エルフという種族について
「最初に断っておくが、俺は今、エルフとの繋がりは持ってない」
一杯目のエールを一気に半分ほど飲んでから、オヤジさんは出し抜けに言った。
平日の深夜零時前。オヤジさんと連れ立って入ったのは、ウチの常連の一人でもあるキブシが夫婦で営業している『シノニム』という店だ。
閉店は零時なので、もう一時間も居れないはずだったが、キブシさんは俺達の様子を見て少し店を延長で開けてくれると言った。
今の時間、客は俺とオヤジさんの二人だけだ。二人揃って、カウンター席の奥のほうで会話も無しに注文を待っていた。
そして最初の一杯が運ばれてきて、なんて切り出すかを迷っていたところでの、冒頭のひと言だった。
「だから、エルフの知り合いを紹介してくれ、だのには応えられねえ」
「そう、なんだ」
ぐびっとオヤジさんはもう一口含む。
やや乱暴に、勢いをつけて液体を喉に流し込んでいるようにも見えた。
「それでも良いってんなら、俺が知ってることを、教えてやるよ」
「ああ、頼むよ」
いきなりの最短コースは外れたが、それでもオヤジさんがエルフそのものに詳しいのは間違いあるまい。
彼から話を聞く事は、今の俺には必要なことだと思った。
オヤジさんは、意識的に無表情を取り繕っている感じで、まずは尋ねてきた。
「まず『エルフ』って種族についてか。前ちらっと話したが、どれくらい知ってる?」
「人間とあんまり関わりが無いってことと、寿命が長いってこと。後は、勝手なイメージだと森の奥の隠れ里に住んでるとか?」
「間違ってはいねえな」
オヤジさんは頷き、それから静かに説明を始める。
「まず、エルフって連中だが、こいつらは人間とそんな大差ないって言ったな。寿命は三百年くらいあるらしいが、そんだけだ。ただ、そうなるとやっぱり百年も生きない人間と共に暮らすってのは難しいから、別々に生活してるわけだ」
「交流はない?」
「ほぼ、な」
寿命によるすれ違いもあれば、死生観そのものの違いもある。そう考えれば、人間と離れて暮らしているというのも頷ける。
吸血鬼達が独自のコミュニティを築いているのとも近いイメージだ。
そういう意味では、身体能力の差があっても、寿命が変わらない人間と獣人が、一緒に暮らしているというのも分からなくはない。
「でだ。エルフは人間みたいに寿命でせかせかしてないから、大抵は森の奥でのんびり暮らしてる。ただ、やっぱり人間とそんなに大差ないってんだから、たまに好奇心旺盛で外に出たがるのもいる。そういう奴が、人間とエルフの架け橋になってるわけな」
「ふーん」
「で、そういうのが人間と交流するとき、持ってくるものの一つが『エルフの薬酒』になるわけだ」
俺はその単語に、今まで以上に真剣な目をする。
結局、領主様はその単語を知りつつ詳細までは知らない様子だった。だが、オヤジさんはそれがどんなものかを、知っているみたいに見える。
「エルフは森の奥で独自の生活をしている。そして、俺達と比べてもずいぶんと『酒』を作る技術があるみたいでな。それは単純な醸造酒や蒸留酒だけの話じゃない。長い年月をかけて蓄積した『薬草』と『酒』の組み合わせや、調合比率なんかにも関わる話だ」
「……美味いのか?」
「美味いのから不味いのまで盛りだくさんだ。ただし効能は、適当に作ったのとは比べ物にならんみたいだ」
少しイメージしてみる。
人間の寿命はせいぜい百年前後。そして人間は、どれだけ知識を蓄えても、その知識を代々受け継いで行く必要がある。
対して、エルフの寿命は三百年ある。ということは、一人である程度の知識を蓄積する余裕はあるし、それを受け継ぐ時間も十二分にある。
時間のかかる『薬酒』の研究だって、人間に比べて遥かに気長に行えるだろう。
ノウハウという分野において、これほどのアドバンテージはなさそうだ。
そしてそれは、人間側には混じってこない閉じた世界で行われている。
「『エルフの薬酒』を入手するだけなら、金を積んで商人にでも頼めば良い。だが、それを作った『エルフ』に辿り着くってのは、簡単じゃねえだろうな」
「……そっか。そうだよなぁ」
で、結局はそこに辿り着くわけだ。
俺が知りたいのは、味ではなく、薬草に関する知識やノウハウ。それは、実物を飲んで得られるものではない。
しかし、閉じた世界にいるエルフには簡単に接触することはできない。
現時点では、俺はその存在を知ったというだけで、何も答えに近づいていない。
その事実を知ってしまった俺は、見るからにがっかりしていたのだろう。
オヤジさんが少しばつの悪い表情になる。
「わりいな。力になれなくてよ」
「え? 全然だって。詳しく教えてくれるだけでありがたいっていうかさ」
慌てて言ったが、オヤジさんは少し寂しそうにまた、エールをちびちびと口に含んでいた。
オヤジさんのグラスは、もうほとんど空いてしまっている。
そんなとき、グラスの奥を覗き込みながらオヤジさんが、聞こえるか否かの小声で呟いた。
「……タリアが、生きていれば、な……」
俺が反応する間もなく、オヤジさんはそのままグラスを空にした。
俺は手元に半分以上残っている、自分のエールに目を落とした。
オヤジさんのペースは随分早い。それくらい勢いをつけて、この話題をしてくれているという証だろう。
この人は、普段と変わらない表情に見えて、心中では色々と思うところがあるのだと分かる。
俺は少しだけ、自分がどうするべきかを考えた。
一応、現状で知りたいことは知った。
つまり、ここで会話を切り上げるという選択肢もある。
これ以上、オヤジさんやヴェルムット家の事情に踏み込まなくても、良い。
ただ。
これから先もエルフのことを調べるというなら、いずれまた、関わってくる話だ。
ここで踏み込まないのは、先延ばしに過ぎないのだろう。
それは、気を使ってくれたオヤジさんや、フィル、サリーに申し訳ない。
そして何より、色々と決意したくせに未だに悩む、自分自身に嫌気が差す。
俺は覚悟を決めて、自分のグラスの中身を全て呷った。少し無理をしたせいで、炭酸にやられた喉が悲鳴を上げている。
突然の俺の行動に、オヤジさんは少し驚いた表情をした。
だが俺は意地で笑ってみせ、それから提案する。
「……オヤジさん。もう少し、飲まないか?」
「……おう」
そのひと言で、オヤジさんにも俺が何を聞くつもりなのか分かったようだ。
結局相手の懐の広さに甘える形だが、俺はそれを静かに尋ねた。
「……オヤジさんの奥さんって、どんな人だったんだ?」
「……ふっ」
オヤジさんが短く息を吐く。少しだけ嬉しそうに見える。
俺達はキブシさんにもう二杯注文した。
それが届いてから、オヤジさんはポツポツと語り始める。
「あいつは、そうだな。生まれの割には、ずいぶんと明るい女だったよ。綺麗な青紫色の髪をしててな。エルフだなんだ、って事情を抜きにして人の目を引くような女だった」
青紫色の髪の毛。
確か、青系統の髪の毛はエルフの遺伝だと言っていた。
そして、スイは青い髪の毛で、ライは赤い髪の毛か。
以前ライがぼそりと、自分には魔法の才能が受け継がれなかった、みたいな話をしていたことを、思い出した。
「タリアがハーフエルフ、って話は前にしたな」
「ああ。それで、スイとライはクォーターだって話も」
「ま、この世界じゃ、稀にそういうのは居るんだ。異種族との恋愛を禁止してる国もあるみたいだが、この国は違う。だから、ハーフエルフに半獣人、ダンピールなんかが居たって何もおかしくはない」
おかしくはない。とオヤジさんが言う。
しかし、実際にその姿を、俺は見た覚えがない。
いてもおかしくはないが、たくさん居るというわけでは、もちろんない。
その俺の考えを肯定するように、オヤジさんが続けた。
「と言っても、特にエルフなんかはどこに居るってのは良く分からないからな。当然、ハーフエルフなんて、そうそう居るもんじゃねえ」
「……あのさ。前、スイは髪の毛の色で、いじめられてたって言ってたけど」
「人間もエルフも変わんねえってのは、そういうことでもあるんだよな」
その瞳に、少しだけ怒りの火が灯る。しかし、彼はすぐにエールを流し込んでその火を掻き消す。
それからオヤジさんは、ふふ、と少し遠い目をした。
「……少し、昔話でもさせてくれよ。俺が昔、タリアと出会ったころの話をよ」
俺はかける言葉を選べず、ただ静かに頷いた。
※0620 誤字修正しました。




