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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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秘密兵器の威力

 つい最近になってイージーズに追加された『秘密兵器』とは、もちろん『オールド・ポーション』のことである。

 その『オールド』だが、店では大きく分けて四つの種類のものを提供している。

 その名前は誠に勝手ながら、地球から拝借させて貰った。


 一つは、モルト──大麦麦芽のみを使った『モルト・オールド』。

 一つは、トウモロコシを主原料にして実験的に作ってもらった『バーボン・オールド』。

 一つは、ライ麦をメインに使い、店の看板娘ライをからかう時に絶大な人気を誇る『ライ・オールド』

 そして最後の一つは、それらを自己流でブレンドした『ブレンデッド・オールド』だ。


 このあたりの区分に関しては、地球ではしっかりした基準が存在する。

 たとえば、バーボンは原料の51~79.99%トウモロコシを使用し、内側を焦がした樽で二年以上熟成しなければいけない、などは有名だ。

 そういう地球基準で考えると、呼び方に大変困る(というか、そもそもポーションは酒ではない)ことになる。

 そのため、今は俺が分りやすく、暫定的にそう呼ばせて貰っている。


 まだ始まりの段階であるし、そのうち基準も定まっていくことだろう。俺が記憶している限りのそれらの基準のメモは『ホワイトオーク』に残してきた。

 アルバオも実験のついでに、それらを厳密に守った場合を検証してくれるそうだ。


 と、説明が続いてしまったが、要するにウチの店では、大々的ではないにせよ、ホワイトオークから貰った樽を、少しずつ出してみている。

 結果としては、上々だ。


 もし熱心なポーション研究者が、この世に誕生して間もない『オールド・ポーション』を嗜好品として売り捌いていると聞いたら、卒倒するかもしれない。

 しかし、俺はそのために命まで張ってきたんだ。文句を言われる筋合いはない。

 マジックオークを用いない場合の熟成法も、半年も経てば『ホワイトオーク』が……もしくは情報を手に入れた『アウランティアカ』あたりが公表するだろう。

 今はお客さんが、俺が作った新作だってことで、事情も知らずに楽しんでくれればいいのだ。


 そんな俺が今注目すべきは、目の前のお客さんであろう。


 ということで、ちょっとして戻ってきたサリーにカウンターを任せて、俺はローズマリーと屋敷の庭園まで出ることにした。

 人目の少ない方が緊張しないローズマリーと、あまり人目に付く所で『弾薬解除』の魔法を使いたくない俺の利害が一致した結果だ。

 簡単にそれを伝えたときのサリーの目はものすごく鋭かった。俺が誘ったわけじゃないのに。

 とりあえず、『オールド』に関する話だと伝えたら、渋々納得した様子だった。



 屋敷の庭園は、自由に入って良いところまで、この時間でも開放されていた。今は冬ということもあって楚々とした植物が、小さな花を咲かせている。

 建物からは静かに音楽が漏れ、それが冬の静けさに溶け込んでいる。

 しかし、思ったよりも空気が冷えていない。恐らくパーティに合わせて、寒さ避けの魔法とかそういったものが庭園にまで働いているのだろう。街灯のように点在している明かりから、仄かな熱気を感じる。


 そんな庭園を少し入ったところで椅子と机のセットを見つけて、俺達はそこに腰掛けた。

 レディファーストがどうのと言われるのは嫌なので椅子を引いてあげたが、よろしい、という礼なのか良く分からない声が返ったのみだった。

 二人向き合って座り、俺は一つ声をかけた。


「ところで、いったい誰から聞いたんですか? ウチで『オールド』を取り扱っているなんて」


 いきなり本題というのもなんなので、軽く気になっていたことを聞いてみる。

 彼女は仄かな明かりに照らされ、その形の良い唇を薄く開く。


「これでも我が『メリアステル家』は色んなところと通じているの。『ホワイトオーク』で起こった事くらい、調べようとしなくても分かるのよ」


 こんな豪華なドレスでパーティに来るくらいだから、やはり彼女も上流階級の人間か。

 笑顔が崩壊しそうだったときには微塵も感じなかったが、こうやって自然体で話しているときは、どことなく気品を感じなくもない。うん、サリー程度には感じる。

 何より、俺の名前を聞いただけで即座に『オールド』まで辿り着いたのは、驚くべき鋭さだ。


「それに……私は、スイ・ヴェルムットの動向で知らないことはないわ」


 言いつつ、彼女はまた俺の瞳の奥から、スイを見るような複雑な表情をした。

 俺は、そこに軽いジャブを入れる。


「……仲、良かったんですか?」

「おかしなことを聞くわね」


 俺の質問に、ローズマリーは少し小馬鹿にするように笑みを浮かべた。

 そして、俺に顔を寄せるように前のめりになって、やや、気持ちの篭った声で言う。


「私と彼女は、ライバルなのよ。私が彼女を一時だって忘れたことがないように、彼女もきっと私のことを忘れてはいない。私達は、仲が良いとか悪いとか、そんな次元には居ないの。お互いがお互いを強く意識している間柄なのよ」

「…………そうなんですか」

「そうよ。だからあなたも、私がローズマリーだと気付いたのでしょう? スイ・ヴェルムットから、何度も私の特徴を聞いていたから」


 そう得意気に言ったローズマリーに、俺はどうにか表情を崩さずに対応できたと思う。


 ……え? いやいやいや?

 俺、スイからローズマリーの話なんて一切聞いたことないんだけど。

 というか、あんだけ周りから『ローズマリー様』とか言われてたら、誰だって気付くだろ。

 と、言ってしまったら彼女は、傷つくかもしれないな。


「……えっと。そうですね。確かに、話を聞いては、はい」


 アルバオから名前だけは聞いたし、誰から聞いたとは言って無いし、一応嘘ではない。

 まぁ、これで良いか。

 ローズマリーは少しだけ表情を誇らしげにして、俺に手を差し出す。


「そうよ。だから、私はスイ・ヴェルムットの成果を、この身で体験する義務がある。さぁ無駄話はここまでよ。出しなさい『オールド』を」


 俺は軽く頷いてから、腰に付けていたポーチから弾丸を抜き取った。

 今回の会では、基本的に武器の持ち込みは禁止された。だが、以前の『ポーション品評会』の件もあったので、予備になる弾薬の持ち込みは許可を貰っていた。

 ついでに、今俺が付けているのは、イベリスが開発した『特製ポーチ二号』だ。

 説明は省くが、状態保存だけでなく、重量軽減の効果も持つポーチらしい。


「今から一つ魔法を使いますが、他言無用でお願いできますか?」

「へぇ? スイ・ヴェルムットにそう言われているの?」

「……ええ。まぁ」


 俺の返事を聞いてからすぐローズマリーは了承し、俺は抜き取った弾薬を元に戻す。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世うつしよの姿なり》


 詠唱を終えれば、弾薬はすぐに、グラスとボトルへと変化した。

 先述した『モルト』『バーボン』そして『ライ』の三種類の『オールド』と、ウィスキー用の、チューリップみたいな形をしたテイスティンググラス。

 それぞれが、夜闇の中でぼんやりと明かりに照らされている。


「ここに三本の『オールド』がありますが、それぞれ特徴が違います。説明しますか?」

「……いいえ。あなたに任せるわ。あなたは、その専門家なのでしょう?」


 挑戦的な瞳だと思った。

 ローズマリーは本当に、俺──というよりスイの周りの出来事を、良く知っているように思える。

 ……スイが実は全然気にしてないってバレたら、大変なことになりそうだな。

 先延ばしかもしれないが心にしまっておこう。


「では、そうですね」


 俺は、取り出した三本のボトルを見る。

 人にウィスキーを勧めるなんて、いっつもやっていることなんだが。今回はやけに緊張する。店という舞台にないため、少しバーテンダーのスイッチが外れているのか。


 そのお酒を知らない人に勧めるときは、あまり、癖の強いものを出すのは憚られる。

 バーボンは独特の甘味とガツンとくる強さがある。

 モルトに関しても、今あるこれには『スモーキー』なフレーバーが利いている。女性よりも男性向けの印象だ。

 となると、この中で一番癖がないのは、素朴な味わいの『ライ・オールド』だろうか。


「それでは、こちらの『ライ・オールド』を。ライ麦を主原料に使った『オールド・ポーション』です。お酒は普段から嗜みますか?」

「……ま、これでも結構強いつもりよ」


 なら大丈夫だろうか。

 俺はテイスティンググラスに、目分量でおよそ30mlの液体を注いだ。

 グラスの中を少し踊って、液体はゆったりとその身を落ち着かせる。


「ふーん、これが」


 ローズマリーは差し出された琥珀色の液体に、すっと目を細めている。

 闇の中に光るその瞳は、好奇心でいっぱいになった猫みたいだった。


「ごゆっくりどうぞ」


 俺の許しが出たところで、ローズマリーは静かにそのグラスを手に取る。

 まずは、微かに昇ってくる香りを楽しむように鼻を動かす。少しだけ、頬を緩めたように思えた。


「不思議な香りね。木のような枯れ草のような……はたまた森のような。変な言い方をすれば、時間の香りがするのかしら」

「面白い言い方をなさいますね。特にそちらは、ライ麦の素朴な甘さが感じられるかと」

「ライ麦の甘さ、ね」


 俺の説明に、ローズマリーはふむと頷く。

 その直後の出来事は、あっという間だった。

 俺の驚きの声が間に合わない早さだった。


「ではいただくわ」

「あっ!?」


 彼女は、まるで水みたいに、『ライ・オールド』を呑み込んだ。

 グラスの中の液体が、すっと彼女の口に吸い込まれて、消えた。

 数瞬後に、その場には悲痛な音が響く。




「げほっ! ごほっ! な、かほ!? こほ! なはっほっ!?」




「…………」

「なっ! こほっ? な、なに!?」


 喉が起こした拒否反応で、盛大にむせるローズマリー。

 俺は『ごゆっくり』って言ったのに、という呆れを抑えて、急いで水を用意した。



 そのむせている姿に、昔の自分を思い出して少し笑ってしまったのは内緒だ。



※0604 誤字修正しました。

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