歓迎会
「皆さん『ホワイトオーク』へようこそ」
「「「ようこそ!」」」
アルバオを含めた面々の声。
そのささやかな歓迎会は、研究棟にある中くらいの会議室らしきところで行われた。
集まっている人の数は、十人前後だろうか。研究所というからもっと年のいった人間が多いかと思ったが、二十代から三十代くらいの人間が多いように見えた。
歓迎の声を受け、俺とイベリスは笑顔を浮かべつつペコリと頭を下げる。ギヌラはやけに満足気な表情で、うむと頷いていた。
「歓迎会といっても、進行もなにもないので。軽く自己紹介をして、そのあとは流れでお願いします」
そう伝えてくるのは、ここまで案内をしてくれたアルバオである。
見た所、彼がこの中では一番若い。単純な年齢というよりも、雰囲気が。
ここに居る人々が俺に向けている視線は、好奇心に彩られていながら、探るようでもある。
俺の素性というか、俺がここに来た理由は色々と知れ渡っているのかもしれない。
もちろん、『カクテル』という、新しいポーションをこの世界に持ち込んだ人間だということも。
あまりジロジロと見ているのも失礼だし、さっさと自己紹介は済ませてしまおう。
「どうも初めまして! もしかしたら知ってる方もいらっしゃるかもしれませんが、一応『スイのポーション屋』というところから研修で来ました、夕霧総です。短い期間ですが、色々と勉強させて貰いたいと思います!」
第一印象は大事なので、しっかりと明るく、ハキハキと喋る。
周りの反応も、まずまず。やっぱり、俺のことを知っている様子であった。
「私はイベリスです! 機人なので直接関わらないかもですが! よろしくお願いします!」
俺が発言すれば、すぐそれに続くイベリス。彼女の発言に対しての周りの反応もまた、まぁまぁであろうか。
そもそも、俺はここ『ホワイトオーク』が機人とどんな関係を築いているのか、実は詳しく知らない。ただ、ゴンゴラ親方の知り合いがここでなんらかの仕事をしている、とだけ知っている。この場には、今は居ないみたいだが。
「そして、僕が『アウランティアカ』のギヌラ・サンシだ。ひとつ、よろしく頼む」
最後にギヌラが自己紹介をしていた。この場にそぐわぬほど偉そうである。
ちなみに、彼はこういう多数の人間に注目されている場だと、盛大に虚勢を張る癖があるようだ。結果として、目上の人間であっても尊大な振る舞いをしてしまうのだ。
それが不興を買うこともあり、初対面でのコミュニケーションの失敗例その二といったところか。
これは俺もフォローのしようがない。だが、意外なことにこの場の面々はそんなギヌラをニヤニヤと見つめている。生意気な人間に対して、寛容なのか?
俺が疑問を覚えていると、一人の女性がアルバオに代わって少し前に出てきた。
眠たい目をした、くたびれた雰囲気の美人だ。綺麗な金髪をボサボサにして、野暮ったい白衣を羽織っている。しかし、その胸部はとてつもない存在感を放っているので、魅力的と言っても差し支えないだろう。年の頃は二十代後半くらいか。
彼女は、ポリポリと頭をかいたあと、あー、と前置きをしてから語り出した。
「えー諸君。『ホワイトオーク』にようこそ。……君達はどうせ碌な説明を受けていないと思うが、私も面倒だから省こう。端的に立場を話すと──」
「室長! 説明する手筈だったでしょう!」
その女性が何かの説明を端折ったのだろう。後ろに下がったアルバオが少し鋭い目で女性を睨んでいた。
が、女性はアルバオをちらりと見て、続ける。
「説明は面倒なので、後でアルバオ君に聞いてくれ。私はこの研究室の室長、ホリィ・オークロウだ。気軽にホリィさんと呼んでくれたまえ。この面々では一番偉い。以上だ」
「室長! それじゃ名前しか分かりませんよ!」
「アルバオ君。君も親しみをこめてホリィさんと呼べと言っているだろう。人の嫌がる呼び方を進んでするというなら、私も君をアルちゃんと呼ぶぞ」
「…………」
この室長であるホリィという人物が、わりと適当な人間であることは分かった。
だが、俺の頭の中には、はっきりとその『ホリィ・オークロウ』という名前が残っている。
『サラム属性の熟成ポーション』の基礎理論を発見した研究者の名前を、俺が忘れるわけがない。
俺の目に力が入りすぎていたのか、ホリィは俺と視線を合わせると、ニヤリと楽しげな笑みを浮かべた。
「良い目だね、夕霧君。いや、あえて言おうか──『特別最優秀賞』の受賞者君」
「……これはまた、穏やかじゃない、感じですね」
俺もまた薄い笑みを浮かべて、彼女に向き合う。
少しだけ、空気がピリピリと緊張感を帯びていた。
彼女の打ち出した『熟成ポーション』は、先のポーション品評会にて『最優秀賞』だ。
一方、俺の持ち込んだ『カクテルポーション』は、その上に設けられた『特別最優秀賞』という賞を貰った。
それはつまり、俺さえいなければ、彼女こそが今年の品評会で最高の栄誉に輝いていた、ということである。
彼女の『熟成理論』はそれまでのポーションを越えたところにあった。だが、俺の『カクテル』は、それまでのポーションとは全く違うところにあった。
俺というイレギュラーが、正当な研究で評価を受けた彼女に泥を塗ったとも言える。
お互いに初対面であるが、因縁としては浅からぬというところ。
「ふふ、実を言うとだね。私は君に会うのを楽しみにしていたよ」
「奇遇ですね。自分もです」
俺が答えると、ホリィはぐいっと前に出て、俺へと近づいてくる。隣でイベリスが身構えたのを感じるが、俺はポンと彼女の肩を叩き、俺自身も前へ出た。
そして、お互い、睨み合うくらいの近さになってから、
ぐっと握手を交わす。
「いやー、本当に会いたかったよ。実は君から貰ったアドバイスで更に色々進んでね。改めて話を聞きたかったんだ」
「こっちこそ、熟成の研究がどう進んでいるのか気になって、夜も眠れないくらいでした。あ、お土産を持ってきてるので、良かったらどうぞ」
「ほう、後で頂こうじゃないか」
お互い、にこにこ笑顔で腕をブンブンと振り、満足したところで離れた。
まぁ、多分こんな人だろうとは思っていた。伝統や格式を重んじるのが『ホワイトオーク』なら、積極的に新しいことに取り組むのもまた『ホワイトオーク』だ。
アパラチアンが俺をここに送り込んだのなら、ここはきっと彼の思想に近い場所。
彼が俺を認めてくれた以上、ここの人達も俺を認めてくれるはずだと信じていた。少なくとも、いきなり敵対的ではないだろうと。
「それじゃあ、あらためて宴の始まりといこうじゃないか。各々適当に会話してよし。存分に『ホリィ研究室』のことを知らしめてやるがいい」
そのホリィのお許しが出たところで、歓迎会は粛々とスタートしたのだった。
「カクテルって新しいポーションだってな。見せてくれるんだよな?」
「俺も品評会行きたかったなぁ、どうせ今年もつまらないと思って……」
「すんげー美味いんだろ? あ、今度ウチのポーションも飲ませてやるよ」
俺に興味を示したのは、比較的年が近い男性連中。なんとなくだけど、新しいモノ好きの酒好き、って匂いがプンプンした。
研究者というからには、もう少し落ち着いた──失礼な言い方をすれば根暗っぽい人種が多いと思ったが、フレンドリーにされて迷惑はない。
俺は愛想笑いを浮かべつつ、和やかに彼らと会話をすることにした。
「わー可愛い! ねぇ君ほんとにあの『おやっさん』の知り合い?」
「イベリスちゃんね! へへー。手おっきいんだね」
「和むなぁ。うち男比率高いから、あなたくらいの子、全然見ないのよ。つい構いたくなっちゃう」
イベリスをもみくちゃにしているのは女性陣だ。その理由もまぁ、彼女たちが話している通りだろう。
無遠慮に撫でられて、イベリスはありがた迷惑っぽい微妙な表情だが、力任せに振り払うことまではしないでいる。
そして。
「お前がギヌラか! 待ってたぜ」
「はは! ウチは慢性的な人手不足だからな」
「よろしく頼む」
ギヌラに近づいて肩をバンバン叩いているのは、比較的年長組だろうか。
俺はそっと、耳だけ意識を切り離してギヌラ達の様子を窺う。
「いやー。ウチは変わり者が多くてな。進んで入ってくるのがいなくてな」
「単純な労働力が足りなかったんだよなぁ」
ふむ、やはりギヌラのことも、雑用係的な認識でしっかりと広まっていると。
「ふむ、つまり僕の登場を待ちわびていたと」
「お、そうだそうだ!」
「よっ! 頼りにしてるぜ!」
「ふふ。なるほど、仕方ないなぁ」
そしてギヌラはまだ気付いていない、と。
ついでにギヌラは、乗せて煽てられると、良くわかっていないのにその方向に進んでしまう。その結果、面倒を巻き起こす。
これが、ギヌラのコミュニケーションで良く見る失敗例の三だ。
いや、失敗は言い過ぎか。別に短所ではない。これは彼の良い所だ。
扱いやすい人間は、とても良い。
「皆さん! 歓迎会だからってもっと落ち着いて! あと、お料理と飲み物届きますから誰か運ぶの手伝ってくださいよ!」
そんな空間にて、アルバオが精一杯声を張り上げていた。彼の隣ではその光景を面白そうに見ているホリィの姿もある。
彼の声は届いているだろうが、あまり動きに変化のない面々だ。どうやら彼が一番の下っ端というのは、嘘ではなさそうだ。立場が弱い。
アルバオが声を張っていても届かない現状に呆れたのか、ホリィが気だるげに、一声だけかける。
「あー。次の中間報告だが『〆切を伸ばして欲しい』と絶対に頼まない奴だけそこで会話してて良いぞ」
「「「アルバオ! 早く取りに行こう!」」」
綺麗に息のあった声で、俺達に群がっていた奴らが散った。
その潔い屑っぷりに、呼びかけていたアルバオの方が俯いていた。
俺も微妙に経験があるからなんとも言えないが、研究の〆切は守れよ……。
余談だが、料理が運ばれてきている段階で、部屋に一つの声が響いた。
「はぁあああ!? ぼ、この僕が! ざ、ざあ、雑用扱いだとぉ!?」
ようやく気付いたらしい誰かの声だが、あえて誰とは言うまい。
※0406 誤字修正しました。
※0407 誤字と表現を微修正しました。




