今やるべき事は
「総さん、おかわりはいかがです?」
「ん、じゃあ貰っとく」
「はい、どうぞ」
言って、コルシカは俺の皿にまだ温かいパンを一つ置いた。
素直に礼をしつつ、すぐにパンには手を伸ばさずに、野菜のスープを口に含む。
ブイヨンベースのじんわりとした塩気と、繊細な香り。
引き合いに出すのも変だが、ライの作るスープとはまた違った美味しさである。なんとなく、コルシカの方が素材っぽい味。
スープ以外にも、食卓には様々な料理が並んでいる。
バターで焼いたオムレツに、畑で取れた夏野菜を使った温サラダ。他にも、前菜らしい野菜中心の炒め物に、メインとなる香草ベーコンのソテー。
全体的には温かい料理が多い。それらが、十人くらい座っても余裕のありそうな、長く大きな机にバランス良く配置されていた。
「コルシカ、俺も俺も」
「はい、兄さん」
俺の隣に座っていたベルガモが言えば、立って追加のパンを配っていたコルシカは、すぐにベルガモにもそれを渡した。
それから彼女は、ニコニコしながらテーブルに付いている面々におかわりを尋ね、一通り済んでから自分の席に戻った。
「別に、おかわりくらい勝手に取ってくし、コルシカは気にせず座ってて良いんだぞ?」
「良いんですよ。こういうの好きなんです」
俺がついつい心配になって尋ねるが、コルシカは微笑みつつ返す。
押し付けてしまったような形の管理人だが、コルシカは気にした様子も見せずに、こうやって笑顔でその役目を果たしてくれる。
俺はそれに心の中で礼を言ってから、ちらりと食卓に座っている面々の顔を見た。
今現在は、この机に俺を含めて六人が座っている。
長い食卓で半々に分かれて三人ずつ。
片側はベルガモを中心とし、その両隣に俺とコルシカが座っている。反対側の真ん中はフィルだ。
フィルの隣には、起きているのか寝ているのか。目は開いているが微妙に焦点の合っていない銀髪の少女、サリー。
そして、もう片方の隣には、朝から元気に朝食をパクついている少女の姿。
「うん! 美味しい! ねね、コルシカ。おかわりまだある?」
「あるよ。だからそんな慌てないで」
「んー。なるべく美味しいうちに食べたいからね」
コルシカにおかわりを尋ね、元気に取りに行ったのは、機人の少女イベリス。
この世界の魔法理論とはまた少し違う、独立した『機械』という装置を専門に扱っている、ウチの店専任の技術者だ。
イベリスは、以前からずっとここの敷地にある工房で寝泊まりをしていたのだが、寮が作られた際に、せっかくだからと彼女の部屋をしつらえた。
今でも工房で寝ていることが多いのだが、朝食の際にはこうして顔を出しているのだ。
これで、朝食を共にしている者は出そろった。
基本的には、ここに居る人数にヴェルムット家の人間を足したものが、イージーズの関係者になるだろう。
俺がこの世界に来る前は、基本的にイージーズはオヤジさん一人で回していたと考えると、随分と大所帯になったものだろう。
「……隙あり!」
そんな考え事をしていると、目の前で小事件が起きていた。
寝ぼけた目でモソモソと朝食を食べていたサリーの取り皿から、メインのベーコンが消えた。
そのベーコンは、誰が止める間もなく、フォークを突き出したイベリスの口の中へと消えて行った。
「────なぁああ!?」
その事実が場に広がるのに数秒。
それからワンテンポ遅れて、ようやくサリーの悲痛な叫びが響いた。
「イベリス!? あんた何してくれてますの!?」
「だって、サリーずっと食べないんだもん。残すのなら私が食べてあげた方が良いかも」
「取っといていたのよ! というかまだ残っていますわよね!?」
「そっちのが美味しそうだったし」
さっきまでのぼーっとした様子が嘘のように、サリーはハキハキとイベリスに対して文句を言う。しかしイベリスは悪びれた様子もなく、のらりくらりと言葉を躱す。
これもたまにある光景だ。サリーの隙を突いてイベリスが色々とちょっかいを出し、それにサリーがムキになる。
どうにも、イベリスにとってサリーはからかい易い相手らしい。
「本当にあなたはいつもいつも!」
「じゃあ、はい、これ代わりにあげる」
「芋じゃない!? ベーコンを返しなさいよ!」
「まだ残ってるかも」
「どの口で!?」
そんなやり取りを、反対側に座っている、俺と獣人兄妹は微笑ましい目で見ていた。
二人に挟まれた席になっているフィルだけは、泣きそうな顔で、諦めたように黙々と朝食を続けていた。
「それじゃ、何か連絡事項とかあるかな?」
朝食を平らげ、食後の果実をつつきながら、俺はその場に集まっている面々に尋ねた。
居候していた時ならいざ知らず。寮生活の今はイージーズの中心であるヴェルムット家から少し遠ざかっているので、情報を行き渡らせるためにも意思疎通は欠かせない。
というわけで、朝のこの時間に俺はいつも尋ねることにしていた。
「緊急ってわけではないですが」
俺の尋ねに、静かに手を上げながらフィルが発言した。
「ヴィオラさんから、少し講習会の件で話したいことがあるとか」
「ああ。分かった。なんか変更でもあったかな?」
「参加人数の調整みたいでしたよ」
「分かった。確認しとく」
ヴィオラからの用件を頭に入れる。
急な変更かもしれないが、大きな問題はないだろう。スイとまた話を合わせて、尋ねることにしよう。
伝えてくれたフィルに礼を言って、辺りを見回す。すると、獣人の兄の方がすっと手を伸ばした。
「ん、じゃあ、俺からも一個あるわ」
「ベルガモ? なんだ?」
「この前一緒に飲んでたあのガラスの兄さん。稲刈りの礼も兼ねて、顔を出して欲しいそうだぞ」
ガラスの兄さん、と言えば、ウチの店でのグラスを担当してくれている男性──カムイさんのことだ。この前、ベルガモが珍しく営業日に休みになったとき、勉強熱心にもウチでカクテルを飲んでいて、たまたま店に訪れたカムイさんと意気投合していた。
俺達は今も、カムイさんのところとはそれなりに上手くやっていて、先日、個人的な頼み事として稲刈りの手伝いをした。
彼らが持ってきていた品種は、改良された特別製で稲刈り時期が早い。天日干しの日数を考えると、そろそろ食べられる頃合いなのかもしれない。
「分かった、そっちも頭に入れとく。後は?」
俺が再度尋ねたところで、今度はイベリス、サリー、コルシカがそれぞれ同時に手を上げた。
「ノイネが、『銃』の調整の話でまた相談したいって」
「クレーベルが、流通に関しての話をしたいってのと、ちょっとした『ブツ』が手に入ったみたいなことを言っていたわよ」
「先日ライさんが、たまには家に顔を出せって拗ねてましたよ」
イベリス、サリー、コルシカの三人から、それぞれ別の話が一辺に舞い込んでくる。
俺は目を丸くしつつ、分かったと頷いた。
「了解了解。『銃』の方は、予定日を作って言ってくれ。クレーベルに関してはこっちから連絡を入れておく。ライは……まぁ、そのうち」
とりあえず一つ一つの予定を、タスクメニューとして頭に書き込みつつ答えた。
誰だやることが無いとか言ってた奴は。やること山積みじゃないか。
俺の返事を聞いて三人もそれぞれ口を閉ざし、場にふわっとした沈黙が満ちる。
「……他には無いか?」
尋ねたところ、これ以上の発言は無いようだった。
ひとまず、近い予定はこんなところか。
そう思ったとき、寮の玄関からチリンチリンという呼び鈴の音が聞こえた。
「すみません! 郵便です!」
「あっはい!」
コルシカが足早に玄関に向かう。それから少しの時間を開け戻ってきた。
そんな彼女は、若干申し訳なさそうに俺に手紙を差し出した。
「総さんへ、です」
「……ありがとう」
コルシカに礼を言ってから手紙を受け取る。
差出人は、北で出来た友人。ホワイトオークのアルバオ・グレイスノアであった。
『総へ。以前話していた通り、そろそろ休みが取れそうなので近々遊びに行きます。同行者が何人か付くかもしれないけれど、よろしく。詳しい話はまた送る君で』
用件をまとめると、こんな感じであった。
「……ほんと、やる事ばっかりだな」
少しだけ苦笑いを浮かべるが、決して嫌なわけではない。
まだまだ、やれることがたくさんあるのは、やっぱり喜ばしいことに思える。
さっき見た夢を引きずっていた自分を、もうどこかへやった気分だった。
「……よし、とりあえず、今日も一日頑張ろう!」
俺が食堂の面々に元気を見せると、彼ら彼女らから、それぞれ思い思いの返事が返ってきたのだった。
※0909 誤字修正しました。




