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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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245/505

二十三時の誘い

「あ、おかえり!」

「ただいま」


 俺達がヴェルムット家に戻ったのは二十二時過ぎだったが、まだ家の明かりはついていた。

 鍵を開ける必要もなく、ノックをすれば見慣れた赤髪の少女──ライが玄関を開けてくれた。


「どうだった?」

「疲れた」

「んー若さが足りないなー」


 質問に率直な感想を返すと、ライは少し不満げに唇を尖らせた。

 彼女は恐らく、上流階級のパーティに過大な期待をしているふしがある。そんな彼女からすれば、パーティの感想が疲れたでは、気に入るわけもない。

 それがたとえ仕事だとしても、いや、仕事だからこそ、禁断の関係の一つや二つあったほうが楽しいのかもしれない。そういう小説好きみたいだし。

 正装用の革靴から、室内用のスリッパに履き替えてから、俺はふと思い立って教えて上げる。


「でも、フィルは途中でお嬢さんがたとダンスとかしてたぞ。モテモテだったな」

「ちょっ」

「えー? なんでなんで? なになに?」


 俺の唐突な話題振りにフィルが戸惑うが時既に遅し。ライの興味は完全にその話題へと移っていた。

 フィルが少し非難の目で俺を見るが、俺は代わりにウインクを返す。それだけで彼は俺の意図を察し、はぁ、とため息を吐いた。


「分かったから、話すよ。じゃあ、何か軽くつまむものとか無いかな? 何も食べてなかったから」


 当然だが、パーティの間、俺達は何も口にしていない。フィルの言葉にライはふむふむと頷いた。


「ん、準備してあげる。総とサリーは?」

「俺は良いや」

「私は……後で食べるかな」


 二人分ね、と軽く請負ったライ。彼女はそのまま、そそくさと台所に軽食の準備に向かおうとした。

 そんな彼女を、俺は一度だけ呼び止める。


「ライ。スイやオヤジさんは?」

「ん? 二人とも居間にいるよー」

「ありがとう」


 お礼を返せば、どういたしまして、と元気よく答えて、ライは今度こそ台所へと向かった。

 それから、フィルが静かにため息を吐いた。


「僕は、ライを引き止めておけばいいんですね?」

「悪いな。やっぱりこういう話は、オヤジさんにまず通しておきたくてな」


 少し考えた結果、俺は一度、オヤジさんに一対一で話をしておくべきだと思った。

 スイやライの母親の話自体は、オヤジさんから聞いたことだ。彼の中では、きっと何かの整理が付いているからこそ、俺に話をしたのだろう。

 だとすれば、一番気兼ねしないですむのも、オヤジさんだ。


「では私は、スイさんをなんとかすれば良いわけですわね?」


 話を聞いていたサリーは、俺がなんとなく望んでいることを的確に言い当てた。


「できればな。だけど最悪、俺がオヤジさんを誘って外で飲んでくるから──」

「…………へぇ」

「な、なんだよ」


 俺がスマートな解決案を出したというのに、サリーは物問いたげに目を細めた。

 彼女はジト目で俺を見ながら、ぼそりと言う。


「お二人だけで飲みに行くのは良いですけれど、ちゃんと帰ってこられます? 私は、怒ったスイさんのフォローはしませんわよ」

「……いや、だからあの時は」


 あの時とはもちろん、俺とオヤジさんの二人で仲良く酔っ払い、スイが鬼の形相で迎えに来たときのことだ。

 あれから、スイは俺とオヤジさん、ついでにベルガモもセットで飲みに行くという時には、かなり厳しい目つきをするようになった。

 ……まぁ、約束した時間通りに帰れば良いんだけど。こう、ねえ?


「ま、なんとかしますわね」

「頼む」


 俺が頭を下げると、サリーは仕方ない、と少しだけ諦めたように微笑んでいた。




「ただいま」

「ん、おかえり」

「おう」


 それから居間の方へと顔を出すと、座椅子に座り何やら読み物に耽っていた二人がそれぞれ顔を上げた。

 一人は青い髪の毛の少女──スイだ。彼女は、一見したところで難しそうとだけ分かる魔術関連の書籍を手に、やや眠たげな目で問いかけてくる。


「どうだった? 実験は」

「実験言うな。まぁ、手応えありってところだったよ」

「……そう」


 俺がありのままの結果を伝えると、スイはじんわりと嬉しそうに頬を僅かだけ緩めた。

 表情の変化としては小さいが、誰が見ても分かる程度の変化なので、彼女にしてはかなり大きく喜んでいると言っても良い。


「詳しい話は……サリー、頼んでも良いか?」

「なんでサリー?」


 その後、俺はちと強引にだが、その辺りをサリーに引き継いでもらうことにした。

 スイは当然そこに何かひっかかりを感じた様子で、少し詰めてくる。まぁ、それくらいの疑問は想定内だし、答えも用意してある。


「いや、俺はちょっと途中で抜けてた時間があったからさ、サリーの方が……」

「なんで抜けてたの?」


 声が少し、棘を帯びた気がした。

 なんで、ってそこを気にするのか。


「あー。ちょっと俺個人に『オールド』の話があるって人が居てな」

「綺麗な女性でしたわね」

「おいサリー!」


 そっと余計な情報を付け足したサリーに制止の声をかけるが、スイの耳にはしっかり情報が届いていた様子だった。

 彼女は、先程までの嬉しそうな顔を、今度は少し苛立ったように歪める。


「ふぅん。私達には、答えが分からないから待てとか言って。自分はそういうことするんだ」

「だから! 確かに相手は女性だったけど、本当に『オールド』の話してたんだよ!」

「……本当に?」

「本当に!」


 俺の言葉を静かに聞いているスイ。

 俺の言葉の真偽はあまり疑っていないようだが、それとは別のところで、俺に鋭い目を向けているのかもしれない。

 つまり『そんなこと言っておきながら、またいつもみたいに口説いたんだろ』という疑いである。


 俺とスイ、そしてサリーの関係は、変わってはいない。

 相変わらず、俺が答えを見つけられない平行線のまま。

 それはスイの恥ずかしい独白を聞いてしまってからも、変わらない。

 俺にもう少し悪戯心があれば、そこを突いて遊ぼうと思ったかもしれない。だが、スイにあの日のことは忘れるように強く脅しをかけられたので、心にしまった。

 それで取り返しの付かない事態になっても、俺が答えを出せない、で終わるのはあまりにも不誠実だと思ったのも、ある。


 彼女達が俺の中の答えを待っていてくれているのだし、俺もまた彼女達になるべくなら報いたい。

 恋愛感情とは別のところで、俺は彼女達を好いているし、なるべく傷付けたくはないのだ。


 というわけで、俺は勝手に出てきてしまう口説き文句を、なるべく自粛している。

 もともと、好きで手当たり次第に老若男女を口説いていたわけではないし、特に二人の前では気を使っているつもりだ。

 ……まぁ、それでもたまに無意識で言ってしまうことはあるのだが……条件反射とは恐ろしいものである。


 閑話休題。

 今はひとまず、スイの機嫌を元に戻さないことには始まらない。

 そこで、俺は、その女性がそもそも俺に興味を持っていない証拠を思い出した。


「あ、というか、その女性が『オールド』に興味を持ったのはスイが原因ぽかったぞ」

「……私が?」


 その推測はあまり的外れではあるまい。

 それだけ彼女──ローズマリーはスイ・ヴェルムットに執着しているようだったから。


「ローズマリーって人だよ。スイの今の研究結果として、『オールド』や『カクテル』に興味を示したみたいだった。俺は眼中に無い筈だ」


 その俺の答えに、スイは少し──いや、ある程度の時間止まってから、言った。


「誰?」

「え?」


 今度はしっかりと、半目で俺を睨みつけながら、スイはさらに言う。


「適当なこと言って誤魔化そうとしても──」

「いやいや! スイの同期卒業生だろ! 次席だったっていう!」


 俺の答えに、彼女はまた少し止まった。そのまま黙り込み、情報を引き出すように額に手を当てる。

 そして、しばらくしてようやく思い当たったようで、眉間の皺を解いた。


「ああ、ロージーね。いつも喧嘩をふっかけてきた紅毛」

「……仲悪いのか?」

「私は好きでも嫌いでもないけど、あの子は私のことが嫌いだったのかもね」


 そう言ったスイの表情は、なんとも複雑そうであった。

 鬱陶しいけれど、嫌いではない、そんなものを見る目。店で騒ぎを起こして出禁になったとあるギヌラを見る目から、嫌悪感を抜いた感じ。

 スイにとっての魔道院時代の話もまた、あまり触れない方が良い話題だったな。

 俺は早々に話を打ち切ろうと、さっさと結論を出す。


「とにかく、その人は本当に研究目的で来てたっぽいから、変なことはない」

「……それでも総の言動は信用できないけど、まぁ、いっか」


 スイはふむ、と頷いてから、サリーに目を向けた。


「サリー。色々聞かせてね」

「ええ。今丁度、ライに軽食作ってもらってますので」

「じゃ、続きはそこで」


 サリーはちらりと俺を見て、それからスイを伴って居間を出て行った。

 となると、そこに残ったのは俺とオヤジさんというわけだ。

 俺がオヤジさんに何かを言う前に、彼はやや軽い口調で言った。


「で? 俺と二人きりになって何が話したいって?」

「あ、バレてた?」

「たりめえだ。なめんな小僧」


 どうやら、先程までの話がこの状況を生み出すためであったのは、簡単に見抜かれていたらしい。

 気安い会話をしているが、お互いが探り合う状況では会話も楽しくない。

 いっそのこと、威圧に負けて敬語に戻せたらどれだけ気が楽なことか。

 しかし、ここで敬語を使うようでは、この先に踏み込むことなど、できはしない。

 怯える自分を自覚しながら、俺は深呼吸でそいつを黙らせる。

 覚悟を決めて、俺は改まって彼に向き直った。


「ちょっと、聞きにくい話があるんだ」

「……そうか」


 オヤジさんの、探るような目つき。目的を誤摩化しで彩っても、逆効果だろう。

 帰ってくるまでに考えていた色々な切り出し方を全て却下し、俺は単刀直入にその話題を口にした。


「『エルフの薬酒』について、そして『エルフ』そのものについて、聞きたいんだ」


 尋ねたとき、オヤジさんはふっと驚いた目つきをした。

 そして、それから少し悩む。返事はこうだった。


「……飲むか」

「うっす」



 オヤジさんの呟きに、俺は了承の返事だけをした。


※0618 誤字修正しました。

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