『二千年の魔女』
魔法的な研究がどう行われているのか、スイを見ていてそれなりに知っているつもりではあった。スイは良く地下にこもって、適当な魔法陣とか、材料だとか使って良く解らないことをやっていたから。
しかし、実際に聞いてみると、俺が思っていたようなのとは、全然違ったのだと感心させられる。
スイがよく『私のやり方は万人向けじゃない』と言っていた意味もわかった。
「というわけだけど、魔法の基礎理論はわかったかい?」
「分かり過ぎるほど分かりました、はい」
アルバオの懇切丁寧な説明を受けて、俺は思わず敬語になっていた。
現在地はホリィ研究室、の隅。そこに黒板のようなものを置いて、アルバオが俺に色々な講義をしてくれる手筈になっている。
ちなみに、ギヌラはどこかに雑用として連れて行かれて、その先は知らない。
ポーションの基礎を知るためには、まずこの世界の魔法の基礎を知る必要があった。
俺がまったくその辺の知識を持っていないことにアルバオは呆れていたが、丁寧に説明してくれた。
この世界の魔法的なもので、根幹を成す重要な要素は二つだけ。
一つはそのまんま、魔力量。
これはまぁ、個人だったり、空間だったり、色々なものが持っている『魔的な力』の総量の話だ。
俗に言う、MPが高いとかは、このあたりの話。
それともう一つは魔法適性。
これは、個人が持っている魔力の『形状』──癖の話らしい。
で、人間にはそれぞれその身に備わる基準魔力量があるから、その大小で魔法の才能が決まる。
次に、魔法適性があって、それによって魔法の傾向や、向き不向きが選択されるらしい。
魔法とは魔力に定義を与えて、力とする技術。
魔法使いになるには、その絶対的な力とセンス、二つの才能が必要ってことだ。
というのを、アルバオは俺に分りやすく教えてくれた。
一応俺は、スイに説明を受けたこともある。
教えている最中に脱線するし、肝心なところは感覚で伝えられるし、根幹でない枝葉の部分がやけに詳しいしで、まったく頭に入ってこなかったのだが。
俺自身、絶対に魔法使いになれないとスイに太鼓判を押されていたので、身が入ってなかったのもあるだろうけど。
「なにを感動してるのかは知らないけど、良いのか?」
「バッチリよ」
アルバオ先生にぐっと親指を立てる。彼はうんうんと頷いて、次の話に入った。
「それじゃ、君が理解したほうが良い『ポーション』の概論に移ろう」
講義は次の段階に入った。
「もう一度確認しておくけど、君はスイの店から来た、で良かったね?」
「そうだけど。スイを知ってるのか?」
「……まぁ、終わったら話すよ」
スイの名前を出したとき、アルバオはやや難しそうな顔をしていた。
だが、今はポーションの説明が先と思ったようだ。
「で、スイはどうやってポーションを作ってた?」
「こう、魔石をこつんとやって、普通に水に融合させるみたいな感じ」
「それね、実を言うと、ほとんど彼女のオリジナル魔法だから。ひとまず忘れて欲しい」
「え?」
いきなり驚愕の事実だった。いままであんなにも間近で見てきたポーションの製法が、じつは王道ではなかったらしい。
「ポーションの作り方っていうのは、基本的には変わらない。魔石を水と融合させるというものさ。ポーションの特徴は、魔石から取り出した『純粋な魔力の塊』。だから、人間は『ポーション』を使って、己の身体に魔力を取り入れることができる」
魔力量と魔法適性の話。難しく考える必要も無い。
ポーションは、魔法適性を持たない純粋な魔力の塊。
だから、個人の適性に反発せずに取り込むことができるのだと。
「だけど、実際に魔石の成分は魔力だけかというとそうでもない。一般的には魔力が七割で、残りの三割は『分からないもの』なんだ」
「『分からないもの』ってのは?」
「本当に分からない。まだ、解明されていないもの」
……まあ、そもそも魔石なんて不思議物質があるのに、その中にさらに分からないものが混じっていても、俺は文句を言えない。
「で、この『分からないもの』っていうのは、はっきり言って『ポーション』には不要な不純物と考えられている。この不純物の含有量が、そのまま魔石の価値の違いに繋がる」
「『分からないもの』が少ないほど、値段が高い魔石ってことか?」
「その通りだよ」
魔石の値段、質か。
スイが普段使っている魔石がどんなものかも、なんとなく分かる気がした。
「それで、ポーションを作る上では、その『分からないもの』を除去するのに、かなりの労力がかかる。色々な触媒と、魔法的な処置を施して、『分からないもの』を全体の一割未満にするくらいが目標かな」
「……ふむふむ」
「この時点で、ポーションの値段が半分決まると言っても良い」
……さらっと言われたことだが、つまりこの作業に、かなりの費用がかかるのか。
「その段階で、味はどうなる?」
「不純物が少なくなればなるほど、すっきりとした、特徴のない味になるはずだよ」
つまり『雑味』みたいなものは、消えるというわけか。
「そこからは、まぁ試行錯誤だね。『ポーション』に宿った魔力が、許容できる限りの効果付与の時間だ。様々な魔法的な処置を施して、効果を上昇させたり、付加価値を高めたり。手順を簡略化したり厳格化したり、分量を比較したりと色々さ。どのような効果が起こるかを研究するのが、僕達の仕事だね」
さっきの話を考えれば、魔法適性の問題か。
やりすぎると、ポーションの魔法適性が変化しすぎて、ポーションとして体内に取り入れることができなくなる。
そのギリギリを攻めて、効果をどこまで高められるのかが、ポーション屋の腕の見せ所であると。
この作業で、魔力量そのものに働きかけたり、実用に困らない程度の範囲で適性を付与したり、そういった試行錯誤を色々と行うのが最終段階というわけだ。
「あくまで予想だけど、その『分からないもの』が少なければ少ないほど、ポーションの許容範囲は広がったりするのか?」
「そのとおり。だから、いかに『分からないもの』を減らすかも、研究課題の一つというわけだね。概要はこのくらいかな」
何か質問は? と聞かれて、俺はついにその問題に足を踏み入れた。
「それじゃ、スイのやっているやり方ってのは、どうなんだ?」
「…………」
アルバオは、どう説明したものか、と迷うような素振りを見せつつ、言った。
「はっきり言えば、彼女の魔法は革命的ではあったよ。大掛かりな魔法や装置を必要とせずに、『魔石』を水に溶かしてポーションを作った。これは確かに凄いことなんだ。だけど」
「だけど?」
「『分からないもの』すらも一緒に溶かしてしまう方法に、ポーション界が価値を見出すはずがない」
想像の通りだったか。
スイは本来、ポーションがどう作られるのかも知らないわけはなかったのだろう。
大掛かりな装置と、費用をかけて、しっかりとしたポーションだって作れるのだ。
それなのに、それを拒んだ。
彼女が作りたいのは『貧しい人』のためのポーションだった。
恐らく彼女が多用している、ポーションを作るための魔法もその一つ。
問題があるとすれば、さっきから言われている『分からないもの』だけなのだ。
それがある以上、どれだけ工夫をしようとも、すぐに限界が来てしまう。
出会ったはじめのころに、ちらりとだけ聞いた。
スイは、街の奨学金でもって『シャルト魔道院』へ、魔法の勉強に向かった。
そこで、実技、理論、実戦のほとんど全てにおいて優秀な成績を納め、主席での卒業を果たしたと。
しかし、そんな彼女でも『ポーション製作』の成績だけは振るわなかったという。
だが、それは彼女がそこでも信念を貫いた結果なのだろう。
「じゃあさ、もしスイが、その魔法に頼らずに普通にポーションを作ってたら、あいつが『ポーション』の成績だけ悪いなんてことには、ならなかったんだろうな」
「……え?」
「え?」
俺がしみじみとしていたところで、アルバオは本気の困惑を見せた。
その『何を言っているんだお前』と言わんばかりの顔に、俺も反応に困る。
「おうおう、やってるかね青年達よ」
丁度そんなタイミング、午前も終わろうかという時間に研究室に顔を出した女性に声をかけられた。ホリィさんであった。
「んん? 何を固まっているんだい? きびきび働きたまえ、給料払わんぞ」
「室長が払っているわけじゃないでしょう。そもそも遅刻ですよ」
「はいアルちゃん。減棒な」
「アルちゃんはやめてください」
はぁ、とため息を吐いて、アルバオは状況を説明する。
「いえ、すみません。さぼっていた訳じゃないんですが、どうやってスイの誤解を解こうかと」
「誤解?」
「いや、その、スイが本当は『ポーション』でもいい成績が取れたんじゃ、とかいう」
え、それ誤解なのか?
戸惑っているところで、話を聞いていたホリィがポンと手を叩いた。
「ああ『スイ・ヴェルムット』の話か。面白いよな。『二千年の魔女』って称号とか」
またその称号だった。俺は、思わず尋ねていた。
「ホリィさん。その『二千年の魔女』ってなんなんですか? 本人に聞いたら教えてくれなくて」
「ほう。こんな面白い由来の話なのにもったいないな」
ホリィはくく、と喉で笑ってからそれを説明してくれた。
「『二千年の魔女』とは、すなわち『千年に一度の才能』と『千年に一度の無能』を併せ持つと称された『天才魔法使い』に送られた称号だよ。ね、アルちゃん」
「だから、やめてくださいってホリィさん」
……なんか今、ちょっと面白そうな単語が聞こえたな。
『千年に一度の才能』と『千年に一度の無能』って。
アルバオは、相変わらず少しだけ言いにくそうな表情になりながら、答える。
「説明するよ。彼女は本当に天才だった。『シャルト魔道院』の入学条件と、卒業条件を知っているかい?」
「……ん? 十五歳で入学、十八で卒業じゃないのか?」
「違うよ。魔法の才が認められればいつでも入れて、優秀な成果を残せば出て行ける。条件はそんなところだ」
それはまた面白い条件だと思った。
入学に年齢制限がなく、卒業に必要な単位さえ集めればいつでも卒業できる大学みたいな感じなのだろうか。
「それで彼女は、十五歳という『歴代最年長』で入学し、十八歳という『歴代最年少』で卒業した。しかも、ほぼ全ての科目で満点を大幅に越えた成績を残してね」
「……それって、すごくないか?」
「すごいなんてものじゃない。彼女が『千年に一度の才能』と言われる由縁だ」
アルバオの言葉に、補足するようにホリィが付け足す。
「ちなみに『シャルト魔道院』の平均通院期間は、十二年ほどだったかなぁ」
俺の頭の中にいる青髪の少女の評価が、いきなり急上昇した。
あの、普段は割と無表情のくせに些細なことでぷっつんする美少女が、まさかそんな才女だったとは。
「……でも『千年に一度の無能』っていうのは?」
「……彼女は『ポーション』に関してだけは、本当に何をやっても駄目だった。どんな術式であっても、気付いたら自己流のアレンジを加え、すさまじく激烈な『何か』を作り出す才能にだけ特化していたんだ。それでいて、本人だけなぜか満足気なんだから、たまったもんじゃないさ」
頭の中に、スイと出会った当初のゲロマズポーションが浮かんでくる。
そうか。そういやそうだな。あいつ味覚狂ってるもんな。自分の感覚でポーションなんて作ったらそうなるし、そういうところ、頑固だろうしな。
俺の納得に合わせるように、アルバオは疲れた顔をして言った。
「ほとんど全ての分野をその手に収める『千年に一度の才能』と、たった一つの分野をどこまでもマイナスに突っ切る『千年に一度の無能』──二つ合わさったのが『二千年の魔女』っていう称号だよ」
アルバオの言葉を聞き、その称号には深く納得した俺が居た。
あと気になるのは一つだけか。
「ところで、アルバオはさっきからスイのことを良く知っているふうに話すよな」
「……まあ。良く知ってる」
俺の追及に、アルバオはあっさりと頷いた。
そして、少しだけ悔しそうな顔になって俺に教えてくれた。
「彼女が主席で卒業したその年、僕は第三席で卒業したんだ」
「……え、結構凄いんじゃないか、それ?」
「まぁ、良く言われるよ。その年でなければ主席卒業だっただろうにって」
そうなのか、実はアルバオはスイと同級生みたいなものだったのか。
そう零したアルバオは、なかなかに暗い瞳をしていた。この件に関しては彼も複雑らしい。触ってくれるなという気配が、滲み出ている。
そんな彼を、いきなり目の前のホリィが抱き締めた。
「ああもう、アルちゃんってば、まだ引きずってて可愛いなあ」
「なっ、離してください! あとアルちゃんは止めてください!」
「つれないこと言うなぁ、ホリィさんのおっぱいは気に入らないか?」
「そ、そういう態度が気に入らないんです!」
アルバオは強引にホリィを引きはがし、フーフーと威嚇するように息を吐く。
「こんなお固い彼なんだよ。適当に仲良くしてやってくれたまえ。はっはっは」
ホリィは言うと、俺の返事を待つ事もなく、わざとらしく笑ってみせる。
顔を真っ赤にした、いかにも女慣れしていなさそうなアルバオ君は彼女を睨んでいて。
女慣れしていないことには定評のある俺は、彼女の行為に素直に感心していた。
落ち込んでいる人を慰めるのに、そんな強引な力技があるのか、と。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
一応設定通りに書いているつもりですが、若干の変更などはありますので、
もし以前に出てきた設定との齟齬にお気づきでしたら、教えて頂けると幸いです。




