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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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【ニューヨーク】(1)

「なぜ、先に説明しなかったのかしら?」


 そう言いながら、ローズマリーは二杯目の水をちびちびと口に含んでいる。

 不幸中の幸いは、この場に二人きりだったことか。そうでなければ、彼女は先程の失態を大勢の前で晒すことになった。

 しかし、そんな事実は慰めにもならず、ローズマリーの機嫌がかなり悪くなっていることは分かった。


「こちらは『ごゆっくり』と言いましたし、説明する時間がありませんでしたが」

「……違います。私が求めているのはそういうことではありません」


 一応弁解してみたが、まぁ、彼女のような人間はそう言うだろうな。

 何か言う事はないか、と尋ねられたときの半分はコレが正解だ。


「申し訳ありませんでした」

「……よろしい」


 俺が頭を下げると、ローズマリーは思いの外すんなり受け入れた。

 そして、二杯目の水も飲み干してから『ライ・オールド』のボトルを手に取った。


「なぜ、あのような喉にくる飲みにくさに?」

「スイ──オーナーが作ったポーション理論をいくらか用いますので」

「……では、多少飲みやすくなってコレということ?」


 スイのポーションの話題が出れば、ローズマリーはアルバオと同じ渋い顔をした。

 少し苦笑いをしつつ、補足する。


「『オールド・ポーション』についてどこまで知っているかは知りませんが、生成段階での強烈なアルコール感みたいなものは、まだ取り除けないみたいですね」


 別に取り除かなくても良い、というのはあくまで俺の意見だ。

 これはまだまだ研究が始まった段階。いつかこの『オールド』も、世の中に出回っている『普通のポーション』のように、飲みやすく改良されるかもしれない。

 嗜好品として見ている俺としてはやや寂しいところだが、実用的には仕方ない。

 万人向けであることは、薬としては求められてしかるべきだ。


「お嬢様がお酒を嗜むということなので、そのあたりの配慮が抜けていました。本当に申し訳ありません」


 もう一度頭を下げた。店でこれを頼むのはポーションを飲み慣れた客達だったので、初心の部分を忘れていた。

 先入観無しで飲んで欲しいというのは、ある程度共通認識がある間柄での話だ。

 少し面白かったけど、それは置いておいて謝るべきだろう。

 ローズマリーは俺の態度に、少しだけ言葉を柔らかくした。


「……決して不味いとは言っていませんわ。味わう余裕もあまりありませんでしたが、なるほど、面白いものですね」

「そうですか?」

「ええ。ただし、私としては『飲みやすさ』という点で、あなたにもう一つ期待していますけど」


 言いながら、ローズマリーは持っていたボトルを置いた。

 暫定で張り付けたラベルが、じっと俺の方を向いている。


「そのまま嗜むのは、またの機会に。もう一つの嗜みを、今ここでお願いするわ」


 洒落た言い回しだ。

 だが、その意味が分からないほど鈍いつもりはない。

 ローズマリーの頬は、先程の『オールド』が回ってきたのか、ほんのりと赤味を帯びて見えた。それがやけに扇情的に見える。

 そんな美人のお願いを、わざわざ断る趣味は無い。


「かしこまりました。『カクテル』の説明は必要ですか?」

「スイ・ヴェルムットが提出した論文なら読み込んでいます。説明は要らないわ」

「助かります」


 カクテルの説明は散々してきたので、それだけで少し気が楽になった。

 改めて、俺はローズマリーと向き合う。


「何か、苦手なものはありますか? 柑橘がダメとか、甘いのは無理とか」

「無いわ。私は教育でありとあらゆる味覚を鍛えられています。味の好き嫌いはありません。今まで無理だったものはスイ・ヴェルムットのポーションくらいよ」


 そこまで行けるのなら、もう一歩味覚を開拓してスイの良き理解者になってあげれば良かったのに。

 と思いつつ、俺はふむと本音を零してみる。


「それは困りましたね」

「なんでかしら?」

「好きも嫌いもないとなると、お客様にピッタリの一杯を探しにくいですから」


 あえて説明するでもないが、好きな味や嫌いな味を尋ねるのは、カクテルを選ぶ上でのセオリーだ。

 好きな味を言われれば楽だし、嫌いな味を言ってくれても、除外して範囲を絞れる。

『なんでも良い』が一番困るのは、どこであろうと変わらない。


 しかし、それで適当に作るというのは、バーテンダーの矜持が許さない。


 もう少し会話を詰めていけば何か糸口が見えるだろう。と、俺が彼女を良く観察しようと思ったところ。

 ローズマリーは助け舟だとでも言いたげに、偉そうに胸を張って言った。


「では、この私をイメージして、作りなさいな」

「…………」


 一番困る注文来ちゃったよ。

 こういう質問の仕方を最初に考えた人間は、全国のバーテンダーに謝罪するべきだと思う。

 ……まぁ、何も無いよりは良い。


「かしこまりました。それでは、少しだけあなたのことをお聞きしても?」

「そういうのはつまらないわ。この私の溢れ出るオーラから、十分に読み取りなさい」

「無茶をおっしゃる」

「それが、バーテンダーなのでしょう?」


 挑戦的な瞳を浮かべる彼女に、俺は今一度苦笑する。

 この高圧的な態度。何者も寄せ付けぬと言いたげな、高嶺の花を地でいく物言い。常に自分を中心に世界を捉えるような思考回路。

 そういう、孤高の冷たさを彼女からは感じる。

 しかし、それだけではない。

 笑顔の仮面にひびが入っていたときの軟弱さ。

 俺を屋敷の使用人と思い込んでいるときの隙の多さに、自称ライバルであるスイの関係者であると気付いても態度を変えない姿勢。

 孤高であるがゆえの、心許せる者への甘さのようなものもまた感じる。


 と、考えていた所で、一つだけすっと、頭に答えが浮かんできた。


「分かりました。お作りします。ローズマリー様にぴったりのカクテルを」




 ベースに使うのは、リベンジの意味も込めての『ライ・オールド』だ。

 その他に取り出したのは『ライムジュース』と、赤い液体が入った一本のボトル。


『グレナデンシロップ』である。


「……凄い色ね」


 薄暗くても分かるド級の赤さに、ローズマリーが感想を零している。

 この『グレナデンシロップ』は、もともとは『ザクロのシロップ』であるらしい。

 真っ赤な色合いは『ザクロ』から取られていて、甘味と赤い色彩をカクテルに与える役割がある。

 と言っても、俺が働いていた日本のバーでは、ザクロというよりはベリー系の総合シロップのようなものだった。

 ここにある『グレナデンシロップ』も、同様にベリー系の味わいを主としている。

 今回は甘さのほとんどを、これで補う形になるだろう。


 器具として用意したのは、シェイカー、メジャーカップ、バースプーンにグラス。

 使うのは逆三角形が見た目に楽しい、カクテルグラスである。

 冷凍庫はないので、氷でもってグラスを冷やし始めたところからスタートだ。


 まずは、ライムジュースを15ml計り、シェイカーへ。生のライムを切っていないので香り立ちが少し気になるが、こだわるときりがない。

 そのあとすぐメジャーを返し、ライ・オールドを45ml計り入れる。

 この段階では、シェイカーの中は薄い琥珀色。オールドの色のままに見える。


 次に俺はメジャーをテーブルに置き、グレナデンシロップの栓を開け、右手に。

 そいつを傾けて、左手に持ったバースプーンへそっと液体を垂らす。

 スプーン一杯──1tspのグレナデンシロップを計ったら、それをシェイカーに注ぐ。

 ボトルを置いてからシェイカーの中身をかき混ぜれば、液体はあっという間に深い赤へと変化した。


 これが『グレナデンシロップ』の威力である。

 赤色と親和性の高い液体であれば、たったスプーン一杯でそのものを真っ赤に染めてしまう。

 色々と重宝もするが、安易に頼るのは気が引ける。そんな存在である。

 とろりとしていて、使ったあとの器具はしっかりと洗わないといけないし。


 軽く味を見た後、一度シェイカーに蓋をして、グラスを冷やしていた氷を取り出す。

 氷なので、その辺りの芝生が吸収してくれるだろう。

 グラスの縁に垂れた水を清潔な布で軽く拭き取り、そちらの準備は完了。

 蓋を開けたシェイカーにトングで氷を詰めて、きつく閉じた。

 最後に、テーブルにココンと二回シェイカーと打ちつけて、シェイクへと移る。


 ウィスキーをベースにする際に気を付けないといけないことは、温度。

 以前『オールドサラム』をベースに使ったときも言ったが、ウィスキー──『オールド』も大半は常温で保存されている。

 ベースに使うとなると、冷凍庫で冷やしているスピリッツを使うのに比べて、大きな温度差がある。

 味を損なわないように、常よりも意識して素早くシェイクを終えなければならない。


 余計な力を込めず、迅速かつ正確に。

 氷の動きを意識して、無闇に砕いてしまわぬように繊細に。

 許される最高のスピードでもって、金属製の器具を打ち鳴らす。

 規則的にシャカランと響く音が、闇の中に静かに溶け込んでいく。

 指先がチリチリと内部の液体の冷たさを伝えるころに、ゆっくりとそのシェイクを終えた。


 あとは、トップを取り外し、用意していたカクテルグラスへ中身を注ぐだけだ。

 とくとくと滑り込んでいく液体は、闇の中に沈む太陽みたいに、鮮やかな軌跡を描く。

 やがて、少し赤みがかった泡を乗せ、真っ赤な液体が静かにグラスを満たした。

 最後の一滴まで注いでシェイカーを切る。出来上がった一杯を、俺はそっとローズマリーへと差し出した。



「お待たせしました。【ニューヨーク】です」



 果たして、自分の髪のように深い赤を見つめるローズマリーの瞳は、興味深そうに細められていた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


私事ですが、カクテルの写真を張り付けていくだけのようなtwitterを細々とはじめました。

まったりと登場するカクテルなども張る予定ですので、カクテルの見た目に興味があれば探してみてください。

@score_cooktail



※0606 誤字修正しました。

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