発表者『アルバオ・グレイスノア』
俺が醜態を晒してから、十日が経った。
そして、その日がついに訪れていたのだった。
『えー、では発表者は壇上に上がって下さい』
司会進行を務めるのは、少し年のいった男性。
彼に促されて壇上に上がったのは、セシルだった。
場所は、ホワイトオークの内部。研究所内で大きな催しが開かれるときに使われるという講堂。
机と椅子を大仰に並べたその大きな部屋で、セシルが発表を始めていた。
「私が『熟成サラム』に関して研究したことを、発表させて頂きます」
セシルの作り上げたものは、まことに見事な『熟成サラムポーション』であった。
ギヌラがちょろまかしてきた資料に目を通したので、彼の研究が至極真っ当に進んでいたことは分かっていた。
発表の理路整然とした進行は、聞き惚れるようなものがあった。
導入から始まり『第五属性』に関するイントロダクション。
今まで存在しなかった『第五属性』ポーションに関する可能性。
基礎理論として使った、数多の研究結果の説明。
そして、今回の自分の研究へと話題は移っていく。
彼の発表の前にも、独自の観点から『熟成サラム』に迫っている発表を何件も聞いた。
恐らくその研究室の得意分野からなる、ウィスキーとしか見ていない俺の常識を越えた実験の数々は刺激的ではあった。
だが、セシルのそれとは根本的に違っていた。
他の発表が、実験してみて効果を見る、ということに主眼を置いているのに対して。
セシルの発表は、ただただ、積み上げて上を目指すことに注目していた。
よくぞこの短期間にと思うほどの、ありとあらゆる検証。
一応、ポーションの基礎を積んだ今の俺には、彼のセオリーを汲んだ実験の積み上げ方が曲がりなりにも分かる。
過度な冒険はせず、少しのマイナスは呑み込み、大きなプラスを求めていく。
ほかの研究室でも、効果が上がったものはいくつも出ていたが、セシルのそれとは完成度が違っていた。
セシルの研究は、すでに『熟成サラムポーション』の基礎を終えたと言っても、良さそうなものだった。
発表の途中で供された『熟成サラムポーション』は、アパラチアン氏の舌にも強烈な印象を残した様子であった。
最後にセシルは、この言葉で発表を締めた。
「これ以降、さらに熟成が進むことによって現れる効果には、まだまだ研究の余地があります。しかし、現段階ではこれ以上の成果を望むことはできないでしょう」
それが誰を意識しての発言かは、聞かなくても分かることだった。
それからまた、暫く他人の研究発表が挟まる。
それもやっぱり、面白くはあるが、完成度は推して知るべし。
低いと言っているのではなく、セシルが高すぎるのだ。
そしてついに、トリの時間となって彼女の名前が呼ばれた。
『では、中間発表も最後になりました。オークロウ研究室です。えー、代表者は壇上に上がって下さい』
司会進行の声に、しかし壇上に上がる者が出ない。
きっと、未だに決心が付いていないのであろう。
『……ホリィ・オークロウ室長?』
ホリィの名前が呼ばれるが、彼女は現れない。
代わりに、
「す、すみません! ホリィ・オークロウの代わりに発表させていただきます、アルバオ・グレイスノアです」
その壇上に躍り出たのは、アルバオだった。
『……オークロウ室長。説明を願えますか』
「固い事言わないでほしいねぇ」
司会進行に再度呼ばれて、仕方なくといった風に、ホリィもまた壇上に上がった。
『なぜ、あなた自身ではなく、アルバオ・グレイスノアを発表者に?』
「決まっています。今回の研究の功労者は彼だからです。彼が行った研究であれば、彼が発表するのが筋でしょう」
そのホリィの言い分に、ざわめきが広がる。
そりゃ、綺麗事を言えばそうなるが、普通研究室の成果は、そのまま室長のものでもある。それを背負わないと言うのは、ホリィの責任放棄にも見えた。
「静粛に」
そのざわめきを、良く通る落ち着いた声が制する。
それはアパラチアン氏の声だった。
「ホリィ。今回の発表は君にとっても大切なものであると理解しているね」
「していますアパラチアン先生」
「それでも、君はアルバオ君に、発表を託すというのだね」
「はい。私は今回、彼に協力することに決めました。それは私の研究室の総意です。今回の発表に限っては、彼以上の適任者は存在しえません」
ホリィの断言に、またしても講堂内がざわつく。
アパラチアン氏は再び場を沈めた後に、言った。
「分かった。君が言うのならそのまま進めよう」
『よ、よろしいんですか?』
「構わないよ。重要なのは、誰が発表するかではなく、何を発表するかだ」
『……わかりました。では、グレイスノア研究生。発表を』
アパラチアン氏に言われて、司会進行の男性も渋々と従う。
まだ幾分かのざわつきが残っているが、アルバオは深呼吸をしてから、発表を始めた。
「ホリィ・オークロウ研究室が発見、発展させた成果を発表させていただきます」
アルバオもまた、先程のセシルと同様に、導入から入る。
その段取りの仕方は、さすがに優等生といった感じで、流れが分りやすい。
そして、第一の発表として、彼はホリィ研究室が根を詰めた一つの成果を発表した。
「そして我々は『サラム』だけでなく、『ジーニ』『ウォッタ』『テイラ』の熟成条件も発見しました」
その発表には、会場内は沸いた。
今までサラムだけだと思われていた『熟成』の条件が、急に明かされたのだ。
事情を知っているものは驚きも少ないだろうが、事情を知らないものにとっては大発見に違いない。
しかし、発見の本命はそこではない。
「それだけではありません。私達は『無属性』のポーションを、熟成させる条件も同様に発見しました。我々はこの『熟成用無属性ポーション』を『ニューポット』と呼んでいます」
ニューポットという呼称は、俺があまりにも普通に使うから広まってしまった呼び名である。
もともとは、熟成する前の『ウィスキー』の呼び名。
それがこの世界では熟成する前の『無属性ポーション』の呼び名として扱われる。
ニューポットの存在は、先程に倍する騒ぎを引き起こす。
これまでの発表でも、熟成の限界点の話は何度も出ていた。
セシルの発表でもそれは明らかだった。
他の属性を持つポーションでは、どれだけ熟成させても『第五属性』はおまけにしかならない。
だが『無属性』であれば、『第五属性』の単属性ポーションが作れるのではないか。
そう誰もが思っているのは明白であった。
「静かにしたまえ!」
その怒号は、アパラチアン氏のものではなかった。
一人席を立ち上がり、講堂に声を轟かせたのは、セシルだった。
彼は、この場で『ニューポット』の存在までも知っている一人だ。
熱狂に包まれかけた会場内は、彼の声によって強制的に静まり返っていた。
「発表を続けたまえ。アルバオ君。もっとも、この先に話すことがあれば、だが」
セシルはそう冷たい言葉を投げ入れた。
彼と最後に会ったのは、図書館だった。
そのとき、アルバオはセシルの研究に追いつくのを諦め、自棄になっていた。
だからこそセシルは思っているのだ。俺達の研究は、そこで止まっていると。
「……そして僕達は、特にその『ニューポット』を中心に研究を重ねました」
アルバオは、なるべく感情を出さないように淡々と話を進める。
緊張と興奮が入り交じった、そんな心情だろう。
だが、今だ。
セシルの予想を、上回るのは、今この瞬間である。
「そして僕達は『第五属性』の単属性ポーションを完成させることにも、成功しました」
しんと、空気が静まり返っていた。
アルバオの話した言葉を、まだ誰も受け入れていないのだろう。
これは、恐らくホリィ研究室以外の誰もが知らない事実。
なんせその成果をまとめあげたのが、本日未明の出来事なのだから。
「『第五属性ポーション』──いえ、作成者の名付けは『オールドポーション』です」
そして壇上に現れたのは、樽の色を色濃く移した琥珀色の液体。
この世界に初めて生まれた。
『ウィスキー』の味を持つ『ポーション』である。
数秒後。
ようやく事態を呑み込んだ会場内の人間の怒号は、先程までの比ではなかった。
※0425 誤字修正しました。




