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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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優先順位のあれやこれ

「でさ。総は結局、どう考えてんの?」


 四人がけの椅子に三人で座り、俺の正面に座ったベルガモが尋ねてくる。

 ハムやチーズ、キュウリ、トマト、レタスなどといった具からなるサンドイッチセットを注文し、それを各々摘んで少ししてからのことだった。

 俺は指についた塩気をおしぼりで拭ってから、その意図を尋ね返す。


「どう、って?」

「条件がどうとか色々あると思うけど。そうじゃなくて、素直にどうだったら良いと思うんだ?」


 ベルガモなりの気遣いだろう。その問いかけは、内容に比べてずいぶんと軽い声音だった。彼の隣に座っているコルシカも、口を挟む様子もなく静かに様子を見ている。

 テーブルの上には先程述べたサンドイッチと、それぞれの飲み物。それらを軽く摘みつつの、重くなり過ぎない会話の席だ。

 友人としての気安さから、俺はあっさりと本音を告げることにした。


「そんなもん、スイに行って欲しくはないし『ベルモット』のヒントも欲しい。それだけじゃなくて、魔物なんてさっさと居なくなればノイネさんも困らなくて良い。いやいっそのこと、さっさとカクテルが世界中に広まってくれれば──」

「おいおいおい。止まれストップ。大きくなりすぎだからなそれ」

「正直に話せって言うから」


 冗談っぽく俺達がやり取りをしていると、ベルガモの隣に座ったコルシカがクスクスと笑っていた。

 ……ベルガモと二人きりだったら良いんだが。もう一人見てると思うと、馬鹿なやり取りが少しだけ恥ずかしい。

 俺はおほんとわざとらしく咳払いして、もう一度言った。


「とにかく、出来るんならそりゃ、全部取りしたい」

「ま、そりゃそうだわな」

「それが出来たら苦労しないんだよなぁ」


 俺があーと頭を抱えると、ベルガモは軽く苦笑いで俺を見ていた。

 それから、手慰みにハムとチーズのサンドイッチに手を伸ばしたところ、ベルガモから探るような声が届く。


「そんなにさ、その『ベルモット』って大切なもんなのか?」


 ベルガモの素朴な疑問に、サンドイッチを目指していた手が止まった。

 言ったベルガモ本人は、真剣な表情で俺を見ていた。


「俺は、良く分からないけどさ。もし俺が総みたいな状況だったら……その、店をもっと盛り上げるアイディアが、コルシカと引き換えだったら、とかって考えてさ」


 ベルガモはちらりとコルシカを見る。彼女はその場の雰囲気に合わせたのか、真剣な瞳で一度頷いた。

 それから勇気を貰ったように、ベルガモはきっぱりと言い切った。


「俺は、コルシカと引き換えにしても欲しいものなんて、無いと思った」

「……ベルガモは、そうなんだな」

「ああ。総にとってのスイが、俺にとってのコルシカってわけではないと思うけどさ」


 ベルガモなりの意見を、俺はしっかりと受け止めた。

 彼はいつだって、妹のコルシカを大切に思ってきた。俺と彼の最初の出会いから始まって、今日までずっと、彼はコルシカを第一に考えてきた。

 一貫しているのだ。そもそも天秤に乗せる必要すら、ないのだ。

 彼の芯の強さに、俺は少し憧れてしまう。


「でも、私を取るか、店が潰れるかだったら、お兄ちゃんだって悩むでしょ?」


 そんな折、今まで黙っていた少女から、冷ややかな声が届いた。

 その言葉にベルガモは驚き、言葉を詰まらせた。


「それは……」


 コルシカが口を挟んだ条件を想定したように、ベルガモは瞳の輝きを落とす。しかし、少し悩んだところではっきりと言った。


「その時にならないとはっきりとは分からないけど、それでも俺はコルシカを取る。コルシカを取った上で、どうにかする方法を考える。と思う」


 あくまでコルシカを優先するという、ベルガモの意見は変わらない。

 彼のスッキリとした物言いに、俺はしばらく感心してしまった。


「どっちかを優先した上で、もう片方を諦めない、か?」

「……もしかしたら、どうにもならないかもしんなくてもさ。あがくくらいは自由だろ。だから総もさ、なんつうか、そういう風に考えても良いんじゃないのかな」


 彼なりのアドバイスに、俺は大いなる感心と、少しの羨ましさを覚えてしまった。

 どちらかを手に入れるために、どちらを優先させるかで悩む。その段階はとっくに過ぎているのだ。

 彼は、俺が悩んでいるところの一つ先の所から、悩むことができるのだ。


「でもお兄ちゃんの考えは、私の気持ちを考慮してないよね」


 俺が感心している側で、先程の仮定の当事者であるコルシカが再び、静かに口を挟んだ。

 ベルガモもまた驚いた表情で、コルシカへと向き直る。

 彼女は、手元の紅茶を軽く含んだ。


「私はそんな状況で、私を優先して欲しくない、ときっと思うよ」

「……いや、でも」

「うん。お兄ちゃんの考えは分かるし、嬉しいけど。でも、それはお兄ちゃんの自分勝手だもん」


 強かに言ってのけたコルシカ。絶句するベルガモ。

 でも確かにそうなのかもしれない。コルシカがどう思うかは、ベルガモの意見には含まれていないのだから。

 コルシカの意見に静かに耳を傾けていると、彼女は次に俺へと向き直った。


「ねえ総さん。あなたの意見はひとまず置いといて、スイさんの気持ちを考えてみたりも、しませんか?」


 コルシカはふわふわとした柔らかい笑みを浮かべたまま、唐突に言う。


「女の子が恋をしたとき、今の状況を変えたいって思うのは、変ですか?」


 彼女の柔らかな微笑みと声音に、俺は呆気にとられてしまう。

 いったいいつ、そんな話をしていたと、言うのだ。


「えっと、何の話?」

「スイさんがどうして『自分が行く』なんて言い出したのかっていう、話です」


 それは、と理由を口にしようとした俺に、しっ、と指でジェスチャーするコルシカ。

 俺が黙ったとみて、コルシカはとうとうと語り始めた。


「スイさんは、今の状況が嫌いじゃないけど、このままで良いと思っているわけでもないんです。だけど不器用で、自発的に動くのが苦手です。だから、店のためとか人のためとか理由をつけないと、あの人は動けない。それが行き過ぎちゃって、自分と引き換えにして『薬酒』のノウハウを、みたいな話になってしまっているのが今です」


 いったい何の話が始まったのか、その理解はひとまず置いておくと。

 とにかくスイは現状にそこはかとない不満があり、それをどうにかするために動かないとと、思っていた。

 俺が、未だに答えを出せていないから、スイはこのまま変わらないのはまずいと思っている。という感じ、か?


「でも、本当はとってもシンプルで。スイさんは状況を変えたいだけなんです。総さんのために動いて、少しでもあなたに変わって欲しいんです。あなたの為に動いた自分を、意識して貰いたいんですよ。不器用なりに」


 俺のためだとか、自分のためだとか、店のためとか人のためとか。

 コルシカからもたらされる情報は、頭の中でどんどんとこんがらがって行く。

 俺が混乱しているのに気付いたコルシカは、言い過ぎたと反省するように苦笑いを浮かべてから、最後にまとめた。


「分かり難いですよね。でも要するに、スイさんは好きな人のために動きたいってだけなんです。それで何かが変わって欲しいと思う、恋する女の子なんです。その行動が、今回はたまたま、面倒な形に嵌っているわけなんです」


 俺は、その最後の言葉を受け、彼女の隣に居るベルガモと顔を合わせる。

 ベルガモも俺と同じ意見のようで、首をぶんぶんと横に振った。

 うむ、言っていることが、良く分からないよな。

 ベルガモは、呆れた顔で、コルシカへと静かに言った。


「あのさコルシカ。今の状況とお前のその、良く分からない話と、何が繋がるんだ?」


 ベルガモが俺の気持ちをしっかりと代弁してくれた。

 結局、コルシカの話は、スイが俺を想っているから、こんな行動を起こしている、という想定の話だけだ。

 そんな話をされて、俺はなんとすれば良いのか。

 コルシカの答えは、こうです。


「だから、さっきのお兄ちゃんと私の話。仮に総さんが自分勝手に、スイさんの気持ちを考えないで結論を出そうとしても、スイさんは納得しませんよってこと」


 スイの考えの本質が、この状況を変えたいということだったら。

 うまい解決策を見出したところで、何かしらのしこりを残す、という意味か。


「じゃあ、どうしろって?」

「簡単です。『スイ、お前が好きだ』って総さんが言えば終わりです」

「はぁっ??」


 思わず、変な声を出してしまった。飲み物を口の中に含んでなくて助かった。

 助かったけど、代わりにまた意味が分からなくなってしまった。


「あ、のさ。えっと、つまりなんだって?」

「総さんがこの先どんな結論を出すとしても、渋るスイさんを納得させるにはそれが一番って話です」

「……えー。スイは結構理屈っぽいし、逆効果じゃない?」


 いくらなんでも、それはちょっとスイのことを舐め過ぎじゃないだろうか。

 先日、サリーがスイの意見をまとめた時は、結構合理的に考えていたはずなんだが。


「理屈なんて、そのひと言でどうとでも吹き飛びますよ。意固地になったスイさんを説得するときにでも、良かったら思い出してください」


 にっこりと笑みを浮かべたコルシカである。

 彼女はふんわりとした雰囲気の少女であるが、本来アウトドア系なだけであって、こういう考え方みたいな所はアクティブだな。


「……いや、うん。とりあえずありがとう、二人とも。結構、面白い意見だった」


「お、おう」

「はい、どういたしまして」


 ベルガモは戸惑い気味に、コルシカは相変わらずニコニコ笑顔。

 なんら結論は見えずとも、迷ったときには重要な指針ができた気がする。


 一つを先に決めてから、もう片方をどうにかするのを考えるとか。

 たぶんやらないけど、スイを説得するための秘策とか。


「しかし、コルシカはよくそんなぶっ飛んだ考えができるな」

「そうですか? 多かれ少なかれ、人は恋をしたらそうだと思いますけど」


 あんまり恋の経験がない俺には、なんとも答え難い。

 俺は、最後まで素直になれた記憶が、無いのだから。


「だから私がスイさんの立場だったら……どうにかして総さんの手助けがしたいなぁ、なんとかしたいなぁって思ったら、こうなのかなって」


 コルシカのにこにことした笑顔に、俺はほんのりと癒される。

 過激な発言はあれど、やはりこの少女の根は優しいのである。


「総さんの為って思ったら、スイさんの考えだってなんとなく分かりますもん」

「ん?」

「これで総さんが、私のことを意識し直してくれたらなぁとか」

「んん?」


 今、なんだか、おかしな発言があったような。取り方によっては、コルシカが俺のことを、みたいな意味に取られてもおかしくないような。

 と、俺が何か言う前に、目の前のベルガモが焦った様子で立ち上がっていた。


「こ、コルシカ!? な、お前まさか、総に気が!?」

「冗談だよぉ」

「本当か!?」

「うふふ」


 コルシカ、意味深な笑みを浮かべる。

 ベルガモは焦った様子で、コルシカと俺を交互に見てくる。

 そんな目で見られたって、俺が何を言えるというのか。


「おい総! お前やっぱりウチの妹にまで!」

「ちょっと待て! やっぱりって何だ! やっぱりって!」


 ベルガモに言われて、さすがの俺もちょっとムッと来た。

 俺の周りに居る人間は、揃いも揃って人をナンパ野郎みたいに言いやがる。


「一つ言うけどな。俺がだれかれ構わず口説いてるなんてのは嘘だからな」


 俺がうんざり気分で答えるが、ベルガモは更に疑いの視線を深くして、怒鳴った。


「うるせえ、この女たらしが! さっき聞いたぞ買い出しで女口説いてたって!」

「なっ!? ち、違う! あれはピクルスを口説いていたんだ!」

「そんなアホが居るわけあるか!」



 さっきまでの友情ムードはどこへやら、ベルガモはグルルと唸りながら犬歯を剥き出しにして俺を睨む。

 勘弁してくれよ、と思いつつさりげなくコルシカを見やれば、彼女は悪戯っぽく舌を出して笑っていたのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。



本日は【ホット・バタード・ラム・カウ】を、普通に作ってみます。

興味がございましたらTwitterでも覗いてやってください。

@score_cooktail


次は、サブタイトルは『前夜』ですが、総とスイが一気飲みしていた【ジン・ライム】を7/24に。(結構飛びますね)

書籍ではしっかりサブタイトルになっていたりもしますね。

今更変えるのも具合が悪いので変えませんが……。


※0715 サブタイトル、ちょっと被り気味だったので変更しました。

※0716 誤字修正しました。

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