【カルーア・ミルク】(1)
安価なポーションであっても、高価なポーションに負けない効果を発揮させる技術。
ベースとなるポーションと、その他の材料を混ぜ合わせることで起こる十五分の魔法。
そして何より、ポーションそのものをお酒として考え、嗜好品として楽しむ思想に基づいたレシピの数々。
この世界に生まれた、新しい種類の飲み物。
クレーベルは、その説明を熱心に聞いていた。
単純な好奇心なのか、それとも商売のチャンスと捉えているのかは分からなかった。
「なるほど。確かに今年の『ポーション品評会』の話は聞いていましたわ。どこかで聞いた名前だと思っていましたが『スイのポーション屋』……そうでしたわね」
軽い説明を受けたあと、クレーベルは頭の奥から思い出すように呟いた。しみじみとメニューを見直すようにしつつ、頷いている。
今年の『ポーション品評会』は、他業種の間でもそれなりに話題が出たのか。
「もっとも、私は『ホワイトオーク』の技術の方に注目していたものですから」
『ホワイトオーク』とは、今年の品評会で最優秀賞を受賞したポーション屋だ。
この世界のポーションは、厳密には地球の蒸留酒とは違う。その違いの一つとして、有機物である樽に長期保存すると、その魔法適性と反応を起こして効果を減するというものがあるらしい。
そこで彼らが出して来たのは、ある特定条件のもとで樽に詰めることで、悪い効果を受けずにポーションを保存、変容させる手法。
言い換えれば、樽熟成が存在しないはずのポーションを、樽熟成させる方法を作り出したのだ。
「熟成技術の方が気になったんでしょうか?」
「熟成……? あぁ、そういえば便宜的にそういう名前が付いていましたわね。私達が注目しているのは、それによってポーションの運搬効率が上昇することですので」
「あぁ、なるほど」
この世界の人間にとっては、熟成よりも、樽による運搬が可能であることのほうが重要らしい。
でもそうか。特に流通関係で商売をしている人間なら、そちらのほうが気になるか。
俺は心で納得しつつ、若干しょんぼりした。
この世界において、ポーション屋以外の人間の関心事として、カクテルはまだこの程度なのだとはっきりしたのだから。
「しかし、カクテルですか……」
クレーベルは今一度店内を見回しているようだ。
「にわかには信じ難いことですが、こうして正当な評価を受けている以上、事実なのでしょうね」
テーブル席でも、カウンターでも、この店では皆が思い思いの飲み物を手にしている。
それら一つ一つが、この店でだけは親しまれている。
これが俺の身近。およそ数ヶ月の努力の結果だ。
それを見て、俺は思う。
今はまだ仕方ない。だが、いずれはこの光景を世界に広げてやるのだと。
「不勉強で申し訳ありません」
表情は変えていないはずだが、クレーベルは申し訳なさそうに頭を下げた。
まるで俺の心の嘆きと葛藤が、そのまま伝わってしまったように。
「いえいえ。こちらとしても、まだまだ努力が足りないなと思いましたので」
「とはいえ、この街に着くまであなた方をノーマークだったのは勉強不足です。知ってさえいれば、こんな時間に抜け出してくる必要など……」
「……抜け出して?」
「あ、いえ。こちらの話ですわ」
今、すげー不穏な単語が聞こえたな。
というか、ほんの少し前に、どこぞの銀髪美人がしたのと同じ様な顔をしてやがる。
「クレーベルさん。失礼ですが、一つ質問させていただいても?」
「はい、なんでしょう?」
「クレーベルさんお一人でこの街に来たとは思えないのですが、お付きの方々は?」
「……今頃私を置いて、お月見でもしているのではないでしょうか」
この子もやっぱり、結構な自己中タイプ、だろうか。
こんな時間に何故と思ったが、どうやら何か問題を起こして抜け出して来たらしい。
日中に出会ったときも騎士団から逃げ出していたし、何か踏み込まないほうが良い事情でもあるのかもしれない。
「どう思います母様?」
「顔立ちは私好みね。あとは体の相性だけれど、とりあえずつまみ食いしてから決めるのはアリよね。フィルにも伝えておきましょう。いえ、私自ら味見しても」
「……あの……そうじゃなくて。もっと性格とか、教養とか、家柄とか……」
「確かに種族にうるさいのも居るわねぇ。まぁ、しっかり産んでくれるなら、吸血鬼になって貰っても良いけれど。本当にウチの子たちは孫を作ってくれないどころか、愛人の十や二十も居ないんですから」
「お願いですから、吸血鬼のイメージを悪くすることはしないでください。というか母様は何もしないでください」
「…………うふふ。分かってるわよ」
「絶対分かってませんよね?」
俺の背後から聞こえてくるヒソヒソ話は置いておこう。こっちの事情にも踏み込みたくない。
そしてサリー、そいつはほっといて仕事しろ。時間の無駄だ。
「とりあえず、どんな事情を抱えていらっしゃっても、カウンターに座って飲んでいる間はお客様ですから。お楽しみいただければ」
「ふふ、そうさせていただきますわ。ええ」
商売の話をする気は無い。
今はカウンターに立っている、二人の働きに期待しておこう。
どうか彼女を、できるだけ楽しませてやってくれ。
「どうです? お楽しみいただけてますか?」
「フィル様!」
少ししてからフィルが改めてクレーベルの前までくると、クレーベルは俺と話していた時とは違う声音で応えた。
通常時は落ち着いているのだが、明らかにトーンが一つ二つ高い。
彼女の今にも立ち上がらんばかりの身の乗り出し方に、フィルは一歩引いている。
「もちろん楽しいですわ。フィル様の働いている姿を見ているだけで、私はどんな活劇を見ているときよりも心躍ります」
「……えーと。別に僕は普通に仕事を、その、やっているだけなんですが」
「その仕草一つ一つの流れるような動きが、私の心をそよ風のように優雅に撫でていくのです」
うっとりと目を細めているクレーベル。
商談と今を切り離してくれとは言ったが、そこまですっきり切り離されると逆に感心してしまう。
反対に、フィルの及び腰の姿勢はバーテンダーとして感心しない。
一人の客にタジタジになってしまっていては、他のお客さんに示しが付かない。
少なくとも、バーの楽しみ方を新規に教えて上げられるのは、経験者だけなのだから。
「おいおい嬢ちゃん、そいつはまだ甘いぜ?」
「……はい?」
そんな彼女に声をかけたのは、イソトマがさっきまで話していた中年男性のグループの一人であった。
彼らはイソトマが居なくなっても基本的に陽気に飲んでいるが、クレーベルが現れてからはこちらに注目していた。
クレーベル以外は全員新規客ではないし、それよりもフィルとクレーベルのやり取りが気になるのだろう。
同じように注目している女性達が、面白くなさそうな顔をしているのが少し気にかかる。
「まだ甘いとは?」
「確かにフィルは美男子だけどなぁ、こいつが一番カッコいいのは、カクテルを作ってるときなんだぜ?」
「そ、そんな! 別に僕はかっこよくなんて……」
中年男性にからかい半分で褒められて、フィルは少し恐縮そうに肩を縮める。
そういうときは、とりあえずお礼を言っておけとあれほど……。
「……カクテル」
先程知ったばかりのその言葉を、クレーベルは噛み締めるように呟いた。
少しだけ、表情が固い気がする。
しかし、そんな彼女を置いて中年男性は言葉を続けた。
「せっかくだ! フィル、何か作ってやれよ。俺の奢りで良いからよ」
「え、ちょっと」
フィルは少し慌てつつ、クレーベルのほうを流し見た。
彼女が今まで注文したものは分りやすい。
コーラ。ジンジャーエール。トニックウォーターやソーダ。
うちに並んでいる炭酸飲料を軒並み試すように飲んでいた。ちなみに、ソフトドリンクはカクテルの半額の銅貨一枚──俺換算では五百円での提供である。
彼女の目的を考えたら、そこまでおかしくは無いので気にしていなかった。
だが。
「いきなり言われても戸惑いますよ。ね、クレーベルさん」
「…………」
「クレーベルさん?」
「え? あ、その……」
フィルが尋ねると、クレーベルは困ったように視線を泳がせた。
その仕草がいかにもで、俺だけじゃなくフィルも気付いたようだ。
この少女は、恐らく酒を飲んだ経験がほとんどないのだろう、と。
年齢からして推測できることではある。いかにこの世界の成人が十五だろうと、成人を過ぎてすぐに、人は酒を楽しめるようになるわけではない。
年齢以外にも体質などでお酒が飲めない人は存在する。
この世界のポーションにだって、体質に合う合わないは存在しているようだし、彼女はそもそもお酒が目的でここに来たのではない。
彼女がお酒に疎いとしても、なんらおかしいことはなかった。
「大丈夫ですよ。例えば【シンデレラ】というカクテルは……」
物怖じしている少女に向かって、フィルは努めて優しい表情を浮かべつつ提案する。
【シンデレラ】とは、ノンアルコールカクテルの代表格とも言えるものだ。
材料はオレンジジュース、パイナップルジュース、そしてレモンジュースである。
それら材料を20mlずつシェイカーに注いでシェイクし、カクテルグラスに注いで完成となる。
まさしくミックスジュースの爽やかな甘みと、シェイクで作られるまろやかさも相まって飲みやすい。かつ、シェイクで作られることでバーの雰囲気も味わえる一品だ。
「ですからぜひ──」
フィルが小声で軽く説明を終えたタイミングで、中年男性の声が重なった。
「なんだ嬢ちゃん? まだお子様だから酒は早いか?」
「なっ!?」
ノーテンキな中年男性の、がさつな気遣いだった。
「まぁ仕方ねえさ! いいよいいよ、ジュース飲んで帰りな!」
フィルの説明に心が傾きかけていたクレーベルだったが、そう言われては素直に引き下がれないというものだろう。
「べ、別に飲めないとは言っておりませんわ! 私はこう見えても、この年でコーヒーの違いだって分かるんですから!」
「あの、クレーベルさ──」
「さぁフィル様! どんなカクテルでもよろしくてよ!」
ふん、と鼻息を荒くしたクレーベルと、「良く言った」と上機嫌になるおっさん。
お客さんに主導権を握られている時点で、フィルはまたまた情けないな、もう。
だが、なんでも良い、という注文は、バーテンダーの最も苦手とするものでもある。
本当に何でも良いなら良いのだが、往々にしてそういうわけにはいかないからだ。
「でしたら、せめて方向性だけでも」
「フィル様の考える、最高に大人なカクテルでお願い致しますわ」
ずいぶんと広い方向性だった。
更に言えば、本当にその方向に作るべきだとは、とても思えない。
「……その」
そしてフィルは、困ったように俺を見た。
俺はそれにため息を吐いて、首を振った。
フィルは俺に見放されたと思ったのか、軽くショックを受けた表情を浮かべた。
だが、そうじゃない。
違うだろ、フィル。
お前が今日一緒に働いているのは、誰だと思っているんだ。
「まずフィルはこれでも飲んでろ!」
「もがぁ!?」
フィルが何度目か、言葉の出ない口を開いた時だった。
いつの間にか、サリーは俺の前にあった『テイラ』のショットグラスを無造作につかみ取ると、フィルの口に『テイラ』を思いっきり流し込んでいた。
吐き出すことを許さず、フィルが嚥下するまでグラスを離さないサリー。
さっきまでどうしようもない雰囲気だった店に、戸惑いの風が吹いている。
しばらくすると、液体を飲み干したフィルが、ゲホゲホと咳き込みながらサリーを睨んだ。
「な、なにをするんだサリー!?」
「アンタがまだ眠そうな顔してたから、目覚まし」
フィルが突っ込み、サリーがしれっと答える。
この店の良くある光景の一つである。
そこに、からかう人間の一人が居れば、完全にいつもの光景だ。
だが、そこでいつもからかう人間は、今日は『そちら』に居ないのである。
「あんた、酒飲んだ方が頭回るんだから、目が覚めたでしょ? そしたらホラ、自分で考える」
「サリー……いや、そうだね」
最初はサリーに非難の目を向けていたフィルだが、まさしく目の色が変わった。
サリーの行動に秘められた、意味が分かったのだ。
フィルは飲むと頭が回る。余計な恥じらいを失った方が、的確な動きができる。
まだ、酔いが回るには早い。それでもサリーの行動には意味があった。
それに気付かないほど、フィルは鈍くはない。
そう。俺に頼るのは、自分でやってダメだった時で、良いのだ。
「お見苦しい所をお見せしました。クレーベルさん」
「え、あ、いえ」
サリーとフィルのやり取りで呆気に取られていたクレーベルだったが、フィルの再起動に合わせて、彼女もまた目をパチクリさせつつ再起動。
しかし、再起動してから主導権を握るのは、フィルになっていた。
「先程のご注文なんですけど、実は今、クレーベルさんにとってもお似合いのリキュールがございます」
「……リキュールですか?」
「はい。それも、クレーベルさんがお好きだという『コーヒー』のリキュールなんですよ」
「えっ」
言われて、クレーベルの表情は見て明らかなほど強張った。
フィルは、軽く俺に謝るように目配せしたあと、さらりと『嘘』を吐く。
「実は、まだ試作段階のボトルで……間違って『とっても苦く』作ってしまったんです。ですが、もしかしたらクレーベルさんのお口には合うかもしれないと」
苦く、ねぇ。
フィルの言葉に、俺はそれこそ苦笑いを浮かべていた。
ずいぶんと、言ったものだ。
「え、ええ。そ、それで構いませんわ」
確実に顔を引き攣らせているクレーベルに、フィルは微笑みをはっきりと浮かべていた。
もしかしたら、さっきまで困らせられていた仕返しもあるのかもしれない。
酔いが回ってくるとフィルは大胆になり、ほんのりと嗜虐的な性格を覗かせるのである。
「では少々お待ちください。今【カルーア・ミルク】を、お作り致しますので」
その慇懃な礼は、しっかりと背筋の通った気持ちの良いものであった。
それはつい先日『コーヒー豆』を手に入れられるようになってから、試作したリキュールの一つだ。
正確には、俺の手作りなので『カルーア』とは呼べないが、便宜上はそう呼ばせて貰っている。
フィルの説明にも、原材料の上で偽りはない。それは、あの苦い『コーヒー』のリキュールである。
ただし、フィルの言葉には、一つ大嘘がある、
コーヒーから作られたはずのそのリキュールが、全くと言って良いほど『苦い』とは言えないことだ。
※0329 誤字修正しました。




