在庫危機(2)
「……迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
「いや、うん。分かったから」
「本当に申し訳ない!」
そう頭を下げたのは、黒い髪の毛を一本に縛った騎士然とした女性。俺の前では謝っていることが多い気がする、ヴィオラである。
彼女の背後には、透明な容器に入れられた、不定形の何か。ぎゅうぎゅう詰めになっていて、脱出することはできないようだ。
不定形の何かが詰まったそれは、ぱっと見では洗濯機くらいの大きさのゼリーみたいに見えた。
一時はどうなることかと思ったが、結論から言えば命に危険があるようなことはなかった。
いつの間にか在庫棚の中に居たのは、俗に言うスライムだ。
某国民的なRPGの感じではなく、形の定まらない、物理攻撃を無効化するような恐ろしい魔物のほうである。
巨大なものになると、それ専用の討伐隊が編成されるほどの危険度だ。
そのスライムであるが、通常は魔力の吹き溜まりみたいな薄暗い洞窟とかで発生する魔物だとか。
街中で出現することは滅多に無いし、ウチの在庫棚で自然発生するとは考えられない。
のであるが、どうにも魔物研究者が、研究用の小さなスライムを紛失してしまったのだとか。
スライムの体は、核と粘膜状の集まりに分けられる。その粘膜は魔力でもって形成するのだとか。
ここまで言えばなんとなく分かるかもしれないが……研究者が紛失してしまった小さなスライムは、魔力を求めてさまよい、ウチの店に辿り着いた。
そして在庫棚の中には、御丁寧に液状になった魔力の固まりが並んでいたわけだ。
しかも間の悪いことに、なんとその中には、スライムの核の代わりになるような魔力的物質も存在していた。俺の作った『弾薬』である。
スライム発生のメカニズムは、正直言って良く分からない。しかし『弾薬』は、スライムの核となるべき要素をたまたま備えていたらしい。
在庫棚にて、核と粘膜の原料を同時に見つけてしまったスライムは、自身の持っていた属性──ジーニのポーションを使って自己増殖を始めた。
で、そのタイミングで俺とサリーがスライムを発見したというわけだ。
俺とサリーが右往左往していた所に、スライム脱走の話を聞いて探しまわっていたヴィオラが現れた。
ポーション屋に手がかりを求めて来たみたいだが、在庫棚の異変を見て事態を把握。そのままスライム捕獲へと繋がったわけだ。
そのドタバタでオヤジさん達も、なんだと様子を見に出てきたが、事態が収まったと見るや、仕込みの途中であったのですぐに厨房に戻った。
というわけで後処理なども含め、俺がヴィオラの対応にあたっていた。
「……な、なんと。この短時間でここまで増殖を……しかも、核まで……」
ヴィオラが俺達に謝っている隣で、スライムを逃がしてしまったらしいボサボサ頭の研究者が、容器に向かってブツブツと言っている。
その研究者の態度に、ヴィオラは少しだけカチンと来たみたいだった。
「……貴様の不注意のせいで、問題が発生した自覚はあるのか?」
「しかしですね騎士様。スライムの核とは、精霊かそれに準ずるような何かと関連するいうのが一般的な論でして。それをこのような……なんですかねこれは? まあ、とにかくこのような不思議な物体で補うというのは、新しい発見に──」
「私は、自覚はあるのかと聞いているのだが?」
研究熱が高まってきたらしい研究者を、そのひと言で黙らせたヴィオラ。
彼女は大きくため息を吐いた後に、言いにくそうにこちらへ尋ねてくる。
「……すまん。その、後で賠償する。被害は、どのくらいだろうか?」
ヴィオラは言って、恐る恐る在庫棚へと目を向けた。
在庫棚の中は見るも無惨な有様となっていた。
そもそも、在庫棚の中のボトルは密閉されていた。密閉された容器の中の液体をスライムが手に入れるにはどうするか。
一番手っ取り早い方法は、瓶を割って中身を取り出すことだ。
もともと、スライムには己の身を形作るための魔力で属性があるらしい。そして、このスライムはジーニ属性。
ということで、在庫棚の瓶は、特にジーニが悲惨なことになってしまっていた。
棚に入れておいたジーニ瓶は一本残らず壊滅。さらに、先程も述べたように『弾薬』を核として利用されたので、そちらもない。
ジーニ以外も、スライムのおかげで倒れて割れていたり、捕獲の際のドタバタで割れてしまったりと被害甚大だ。
結構真面目に、被害総額を考えるのが億劫になるレベルで。
「後で請求する。ちょっと記録と重ねてみないことにはなんとも」
「……すまない」
「……まぁ、だから、本当に気をつけてくれ」
もともと、ヴィオラがまいた種というわけでもあるまいに。
心底すまなそうに頭を下げるヴィオラの横では、相変わらず諸悪の根源であるはずの研究者が、目をキラキラさせている。
「なんなんだこの核はいったい……そこの君! ちょっと今からこの核について詳しく話が聞きたいんだけど──」
唐突に、男は目を俺の方へと向けてくる。
俺の手をとり、この惨状や俺の事情など一切構うことなく言ってくるのだが。
「貴様が話すのは、騎士団の詰め所で、今後の処置をどうするかだ馬鹿者が」
その男の首根っこを、額に青筋を浮かべたヴィオラが掴んだ。淡々とした物言いだが、相当に怒りが溜まっているのは、想像するまでもない。
研究者の男は口をあっぷあっぷさせるが、声は出ない様子だ。そのまま男を部下の騎士に引き渡してからヴィオラは再び俺に頭を下げた。
「本当に、君には迷惑ばかりかけるな。片付けに数人残す。使ってやってくれ」
「いや大丈夫だって。開店までまだ時間あるし、俺達だけで」
「そうか? ……いや、要らないなら要らないで困りはすまい。雑用か何かにはなる」
俺が遠慮しても、ヴィオラは押し切る。それから、歳若い見習い何人かを手招きする。
ヴィオラに呼ばれた少年達は、小走りで俺達の前に立つ。
彼らは俺にペコリと頭を下げて、とんと胸に手を当てた。
「大丈夫です先生。自分たちだって役に立ちます!」
俺を先生と呼んだ少年達の表情を見れば、申し訳なさの中に少しだけ好奇心が見え隠れしている。
バーカウンターの内側に入ってみたい、と顔に書いてあるようだった。
「いや、今は先生じゃなくて……まあ、良いか。そうまで言うなら手伝って貰おう」
「はい!」
何か言うのは止めて、彼らの厚意はありがたく受け取っておくことにした。
「……先生ねぇ」
俺の隣。彼らが使った敬称に、それまで黙っていたサリーがぼそりと反応を示した。
俺はじっと目を細くして、サリーに低い声を返す。
「文句があるのか弟子」
「なんにもありませんわ先生」
「……くの」
馬鹿にした笑みだったら小言の一つも言ってやるのに、心底楽しそうに笑うものだから言い辛いじゃないか。
この店で働いてきて、マスターと呼ばれるのには慣れた。だが、先生はどうにも慣れない。
俺がちょっと複雑そうな顔をしているのを見て、謝罪しっぱなしだったヴィオラもほんの少しだけ頬を緩めた。
「それと先生。こんな時についでみたいで悪いが、次の講習会で参加者がまた増えそうなんだ」
ヴィオラが俺を先生と呼んだのは、どう考えても面白がってに違いない。
俺は苦い顔をしつつ、彼女の要望に返事をする。
「分かった。そろそろ良い機会と思っていたし、サリーとフィルを引っ張って行くことにする。日時は後で調整しよう」
「助かる。それでは改めて連絡させて貰う」
そうしてヴィオラは、研究者とスライムを連れて去って行った。
言うまでもないかもしれないが、講習会とは、領主様の協力を得て行われている『カクテル講習会』のことである。
俺が先生と呼ばれるのは、ようはその講習会がらみだ。
まぁ、そのあたりの詳しい事情は割愛しよう。今は、それよりも開店準備だ。
「まずは散らばった破片の片付けから。幸い中身はそれほど零れてないから、怪我にだけは気を付けること」
俺の指示に、その場の人間は素直に頷く。
こういう雑用に慣れているのか、見習い騎士達は思っていた以上にテキパキと働いてくれた。
ものの十分ほどで、ガラスの破片は処理されてしまったのだった。
「さて。サリー。開店まで残り僅かだが、問題は分かるな」
手伝ってくれた騎士見習い達に軽い賄いを作ってから、彼らが去った後に神妙な顔でサリーに言った。
サリーは、在庫棚の現状は正しく理解している。そして、俺の言葉の後にコールドテーブルを開け、その状況を確認した。
「……分かりたくなくても、分かってしまうんですが」
「そうだな」
俺とサリーは頷きあい、口を揃えた。
「「ジーニの在庫が、無い」」
もともと、俺が在庫棚を開けたのは、ジーニを補充するためだ。
そして、その中にはジーニポーションを食べ物にするスライムが居た。
そして在庫のジーニも、あまつさえ弾薬さえもやられてしまった。
結果として、ジーニの在庫が、無い。
今日という日に限って訪れた、店始まって以来の大ピンチである。
本日、営業前にも関わらず残っているジーニは、ボトル半分程度であった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
更新が不定期になってしまい申し訳ありません。
誠に勝手ですが、個人的な事情で次話の更新は9日(日)の予定です。
※1011 脱字修正しました。




