『カクテル』の尻尾
「断る」
「そこをなんとか」
「駄目なものは駄目だ」
取りつく島も無いヴィオラの返答。とまぁ、あっさり俺は二つ目の頼みを断られてしまった。
彼女はどうやら、『エルフ』の記録を見せてくれるつもりは、ないらしい。
「もともと『トライス』の件が特別だと言っただろう。そもそもが個人情報だし、先程の件で、成果はともかく貸し借りはゼロだ」
そうやって正論で返されてしまうとぐうの音も出ない。
最初に『トライス』について調べて貰ったことが、無理を通しての願いだったが故に、強く出ることはできない。
と、頭で理解はできるのだが、感情的にはどうにかならないかと思うばかりである。
「別に所在地とか、名前とかを教えろなんて言わないからさ。せめて、居るか居ないかくらいは」
「情報に大小はない。それが領主様への信頼に繋がっているのだぞ」
だめか。
俺はそれでもと頭を下げてみせるのだが、ヴィオラは深いため息を吐いただけだ。
「……はぁ。仮にだ、私が『エルフはいない』と言ったところで、君は納得して諦めるのか?」
「そんなわけには行かない」
「ならば、聞いたところで意味はあるまい」
その指摘も、もっともだ。諦める気がないのなら、結局いつまでも探し続けるしかないのだから。
そんなとき、コンコンと控えめにノックの音がした。
「ヴィオラさん、いらっしゃいますか?」
「……入れ」
ヴィオラは俺を一瞥したあと、声の主を招き入れる。声の主であった少年もまた、俺をちらりと見たあと、背筋を伸ばしてヴィオラに言った。
「報告します。違法店舗の取り締まりについて今月の結果をまとめたものを、机の上に置いておきました」
ふむ、とヴィオラはしばし思案するように黙ったあと、一つ尋ねた。
「例の店は?」
「……残念ながら」
「またか……まあ良い。ご苦労だったな。下がってくれ」
「はい!」
ヴィオラが軽く労いの言葉をかけると、少年は嬉しそうにはにかんでから、元気よく退室していった。
彼が去るまでは薄い笑みを浮かべていたヴィオラだが、姿が見えなくなってから、難しそうに眉間に皺を寄せる。
「なんか、面倒な事件でもあったのか?」
「事件というほどでは……んん……いや、そうだな。君の耳には入れておいた方が良いかもしれない」
俺が話題を振ると、ヴィオラは何度か唸ってから、こちらを向く。
難しい表情をしたまま、言葉を選ぶようにしばし沈黙し、そして言った。
「実はだな。ここ最近、その……『カクテル』を売り出す店が、増えているんだ」
「へ?」
『カクテル』の店が増えている? つまりバーが増えているってこと?
突然もたらされた情報は、すぐには俺の頭に理解されなかった。
「君達の地道な努力の成果というべきか、この街には今や『カクテル』の存在は、かなり認知されている。そしてその作り方も、広まってきているな」
「……ああ。まぁ、その為に努力しているわけだから」
「そうだ。そして、君の努力の甲斐あってか『カクテル』を新たに売り出そう、売り出したい、とする店というのが、ちらほらと現れているんだ」
それは、初耳だった。
と、同時に、俺にとってはそこそこ嬉しい情報でもある。
だが、先程の違法店舗という言葉から、それがどうにも嬉しいことばかりでない気もしている。
「それらに関しては、後日、正式に君へ伝えるつもりだった。領主様としても、この街の新たな名産として『カクテル』を取り上げたい意向もあるようでな。君に臨時の講師を頼みたいご様子だった」
「ああ。それで、昨日はそれとなく『これから先をどうするか』みたいな、話を振ってきたのか」
「ん? そんな話をしたのか? だが、まぁ、そういうことだろう」
昨日の段階では、単純に応援してくれているだけかと思ったが、領主様本人としても、手を入れて広めて行きたいとい考えがあるようだ。
その点に関しては、利害の一致というか、反対する理由はない。
「と、ここまでなら良いのだが。実は、我々からの許可を取らずに、勝手に『カクテル』を販売する、ということを行っている酒場がちらほらと出てきているんだ」
「……許可?」
「……ああ。そのあたりはスイがやったから君は知らないか。わが街では『酒』の販売と『ポーション』の販売には、それぞれ許可が必要なんだ」
それは、きっと俺の居た日本でも変わらない。むしろ、この街でも変わらないと言ったほうが良いのか。
酒もポーションもウチの店では一緒くたにしているが、そもそもポーションは『薬』扱いなのだ。
『カクテル』はあくまで、安価なポーションで効果を引き出す手法、という体である。
酒を売っている店と、ポーションを売っている店は、俺が同一視しているだけで、厳密には別物なのが、この世界だ。
「てことは、その許可を取らずに売っている店が、出てきてるってことか」
「ああ。特に酒場が『カクテル』を勝手に売り出すというパターンが多いな」
『カクテル』は、作り方さえ知ってしまえば、簡単なものも多い。元々酒場だったのであれば、尚更だろう。
そして、それを走り回って取り締まっているのも騎士団であると。
「大半は、ポーションの許可を知らないパターンなので、注意した後に先程言った許可の申請。そして後々に君の指導を受けてもらう、という事で了承して貰っている。言っておくが、君達にも協力してもらうぞ。そうでないと、困る」
「分かってるよ。大丈夫だって」
困る、というのにヴィオラの微妙な弱気が見えて、ちょっと可愛かった。
おほん、とヴィオラは俺の表情が緩んだのを叱るように一睨み。そして、弱気を吹き飛ばす厳しい目つきになって続けた。
「だが、こちらの注意を無視するばかりか、そもそも尻尾を掴ませようとしない店があってな……ほとほと困っているんだ」
「尻尾を掴ませない、ってのは?」
「噂話で、とある区画にも『カクテル』を出している店があるはずなのだが、何度その区画を調べても浮かんでこないのだ。裏に何者かが付いていて、まるで私達が踏み込むのを事前に察知し、隠れているみたいにな」
ヴィオラが忌々しそうに言った。
恐らく、その店が先程ちらっと話題に出ていた『例の店』なのだろう。
「そんなに問題か? 何かあるって言っても、結局はポーションを売っているだけだろ」
「……曰く、その店は『ポーション品評会』で入賞した、と騙っているらしい」
「……そりゃ、ウチの店のことじゃないか」
「困るだろ?」
ヴィオラに目線で尋ねられ、頷くしかない。
それは、困る。
何が困るって、ウチの店とその店が同一視され、その店の評判がウチの評判になってしまう可能性がある。
味のこともあるし、接客態度のこともある。その店のことは知らないが、それがたとえ俺の接客より優れているのだとしても、俺自身の成長に差し支える。
そして何より、品評会のために苦労したことそのものを、何の苦労もしていない人間に踏みにじられた気がして、気に入らない。
「だというのに、騎士団としてはいつまでもその店を挙げられない。わが街としても、適当な『カクテル』を出されて評判を下げられては、今後の予定に障る」
「由々しき事態じゃないか」
「そうなんだ」
俺は、怒りと呆れで腹の中がグルグルと掻き回されるような気分になった。会ったこともないその相手に、文句の一つや二つ、いやもっと色々言ってやりたい。
恐らくヴィオラの側でも似たような感じだろう。彼女だってまた、品評会のあの日に駆け回ってくれた一人なのだから。
「……そうだ、総。次の休みはいつだ?」
俺達が二人で、うむむと唸っていたところで、ヴィオラはぽんと手を叩いた。
何か名案を思いついたような顔をしていた。
「休みか? えっと、明日だな」
俺はふっと頭の中にシフトを並べて答えた。
イージーズのシフトは、バー部門は独立したものとなっている。
まず、週末の忙しいときには基本、俺、フィル、サリーの三人で入る。店自体が休みのときには三人とも休み。そして平日には、俺、フィル、サリーがそれぞれ一回以上休みを取っている。
つまり、週に一回以上は、営業日でもバーテンダーの休みがあるということだ。
いつも三人でカウンターに入っていると、お客さんが飽きるというのが第一の理由。違う顔ぶれとまではいかないが、変化があるほうが、マンネリの防止に繋がる。
第二の理由としては、それぞれの成長のため。たとえば、俺が居ない弟子二人だけの日を作って、俺がフォローできない状況の接客をもっと磨いてもらうとかだ。
第三に、お目当てのバーテンダーが居ない日を作ったほうが、居る日に来てくれる頻度が少しだけ上がる。なので、休みは基本的に曜日で固定する。
週末の忙しい時にはゆっくり話せないから、平日に目当てのバーテンダーと話したい、と思うのはそこまで特別な感情でもないだろう。
そして、明日は俺が休み。フィルとサリーに、スイが洗い物に入るという布陣だ。
スイは弟子二人の日と、あとはきまぐれで洗い物に動員される。オーナーの存在意義とはなんだ、と最近はぼやいている。
と、そういう事情によるシフトから明日が休みだと告げた所で、ヴィオラは真剣な目で俺を誘った。
「明日か……ならば明日、良かったら飲みに付いてきてくれないか?」
「……目的は?」
「騎士として動くとバレるなら、個人で動いて証拠を掴んでしまえば良いだろう?」
その目には、ギラギラとした執念の炎が揺らめいていた。
俺は知る由もないが、もしかしたら俺の想像よりもずっと、頭を悩まされているのかもしれない。
ヴィオラの心情を推し量りながら、少し状況を整理させてもらう。
「……俺を誘った理由は?」
「もし、その店が君を知っていて営業しているのなら、君が現れれば、何か怪しい素振りを見せるかもしれない。知らないなら知らないで、構わない。君のように、そういう店に行き慣れている人間のエスコートがあったほうが、私の存在を悟られずに済むだろう」
バーに詳しい人間の案内があると嬉しい。そして、それが『カクテル』の代名詞みたいな俺なら、相手が下手な尻尾を出すのが期待できる、と。
俺が先頭に立つことで、騎士の覆面捜査というのを悟られずにすむ。
「だけど、俺の姿を見て逆に尻尾を引っ込める可能性も高いんじゃないのか? 騎士団の人間には頼めないのか?」
「騎士団は私同様に堅物が多いからな。調査と思っているときっと動きが固くなって怪しまれる。君のように、どんな時でも嘘で表情を塗り固められる人材が欲しい」
「人のことを何だと思ってるんだ」
作り笑顔が上手いとでも言いたいのだろうが、その評価は少しカチンと来た。
「俺以外の知り合いに頼むのは?」
「……君以外に頼めそうな人間は……はは」
「……なんかごめん」
そういや、同年代の男子には恐れられて距離を置かれているのだったな。女子は女子で、真っ先に浮かんでくるスイさんは、まぁ、調査とか苦手だろう。多分。
とはいえ、俺が付いて行くことのデメリットも考慮した上で、誘っているというのは分かった。
とすれば、個人的にもその店は気に入らないので、協力するのはやぶさかではない。
ないが。
「そういうことなら引き受けてもいい」
「本当か!」
「ただし、一つ報酬が欲しい。どうかな?」
報酬、という単語で、俺が何を求めているのかヴィオラには伝わったようだ。
彼女は眉毛をへの字にしたあと、深く考え込んでから、言った。
「……分かった。もし、街にエルフが入ってきたときには、極秘でさりげなく教えてやる。これでどうだ?」
苦渋の決断の顔をしているヴィオラに、俺はぐっと親指を立てた。
「さすがヴィオラ。話が早い」
「その代わり! 明日の代金はお前持ちだぞ! 良いな!」
「お安い御用だ。美人とデートできるんなら、それくらい安い安い」
「……本当に、口だけは達者な男め」
ヴィオラの睨み顔は相変わらず怖いのだが、俺はそれでも満面の笑みを浮かべていた。
本当は悪い事なのは重々承知だが。うん。
これも全て『カクテル』の未来のためだから、仕方ないね。
※0628 誤字修正しました。
※0630 脱字修正しました。




