音声送る君再び
時間にして夜の二十二時。良い子はぐっすりと眠る時間だが、やや夜に食い込む生活を行っていた俺は元気な時間。
イベリスの部屋で時計を確認したあと、俺は静かにその機械の動力部に手を当てた。
ぶわっと、動力部に文字が浮かび上がる。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
静かに起動した機械が、音を立てる。
そのまま待っていると、一周間ぶりに聞く少女の声が聞こえてきた。
『総? 繋がってる?』
「繋がってるよ、スイ」
俺の返事を聞き、機械の向こうに居るスイは安堵の息を漏らした。
やや大袈裟なため息混じりのそれに、俺はなんとなく面白くない。
「あのさ、心配してくれてるのは嬉しいけど、少し過剰じゃないか?」
『だって総、初日から偉い人に喧嘩売ってたし。ポーション屋なんて魔法使いの巣窟だよ? 陰険な嫌がらせされてないかと心配で心配で』
「お、おう」
俺は彼女の声を受けつつ、チラリと後ろを振り返った。
スイの声をバッチリ聞いていた魔法使いのアルバオは、額をピクピクとさせていた。
隣のイベリスは、面白そうに腹を抱えている。この場の仲介は完全に俺に任せて傍観者気取りらしい。
「……そんなことより、スイ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『そんなことじゃないよ。ウチの大切な総に何かあったら大変だもん。私はそうでもないけど、根性腐った魔法使いなんてゴロゴロいるんだし』
もしかしたら、スイは魔道院にあまり良い思い出がないのかもしれない。
と、俺が半ば諦めの境地に立っていたとき、ついにアルバオが声を出した。
「……随分と、お喋りになったんだな。スイ・ヴェルムット」
しんと、静まり返った。
ややあって、スイが恐る恐るという感じに尋ねる。
『……どちら様?』
「君が言う、陰険な魔法使いの一人だよ。君と同じ年に卒業したね」
『……アルバオ・グレイスノア?』
ああ、とアルバオが小さく肯定し、スイの声のトーンが少し高くなった。
『……あの。魔道院ではお世話になりました』
「何をかしこまっているんだ。別に僕は君を恨んでなどいない、と何度も言ったよ」
『……そう、でしたね』
スイが敬語を使っているのが、ちょっと新鮮だった。
この二人は魔道院でもそれなりに交友があったと思っていたが、あまり友好的な関係ではないのだろうか。
スイの口数が目に見えて減り、代わりにアルバオが話題を振る。
「品評会の時に見たよ。まさか君が本当にポーション屋をやっているなんて」
『……魔道院のときから、そう言っていたと思います』
「冗談だと思ったよ。君のポーションの成績は誰もが知っていた。しかし、今年の品評会で革命を起こしたのは君だった。正直言って僕は悔しかったよ。こんなところで『また負けた』と思わされるなんて」
アルバオの自嘲に、スイは硬質な声で応えた。
『それは違う。私は確かにあの場にいたけど、革命を起こしてなんかいません』
「え? でも、確かカクテルを作ったのは……」
『私はあくまで理論を後付けしただけ。カクテルを作ったのはそこにいる人。なにもかも私の功績なんかじゃない。私はただ、助けて貰っただけ、ですから』
アルバオは驚いた顔で俺を見ていた。
俺は、なんと言ったら良いのか迷った。
スイの言葉はある意味では正しい。この世界にカクテルを持ち込んだのは俺だ。
だけど俺が『カクテル』を創ったわけじゃない。俺はたまたま、カクテルの技術を持っていただけだ。
それを創造したのは、遥か昔から酒に命を注いできたバーテンダー達だ。
「スイ、それは買いかぶりだ。知ってるだろ? カクテルは特別なことじゃないって」
『それでも、総が居てくれたから。私は救われた。今こうして、誰かのために働ける』
「……スイ」
スイのはにかんだような笑みが『見えた』。
俺はそれを、周りに人がいる場所で言われて結構恥ずかしい。
『あーはいはい! ご馳走様! でっ? 総ってばどうしてそのアルバオさんを連れてきたの!?』
と、機械の向こうからライの大声が響く。
そうだ、今は目的があったのだ。
オホン、と咳払いをしてから、俺はスイに頼んだ。
「スイ、頼みがあるんだ」
『なに?』
「このアルバオに、無属性のポーションの作り方を教えてやってくれないか?」
スイはそれに快く応えてくれて、スイ先生によるアルバオへの個人魔法講座が開かれていた。ビシバシ行くということで、敬語はナシだ。
俺はその隣で、フィルやサリーから営業報告と、近況を聞かせてもらった。
音声送る君は意外と高性能で、お互いの位置関係をそのまま、音声の特徴として送り出してくれた。ゆえに、お互いの会話に集中することができたのだ。
まぁ、それでもあえて聞こえてきたやり取りをダイジェストすると。
「はぁ!? どうしてそんな方法を試そうと思ったんだ!?」
『ちょっと、質問の意味が分からない。試しちゃいけないの?』
「頼むから、意味の伝わる言語で説明してくれ!」
『だから、そこは適性を感じとってから、こう、シュバッってなってるのを、スラーにする感じで』
「分からないんだよ!」
『で、それを応用したらできるんじゃないかと思ったらできたというか。ほらあれ、ジーニ属性減法則の中に出てきた──』
「脱線するな! それは今関係ないだろ!」
とまぁ、こんな感じであった。
アルバオは所々で驚愕し、ツッコミ、頭を抱えながら、どうにかこうにかスイの言葉を理解しようとしていた。
そして、俺がイベリスを交えて、常連さんとの面白おかしい出来事を聞いて楽しんでいた頃合いで、
『……分かった?』
「……ようやっと理解した」
アルバオの苦労が報われていたようだった。
俺はその様子を見て、二人に尋ねる。
「話終わったのか? こっちも丁度キリが良いところだけど」
『終わった。アルバオの頭が固くて時間かかっちゃった』
「誰の頭が固いんだ! 言っておくが、僕はこれでも柔軟なほうだぞ! だいたい、どうして君は論文では説明できることが口頭で説明できないんだ!」
アルバオは、結構限界まで来ている様子であった。その声に、イライラの感情を如実に滲ませている。
スイは少しだけ悩み、それから淡々と言った。
『……だって、論文ってキッチリ書かないと伝わらないから』
「それが良いんだ! キッチリ書くのが一番分りやすいんだよ!」
「スイ、それは俺も同意見だ」
ここぞとばかりに俺もアルバオに加勢した。スイは声にムッとした気配を混ぜる。
『……二人して、せっかく教えてあげたのに』
俺の加勢もあって強く言えなくなったのか、スイはつまらなそうに言って、ふぅーと、大きく息を吐いた。
『……ごめん。ちょっと疲れたから、今日はもう通話終わりにするね』
「ん? ああ」
スイの方から言ってくるのは、少し意外な気がした。
この前は、まだ話したそうにしている彼女に、勉強で疲れているからと俺の方から切ったのだから。
『……って、ちょっとお姉ちゃん大丈夫? フラついてない?』
そんな声に、俺はドキリとした。
忘れていたが、この機械は人間の『第五属性』の魔力を吸い上げて動いている。それは言い換えれば、使い過ぎると『魔力欠乏症』になる危険があるということ。
スイは常人に比べれば大分魔力量が大きいという話だが、それでも限度はあるだろう。
そして『第五属性』のポーションは、まだ『ホワイトオーク』で試作段階の代物。
もしスイに何かがあったら、俺の責任で彼女を──。
『だから昨日、早く寝ろって言ったのに。総と話すのがそんなに楽しみだったの?』
『ちょっとライ』
暫く音声が途絶えた。
そして、通話が再開される。
『……ふぅ。それじゃ総。また来週ね』
「……ああ。また来週。疲れてるところ、ありがとうな」
『どういたしまして』
そんな言葉でもって、俺達は通話を終えた。
魔力が途切れないように、都度動力部を触っていた俺は、うーと軽く伸びをする。
そしてアルバオに礼を言った。
「ありがとな。わがままに協力してもらって」
「いや、これも仕事だからさ。それに、久しぶりに『スイ・ヴェルムット』の才能の片鱗に触れられた。やはり彼女は、特別だ」
アルバオは、曖昧な笑みを浮かべていた。そんな表情をした人間を、俺は何度か見たことがあった。
自分の前に壁が立ちふさがって、しかし、その壁の高さに絶望してはいない。
むしろ越える壁が高いほど嬉しそうな顔をする。そんな人種の表情だ。
「……あれが『二千年の魔女』か」
アルバオの呟きに、俺は一つ大事なことを忘れていたのを思い出した。
思いっきり頭をかかえ、絶望する。
「……やっちまった。イベリス、やっちまったよ」
「……あー! しまったぁ!」
俺がイベリスに同意を求めると、彼女もそのミスに気付いたようで声を上げた。
俺達二人の落胆ぶりに、アルバオが焦って尋ねる。
「ど、どうした? もしかして、何か重大な要素を聞き忘れたとか? スイのポーション作成魔法も、無属性化もしっかり聞いたけど?」
アルバオの声に、俺もイベリスも揃って首を振った。
「違うアルバオ。そうじゃないんだ。そんなことじゃない」
「……じゃあ、なんなんだ?」
深刻そうに表情を歪めたアルバオに、俺とイベリスは声を揃えた。
「「スイを『二千年の魔女』ってからかうの忘れてた」」
「……………………」
アルバオは、何も言ってくれなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
明日はまた、複数話投稿を予定しております。
18時くらいからの予定ですので、よろしければ覗いていただけると幸いです。
※0417 誤字修正しました。




