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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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211/505

魂のテスト

二十時更新の1話目です。

 工場内の気温は、冬とは思えないほど高い。

 むっと蒸すような熱気は、人ではなく、酒のための空間特有のものだ。独特の麦っぽい甘い香りと、仄かなアルコール感が脳を揺さぶる。

 工場の中は、やっぱりというか、俺のイメージしていたものとは違った。

 しかしそれは、あくまで俺が現代の工場のイメージを持っているからだろう。

 ひょっとしたら、ビール工場と言えばこういったイメージを描く人の方が多いのかもしれない。


 一際目をひくのは、おけだ。

 それも、そんじょそこらのデカさではない。縦横うんメートルはありそうな大槽。

 恐らく、発酵を行うための槽だろう。あの中では今まさに、麦芽に含まれていた糖分が、酵母によってアルコールへと変貌を遂げているのだ。

 その他にも、見えるのは火をたいている大釜や、その火を見てにらめっこしている人。

 貯蔵用の樽らしきものを転がして運んでいる人。

 額の汗を拭いながら、一生懸命に槽の中身をかき混ぜている人。

 大きな倉庫の一つで見えるのはそのくらいで、他の作業は他の倉庫で行っているのだろうか。



 ビールとウィスキーの製造方法は良く似ている。

 ウィスキーの原料や、発酵、蒸留などの工程は説明した通りだが、ビールも大体はそれと変わらない。

 発酵させる前に一度煮沸し、その際に苦み成分のホップを加えること。

 それを除けば、蒸留までの手順は、ほぼ同じと見て良い。


 一番大きな違いは、やはり蒸留させないということだ。


 現代的に言えば、一度発酵したあとに、もう一度発酵させる熟成という工程を経て、出荷されることが多い。

 この世界で、そこまで行っているのかは分からない。

 俺はバーテンダーであって、酒造にはそれほど詳しくはない。



「……なんだお前さんらは」


 俺達が入り口のところに突っ立ってぼーっとしていると、深い皺を顔に刻んだ老人に声をかけられた。

 見た所、年の頃は六十後半に入っているだろうか。ずいぶんと着古した作業着に身を包み、白髪の頭に帽子を被って、俺達を訝しげに睨んでいた。


「あ、いきなりお尋ねして申し訳ありません。実は私達は『ホワイトオーク』の者なのですが」


 一応、この場の最初の挨拶はアルバオに任せてある。この中で唯一、純粋に『ホワイトオーク』の人間だと言えるのは彼だけなのだから。


「ホリィ・オークロウ研究室のアルバオ・グレイスノアと言います」


 アルバオがペコリと頭を下げる。老人はアルバオのみならず、俺やギヌラにも鋭い視線を向けてから尋ねた。


「ほん。有名なポーション屋さんが、こんなところに何の用かね?」

「実は、私達の新しい実験に、あなたがたの力をお借りしたいと思いまして」

「実験ね」


 冷ややかに単語を切り取ったあと、老人は自己紹介する。


「わしは、一応この工場の責任者をやっとるメサ・オーグエンってもんだ」


 メサ老人はややしわがれた声で答え、その後に再び俺達をジロジロと見た。

 そして、俺とギヌラを指差し、尋ねる。


「お前さんら、この辺りのもんじゃないな?」


 言い当てられて少し驚いた。俺の容姿は、この国の人間とは趣が異なるので分かりやすいことだろう。

 しかし、俺の目から見て、ギヌラとこの辺りの人間に、それほど造形の違いがあるとは思えない。


「はい。良くお分かりになりましたね。私は夕霧総。こちらの金髪はギヌラ・サンシです。私達は二人とも、南のほうから研修に来た身です」

「……よ、よろしく、お願いする」


 俺が肯定しつつ、自分たちの名前を話す。

 そしてギヌラは、このメサ老人の鋭い眼光に完全に萎縮している。相変わらず……。


「ま、良いわ。話くらいは聞いてやりますよ。遠路はるばる、こんなとこまで来てくだすったんですからね」


 少し待っていろ、と俺達に告げた老人は、工場内に居た若い男性を捕まえて何かを話している。

 それが済むと、俺達を手招きして、工場の奥へと入っていった。





 俺達が通されたのは、応接室のような所だ。

 アパラチアンの部屋がポーション屋らしいなら、この部屋は『酒屋』らしかった。

 壁に並んでいるボトル棚は同じだが、どれも中身は空のようだ。棚には他にグラスが並び、気になるものもある。

 小瓶に入れられた麦だ。ラベルが張ってあり、産地と一緒に特徴も細かく書いてあるように見える。


 老人はその一室の中央にあるテーブルのソファに座り、俺達を反対側に座るように促した。席配置は、アルバオが真ん中である。以上。

 俺達が落ち着いたところで、老人が会話を始める。


「で、聞きますか。お前さんらの目的ってもんをね」

「はい。実は私達は今『第五属性』の研究を行っているんです」

「『第五属性』? そんなもんが、わしらとどんな関係があるのかいね」


 アルバオの答えに訝しげに目を細め、額に刻んだ皺を深くするメサ老人。

 声の調子は硬質なまま、アルバオは答える。


「その実験に、あなたがたが作っている『麦芽』を分けていただきたいのです」


 一息で、簡潔に要求を伝えたアルバオ。

 俺達はじっとメサ老人の答えを待つ。

 老人の顔は厳しいまま、しっかりと歪んでいた。


「『麦芽』ね。おい、そこの黄色いの」

「……え、僕か?」

「お前だお前。お前以外に黄色いのがいるか」


 黄色いのと言われて、金髪のギヌラが少しムッとする。

 が、本当に少しで、すぐに萎縮したように老人の言葉を待った。


「麦芽ってのはなんだと思うね?」


 そんな質問を、ギヌラにぶつける老人。

 ギヌラは、はぁ? と一瞬だけ表情を変化させ、言った。


「これでも僕は博識なんですよ。麦芽とは麦を発芽させた状態のものでしょう」

「……それだけか?」


 ギヌラの、まったく意図を汲むつもりのない回答に、老人は酷く落胆させられたようだった。


「麦芽ってのはな。わしらにとって大事なものよ。これ一つで、全部変わっちまう。エールを作る工程の、ほんの一部だってのにだ。もちろん、麦芽だけじゃねぇ。全てに魂をこめてんのよ。そう、最初から最後まで、麦芽からエールまで。全部わしらの魂よ」


 深いため息を吐いてから、老人はギロリと俺達を睨んだ。


「いきなり、なんも知らん実験に使うから魂を分けろっつわれて。はいそうですかっつうやからはおるかね?」

「……あの、実験の内容が心配でしたら、ご説明を」

「そうじゃねえんだよな」


 アルバオも、やや噛み合わない返答を焦ってし、老人は更にため息を吐く。


「お前さんらも、こんな所に冷やかしにくるもんじゃねえ。味の違いも分からんうちは、ウチじゃ作業に関わらせもしねえもんだ。まだまだ麦芽を分かってねえってな」


 ギヌラもアルバオも、この老人の言葉に少し頭を垂れた。

 だが、俺は最後の言葉が、彼なりのメッセージに思えた。


「それはつまり、味の違いが分かるようなら、考えてくれるということでしょうか?」


 俺が少し身を乗り出すと、メサ老人はほう、と口を開く。

 そして、ニヤリと唇を歪めて、俺に向かって言った。


「やっぱりお前さんか。黄色いのは論外。そっちの固いのはガチガチだ。だけどお前さんだけは、違ったな。部屋に入ったとき、麦を見とった」

「……気になったんです。あれだけ大量の麦。その違いを見極められるようになるまで、どれくらいの時間がかかるのか、と」


 この世界のビールは、まだまだ。

 しかしそれは、外的な技術の話が大きい。

 未熟なのは、現代の科学に裏打ちされた温度の上げ下げや安定が難しいから。

 熱意がないのではない。熱意に技術が追いつかないのだ。


 蒸留技術が発達していないのは仕方ない。そういう世界だと諦めがつく。

 しかし、醸造技術までそうだと、簡単に切り捨てた『かつての俺』は、超が付くほどに愚かだった。

 酒に込められた思いを、想像することができていなかった。


 だけど、今は違う。思い出した。

 今は、ポーションでカクテルを作っている俺だが。

 その他の酒を、忘れたわけでは決して無い。


「いい目だなぁ。用意させたもんが、無駄にならずに済んでよかったね」


 メサ老人は、またしても少し待っていろと俺達に告げ、部屋を出て行った。

 部屋に残された俺達は、揃って少し息を吐いた。


「ごめん総。僕が緊張してたばかりに」

「謝らなくて良いって。圧迫面接気味だったのは仕方ないさ。それにあの人は最初から、こんな流れにするつもりだったんじゃないかな」


 何も分からない人間にいきなり変なことを言われて、はいそうですか、と応じる人はまれだろう。

 だが、あの人は、良い人そうだ。

 俺達、若い人間がこの場に足を踏み込んできた度胸なんかを、買ってくれていた気がする。


「で、黄色いの。なんでそんなに死にそうなんだ?」

「ほ、放っといてくれ。僕は昔から、目つきの鋭い老人に耐性がないんだ」


 どうやらギヌラの弱点が一つ判明した様子だった。いや、弱点だらけだから有効には使えないけど。

 俺達がそうやって少し肩の力を抜いていると、メサ老人が戻ってくる。

 その手には、三本のボトルが握られていた。褐色で、中の色は見えない。

 それぞれが、良く冷えている。ボトルに付いている霜でそれは分かる。この工場には冷蔵庫があるのかもしれないし、冬場だからかもしれない。


「グラスは、一緒で良いね?」

「……はい、大丈夫です」


 一瞬ギヌラを見て、こいつと同じグラスは嫌だな、と思ったのは内緒だ。

 メサ老人は、テーブルにボトルを置いて、それからグラスを用意する。

 そのあと、その三つを綺麗に並べて、ボトルを開けた。


 一本目のボトルは、俺から見て左のグラスに。

 二本目のボトルを、中央のグラス。

 そして三本目のボトルを、俺から見て右のグラスへと注ぎ入れる。


 並んだグラスには、それぞれ、違う色合いの液体が入っていた。


 ベースは小麦色だが、左から順に。

 白、オレンジ、黒。


 それを用意した老人は、さぁと腕を広げて言った。


「当ててみな。これらはそれぞれ、何が違うんかをね」


 その目は、鋭いものでありながら、期待の光を宿しているようにも見えた。



※0419 誤字修正しました。

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