それが試したかった
積み上げられた文献に目を通し、重要事項を書き写す。一日の大半を勉強に費やし、余った時間は、慌ただしく動く人々を横目で見る。
それが俺の、ここ最近の動きだった。
「まぁ、仕方ないけどさ」
「ごめんよ総。でも、実験は成功だよ。それで、話があるって室長が」
誰に告げたとも言えない言葉は、俺に実験の成功を告げたアルバオを苦笑いさせた。
『ジーニ』に『ネズの実』の適性を与える実験は成功した。樽とポーションが反応し、しっかりと効果の差が出てくるまで待った結果、効果の減少は見られなかった。
ホリィ研究室の面々がその実験を行い、様々な検証を行っていた間。
アイディアは出せても魔術的な協力は何もできず、知識がないために結果を見て分析もできない俺は、ひたすら勉強していた。
大半は魔法適性の組み合わせの話だった。融合するための魔法の選択と効果。素材ごとのセオリーとされる組み合わせ。より効果的だが、難しい手法などなど。
概論でさらっと習ったことを、具体的に勉強していた感じだ。スイはこの辺は完全に感覚的にしか言って無かったし、そもそも任せっきりで問題なかった。
ちょいちょいとアルバオが俺の様子を見にきたし、一応は大学卒業程度の教養はあるつもりなので、自習で詰まるところはなかった。
俺自身は魔法を使えなくても、実際にその効果を見せて貰ったりもしたので理解もしやすかった。
だが、自分だけ蚊帳の外は面白くない。
ギヌラが俺と違って思いのほか動き回っていたのも、それに拍車をかけた。
雑用として様々な仕事を振られ、それに不満を言いながらも、意外とさぼりはしない。
そしてあいつは、俺と違ってポーションの知識自体はあるのである。
それどころか、ホワイトオークの面々とは見方が違うのか、たまには鋭い意見すら言って、驚かれていたようだった。
まぁ、根拠がある発言というよりは、当て勘みたいなもので、それを成果と呼ぶには少し苦しいみたいだが。
ジーニでの成功に調子づいたホリィ研究室は、そのあともバタバタと次の作業に取りかかろうとしていた。
残りの『ウォッタ』と『テイラ』の実験だろう。
『白樺の炭』はともかく『リュウゼツラン』は、そもそもこの世界にあるのやら。
まぁ、今までの経験上似た植物はあるだろう。輸入経路的になかなか手間がかかるだろうが。
他にも、樽と反応させる前の、素材を加えた段階でのポーションの特徴の調査がある。
以前から研究していた『サラム』と今回の『ジーニ』の成功で、樽と反応させることができる適性部分の共通項が見つかるかもしれない。
それらの調査でも新たな発見があれば、今後の研究での大きな道しるべとなる。
そしてそれらはつまり、俺のことを構っている人的余裕がさらになくなるということ。
ホリィは、このタイミングで俺を呼んだ。
彼女は、何を考えているのだろうか。
「夕霧君。あらためて、君のアイディアに礼を言わせて欲しいよ」
「いえ、信じて試してくれたホリィさんのおかげですよ」
ホリィのデスクにて、アルバオを側に置いたままお互いに礼を言う。
だが、こんなことをわざわざ言うために、俺を呼んだとも思えない。
「それで、これからなんだが……君にひとつ尋ねたい」
「はい」
「そろそろ勉強は、飽き飽きしていたところかい?」
こちらが思っていても言いにくいことを、ストレートに聞いてきたな。
俺はホリィの真意を探ろうと表情を窺うが、その顔はにこにこと笑顔だ。
読めないが、どう答えても悪い反応はないだろう。
「正直言えば、多少飽きてます」
「正直だねぇ。でも、私もそうだろうと思っていたんだ」
ホリィはうんうんと、俺の心情を慮るように深く頷いた。そして、滔々と今の彼女の思いを語り出す。
「今回のこの結果でも『第五属性』の研究は進むだろう。しかし、これら『四大属性』のポーションから『第五属性』を生み出すのは、すぐに頭打ちになる」
「……そうなんですか?」
聞いた話では、まだ研究はあまり進んでいないという話だったはずだ。
ポーションの熟成も一年経ったかどうか程度。結論を出すのは早い気がした。
だが、ホリィに嘘を言っている気配はなかった。
「我々『ホワイトオーク』の中で最も『第五属性』に近いところにいるのは、実はセシル先輩でね。ウチとは予算が違うし、時空系の魔法使いを雇って研究を早めたりもできるから、その分結果も出る」
「……時空系……えっと、それで?」
「あの人の見立てでは『熟成サラムポーション』に発生する『第五属性』は、元のポーションに宿っていた魔力の、せいぜい三割程度が限界になるらしい」
頭でなんとなくその答えを考えてみる。
もともと、この『樽熟成』で作られるポーションは、元になったポーションの魔力適性に素材を合成することで変化を与えるのが手順だ。
そして、その変化を与えた分が『樽』と反応して、時間とともに『第五属性』へと変貌する。ということ。
それは逆に言えば、その変化を許容できる分しか『第五属性』になることができない。ということだろうか。
『サラム』がポーションとしての形を保ったまま『第五属性』へと変化できる許容量は三割程度が限界。というのが、結論として考えられそうだ。
「そして、次の中間発表が『第五属性』の『発展研究』である以上、セシル先輩以上の結果を出さなければ、彼の成果が一番ということになる」
「今回の発見では覆されない、と?」
「そういうことだね。私達は第五属性ポーションの『発見』以上の成果はあげていない。『発展』にはあまり寄与できていないのが現状だ。ポーション全体の評価ならまた変わってくるだろうけどねぇ」
ホリィは苦笑いを浮かべていた。
まぁ、どれだけ素晴らしい発見をしても、違う分野に発表しては評価されない。
そして、発展を見るというのなら、どんな発見をしても別の話になる。
どこの世界でも、往々にしてあることだ。
俺とセシルの間に横たわっている溝も、またそれであるのだから。
「しかし、私はあえて君にもう一度だけ、期待したい」
ホリィはそこまで言ってから、ニヤニヤと俺を見る。
俺はその、お前のことは分かっているぞ、と言いたげな視線に少し逆らってみる。
「…………と言いますと?」
「とぼけるねぇ。思えば『ジーニ』の提案をしたときから、君の目はギラギラしていた。そんなところは通過点だとでも言いたげにね」
バレていた。
俺がここ最近、勉強をしながらずっと頭に描いていた可能性を見抜かれていた。
肯定するように笑みを返すと、ホリィは視線を鋭くして、言った。
「このまま研究を進めても『第五属性』は『他属性』のおまけにしかならない。しかし君は『第五属性』単体のポーションを作るアイディアを、持っているね?」
その指摘に、俺ははっきりと頷いた。
「無属性ポーションを、ベースに使いたいと思っています」
「……無属性と来たか。そういえば、君がもちこんだ『リキュールポーション』も、無属性がベースと言っていたね」
「はい。四大属性のポーションに他の素材を合成すると、反発が起きたりして、歪に特性が変わりますよね。しかし、無属性ポーションではそれが起こりません。何を合成しても無属性ポーションはその特性を受け入れるんです」
それは、ポーションとしての許容性が、他の属性のポーションに比べて著しく高いということ。
それを順当に考えるなら、他属性のポーションが耐え得る限界の『三割』という壁を、越える可能性があるという意味ではないだろうか。
「だが、無属性のポーションなど、そんな簡単に作れるものではないよ。研究の素材にしようと思ったら、魔石を揃えるのにかなりの費用がかかる。ただでさえ、予算の少ないウチではとても実験に必要な量は……」
ホリィは俺の提案に困り顔を浮かべた。
この世界でポーションを作るには、その属性の魔石が必要だ。そして無属性の魔石は、他の四属性に比べて圧倒的に産出量が少なく、市場にも出回らない。
それが、確か常識であった。俺はそこに、静かに異を唱える。
「その点は大丈夫です。無属性のポーションを量産する方法はあります」
「……ふむ?」
「俺ではなくて『スイ・ヴェルムット』が、その方法を開発しています」
スイの名前を出したとき、ホリィと、アルバオが同時に目を丸くしていた。
「ウチの店では『リキュール』が重要ですから、どうしても無属性のポーションが必要になります。スイは魔道院時代から『属性のある魔石』を『無属性』にする研究を行っていたとかで、それを人為的に作り出すことができるんです」
「……驚いたなぁ。さすがは『二千年の魔女』だ。私の常識を越えているよ」
ホリィは頭をかかえながら、スイに賞賛のような、呆れのような言葉を送る。
しかし、と首を振って俺を見た。
「その魔女に教えを乞うには、こちらから出向くか、お越しいただくことになる。最短でも二週間弱。その時間は──」
「大丈夫です。実は、一緒に来てもらった機人のイベリスが、『音声だけ』なら遠距離で即座にやり取りする機械を開発しています。口頭だけの説明でもよければ、明日の夜には連絡を取り合う約束をしていますので」
「……アルバオ君。君は彼の言っていることが理解できるかい?」
「……理解は。ただし、納得はまだできていませんけど」
室長と研究者はお互いに見つめ合って、揃って頭を抱えた。
だが、ホリィはすぐにその現実を受け止め、俺に尋ねる。
「そこまで言うということは、心当たりがあるんだね?」
「はい」
ようやくここまで来たかと、思った。
この『ホワイトオーク』で基礎を習う傍ら、そのことをずっと夢見ていた。
「二つ、心当たりがあります。一つは『麦芽』でもう一つは『ブドウ』です。これらの特性を無属性のポーションに与え、樽で熟成させます」
はっきりと断言した。
その強い言葉に、ホリィが強く聞き返す。
「根拠は?」
「こればっかりは、心からの直感です」
ジーニのときに持ち出した小細工は排した。
無属性のポーションは、それらと違って無味無臭だ。同じ根拠をあげることはできない。
だが、一度は実績をあげた俺が、これだけ自信満々に言ったのだ。
信じて貰うために、わざわざワンステップを踏んだのだ。
ホリィは、キョトンとしたあとに、すぐに面白そうに笑った。
「良いよ。どうせ私達は他の研究につきっきりだ。君の直感の手伝いくらいは、させてもらおう。アルバオ君。彼に協力してやってくれ」
ホリィの断言が、すっと心まで届いた。彼女の言葉に、嘘や偽りは感じなかった。
命令されたアルバオが、かなり驚いた表情をしているのが横目に見える。
「君の直感に、私はかける。あんまり予算はないから、頼りにならないかもしれないけどね」
そう微笑んだホリィは、年相応の女性研究者のようであり。
同時に、面白い悪戯を思いついた、子供のようでもあった。
※0416 誤字修正しました。
 




