室長二人
運ばれてきた料理は、ジャガイモを中心としたレパートリーだ。もの凄く勝手なイメージで悪いが、ジャガイモとベーコンとタマネギとウィンナーで、頭の中にあったドイツのイメージと重なる。
他にも、小麦粉を使ったピザみたいな料理やパンも並んでいる。
食堂で事前に頼み、このときの分の料理を作ってもらったらしい。
添えられた飲み物は、ワイン。赤、白の恐らく安物のワイン。それに加えて、ショウガの風味がする不思議なお茶など。
なお、イベリスは当たり前のようにジュースを勧められ、それを断ってワインに手を伸ばしていた。
「先程は見苦しいところをお見せしてすみません。楽しんで頂けてますか?」
俺が茹でたジャガイモに塩、こしょうなどで味付けされた料理を口にしていると、キリキリ働いていたアルバオの声がかかった。
アルバオは、先程の室長の、恥部を晒すような行いを少々恥ずかしがっているように、おずおずと俺に尋ねる。
「ええもちろん。それと、あんまり先程のことはお気にせず」
「いえ、その、お客さんに恥ずかしいところを……」
「これから二ヶ月は、一緒に研究するパートナーくらいの気持ちですから。逆にああやって普段の行いを見せて貰えるほうが有難いですよ」
俺が言いながら笑うと、アルバオも固い笑みを返してきた。
そんな彼に向かって、俺は一つ提案する。
「やっぱり、敬語やめませんか?」
「え?」
俺が提案すると、アルバオは少し面食らった様子。それでも俺は遠慮せずに続ける。
「多分同い年くらいですよね? 二十前半」
「ええ、まぁ、二十三です」
「じゃあ本当に同い年だ。自分も二十三ですから」
「へぇ……偶然ですね」
言葉では驚きつつ、アルバオも少しだけ嬉しそうにする。
年が同じだったことで、少し連帯感のようなものが芽生えたらしい。
「だったら、お互い遠慮ない関係のほうが──正直言って自分は気楽なんですよね。アルバオだって、ずっと同い年に敬語を使っていたら、疲れるでしょう?」
接客してるわけじゃないんだし。と、心の中で付け足す。
アルバオは少し難しい顔をしたあとに、はぁ、と諦めたように息を吐いた。
「分かったよ総。これでいい?」
「おう。んじゃあらためてよろしく、アルバオ」
アルバオの了承を得たところで、俺はこれさっそくと口調を崩した。
実は敬語からため口に変わる瞬間は、ちょっとだけ緊張する。俺もまだまだ、対人関係初心者だと思う瞬間である。
「それで、改めて聞きたいんだけど、さっきホリィさんが説明するはずだったことって、なんなの?」
「ああ。説明しようか」
アルバオはそこで『ホワイトオーク』と、この『ホリィ研究室』のことを説明してくれた。
どうにも、この『ホワイトオーク』の研究体制は細分化しているらしい。
まず、全てを取りまとめる『所長』のアパラチアン。
そしてそのアパラチアンを含めての、グループそれぞれにトップを置いた『研究室』という集まりがある。研究室の数は現在八つ。
研究室の研究の方針は、それぞれの室長に委ねられる。そしてこの『ホリィ研究室』は、研究室の中でも新しいところだとか。
研究室の中でも、更に幾つかのグループに分かれて、各々が『研究室』の色にあった独自の研究を行っているとか。
「それじゃ『熟成ポーション』の研究は、この研究室のテーマって感じか」
「いや、今はほとんどの研究室で、本来の研究をストップしてでも『熟成ポーション』の研究をしてるよ」
「へぇ? なんで?」
「……それは、また後で説明するよ。ちょっと、訳ありだからね」
俺が踏み込むと、アルバオは少し困った顔で断った。
歓迎会で話すような内容ではない、ということか。
「まぁ、そんなことより、そうだ。料理は口にあったかい?」
明らかに話題を変える口調だった。俺もそれに逆らうことはしない。
俺は自分の皿に取っていたジャガイモを再び口に含んだ。
「悪くない。うん、美味い」
「安心したよ。その料理が口に合わないと、食堂の利用が苦痛になるからね」
ちょっと濃い味な気もするが、気にするほどじゃない。
まぁ、ライやオヤジさんの作った料理に比べると、物足りない気もするというのは、俺が家庭の味に飢えているだけかもしれない。
アルバオは俺の感想に少しだけほっとしつつ、他の点を見つめてやや表情を曇らせた。
「……飲み物はあんまりかな?」
「……その、あはは」
積極的に肯定はしなかったが、その反応で伝わってしまったかもしれない。
俺が今、自分のものとしている白ワインのグラスは、あまり減っていない。
「ごめん。一応料理は融通できたんだけど、お酒は……安物しか用意できなくて」
「いや、そんな。準備してもらっただけでありがたいから!」
言いつつ、俺は気を使うようにその白ワインを一口含んだ。
ツンとくる、酸味だ。
口を刺激していくのは、若い感覚。荒々しさと言ってもいいだろうか。以前違うワインを飲んだときにも思ったが、この世界の酒は洗練されていない。
俺はワインを作る側じゃなく、ワインを扱う側だった。だから、何が足りないと具体的に説明することはできない。
それでも、味わいでなら言える。酸っぱくて、荒くて、そして深みが足りない。
地球のワインなんて、それこそカクテルの割り材に使う安いものばかり舌で覚えていたのだが、それを越える味にも出会わない。
これが安物だ、と言われればそうなのだろうが……。
「……総じて言えば、酸味が強く、香りと舌触りが拙い」
「これは手厳しいなぁ」
聞こえなくても構わない、くらいの感覚で言った言葉に、アルバオは苦笑いを浮かべていた。
この苦笑いが癖になっているのは、少しフィルと似ているかもしれない。
「純粋な疑問なんだけど、ワインを冷やして飲む、という発想はないのか?」
「冬場だし、良く冷えていると思うけど」
「いや、そうじゃなくて、それこそ『冷蔵庫』を使って、とか」
「…………冷蔵庫かぁ」
アルバオの難しそうな顔を見るに、やはりこの世界では『冷蔵庫』は一般的ではないらしい。高いしな。
だが、そのままだとずっと、このワインとお友達になるしかないのか。
俺はふむ、と考え、一つだけ試してみる気になった。
「ちょっとだけ、部屋に戻っていい? 取ってきたい物があるんだけど」
部屋に戻り、目的の物を確保する。お土産としてもってきたものの一つだ。
それを持って、暗くなった屋外を突っ切り、記憶だけを頼りに先程の中会議室へと向かう。
屋内とはいえ、廊下にも冷気が入り込んでいる。早く温かい部屋に入りたい。
ようやく辿り着いたと思うと、目的地の扉の向こうから言い争いのような声が聞こえた。
まだ現実を受け止め切れていないギヌラが喚いているのかと思ったが、扉を開けると、それが俺の誤りであることに気付いた。
「こんなことをしている余裕があるのかホリィ?」
「大丈夫ですよー、セシル先輩」
扉を開けて入ってきた俺に一同の視線が集まる。しかし、その視線はすぐにまた中央へと戻った。
口論をしているのは、この面々のトップであるホリィと、見知らぬ男性だ。
いや、この場には見知らぬ男性ばかりなのだが、その中でも見知らぬ男性だ。
背は高い。薄い金髪で鼻も高く、すらりとした体型の男性だ。だがその目元はかなり鋭くて、厳格な性格を連想させる。年の頃は三十代中頃だろうか。
そんな彼は、忌々しげにホリィを睨みつつ、声を荒げる。
「だいたい、会議室の予約を取ったかと思えば、こんな宴会騒ぎだなんて馬鹿げている」
「いやぁ、それで申請してちゃんと許可は降りてますんで」
「それがおかしいと言うんだ。歓迎会ならばしかるべき店を取れば良いだろう」
「そんなお金、ウチの研究室には無いって知ってますよねぇ?」
イライラとした表情を浮かべている男性──確かセシルと呼ばれていたか──と相反して、ホリィはひどくのんびりとした様子だ。
俺はこっそりと、テーブルに取ってきたものを置いて、遠巻きに見ていた男性にこの状況の説明を求めた。
絡んでいる男性は、セシル・オーグス。ここ『ホワイトオーク』に八つある研究室の『室長』の一人。
そして、そのセシル研究室は、どうやらホリィ研究室を目の敵にしているらしい。
その理由は何故か。
「だいたい、そんな研究費もろくに出ていない弱小研究室の成果で、品評会に出たのがそもそもの間違いなんだ。あげくの果てには最高評価を逃す始末とは」
まぁ、そういうことらしい。
前回の品評会で『ホワイトオーク』が提出したのは、ホリィが生み出した『熟成ポーション』だ。
そして、それさえなければ『ホワイトオーク』の発表は、セシルの研究だったらしい。彼曰く『伝統に沿った成果』とやらだ。
つまりセシルは、ホリィに研究発表の機会を奪われた挙句、そのホリィが順位的にはトップを逃したことが気に食わないと。
完全に、逆恨みじゃないか。
「いやぁ、最高評価を逃したと言っても、一応『最優秀賞』は貰いましたよ?」
「二位になんの価値がある。負けは負けだ。君は『ホワイトオーク』代表として出場した会でトップを逃したというのに、責任を感じはしないのかね?」
「すみません。面目ないですー」
形だけでは謝っているホリィだが、口調が軽い。セシルの怒気を受け流している風にしか見えない。
どうやら、この二人のやり取りは昨日今日始まったものでもないらしい。だから、ホリィ研究室の面々も、早く終わらないかな、程度の感想らしい。
ただ、一人を除いて。
「口が過ぎますよセシル室長! あなたは、実際にあのときを見ていないから、そういうことが言えるんです!」
その口論に水を差したのは、アルバオだった。
彼はホリィを庇うように声を荒げ、セシルを睨みつけている。
「……アルバオ君。相変わらずだね……君は、何故……」
セシルはアルバオを見て、やや苦々しい表情になる。
だがそれも一瞬のこと。すぐにその表情を改め、冷ややかに告げた。
「別に、純粋な研究結果で力及ばず負けたとしたら仕方ない。しかし、彼女は『インチキで最高評価を取った店』に負けたんだ。ポーションの歴史を考えても、これは由々しき事態だよ」
その言葉が響いたとき、場の空気がピシリと固まった。
チラリチラリと、俺のことを気にする人が居る。
俺はその視線を受けて、改めて一歩前に出た。
わざとらしく、足音を立てながら。
セシルの視線が、いきなり前に出てきた俺に合う。
俺はにっこりと、笑みを浮かべ、言う。
「どうも。ただいまご紹介にあずかりました『スイのポーション屋』の夕霧総です。以後お見知り置きを」
心ではすでにスイッチをオンにしている。
今の俺は、完璧な笑みを浮かべているに違いない。




