もう一つの解法
「……でも、結局ノイネさんの目的は、果たせずですよね」
ヴェルムット家に戻れば、昼の支度をしようということで、ライとオヤジさんが台所に向かった。
それ以外の人間も適宜食卓に集合という形で、それぞれが思い思いの場所へと向かう。
そんな中、食堂に残った俺は、同じく食堂に残っていたノイネに言った。
結局、今回の件では俺だけが得をして、ノイネを無駄に引き止める結果になってしまった気がする。
いや、墓参りを考えればそもそも無駄ではないのかもしれないが。それでも、仄かな罪悪感のようなものがあった。
「……それなのですが。あなたが使った『銃』という道具について、一度詳しく説明してはいただけませんか?」
そんな俺の言葉に、ノイネは鋭い研究者の目つきで返した。
そういえば、彼女を助けたときにノイネはしきりに銃を気にしていたのだ。
俺はちらりと、側に居るスイに目を向けた。教えてしまっても良いだろうかと。
スイはこくりと頷いたので、俺は改めてノイネに詳しい『銃』の話をすることにした。
「なるほど」
少しの時間、あまり良く分かっていないながらに説明をすると、ノイネは納得したように唸った。
そしてすぐ、真剣な顔つきのまま更に踏み込んで尋ねてくる。
「あなたの『カクテル』について、少し調べてみたいことがあります」
「『カクテル』をですか?」
「正確には、あなたが言っていた『銃』と『カクテル』の関係性についてですが」
「はぁ」
俺はとりあえず頷く。しかし、スイは怪訝な表情を見せた。
「でも、私が調べても良く分からないくらいだけど」
スイは決して自慢はしないが、自分の能力にはそれなりに自信を持っている。
だから自分が調べて分からないものに、今更新しい発見はないかもしれないと、暗に忠告したのだろう。
「お気遣いは嬉しいですがスイ。私とあなたの魔法の理解は根本から違うと思いますよ」
「え?」
「人間と、エルフの魔法文明は異なるものです。人間の魔法は論理に基づく形が基本ですが、エルフは観測や神秘を重視します。違う見方をすれば、何か分かるかもしれません」
スイは、その答えに静かに考え込むようにしていた。
そして、善は急げとでも言うように、俺に向かって要求する。
「総。お昼食べ終わったら、私の研究室に来て。ノイネさんも」
彼女のどんな琴線に触れたのかは分からないが、俺の午後の予定は決定したようだった。
「なるほど。なんとなく分かりました」
言ったノイネは、スイの実験室の床に座りこんでこくりこくりと頷いている。
スイの実験室と言っても、ここはヴェルムット家の地下ではない。ヴェルムット家の地下はもう長い事吸血鬼兄妹の寝室と化しており、研究室は移転したのだ。
移転先はイベリスの工場や、コルシカ農園がある、イージーズ所有の土地の建物の一室であった。
相変わらず瓶が詰まった棚や、石製の床にゴミゴミとしたその他諸々と、雑多な印象は拭えない。とはいえ、地下ではなくなったので、湿気は多少マシになったかもしれない。
そんな部屋の中で、俺とスイはノイネの言葉に静かに耳を傾けている。
「『弾薬化』は、根本から人間の使う魔法とは趣が異なるようですね」
その意味深な発言に、スイがぐいっとノイネに詰め寄った。
「どういうこと?」
ノイネは少し説明に悩んだらしい。実験室にある黒板の前でしばし無言。
ややあって、かつかつかつ、と絵を描き出した。
ぱっと見ると、それは木と、種の絵に見えた。
「まず『弾薬化』ですが、この魔法は『弾薬解除』とセットになっていると考えられます。そしてその内容は対象の魔法的『圧縮』と『解凍』だと、言っていましたね」
スイがこくんと頷く。しかしノイネはそれに首を振った。
「エルフから見れば、惜しいですが少し違います。『弾薬化』と『弾薬解除』は、無機的な魔法ではなくもっと有機的な性質が強いみたいです」
そこまで言って、ノイネは黒板の絵を差した。
「もの凄く簡単に言ってしまえば『弾薬化』は、『成長している樹木』を『種』に戻す魔法。『弾薬解除』は出来上がった『種』から『全く同じ形の樹木』を育て直す魔法、でしょうか」
その説明に、ん? と疑問を挟まずにはいられない。
俺は手を挙げて、質問の形式で尋ねた。
「植物の種ってのはまぁ分かりますけど、種から育つ樹木の形なんて、育ってみないと分からないんじゃないですか?」
「その通りです。そんな樹木の形を一枝一葉まで正確に再現することなど不可能と言っても過言ではありません。しかし、それが出来てしまっているのが、総さんの『弾薬化』と『弾薬解除』なんです。はっきり言えば意味が分かりません」
んー。それが凄い事というのは分かるが、どうしてそれが出来ているのかまでは分からない。
俺がぽかんとしていると、ノイネは更なる説明を諦めたのか次に進む。
「総さんの『弾薬化』であれば、細かい枝葉までを正確に情報として圧縮できます。そして銃に込めて『カクテル』を放つという一連の作業においても、『カクテル』の魔法的な意味合いを担う細かい部分まで情報が詰まっているので、完成度の高い魔法が発動されるわけです」
なんとなくだけど。
カクテルの複雑さを『俺の弾薬化』は複雑なまま保存できる。
だから、魔法の精度を上げるのに必要な部分が残っていて、強力なカクテルが撃てる。ということで良いのかな。
「しかし、普通の人間が『弾薬化』したところで、樹木の骨格──最低限の魔法の形を保つレベルが精一杯。ある程度までしか再現できないわけですね」
「じゃあ、普通に『弾薬化』したものを『弾薬解除』したら劣化するってことですか?」
「いえ、それが不思議な所で、あくまで重要なのは『弾薬化』されている状態の複雑さのようです。ある程度の技量があれば、その人が『弾薬化』したものくらいまでは『弾薬解除』で戻せるようですので」
魔法のことは良く分からないが、どうやら劣化とかはあまり考えなくて良いらしい。
俺が逐一質問しながら聞いていることを、スイはすんなりと受け入れているようで、本当に楽しそうにしている。
この場には生き生きとして話すノイネ。そしてそのノイネの言葉をこれまた生き生きと聞いているスイの図が少々微笑ましい。
ノイネもスイのキラキラと輝く顔に、気を良くしている風である。
「そしてその問題があるために、『弾薬化』を使って誰でも魔法が放てる、という夢は途絶えるわけですね」
少しテンションが上がっているのか、ノイネが黒板の木に大きく×を書いた。
「しかし、それは『カクテル』を作ってから『弾薬』を作るという、過程があっての話だとは思いませんか?」
思いませんか、と言われても、はいとしか。
反応の鈍い俺の代わりに、スイが声を上げていた。
「でも、現状ではその形でしか効果を発揮することはできない筈」
「そうですね。そこで総さんの持つ『銃』も、私は詳しく調べさせてもらいました。といっても、発動時に魔力を与え、衝撃を加えることで魔法になるという『現象』しか起こしていないわけですが」
俺の銃が微妙にけなされている気がした。
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、スイははっと驚いた表情を見せる。
「もしかして、銃そのものに魔術を組み込むの?」
「察しが良いですねスイ。そうです。今は単なる道具である『銃』ですが、『銃』そのものに魔術を組み込んで『魔法具』として作り替えれば良いのです」
二人揃って盛り上がっているので、暫くダイジェストでご覧下さい。
「でも、そんな技術聞いたことがない。魔法装置にはそこまでの強度の命令は組み込めない筈」
「そうでしょうね。これはエルフの専売特許です。もともと魔法を込めた道具なんてそこかしこにありますが、複雑な術式を組み込むのは知恵がいりますからね」
「じゃあ『銃』に命令回路を編み込んで、複雑さを補強する形?」
「いえ、それでは単一の『カクテル』は撃てるかもしれませんが、汎用性に欠けますし、少し芸が足りないですね……ただ、どうしたものか、まだアイディアが」
「なら、複雑に絡みあう前の材料の段階で、術式を構築していくとかは?」
「……材料単体なら、複雑さはそれほどではない、と」
「そう。『カクテル』になる前なら比較的情報密度が高い状態で『弾薬化』できる。魔力的な補強や組み合わせを『銃』のほうで補助すれば、ある程度指向性を与える事で完成度を上げることが可能になるはず」
「ただ、あまり弄り過ぎると魔法強度が下がりそうですが」
「強度なら大丈夫。魔石の魔力量をそのまま用いることで、補強できるはず。変換効率は悪いけど、そもそも総のが異常なだけで常識の範囲内」
「……スイ。もしかして以前一度考えましたか」
「考えた。そして技術がないから断念した。だけど、それが出来るって言ったよね?」
「……ええ」
以上、ダイジェスト終わり。ギリギリ意味が分かるところだけ抜き出したが、もっと良く分からない話もしていた。
俺がぼんやりと聞き流していたところ、二人は何やらゴールに辿り着いたらしい。
俺にはサッパリだったが、なんとなくだけ、理解できたこともある。
「つまり『カクテル』を弾薬にして魔法を放つのは難しいけど、魔法専用の銃を作って、銃の中で『カクテル』を作るならいけそうってこと?」
満足気に頷いていた二人に投げかけてみると、二人はぐっと親指を出した。
いや、どんだけテンション高いんだよ。そんなキャラじゃないだろう二人とも。
だが、俺もこの二人ほどではないが、降って湧いたその『解決策』に興奮している。
なぜならそれは、俺が一人で悩んで、却下した案の一つでもあったからだ。
俺の持つ『銃』と『カクテル』の力と引き換えに、ノイネの知識を伝授してもらう。
考えていた順番とは大分前後してしまったが、それでもさっき感じた、俺が一方的に得をしたという気持ちからは逃れられるかもしれない。
「なにはともあれです。その『銃』を完成させることができれば、もともと攻撃の術を持たないエルフでも、自衛の手段を持つ事ができるかもしれません」
ノイネの目は、静かに輝いていた。
それを聞いた俺も、少し嬉しく思いつつも、それ以上に思う所がある。
「スイ、良いんだろうか?」
「……うん」
俺のその問いかけだけで、スイは理解した。
俺が尋ねたのは、本当にその『銃』の計画を進めても良いのか、ということだ。
『弾薬化』の魔法は、世界を変えるかもしれない。
それは、スイが『弾薬化』と『カクテル』を見た時、最初に懸念していたことだ。
それは、選ばれたものしか魔法を使えない世界を、誰もが魔法を使える世界に変える力だと。
しかし、実用性の面から、その仮定は否定された。否定された筈だった。
だが、今こうして再び、その可能性の話が姿を現してきたのである。
だから尋ねた。本当に進めても良いのか、と。
それにスイは、やや躊躇いがちだが、頷いた。その責任は自分で負うとでも言うように。
スイはノイネにやや厳しめの目を向けた。
「今から作ろうとしているものは、世界を変えるかもしれないって、理解してるよね?」
「……はい。エルフが攻撃の力を持つというのは、それだけで大きな変化です」
ノイネは当然のように、その影響を理解している。
理解していてなお、提案したのだ。
「なら約束。絶対に、むやみやたらに広めることはしないで。混乱を巻き起こすのは、最後まで避けないと」
「……分かりました。約束しましょう」
ノイネは、スイの求めに力強く頷いた。
そして、この日から二つの動きが起こったのだった。
一つは、タリアが残したノートから、彼女なりの『ヴェルムット』を再現すること。
そしてもう一つは、ノイネの持ち得る技術から新型の『銃』を開発すること。
ノイネの滞在期間は、最初の想定よりも大分伸びることになってしまっている。
そして、それから一月程が経過した。
※0731 誤字修正しました。




