺を見る目が昔に比べて鋭くなっているのが、少しやり辛い。
俺に尋ねられたコルシカは、そういった質問に慣れていないのでやや戸惑った様子だ。
「えっと、どういう風に答えた方が良いんでしょうか?」
「そうですね。例えば甘めや酸っぱめ、お酒は強い方が良いのか弱めが良いのか、なんかですね」
思えば初めてのお客さんも少し減ってきた気がする今日この頃。こういう質問をされるのが少し懐かしく思う。
で、その初々しいお客さんはと言えば、初々しい感じのままに可愛らしく頭を悩ませている。そして、恐る恐るといった様子で、俺に言う。
「そ、そうですね。ちょっと甘い方が良い、ですか?」
「……いやいや、それはコルシカの決めることだよ」
「で、ですよね!?」
苦笑いと共に、思わず素で答えてしまった。コルシカも自分の発言に少し思う所はあったのか、そわそわと落ち着かなさそうに照れている。
だが、カクテルにあまり詳しくない方であれば、そもそも甘めとか言われても味のイメージが付かないこともあるだろう。
俺は彼女に提案する形で、いくつか説明してみる。
「例えば。甘めのカクテルでも、ジュースみたいに甘いものや、クリームっぽい感じで甘めのもの、他にもハーブの風味と甘みを持つものなどがありますよ」
「あ、それじゃあ畑で作っているのも?」
「はい。『コアントロー』なんかは、柑橘系の味わいですが甘めですね」
魔草ポーションは、現時点では畑での量産には至っていない。精々が、実験中の『コアントロー草』に実を付けさせたくらいである。
その辺りの仕入れは、もっぱら専門のポーション屋から行っている。とはいえ、栽培の実験を行ってはいるので、コルシカも多少は興味が引かれたのだろう。
だが、そこですぐに『コアントロー』を使ったカクテル、と来るかと思えば違った。
コルシカは少し昔を懐かしむように微笑んでいる。
「総さん。私を助けて頂いた時のあれ、名前はなんでしたっけ?」
「【マルガリータ】ですね。テイラベースの甘酸っぱい一杯ですよ」
もう一年以上前になるが、それでも彼女に初めて出した一杯を忘れるわけがない。
俺とコルシカの間に流れる不思議な空気に、双子は揃って疑問符を浮かべていた。
そういえば、この店と獣人兄妹の出会いについて、簡単な説明はしたがしっかりと話したことはなかったかもしれないな。
「それじゃ、まずは【マルガリータ】をお願いしても?」
どうやら、彼女の中で最初の一杯は固まったらしい。
あの時は、きっと味をしっかりと楽しめる状態ではなかっただろうし、今改めて、ゆっくりと味わって貰うのも良いかもしれない。
「かしこまりました。良い機会ですし、双子に昔話でもしましょうか?」
「それは、お兄ちゃんがちょっと可哀想かもですね」
俺の言葉の意図が伝わったのか、コルシカはふふと控えめに笑う。だが、特に止めることはしない。兄に比べると、妹は若干ドライな兄妹関係で居たいようである。
「少々お待ちください」
俺は腕によりをかけ、彼女に注文された最初の一杯に取りかかるのであった。
「……ベルガモさんが強盗を……」
「思った以上に、無鉄砲な人だったのですわね」
俺とベルガモの出会いの話を、面白可笑しく脚色して話してやった。その感想が、フィルは困惑、サリーは呆れといったところか。
コルシカはまだ困ったような笑みを浮かべているが、そのあと少し冷たい声で言う。
「本当に。私を大事に思ってくれるのは嬉しいですが、そんなことまでして欲しいと思ったことはありません」
言って、カクテルグラスを傾け、唇に付いた塩をペロリと舐めるコルシカ。
その件に関しては妹としても複雑なようだ。
兄が自分のために行動してくれた事実は嬉しいが、その方法が方法だけに素直に喜ぶことなどはできない。
そんな彼女をフォローするつもりで、俺は双子との出会いにも軽く言及した。
「ま、この二人も最初の出会いはあんまり褒められたものじゃないですし」
「…………」
「し、仕方ないじゃない! 死にかけてたんだから!」
フィルは無言で手元にある水を飲み。サリーは元気に声を上げた。
俺はそんなサリーに、ニヤリと笑う。それから昔を思い出してわざとらしく言った。
「はいサリー。無駄な口答えをする。減点二」
「思い出しましたわ。その、謎の減点方式」
「はい更に口答え。追加で減点三」
「……なんで追加の方が減点多いんですの」
サリーはげんなりした様子で、大きめのため息を吐いた。
ついでに、もの凄くどうでも良い事だが、サリーがこれまでに減点されたポイントは軽く百を越えている。そもそもこのポイントに特に深い意味は無いが。
昔をやや懐かしむように、俺はしみじみと語った。
「本当に、出会った頃のサリーは生意気で、苦労したよなフィル」
「ぼ、僕に振ります?」
「な、フィル。生意気だったよな?」
「え、ええと、それは」
一人だけ、昔話に巻き込まれたく無さそうにしていたフィルを茶化してやる。フィルはもの凄く、言いにくそうにまごまごしていた。
この辺りのアドリブ力がやや足りないのは、フィルの欠点として残ったままだ。
一人だけ減点されて面白くなさそうなサリーは、俺に乗っかってきてフィルに攻撃をする。
「あらなによ。一人だけ良い子ちゃんのフィルは、昔のことは忘れましたって? 言えば良いじゃない、生意気だったって、ええ言えば良いわよ、ほらほら」
そうやって、グリグリとフィルの頬を指で突くサリー。
暫くは無言で耐えていたフィルだが、サリーが余りにもしつこいので、少し苛立った顔で言った。
「……サリー。そういえば君、あの頃はことある毎に総さんをいつかぶちのめすって愚痴ってたよね。いつ実行するの?」
「……な、なんのことやら」
フィル突然の暴露に、サリーが明らかにたじろいだ。
この女、そんなこと考えてやがったのか。いや、正直吸血鬼にぶちのめされたら普通に死ねるので勘弁して欲しい。
だが、フィルの言葉には続きがある。
「あれでも、なんかある日を境に言わなくなったよね。確かあれはサリーがお客さんに怒鳴られて、総さんに庇って貰っ──」
「あああああああああ! お客さんに怒鳴られて心を入れ替えたんですわね!」
サリーが明らかに何かを誤魔化すための大声を出していた。
しかし、なんとなくそれに続く言葉が分かってしまったので、俺はアリの巣を突くような真似はしない。
少し大袈裟に、その場に居るお客様──コルシカへとフォローをする。
「騒がしくて申し訳ありません。退場させましょうか?」
「ふふ。大丈夫です。なんだか、本当にお店に居るみたいで楽しいですから」
コルシカは、俺達のやり取りを見てほんわりと笑みを浮かべていた。
そんな柔らかい笑みにあてられて、俺はもちろん、ちょっと喧嘩していた双子もすぐに笑顔になった。
普段はあまりお店に来ない彼女だからこそ、それならばもっと楽しませて上げたいと思ってしまう。
「よしサリー。本当にお店にいるときみたいに、ちょっと一発芸してみようか」
「分かりましたわ──ってなんでですの! 私そんな一発芸とか持ってませんわ!」
「ほらそこは、とりあえず盛大に滑って、みんなを笑わせるところだろ」
「それは笑わせているのではなくて、笑われているのでは?」
と、盛大にサリーに無茶ぶりをして、反応を楽しむのもいつものことである。
コルシカはそんな俺達のやり取りに笑い、フィルのちょっと真面目過ぎるフォローでまた笑う。
手元にある【マルガリータ】も、きっと満足であろう。
もともと【マルガリータ】には、悲劇的な逸話が付きものだ。だが、この世界での【マルガリータ】は、一人の少女の命を救った一杯だ。
そして今、その少女は再び【マルガリータ】を手にし、幸せそうに笑っている。
彼女はグラスを口元に寄せる。仄かに白くなった透明の液体が喉にするりと呑み込まれ、塩の粒がまた零れる。
俺達の会話で笑ってくれるのも嬉しいが、やっぱり美味しそうに呑んで笑って貰うのが一等嬉しいのだ。
「お客さん。お次はどうしましょうか?」
しばらくそうしていると、コルシカは【マルガリータ】を飲み干した。
タイミングを見て尋ねて俺に、コルシカは最初の一杯目の時と同じくらい、悩ましげに眉を寄せた。
「えっと、凄く気に入ったので同じ一杯、というのは大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。更に言えば、ちょっと似た違う一杯なんかも作れますが」
「そうなんですか?」
俺のちょっとした提案に、コルシカはひっかかりを覚えたようだ。
それから空になったグラスに目を落とし、やや逡巡したあとに注文をした。
「それなら、ちょっと違う一杯を頂いても良いでしょうか?」
相変わらずのやや自信なさげな注文であった。
俺はそんな彼女を全肯定するくらいの気持ちで、大きく頷いたのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
更新、遅くなってしかも間に合ってなくて申し訳ありません。
またちょっと更新できないときがあるかもしれませんが、その時はあらすじでご連絡します。
コメント返信は明日の更新後に行わせて頂きたく思います……




