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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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変な所で変な気を

「総、ちょっとそこに立って」

「え?」


 ヴェルムット家にて、スイと居間で会話しているとき、そう命令された。

 机を挟んで向かい合っていた俺達だが、その冷たい視線に晒されていると、距離が開いていて良かったと思わざるを得ない。

 現在地には、俺とスイのみ。他の人間は何かしらの用事で家を空けているタイミング。俺はしぶしぶ彼女の指示通りに立ち上がって、背筋を伸ばした。

 スイは俺を睨みつけつつ、要求する。


「もう一回言って」

「だから、今日はヴィオラと二人で調査してくる」

「デートだよね?」

「だけど、調査だ」


 本日、休日を頂いている俺は、夜の時間にヴィオラと『違法カクテルバー』の調査をする約束である。

 で、そのことをスイに伝えたら、彼女は眉間に皺を寄せてしまったわけだ。

 彼女は、はぁ、とため息を吐いてから、続けた。


「まぁいいや。分かった。総にその気が無いってのは分かってる。で、問題はその後」

「何が問題だって」

「だから、なんでそれをわざわざ報告してくるの?」


 おかしなことを言うものだ、と俺は首を傾げつつ答えた。


「バーテンダーと客が二人で出掛けるとしたら、オーナーに報告するのは義務だろ」

「……違う、そうじゃなくて、だから、ああもう」


 スイはうーうーと唸り、考えがまとまらないままに俺を睨む。

 そして、コツコツと手で机を叩きつつ、声を若干大きくした。


「というか! そういう考え無しというか、カクテルのためならみたいな所が、もう!」


 スイの言いたい事が言葉になっていないから、何を怒っているのかも曖昧だ。

 それなので、俺は俺の言い分を伝えることにした。


「というか、スイだって、知らない所で俺がヴィオラとデートしたら嫌だろ?」

「……まぁ、総は信用ならないし、ヴィオラは腐れ縁だし」

「だから、問題ないように先に報告したわけだけど」

「そうだけどっ! そうだけど!」


 怒ってるんだか、もしくは俺の頭を可哀想だと思ってるんだか、スイはなおも複雑そうに頭を抱えている。

 しかし俺にだって考えはある。何も考えずに話したわけではないのだ。


 仮に恋愛ゲームやラブコメ漫画の場合だとしよう。

 こういうシチュエーションにおいて、出掛けたことを秘密にしておくというのは良い結果を生まないものだ。大抵は途中でバレて変に話がこじれてしまう。

 だったら、最初から明かしてしまって、誤解を与えないように先手を打つべきだ。

 それが、俺の都合に付き合わせてしまっている彼女に対する、誠実な行動だと思った。


 思ったのだが、スイは気に入らないらしい。

 彼女はややクールダウンしたのか、今度は恨めしげな目線を俺に向けている。


「総はなんで、こう、営業ではあんなにスマートなのに、こういう変な所で変な気を使ってくるの……」

「じゃあ言わない方が良かった?」

「それはそれで嫌」

「どうしろってんだよ……」


 報告されるのは嫌。しかし報告しないで裏でされるのも嫌。一体彼女の機嫌を取るにはどうしたら良いというのか。

 いったい何をするのが正解だっていうんだ。


 ……あ、そもそも、決まった時点で嫌なのか。

 ……でも、それこそどうしろというのか。


「悪いとは思う。だけど、これもカクテルのため。仕方なかったんだ」


 俺が脳内で辿り着いた結論に補足を加えると、スイはもう一度深いため息を吐いて言った。


「……とにかく、約束しちゃったのは仕方ない、行ってらっしゃい」

「おう」


 オーナーからの渋いお許しが出たので、ひとまず問題が発生するのは避けられたようだ。

 と思っていたら、刺すような鋭い声で、忠告が続いた。


「だけど」

「……けど?」

「せめて、サリーにはバレないようにしてあげてよ。知らない方が、きっと幸せだから」

「……了解」


 後で変な誤解が生まれた場合、サリーの方が修復は難しそうだと思う。が、オーナー命令で言われたのだから、サリーには内緒にしておくしかないか。

 それから、少し居心地が悪い空間でスイのご機嫌を取りつつ、夜を待った。

 やがて、皆が営業の準備に向かい、俺もまた待ち合わせの場所へと向かうことにした。




 待ち合わせ場所に指定されたのは、夜になると賑わい出す繁華街の区画にある広間だ。待っている間、俺はぼんやりと人並みを眺めている。

 思えば、こうやって外で誰かを待っているというのは懐かしい気がした。

 常連さんと出かけるときは、大体がイージーズに集まるか、もしくは現地集合だ。どちらが先に来たとしても、外で待つことはない。

 だから、こういう寒い外で、コートの襟を押さえながらというのは、懐かしい。まだ、日本で暮らしていたころは、それなりにあった気がする。


 ふとすると、俺に向かって駆けてくる嬉しそうな顔を探してしまっている。

 そんな自分に気付いて、落ち込みもする。


 ウィスキーの一件から、俺は感傷に浸る瞬間が増えた、自覚がある。

 伊吹のことをはっきりと思い出したから、というのも大きいだろう。心ではまだモヤモヤが残ったままだ。

 今まで見ないようにしていただけで,何も解決してはいない。今だって、俺は必死にトライスという謎に縋り付いている。


 また、カクテルが徐々に軌道に乗ってきているから、というのもあると思う。

 オヤジさんにかつて言われた、一生懸命目先のことを頑張って、達成したその先に繋がるもの。

 それが、ちょっとずつ近づいているのだ。


 カクテルの普及と、追及。

 それを終えた時、俺は。

 トライスと出会えるのだろうか。


 トライスと出会えたとして、俺は。

 いったい、何を見出せるのだろうか。

 俺はこの先、いったい何がしたいんだろうか。

 俺は──。


「おい」


 考え事をしていたから、人の接近に気付かなかった。

 ふいに肩を叩かれて、俺は大袈裟に反応してしまった。慌てて距離を取りながら振り返ると、長いブラウンの髪の毛が目に映った。


「へっ?」


 全く意図していないところから、間抜けな声が出た。

 そのブラウンの女性は、顔をしかめて不機嫌そうに言う。


「随分だな総。それが待ち合わせに現れた女性に対する態度か?」

「……ヴィオラ?」


 俺が改めて女性の顔をよくよく見れば、髪色こそ違うが、ヴィオラの顔であることは分かった。

 彼女はいつもの、実務的な動きやすそうな服を着替えて、シンプルでスマートな女性用の服を身に纏っている。

 穏やかな薄紫色の上着を羽織り、厚手だが野暮ったくない暗色のスカート。足元に目をやれば、いつもは重そうなブーツなのに、今は小さく可愛らしい靴になっている。

 見慣れていたつもりだったが、女性らしい服を着ていると普段に比べて大分、性別を意識してしまう。見慣れない美人の女性だと脳が認識しているみたいだ。


「……あんまりジロジロ見るな」

「あ、いや。そういう可愛い服も似合うんだなって。ちょっと見蕩れちゃって」

「……一応、礼は言っておく」


 俺が素直な感想を述べると、ヴィオラは恥ずかしそうに顔を背けた。

 そのとき、ふわりと髪の毛からスミレの香りがして、ようやくヴィオラなのだという認識が頭に染み渡った。そして同時に、頭が疑問を吐き出す。


「それより、その、髪の色は?」

「ああ、これか。おかしいか?」

「いや、おかしくはないけど、なんで変わってるんだ?」

「ちょっとした変装にと、魔法で少しな」


 言いつつ、彼女は黒からブラウンに変わった髪の毛を撫でる。

 それから、疑問符を浮かべている俺に、簡単な説明をしてくれた。



 彼女が普段から無属性の魔法で身体能力の強化を行っているのは知っていたが、その無属性の系統には、直接身体に作用するものも多いらしい。

 例えば、髪の毛の色を変えたり、顔に化粧程度の変化をもたらしたり、といった外見的な変化も、その種類の一つだ。

 そしてヴィオラは、無属性の魔法に関してはそれなりに才能がある。これは、身体能力強化に限った話ではないらしい。

 というわけで、無属性に該当する変装の魔法なんかも、わりかしと得意であるとか。

 ついでに、そのあたりの変化の魔法は、かつてスイに教わったものであるらしい。



「スイ曰く、結構高等な魔法らしいがな」

「へー。……猫耳とどっちが難しいんだろうな?」

「思い出させるな」


 ヴィオラにキッと睨みつけられて、俺は冗談だと謝った。スイが彼女にかけたという猫耳を生やす魔法もまた、無属性に違いあるまい。

 彼女達の微笑ましい過去のいざこざを思い出すと、ふいに考えてしまった。


「スイは、自分の髪の色は変えなかったんだな」

「……そうだな」


 エルフの血を引く証拠となる、青色の髪の毛。それ故に周りから距離を置かれていたにも関わらず、スイは髪の色を変えなかった。

 ヴィオラに出来るのなら、スイに出来ないはずは無いだろうに。

 ……それをしなかったというのは、変えたくなかったということなのだろう。


「……なぁ! 俺ももしかしたら、変装した方が良いかな?」


 俺は意図して話題を変えるように明るい声で尋ねた。

 ヴィオラもそれを察したように、ふふ、と唇を面白そうに歪める。


「確かに、正体を明かして反応を見るにしても、最初はバレない方が良い。そしてそういう時のために、こんなものを用意してやったぞ」


 ヴィオラは懐に手を入れ、それを俺に差し出した。

 彼女から手渡されたのは、黒いフレームの眼鏡だ。度は入っていない様子なので、変装のためだけのアイテムだろう。

 確かに人間、眼鏡一つで印象はがらっと変わるものだが。


「……なんでこんなもの、持ってるんだ?」

「色々と騎士団では入り用になるのだ」

「そうか」


 騎士団って言っとけばなんでも解決すると思うなよ。

 という突っ込みは心にしまい込んで、俺はその眼鏡を装着してみることにした。視界の中に、黒い縁が映り込んで少し慣れない。

 ちょっと鼻先で位置を整え、格好つけて聞いてみた。


「どうだ? 知的に見えるか?」

「ふむ。普段の総を知っているからか、詐欺師に拍車がかかったように見える」

「だからさぁ。俺のことを胡散臭い男扱いするのやめてくれないかな」


 俺が睨むと、ヴィオラもまた冗談だ、と言って頭を下げた。そして、良く似合っていると補足してくれる。

 そんな、ひとしきりの出会いのやり取りが終わり、俺達は真剣な表情になった。


「問題の店があるはずのところは、ここから少し南に行った区画だ」

「南? 店が多い印象はないな」

「だから、目立たないで居られるのではないか?」


 ごもっとも、という気もするが、木を隠すなら森の中という言葉もある。店として経営しているのなら、なぜそんな場所にという純粋な疑問も然り。

 まぁ、あんまり積極的に宣伝は行っていないのだろう、ということにしておくか。

 俺はヴィオラに言われた区画の地図を頭から引き出しつつ、彼女に促した。


「じゃあ、行きますかお嬢様」

「……お嬢様とか言うな」

「ではレディ」

「……はぁ」


 歯の浮く様なセリフを言ってやると、ヴィオラは明らかに呆れたような顔をしていた。



 ただ、頭の中にスイとかサリーの睨み顔がちらつくので、先導の為に手を差し出すような真似だけはしないでおいた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。



ちょっと私事ですが。

このカクテルポーションを書き始めてから、明日で一年になります。

厳密には投稿し始めてからなのですが、それは置いておきます。


色々な人に読んでもらい、感想をもらい、書籍化もさせてもらいました。

お話はまだ続きますが、区切りとしてここで感謝を。ありがとうございます。


お礼というわけではないですが、明日から続く限り、毎日更新にペースを変更したいと思います。

一年前にどんなのを書いていたかは、現在発売中の一巻で確認できますよ!(露骨な宣伝)


ウェブの方ももちろんですし、書籍の方も続く限り精一杯、書き切って行きたいと思っています。

活動報告にもまた書くと思いますが、二巻の方もようやく作業が一段落しそうです。

三万から四万字くらい加筆修正したので、楽しんでいただけると思います。


長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。

今後も、お付き合いいただけると幸いです。


追記

twitterで、作中に出てきたり出てこなかったりするカクテルの画像なんかも公開してます。良かったら見にきてください。

@score_cooktail


※0701 誤字修正しました。

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