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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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221/505

落とし穴

「とにかく。さっきのを見た以上、この装置は君が動かすのが一番だと思う」


 ようやくショックから立ち直った俺とアルバオの二人は、早送り君の前で顔を突き合わせたままである。

 すでにイベリスたちは、装置の始動準備に取りかかっている。ホリィ研究室への連絡にも人をやっているので、じきに研究室の面々も辿り着くだろう。


「いや、俺もそれが一番だと思うんだけど」

「じゃあ、何を躊躇っているんだ?」


 躊躇っている、とはっきり言われれば、頭の中に一ヶ月ほど前の出来事が甦る。

 俺に宿っている第五属性の魔力は、トライスという人物曰く、俺本来のものではないらしい。

 真っ白な髪の毛の、見知った女。

 もしかしたら、俺と同じ世界から来たかもしれない女。


 彼女が本当に、俺の思っている女性かはわからない。

 しかし、最後の記憶の中で、トライスは確かに言った。



『総、その魔力は自由に使って構わないから……『第五属性』を、そして『カクテル』を追って。その先で、もう一度、会おうね?』



 まるで、この状況を予見していたみたいじゃないか。

 ここで『第五属性』の実験を進める。それを望んでいるみたいだ。


 彼女はきっと、俺の予測もつかないような何かに関係している。

 あの口振りからすれば、暫くは会う事もできないのだろう。

 だけど、俺が進む事で、彼女に少しでも近づけるのなら。

 それは、俺の望む所だ。


「いや、本当に使っていいのかと、思ってさ」

「……君が自分で作ろうと言った機械じゃないか」

「分かってる。その覚悟は決めた」


 進んでやる。近づいてやる。

 今度は面と向かって会話してやる。


「総! 準備オッケーだよ!」


 装置の最後の調整を終えたイベリスから、相変わらず元気な声が聞こえてきた。

 内部に樽のセッティングを行ったらしい。中に詰まっているのは、色々な人に魂を分けてもらった『ニューポット』入りの樽である。


「やぁやぁ、アルバオ君に夕霧君。ついに実験だってね」


 続いて別方向からも声。

 見やれば、ホリィを先頭にぞろぞろと人間の群が迫ってきている。ホリィ研究室の面々がほとんど勢揃いに見えた。


「面白いことをやるって言うから、みんな来ちゃったよ」


 ホリィの声に合わせて、比較的ノリの良い彼らがいつもの調子で声をあげている。

 ……ん。その中に、見知った金髪が紛れ込んでいるけれど。何故彼も来たのだろう。

 不思議に思っていると、その金髪が俺の視線に気付いて睨み返してくる。


「僕は巻き込まれて引きずられてきたんだ。お前の実験になんて興味はないからな」

「…………」


 まぁ、本人がそう言うならそうなんだろう。

 俺はアルバオに簡単な説明を任せ、イベリスが手招きする方向に歩く。


「どうやって動かすんだって?」

「難しいことないよ。設定は終わってるから、あとはここに手を当てるだけ」


 イベリスが指した箇所は、黒い取っ手のような金属のユニット。

 両手で包み持つ感じだろうか。


「くいっと手を当てて、あとは魔力を送り込む感じ。安全装置が起動しなければ、あとは自動で吸い取っていくよ。手を離せば止まる感じ」

「安全装置って?」

「中に異物があったら動かないようになってる」


 ああ。なるほど。

 確かに、装置の中で居眠りしてたら十年も年取ってましたとかシャレにならんな。


「総。説明終わったよ。いつでも起動して」


 アルバオからも許可が出た。

 研究室の面々も、期待に目を輝かせている。

 最初は軽く、いつも『第五属性』が発見される二週間程度を目安に行うつもりだ。

 五千倍で時間が進むとしたら、五分も手を当てていれば十分だろう。


「それじゃ、いきます」


 ゴクリと息を呑み、俺はその装置の動力ユニットに触れる。

 指の先から、必要とされている魔力を送り込むイメージ。

 あとは勝手に機械がやってくれる。


 ブオォンと鈍い音がして、装置が作動した。

 俺から力を吸い上げるように、そのエネルギーが機械全体に行き渡り。

 動いた。


 カラン。


「…………?」


 機械内部から、不思議な金属音が聞こえた気がした。


「……イベリス。さっき中で部品が飛んだ音しなかったか?」

「そんなわけないと思うけど。一端中止する?」

「……一応な」


 俺は動力部から手を離す。機械は特に不審な動きも見せずゆっくりと動作を止めた。


「……総、どうしたの?」

「何か、問題が発生した気がした」


 ざわざわと、何事かと騒ぐ人々を尻目に、俺は頼んで装置のシャッターを開けてもらった。

 そのまま中を覗き込む。

 そして、一緒に覗き込んでいた数人と、口を揃えてこう言った。


「え?」


 装置の中に確かに入れた筈の『樽』が消失していた。

 後に残っていたのは、その『樽』に詰めてあったはずの零れたニューポットと、留め具としてハマっていた金属の円環。

 そして朽ち果てて、原型を留めていない木片である。





「どうやら。その濃縮された時送りの魔力そのものに、樽の方が耐え切れなかったらしいねぇ」


 事情を鑑みて、ホリィから出てきた結論はそれだった。

 時間を早めるという魔法は、かなり魔力的な揺さぶりが大きい、という。

 そして、その揺さぶりに、樽が耐えられなかった。

 許容量を大きく越えた魔力をぶつけられて、樽はその特性を維持できずに崩壊。無属性で受け皿の広い『ニューポット』と、無生物ゆえに比較的影響の小さい金属の輪っかだけが残ったという話。

 俺が聞いた金属音は、樽が崩壊したときに留め具が地面に落ちた音だった。


「……せっかく装置を作っても、素材が耐えられないんじゃ意味がないじゃないか」


 俺の感想は落胆と共にその場にゆっくりと広がっていった。


「……もしかしたら、セシル先生もその辺りを計算に入れて、魔法を調整していたりするのかもしれないね」

「さっきの30倍程度ってやつか」

「そう。それくらいが、樽が耐えられる限界なのかもしれない」


 確かに、頭の良い人間なら最初に確認することかもしれない。

 時間を早送りしたとき、どれくらいが一番効率が良いのか。


 そしてそのノウハウを蓄積した上で、セシルがその時間を選んだとすれば。

 それが、最善のスピードであるということに他ならない。

 後追いでは、彼の研究に追いつく事は大変に難しい、という意味になる。

 しかし、その事情とはまた別のところで、俺の心はささくれ立っている。


「くそっ!」


 口から思わず、悪態が漏れていた。

 ここまで順調に来たと思っていたのに、こんなとこで躓くのか。

 せっかく、手が届くと思った。

『ウィスキー』に出会えると思った。

 もう少しで、トライスの……『伊吹』のいるところまで辿り着けると思ったんだ。

 それが、甘かった。ズルをしようとして、見えているハシゴを落とされた。

 言葉にできない落胆と、喪失感のようなものが俺の心に渦巻いていた。


「まぁそう気を落とすな青年たちよ」


 アルバオと俺が肩を落としていると、慰めるようにホリィがぽんとその肩を叩く。


「負けたって仕方ない状況なんだし、その『ニューポット』の実験だってゆっくりやればいい。中間発表に間に合わなくても、重要な発見には違いないんだからさ」


 ホリィの言葉も、もっともだった。

 別に、セシルに負けたところで何があるというわけではない。

『第五属性ポーション』の発見者としての矜持は保てないかもしれないが、それだって『ホワイトオーク』内部だけのこと。

 その先の、もっと対外的な発表の場面では、同じスピードで研究できるのだから、評価が逆転するかもしれない。

 そして時が経てば、それこそ地球の30倍くらいのスピードで『ウィスキー』は完成するかもしれない。

 それくらいの可能性を『ニューポット』は持っている。


 そんなことくらい、俺も、アルバオも頭の中では分かっている。

 分かっているけれど、納得はできていないのだ。

 アルバオは絞り出すように、小さな声で応える。


「……分かってますけど」

「大丈夫大丈夫。気にしない気にしない」


 ホリィのその不似合いに明るい慰めの言葉に、アルバオはキッとホリィを睨む。

 だが、そこでホリィにぶつけるべき言葉がないことに気付いて、俯いた。


「……分かってます。だけど、悔しいじゃないですか。ここまで、頑張ったのに」

「……悔しい気持ちは大切さ。とにかく、今は休みたまえ。君にはまだ未来があるんだから」


 それから、ホリィはガレアタ親方の方に足を向けていた。聞こえてくる言葉からするに、もう暫くこの装置をここに置いてもらえないかと頼んでいる様子だった。

 機人は作った機械に興味を無くしたら、いくらでも次の材料に変えてしまう。それを止めるためのひと言だろう。

 この機械は、まだ有用だ。

 本当は諦め切れていないのは、ホリィも同じなのかもしれない。


「…………」


 見れば分かるほど落ち込んでいるアルバオだが、俺だって気持ちは似たようなものだ。

 俺達だけじゃない。ここに至るまで苦労してきた人間なら、多かれ少なかれ思う。

 自分たちが見つけた成果で、先を行かれるのは悔しい。




「……………………」


 ふと、俺達を見ている中の一人、ギヌラと視線があった。

 ギヌラは相変わらずこちらを睨むように見ていたが、その険しい表情のまま、背を向けてその場を去っていった。

 彼が去ったことに、その場の誰も気付いた様子はなかった。



※0425 誤字修正しました。

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