【ゴッドファーザー】(1)
また少し長めです。すみません。
「おほん。ところで、話は変わるのだが」
セージ氏の前であるのに話し込んでしまっていた俺達に、彼は咳払いをしつつ語りかけた。俺達が居住まいを直すと、セージ氏はそわそわとした口調で続ける。
「君が『第五属性ポーション』の研究を遠方で行い、完成したそれを店で振る舞っているというのは確かなのかね?」
「はい。あれ、ご報告しませんでしたか?」
「う、うむ。それでだ。私としても街にある店一つ一つの監査まで、完全には手が回っていない現状でだね。一応領主として、全く未知のものを手放しで売らせるというのは、そう、少し責任問題になる可能性がだね。あるのだがね、うむ」
『難しい言葉をつらつらと並べている』というのが俺から見た感想だ。
オールドに関しては、以前店にヴィオラが来たとき、同じようなことを言われて騎士団に話を通して貰った筈だったが。はて。
などと、鈍感に捉えても良いが、領主様相手にそういう駆け引きをするつもりはない。
「それは大変失礼致しました。では、誕生日だからというわけではありませんが、ご視察の代わりとして、こちらで一杯用意させて頂いても?」
「ふふ。そうだね。是非ともそうして貰おうか」
そわそわしていたセージ氏の動きが収まった。
事情は恐らくこうだろう。
彼はオールドについて興味があったのだが、いかんせん領主としての立場があり……騎士の見ている前で、気軽に飲ませてくれとは言えなかったのだ。
騎士だって、もちろん領主様の趣味くらいはもう知っているだろうが、大義名分があるに越したことはあるまい。
「では、オールドをそのままで?」
「……ふむ。いや、確か種類があるのだったね。ならば、後でまとめて欲しいね。今は君がいるのだから『カクテル』にしようかな」
「セージさん、建前、建前」
セージ氏は、俺が了承したところで子供のように目を輝かせながら少し捲し立てた。
先程のやり取りを無にするような変貌に、俺だけでなく、弟子達やお付きの騎士までも苦笑いしてセージ氏の続きの言葉を待った。
「おほん。……良い機会だから、君のカクテルの腕前も、今一度確認させて貰おうかな。オールドに種類があるのなら、あとで資料用にそれも提出してほしい」
「かしこまりました」
丁寧に礼をしたあと、俺はポーチから取り出す材料の選定に入った。
ウィスキーベースのカクテル。典型的な割るだけのカクテルであれば、炭酸割りの【ハイボール】を筆頭に、コーラやジンジャーエールなど、色々なものと相性は悪くない。
とはいえ、基本的な飲み方はロックやストレートに寄る。
もともと、癖や個性が強いので、それを味わうためには副材料は必要ないからだろう。
しかし、カクテルを指定されたのであれば、その期待に応えるべきだ。
何より本日は領主様の誕生日。それに似合うカクテルを選定する義務がある。
バーテンダーとしての意地の見せ所である。
彼の味の好みは、それなりに知っている。
意外と甘いものが好きで、香り高いものも好き。フルーツも良いが、コーヒーなどの種子系のリキュールも好んでいる。
薬草系は、嫌いではないが、率先して選ぶほどではない、かな。
ふむ……。
「セージさん。実は、オールドが完成したことで、同時に作れるようになったリキュールが、いくらかあるんですよ」
「……ほほう。それは査察が必要な案件だね」
「そうおっしゃると思いました」
お互いがニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべ、頷き合う。
そして、俺の心の中で作るべきカクテルが完成した。
弾薬を取り出し『弾薬解除』によって材料に戻す。
用意したのは、ローズマリーに飲ませるときには選択しなかったオールドの一つ……『モルト・オールド』だ。
その中でも、俺の頭の中で『アイラモルト』と設定してある種類である。
アイラモルトとは、世界五大ウィスキーの一つにして、最大派閥と言っても良いほど種類が多いスコットランドのウィスキー『スコッチ』の一種だ。
そのスコッチの中にも、産地などによる分け方が存在している。アイラモルトはアイラ島と呼ばれる小さな島にある蒸留所で作られるものだ。
アイラモルトの特徴は、すっと鼻に入ってくる特徴的な煙っぽさ──スモーキーフレーバーであるだろう。
麦芽を作る段階で、乾燥させるための燃料に泥炭を使うことによって、その特徴的な香りが生まれるのだ。
麦のように甘い香りをもつウィスキーを女性的と評するなら、煙のような特徴的な香りを持つアイラモルトは男性的と表現するべきか。
鼻と、直に触れた舌から朗らかに漂ってくる豊かな香り。
そして、穏やかに味蕾を楽しませるほんのりとした甘味は、慣れてしまえば甘美な刺激を脳髄へと運んでくる。
スコッチの中でも、愛好者とそうでない者に分かれる、癖の強い分類のウィスキーだ。
俺はそのウィスキー……いや『オールド』を、今回のベースに選択することにした。
癖は強いが、香り高さという点で右に出るものはいない。
そして、副材料として選択するのも『オールド』の完成によって生まれた、リキュールのシリーズである。
どうしても、最後の一押しが足りなかったリキュール──『樽熟成』を味の特徴として大いに取り入れていた物たちだ。
地球のリキュールには、作業工程に『樽熟成』が関わっている場合が多い。
ブランデーに漬け込むなど材料に『樽熟成』が必要な場合、材料を混合させた後に『樽熟成』させる場合、などなどだ。
それをこの世界では、無属性のポーションに『オールド』を加えることで解決できた。
第五属性のポーションから取り出した魔法的なエッセンスを組み込むことで、それらの微妙な味の問題を解決することができたのだ。
これによって、まだまだ実験段階ではあるが、俺の舌が覚えているリキュールをかなり再現することが可能になったのだ。
今回使う『アマレット』も、その一つだ。
『アマレットリキュール』は、アーモンドのような香りと表現されることの多い、茶色くて甘いリキュールである。
だが、俺が説明するときは『杏仁豆腐』のような香りと言うだろう。
『アマレット』は、杏の核をブランデーに漬け込むというのを、工程に取り入れているらしく、その独特な香りはそこから生まれるとか。
その微妙な風味を『オールド』の誕生である程度は再現できるようになったわけだ。
……正確には、ブドウで『オールド』を作れるかどうかは、アルバオの実験待ちだが、現段階でも似たような風味には辿り着いている。
そして、今回材料として使うのは、この二つだけである。
「それでは、作らせていただきます」
俺はセージ氏に声をかけてから、今回使うことになるロックグラスに、粒が大きめの氷を二つほど詰める。
そして、そのグラスに最初は『アマレット』を15ml。続いて『モルト・オールド』を45ml注ぎ入れる。
それらをバースプーンで、氷が溶けすぎて水っぽくならない程度に冷やしてやれば、完成だ。
実にシンプルなカクテルである。
「お待たせしました。【ゴッドファーザー】です」
グラスを差し出されたセージ氏は、その名前に少し戸惑ったような顔になった。
「名付け親、か。ふふ、ただのカクテル名なのに、少し皮肉に聞こえてしまうね」
「……そうですか?」
俺の疑問に、セージ氏は少し苦い顔をした。そして、彼は騎士へと視線をやる。
騎士は頷くと、俺達の話は聞いていない、と主張するように耳に手を当てた。
「君は、聞いたらしいね。私が以前、娘の縁談を半ば強引に進めようとしていたことを」
「……はい。えっと、とある筋から」
「それは事実なんだ。私は、娘が、心配でね」
「……病弱なんですよね」
俺の言葉に、セージ氏は曖昧に微笑んだ。
それから、懺悔のように、静かに彼は語る。
「私はそれでも、親心としてそれを進めたつもりだったのだが……後から聞いたよ。娘が本当は、その縁談を少しも喜んでくれていないことを」
「…………」
「ショックだったというよりは、自分に失望したんだね。私はどうにも、娘の人生を幸せな方向に持っていくのを義務と捉えて、型に当てはめて考えていた。その幸せがなんなのかを計りかねていたんだよ」
俺は、その言葉に対してあまりはっきりとした感想を持てなかった。
自分の人生で、俺の親は俺に何かをしてくれたわけではなかった。俺には優秀な兄が居て、親はそちらしか気にしていなかった。
何かをしろとも、するなとも言われず、ただ、間違いを犯さないことだけを求められていた。自分と違う境遇は、想像することしかできない。
俺の知っている、一人の女性も似たようなものだ。
彼女は親に居ないものとして扱われ、親族から疎まれ、それでも金だけを与えられて孤独だった。
彼女は、死ぬその時まで、両親が強引に何かを進めることもなければ、和解することすらできなかった。
「そんな不甲斐無い父親だ。娘に嫌われていても仕方がない。彼女にとって私は、ただの『名前を付けた親』なのかもしれない。だから、今日も……」
今日も、というところでセージ氏は言葉を濁した。
もしかしたら、今日のセラロイの欠席は、病欠ではないのかもしれない。
と、俺は不意に思ってしまう。
隣を見れば、フィル、サリーとも複雑な表情を浮かべていた。
彼らは、俺とは違う。偉大な親が居て、そんな親にあれこれと言われて、それに反抗するように家を飛び出したのだ。
セージ氏の事情は良く知らないだろうが、サリーあたりは、このままセージ氏が独白を続けたら、それを自分に重ねて変なことを言うかもしれない。
だから俺は、何も言えないけど、何か言うことにした。
彼の悩みについては意見できなくとも、俺がカクテルに込めた思いならば言葉にすることができるから。
「セージさん。【ゴッドファーザー】の示す意味は、名付け親、ってだけじゃないんですよ」
「ふむ?」
「これはもともと、自分の世界での創作をイメージしたカクテルなんです」
それまで辛そうにしていたセージ氏が、興味を持ったように俺を見た。
俺は記憶の中で、人から聞いた話を反芻しつつ、丁寧に言葉を選ぶ。
「自分はその創作をちゃんと知らないので詳しい内容は分かりません。ですが、その中に登場する『ゴッドファーザー』は、少しでも関わりのあった人間を家族として扱い、家族の頼みなら、なんでも叶えようとする男らしいです。名付け親というよりは『偉大な父』というのが正しいのかもしれません」
まぁ、その家族が『マフィア』の『ファミリー』であることは、言う必要はあるまい。
重要なのは、その立場を、今のセージ氏と重ねた俺の思いだ。
「セージさんは……領主様は、この街のために立派に働いていらっしゃいます。この街の人達を、家族のように大切にしてくれています。娘さんだってきっと、そんな領主様の働きを分かっていないわけは、無いと思います」
この街は平和だ。
それは領主様が立派に努めを果たしているから。
それはもしかしたら、彼が家庭に向ける時間の短さを指しているのかもしれない。
しかし、それだけ立派な領主様の娘だ。
あの時、見ず知らずの俺達のために『パルフェタムール』を届けにきてくれた彼女が、そんな父の姿を見ていないとは思えない。
そんな父を嫌っているとは、思いたくない。
「だから、まずは飲んでみてください。それはこの街で、あなたにお世話になっている一人の人間の恩返しです。なにより、カクテルの寿命は十五分しかないんです」
最後にカクテルの事情を付け足すと、領主様は「ぶれないね」と苦笑いする。
そして、少し水滴が付いてしまっているそのグラスへと、手を伸ばしたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
また盛大に時間に間に合わなくてすみません……
それと、注意点です。
作中で『アマレット』に触れていて、作者は参考に『ディサローノ・アマレット』を選んでいます。
『アマレット』について、本文では『ブランデー』を利用していると書きましたが、資料を見ると、恐らくこの場合のブランデーは熟成される前の無色透明の物だと仮定されます。
そのため色が付くのはその後に熟成を行うからだと思うのですが、あまりはっきりとした記述がないので、少しフワフワした表記になっています。
そもそもリキュールが魔草として生えている世界なので、魔法の関係でそうなったという感じで……
大きなご都合主義に、ファンタジーとして目を瞑っていただけると幸いです。
ですが、詳しい製造工程を知っていたり、資料を知っている方、また著しく間違っている場合などは教えていただけると幸いです。
あと、映画の『ゴッドファーザー』についても、作者がちゃんと見ていないために知識がガバガバです。
ファンの方がいて、全然そんな話じゃねえよ、と思ってもお目こぼしいただけると幸いです。
言い訳ばかりですみません。よろしくお願いします。