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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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203/505

消灯時間の少し前


 店側からの簡単な近況報告を受け、営業に関する話もそこそこに済ます。

 イベリスもイベリスで色々と、俺の立場が危うくなるような報告も済ませている。まじやめて。俺は悪くない。

 そして、時間があまり長くなり過ぎない程度で通話を終えた。

 店の定休日は週に一回。決めた約束の時間どおりなら、次に話せるのは一週間後ということになる。


「……さて、部屋に戻るか」


 通話を終えて、イベリスに軽く礼を言ったあと、俺は呟く。


「えー。別に泊まってっても良いよー」

「それは問題あるだろ」

「はっきり言われると、喜んで良いのか、悲しんで良いのか、迷うかも」


 んー、と頭を捻っているイベリスに苦笑いする。

 出会ってからもう半年以上経つが、彼女の子供っぽい印象は全く変わらない。背なども伸びているようには見えない。

 それに、どこに居ても変わらないという印象を覚えて、なんとなくホッとする。


「明日は別行動なのか?」

「そだね。私の方は、機人の仕事のお手伝いだから」

「そういや、ゴンゴラ親方の知り合いなんだってな」


 明日の予定を軽く尋ねれば、イベリスは明朗にそれを述べる。

 今日でこそ、俺の付き添いみたいな立場で歓迎会にも来ていたが、本来的には俺と彼女は別の扱いを受ける筈だったのだろう。


「一応、私のほうでも挨拶はしたんだけどね。ガレアタおじさんには」

「ガレアタおじさん。それが親方の知り合いの名前か?」

「そ、師匠の弟なんだって」


 弟か。というか機人って、弟とかいるもんなんだな。

 正直言うと、俺は機人の生活というか生態には詳しくない。

 ゴンゴラとイベリスが師弟というのはしっかりと分かるのだが、彼女らは実の親子ではないようなのだ。

 それを思うと、こっちから突っ込んで聞くのも躊躇われるので、いつか時が来たら分かるだろうと、触れないでいる。

 触れると、専属契約の話とか、もろもろに足を突っ込みそうなのも、躊躇の原因だが。


「まま。最初のうちは大変だと思うけど、やることは変わんないし! パパパっと仕事に慣れちゃったら、自分の時間も取れると思うよ!」

「……おう?」

「だから、作って欲しいものとかあったら、すぐ言ってね!」


 朗らかに笑みを浮かべるイベリス。そのアッサリとした言葉に嬉しくなった。

 言うまでもなく、彼女には本当に色々と助けられてきた。コールドテーブルを初めとした、各種機械の作成、点検、修理。

 それに加えて、機械を用いた材料の生産や出荷に関するあれやこれ。さらに俺の身の回りの、銃だのポーチだのの作成。

 俺がこの世界でバーテンダーをやれているのは、イベリスのおかげである。

 その上、こうして研修にまで付いてきてくれて、さらに俺の力になると言ってくれる。

 機人の専属契約がどんなものかはともかく、こうまでされて、彼女には本当に感謝以外の言葉がない。


「イベリス。こう言っちゃなんだけどさ。イベリスが付いてきてくれて、本当に助かってるよ」

「ん。なんかそういうこと言われると照れちゃうかも」


 にへへとはにかむイベリスの頭を、俺はワシワシと撫でる。心地よさそうに目を細めるイベリスにほんわかする。

 この遠方の地で『イージーズ』の影を残すただ一人の少女。ふとすると、このままずっと撫でていたくなってしまう。

 離れがたくなってしまう。

 しかし、そういうわけにも行くまい。

 俺は部屋を出る決意を新たにし、イベリスを撫でるのを止めて宣言する。


「さて、そろそろ本当に戻る」

「えー、もう終わり?」

「終わりだ」


 そんな物欲しそうな顔をするな、決意が鈍るだろうが。

 俺はオホンと、わざとらしく咳払いをした。


「それじゃイベリス、寒いから風邪ひくなよ」

「んー機人は風邪ひかないよー。総の方が気を付けてね」


 その本当かも嘘かも分からない言葉を受けて、俺はイベリスの部屋を出た。


 歓迎会はつづがなく終わり、浴場の時間ギリギリに飛び込んで事なきを得た身体はまだほんのりと温かい。それでも廊下に出ると、冷気が身体を締め付けるようだ。

 アルバオに確認を取ったところ、朝食の時間は朝八時、昼食は自由で、夕食は二十時。風呂の時間は十九時から二十三時まで。それ以降は個室でのみ入浴できる。

 現在時刻は二十三時過ぎなので、ギヌラと約束した消灯時間はもうそこだ。


 割り当てられた部屋に戻り、静かに扉を開ける。


「……ただいま」

「……ああ」


 一応声をかけると、椅子に座って本を読んでいたギヌラが、こちらを見もせずに声だけ上げた。

 どこに行っていたとか、何を読んでいるとか、そういった会話は特にない。

 俺は静かにベッドに横たわる。旅の疲れがじんわりと身体の奥からしみ出して、眠気を感じる。

 明かりが点いているが、このまま眠ってしまえそうだ。


 ぱたりと、本を閉じる音がした。


「……どうした? もう少し読んでいて良いぞ」

「ちょうどキリの良いところだ」


 まだ消灯まではあるはずだが、ギヌラはそう答える。そのまま椅子から立ち上がり、明かりへと近づいてこちらに声をかける。


「明かりを消すぞ」

「ああ」


 明かりは、部屋を入ってすぐのところだ。だが、ギヌラが率先して消してくれるとは思わなかった。

 ふっと、部屋が暗くなり、俺はそのまま布団の中に潜り込む。

 ギヌラもすぐに、そうした。


「なぁ、ギヌラ」

「なんだ?」

「もしかして、待っててくれたのか?」


 尋ねると、ギヌラはんん、と軽く咳払いしたあとに答える。


「はっ、理由が見当たらないな。どうしてこの僕が、お前なんぞが帰ってくるのを待つ必要がある」


 相変わらず尊大な物言いだが、少しだけ早口だった。

 そういえば、と、俺は先程の一件の礼をまだ言っていなかったことを思い出した。


「ギヌラ、さっきはありがとな」

「礼を言われる筋合いが見当たらないが」

「だから、セシルさんを、促してくれて」


 先程、キールを前にして固まったセシルに発破をかけたのはギヌラだった。

 あの状況で、『ホワイトオーク』となんのしがらみもないのは、ギヌラとイベリスくらいだった。それを思えば、ギヌラの言葉があの場では一番効果的だった。

 しかし俺を嫌っているギヌラが──その後にコソコソと隠れるような小心者のギヌラが、あそこであんな行動に出るとは思っていなかった。

 俺の言葉を受け、ギヌラは少し芝居がかった口調で繰り返した。


「だから、礼を言われる筋合いなど無いと言っている。良いか。僕はお前が嫌いだ。あれはお前やスイを助けるための行動じゃない。僕が単純に、あの男が気に入らなかったから動いただけだ。勘違いするな」


 そのあまりにも、面倒くさすぎて分りやすい動機に噴くかと思った。

 思わず、頭に浮かんだ単語を、小声で呟いていた。


「……ツンデレかよ」

「何か言ったか?」

「いや」


 少しだけ、俺の口調に含まれた笑い。

 それが癇に障ったらしく、ギヌラはさらに尊大な物言いで宣言する。


「とにかく、お前は僕に負けるまで、誰にも負けるんじゃない。品評会の屈辱はいずれ返す。というか、品評会だって本当は僕が勝っていた。だんだん腹が立ってきたぞ。ふざけるなよ、なんで僕が雑用なんぞ、くそっ」


 だんだんと、ギヌラの言葉は愚痴へと変わっていく。

 それを横に聞き流しつつ、俺は静かに、明日のことを考える。

 明日は少し早起きして、カクテルの練習をしないと。一日さぼると、取り返すのに三日はかかると言われる。

 他にも、今日は歓迎会だから詳しく聞けなかった研究の話とか、いろいろ。

 ポーションも飲ませてくれるみたいな話もあったし。


 そんな思考が、だんだんとりとめもない文字の羅列へと変わっていき、気付いたら俺は睡魔に身を委ねていた。


※0410 表現を少し修正しました。

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