【プランターズ・パンチ】(1)
ポーションの講義を一段落させた俺が次に欲したのは、もちろんアレだ。
俺の目の前にあるのは、小さめのショットグラス。
そして、その中に注がれているのは、褐色を帯びた液体だ。
「これだよ、俺はこのためにここに来たと言っても過言ではない。いや、過言だけど」
そんな意味のない自己完結を行うほど、俺の気持ちは昂っていた。
早くしてくれという思いを瞳いっぱいに宿した俺を、注いでくれたアルバオが呆れ顔で見ている。
だが、俺は待ち切れないのだ。
この『ホワイトオーク』で作られたという『熟成サラムポーション』を試飲するのが。
「どうぞ、ご賞味あれ」
「いただきます」
アルバオの許可を貰い、俺はそのグラスを口元へと近づけた。
香りがした。
甘い香りだ。
『ラム』──いや『サラムポーション』はそれ自体から、甘い香りはする。
しかし、俺が良く使っている透明の『サラム』は、すっと鼻の奥を通って消えていく爽やかな甘い香りだ。
ところが、この褐色の『サラム』は違うのだ。鼻に入った瞬間から、妖艶な雰囲気を感じさせる甘さ。少し焦げるような、ゆらゆらとたゆたうような、香りだけで酔ってしまうような、じっとりとした甘さがある。
それは、樽の甘さと言い換えてもいいだろう。
鼻一杯でその甘さを堪能したあと、俺は恐る恐る一口含んだ。
あまりにも使い古された表現だ。
だから、地球にいたころには意図して使わなかった表現だ。
それでも、実に半年ぶり以上に飲んだその甘さに、俺は感動と手垢のついた表現を送ろう。
まるで、カラメルのように、口に広がる甘ったるい風味があった。
太陽に焦がされたような、美しいその色合い。
そのイメージから外れることのない、甘く、しかしほんのりと苦い風味。
呑みこめば黒糖のような後味が口一杯に広がり、すっと鼻をくすぐって抜けていく。
なにより、喉を焼いていくこのじっとりとした熱よ。
熟成という期間を経て、ひと味もふた味も深くなった、酒自体の円熟よ。
カクテルにするよりも、むしろストレートやロックで飲まれることが多い、熟成された『ラム』の味わいが、そこにはあった。
本当に、この世界で頑張ってきて、良かった。
「そ、総!? どうして泣いているんだ!?」
「うそ、俺、まだ涙なんて残ってたんだな」
「冗談言ってる場合か!」
アルバオが出してくれたハンカチで目元を拭いつつ、俺は今一度その液体を見た。
正直言ってどの程度のものかと舐めていたのだが、まさかこれほどとは。
熟成年数は、長くても一年から二年程度だろう。そういう意味では確かに、地球で俺が飲んできたラムに比べれば、若い。
だが、それであっても、この感動には代えられない。ポーションは『樽熟成』が出来ないというルールを破った、その先の味わいがこれなのだから。
「ふふ。今まで、その味に驚いてくれた人はたくさんいたが、泣きだしたのは君が初めてだよ夕霧君」
その様子を見ていたホリィは、俺の驚きっぷりに嬉しそうな顔をする。
俺はこの感動を伝えたいと、立ち上がり彼女に近寄った。
彼女は何かに気付いた様子で、大きく腕を広げる。なるほど。
「本当にありがとうホリィさん!」
「さあこい! 腕の中で泣くがよいぞ!」
そして、ガバッとわざとらしく抱き合う俺達。
そこに邪な気持ちなど一切存在しない。
あるのは酒の神に対する純粋な感謝である。
「なに馬鹿やってるんですか二人とも!」
そんな俺達を、やっぱり耐性のないらしいアルバオが引きはがしたのであった。
「まったくアルバオ君は、大丈夫だよ。君の大好きなホリィさんは、こんなことで心を移したりしないよ」
「僕は馬鹿はやめろと言っただけです、室──ホリィさん」
その冷たい視線をはっはっはと受け流しているホリィ。
一緒に馬鹿をやっていた俺は、そこにどういう言葉をぶつけるべきだか、少し悩むのだった。
「いや、さっきは取り乱した、すまないアルバオ」
「本当に、馬鹿はこれっきりで頼むよ」
結局、混乱していたという設定で、俺はアルバオにペコペコと謝ることにした。
だが、それだけではない。
今度は俺の番だ。
「で、材料にこの『熟成サラム』を使っても良いんですね?」
「うむ。君の『カクテル』とやらの効果も見てみたいからね」
俺は自身が持ってきていた道具を、丁度良い高さの作業台の上に広げていた。
目の前にもう一つ机を用意し、俺の対面にはホリィが座っている。
さっきから俺達が何をやっているのかと言えば、まぁ、お互いの手の内を見せ合っているとでも言えばいいか。
まず、俺はここ『ホリィ研究室』で作られた『熟成サラムポーション』を味合わせてもらった。理論や効果などは置いておいて、俺が飲みたいと言ったからだ。
で、その次となると、今度はホリィが主張したわけだ。
昨日の【キール】も良いけれど、君の技術で高まる『カクテル』というポーションが見たいと。
それで俺は、カクテルを作る道具一式を広げているというわけだ。
「さて、ベースに『ダークラム』をご指定か」
今回のお客さんのご注文はシンプルだ。
ダークラム──『熟成サラム』を使ったカクテル。以上。
注文はシンプルではあるが、悩みどころでもある。
とはいえ、ダークラムに限定したカクテルはそれほど多くない。
ラムと一口に言っても、その種類は大きく分けて、三種類と三種類ある。
分け方だけで二種類あるのだ。
一つは、色による分け方。
俺がよく使うような、透明のラムは『ホワイトラム』と呼ばれる。
そして、それの対極、ウィスキーと見紛うような黒いラムは『ダークラム』だ。
その二つの中間、ほどよくカラメル色の付いたものを『ゴールドラム』と呼ぶ。
これが色でラムを分ける呼び方。どこまでが『ゴールド』でどこからが『ダーク』なのかは、見れば分かるとしか言い様がない。
まぁ、本当に、中間みたいな色をしている。
次に、味わいによる分け方だ。
口当たりが軽く、あまり濃厚でないものを『ライトラム』と呼び、
風味が濃く、濃厚で味わい深いものを『ヘビーラム』と呼ぶ。
それでもってこの中間もあって、『ミディアムラム』と呼ばれるのだ。
分け方だけでもこんがらがるかもしれないが、実際に蒸留方法やその素材、熟成の際に用いられる樽材の種類、加工なんかでも更に決まりがあったりする。
これに関しても、それだけで本の一冊や二冊くらい書けてしまうのだろう。
だから、端的に、それらの違いをまとめると。
樽の熟成期間が短いほど、色は薄く、味は軽くなり、
反対に期間が長いほど、色は濃く、味は重くなる。
これに尽きる。
話を戻すが、現在手元にあるラムは、まぁ、良い所ヘビーラムに足をかけた、ミディアムくらいの重さだろうか。
期間にしては、それなりに熟成が進んでいる印象がある。
便宜的にこれを『ダークラム』として扱うが、ラムベースのカクテルは意外と指定が細かいのだ。
カクテルは色や味わいが重要であることは何度も言っていると思うが、ダークラムの色や味わいは、主張が強いのであまりカクテルのベースに選ばれない。
カクテルブックのレシピを流し見ても『ホワイト』や『ライト』を指定していることが多いのだ。
では、諦めるのか。
そんなわけはない。
俺は頭にあるレシピを掘り起こし、今手持ちにある材料で作れるカクテルを、導き出した。
多少アレンジが入るが……あれならいける。
もともと、いくつもレシピがあるカクテルだし、今更一つ二つ三つ違いがあったところで……神様も許してくれるだろう。
「では、作らせていただきます」
言って俺は、持ってきていたバッグから材料を取り出す。
レモンジュース、シロップ、コアントロー。それに、昨日お土産として差し出したカシスリキュールの残りだ。
プラスして、ベースとしての『熟成サラムポーション』。
最後に、ポーチから弾薬を一つ取り出した。
「ん? それは?」
目敏くホリィが興味を持つ。そういえばスイにはあまり人前で使うなと言われているのだった。
とはいえ、他言無用とまで言われているわけではないので、軽く断れば大丈夫か。
「えっと、実は俺も一つだけ使える魔法がありまして。まぁ、あんまり気にしないでください」
愛想笑いを浮かべつつ、それもまた大事な材料としてことりと作業台に置いた。
さぁ、ここからスタートだ。
使用するグラスは、悩んだがロックグラスを選ぶ。タンブラーを指定する場合が多いのだが、アレンジの都合で今回はあまり液体の量が増えない。
グラスを清潔な布で拭き、そのまま端へと待機させる。
いつもは果実を切るところからだが、生憎ジュースで代用させてもらう。メジャーカップでレモンジュースを20ml、シェイカーに計り入れる。
次に手に取ったのはシュガー・シロップだ。こいつを大胆に15ml計り、それもシェイカーへと注いだ。
一度、メジャーカップを置いて、もう一つのメジャーカップに切り替える。こちらは45ml側を上にして、使用許可を貰った『熟成サラム』を、贅沢に45ml測り入れた。
シェイクで作るカクテルは、だいたい60mlが基準となるところだが、ショートカクテルでない場合には、その分量に拘らないこともままある。
これも、そういったカクテルの一つだ。
コアントローの蓋を開け、バースプーンを左手で取る。そのまま静かに、バースプーンにコアントローを傾け、スプーン一杯分──1tspを静かにシェイカーに落とした。
じつはこれで、シェイカーの準備は終了だ。
一度バースプーンを戻してコアントローの蓋をしたあと、右手でバースプーンを掴み直して軽く混ぜ、味を見る。
爽やかな甘みと酸味が、絶妙に混ざり合って独特の風味を感じさせた。
その味わいに満足し、俺は材料を『解除する』ことにする。
用意していた弾薬を掌に取り、少し行儀が悪いとは思いつつ、シェイカーの上へ。
そして、詠じる。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
俺の詠唱に従い、弾薬はいくつもの氷へと、その姿を戻した。
周囲から、驚いたような気配を感じるが、今はそれもどうでもいい。
静かに、氷をシェイカーの中へと落とし入れた。素手で触れてしまったのは、この環境なので勘弁してほしい。
十分に氷が満たされたと確認して、俺はシェイカーの蓋を閉じる。
ココンと、まな板に打ちつけてきつく閉め、シェイクへと移った。
今回のシェイクで注意しないといけないのは、材料のほぼ全てが常温であることだ。
普段ならば、冷凍庫で冷やされた『ポーション』がベースだったりするので、混ぜ合わせた液体もある程度は低温だ。だが今は違う。
ちんたらとシェイクを行えば、それだけ氷が溶け出し、味を損なうことになる。
常よりもスピードを意識し、しかし雑にはせず、力も込めず。
焦らずに急いで、中の液体を冷やし、混ぜていく。
手首を普段よりも意識して柔らかく、肘の動きを素早く。軽快なリズムで中の氷が跳ね踊るのを感じながら、シェイクする。
掌が伝える冷気の感覚が、カクテルの完成を告げる。
ゆったりとシェイクを終え、俺は即座に、用意していたグラスへと液体を注いだ。
薄い褐色の液体は、細かな泡と一緒にロックグラスを半分ほどまで満たした。
急いでシェイカーの蓋を開ける。
今度は用意しておいたトングでもって、特に大きい氷を選び、グラスに詰めていく。
氷の体積の分が増えて、液体はグラス八分目程度までそのかさを増した。
ここから最後の仕上げだ。
用意していて、未だ使っていない材料は一つ。
カシスリキュールの瓶を開け、コアントローと同じように左手にバースプーンを構える。
グラスの上で、ゆったりとスプーンに液体を満たすこと、二度。
静かに流し込まれたカシスリキュールは、薄い褐色の液体を滑り抜けて、グラスの底へと辿り着く。
これで、今の段階では完成である。
俺は、ふぅ、と一息だけ吐き、静かにそのグラスをホリィさんの前へと差し出した。
その際に、マドラーを添えることも忘れない。
「お待たせしました。【プランターズ・パンチ】です。結構アレンジしてますが、大筋は変わってないはずですよ。欲を言えば、レモンか何かで飾り付けもしたいんですけどね」
最後のひと言は蛇足だったな、と反省しつつ。
グラデーションが鮮やかなカクテルの名を告げた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
作中のレシピは少しアレンジが効いていますので、次回の更新(か後書き)にてそのあたりの補足も行おうかと思います。
(後書き補足)
作中に出てきた『熟成サラムポーション』は、『マイヤーズラム』と『バカルディブラック』それに『バカルディスペリオール』を混ぜたものを味の参考にさせていただきました。
※0414 誤字修正しました。




